とある学園都市の未解決事件簿   作:コーヒータグ

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第5話、映像確認

 

 最初に気づいたのは、買い物袋だった。

 

 それも、警備員でも、能力解析の人間でもない。

 

 上条当麻だった。

 

「……そこ、止めてくれ」

 

 再生されていた映像が止まる。

 

 小さな確認室だった。

 

 壁際に並んだ機器と、中央の机。照明は落とされていないが、正面のモニターが明るいせいで部屋全体が薄暗く感じる。

 

 上条は机の向こうにある画面を見ていた。

 

 白井黒子は二席ほど離れた場所に座っている。

 

 警備員が端末から手を離した。

 

「どこです?」

 

「今のとこ。御坂が映ってるところ」

 

 数秒だけ戻される。

 

 再生。

 

 画面の端から二人の学生が入ってきた。

 

 一人は上条当麻。

 

 もう一人は御坂美琴。

 

 九月上旬。

 

 まだ暑さの残る午後。

 

 音声はない。

 

 上条が何かを言って、美琴が顔を向ける。

 

 美琴の手にはアイスがある。

 

 そして肩には、白い買い物袋。

 

「これ」

 

 上条は画面を指した。

 

「俺のだ」

 

「買い物袋ですか?」

 

「ああ」

 

 警備員が手元の記録を確認する。

 

「事件後に回収されたものと?」

 

「多分、同じだ」

 

「多分?」

 

「中身まで覚えてるわけじゃねえ。でも俺があいつに持たせた」

 

 その感触は覚えていた。

 

 暑い。

 

 片手にアイス。

 

 荷物が邪魔だった。

 

 そんな程度のことだったはずだ。

 

 美琴へ袋を渡した。

 

 そこまでは、もう思い出している。

 

「その場面は別の映像にもあります」

 

 警備員が切り替える。

 

 コンビニの出入口。

 

 二人が店を出てくる。

 

 上条が袋を持っている。

 

 何かを言う。

 

 美琴がこちらを向く。

 

 上条が袋を差し出す。

 

 美琴が受け取る。

 

 肩へ掛けた。

 

 黒子の視線がそこで止まった。

 

 映像の中の美琴は、ごく普通に歩いている。

 

 死ぬ前の人間には見えない。

 

 当然だ。

 

 あの時はまだ。

 

 何も起きていなかったのだから。

 

「……続けてくださいまし」

 

 黒子が言った。

 

 声は静かだった。

 

 映像が進む。

 

 二人がカメラの外へ出る。

 

 別の記録へ切り替わる。

 

 少し先の店舗。

 

 やはり二人で歩いている。

 

 美琴の肩には袋。

 

 次。

 

 道路側の監視記録。

 

 街路樹の枝が画面の一部を隠している。

 

 二人が画面の奥を横切る。

 

 まだ美琴が持っている。

 

「その後は?」

 

 上条が訊く。

 

「確認できている映像を時系列に並べます」

 

 さらに切り替わった。

 

 今度は上条だけが映っている。

 

 それを見ても。

 

 もう上条は驚かなかった。

 

 御坂と一緒にいた。

 

 その後、自分は一人で歩いていた。

 

 そのこと自体は、すでに知っている。

 

 問題は。

 

「……袋」

 

 上条が呟いた。

 

 画面の中の自分。

 

 左手に。

 

 買い物袋がある。

 

「戻してくれ」

 

 戻す。

 

 美琴。

 

 肩に袋。

 

「進めて」

 

 上条一人。

 

 左手に袋。

 

「間は?」

 

「直接連続して撮影しているカメラはありません」

 

「じゃなくて」

 

 上条は額へ手を当てた。

 

「俺だよ」

 

 警備員は黙って待った。

 

 上条は目を閉じる。

 

 思い出す。

 

 道路。

 

 暑さ。

 

 足元。

 

 白い袋。

 

 屈んだ。

 

 取っ手を掴んだ。

 

 持ち上げた。

 

「……拾ってる」

 

「何を?」

 

「この袋」

 

 黒子が上条を見る。

 

「どこでですの?」

 

「道」

 

 それ以上の場所は、すぐに出てこない。

 

 けれど行動だけは残っていた。

 

「落ちてたから、拾った」

 

 警備員が記録を取る。

 

「御坂さんから返却された記憶は?」

 

 上条は答えようとして、

 

 止まった。

 

 探す。

 

 御坂へ渡した。

 

 覚えている。

 

 歩いた。

 

 覚えている。

 

 袋を拾った。

 

 覚えている。

 

 返してもらった。

 

 ――それがない。

 

「……ねえ」

 

「返却された覚えはない?」

 

「違う」

 

 上条は首を振った。

 

「覚えてないって感じじゃねえ」

 

 記憶には、曖昧なところがいくらでもある。

 

 会話だって全部は思い出せない。

 

 どの道を何歩歩いたかなんて覚えているはずもない。

 

 けれど。

 

 袋については違った。

 

「俺は御坂に渡した」

 

「ああ」

 

「その後、道に落ちてるのを俺が拾った」

 

 自分で口にした二つの事実が。

 

 初めて横に並んだ。

 

 上条の眉が寄る。

 

「……あいつから返してもらってねえ」

 

 黒子が僅かに身を乗り出した。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「ですが、上条さん。途中の記憶が完全ではないのでしょう?」

 

「だからって」

 

 言い返しかけて。

 

 止まる。

 

 黒子の言うことは正しい。

 

 記憶だけなら。

 

 自分が忘れている可能性は残る。

 

 警備員も同じ判断だった。

 

「映像にも空白区間があります。ここだけでは、返却が行われなかったとは断定できません」

 

「……分かってる」

 

 上条は画面へ目を戻す。

 

 美琴が袋を持っている。

 

 次に確認できる自分は袋を持っている。

 

 その間は映っていない。

 

 だから。

 

 証拠にはならない。

 

 ただ。

 

 気持ちが悪かった。

 

 何かを忘れているからではない。

 

 もっと単純なこと。

 

 渡した。

 

 拾った。

 

 その二つを、事件の直後から自分は別々に覚えていた。

 

 なのに今日まで。

 

 一度も、

 

 その間を考えようとしなかった。

 

「……何でだ」

 

 上条が呟く。

 

「何がですの?」

 

「俺、これ思い出してたんだぞ」

 

 黒子を見る。

 

「御坂に袋渡したのも、後で拾ったのも」

 

「ええ」

 

「なのに」

 

 上条は再び画面を見る。

 

「おかしいって、今まで思わなかった」

 

 部屋が静かになった。

 

 警備員がメモを取る音だけが聞こえる。

 

 黒子はすぐには答えなかった。

 

「……それは」

 

 言いかける。

 

 だが続けない。

 

 能力。

 

 記憶操作。

 

 精神干渉。

 

 そういう名前を置くのは簡単だった。

 

 けれど。

 

 名前を置いたところで、分かったことにはならない。

 

「次の映像へ進めます」

 

 警備員が言った。

 

 上条は頷く。

 

 現場付近。

 

 事件当時の記録。

 

 歩道を人が行き交っている。

 

 何人もの学生。

 

 自転車。

 

 配送用の小型ロボット。

 

 無人清掃機。

 

 その中に。

 

 御坂美琴がいた。

 

 倒れている。

 

 黒子の呼吸が止まったのが分かった。

 

 上条の胃が縮む。

 

 画像で見る。

 

 それだけで。

 

 あの時の匂いまで戻りそうになる。

 

 血。

 

 熱い路面。

 

 自分の手。

 

 それでも目は逸らさなかった。

 

 学生が一人歩いてくる。

 

 美琴へ近づく。

 

 少し横へずれる。

 

 そのまま通り過ぎる。

 

 次の人間も。

 

 同じだった。

 

 足を止めない。

 

 だが。

 

 美琴の身体にはぶつからない。

 

 血の濃い場所を踏まない。

 

「…………」

 

 黒子が何も言わず見ている。

 

 次。

 

 自転車。

 

 少し膨らむ。

 

 通る。

 

 次。

 

 無人清掃機。

 

 直進。

 

 接近。

 

 軌道修正。

 

 通過。

 

「止めてくださいまし」

 

 黒子が言った。

 

 映像が止まる。

 

「今の機械は」

 

「清掃用の自律機です」

 

「何故、曲がりましたの?」

 

「走行ログを確認します」

 

 端末を操作する。

 

 数秒。

 

「経路補正が入っています」

 

「理由は?」

 

「当時の記録では通常補正」

 

「通常?」

 

「歩行者、路面状態、既定ルートとの差分などを含めた自動調整です」

 

「では、何を避けたかまでは?」

 

「現時点では特定できません」

 

 黒子は少し黙った。

 

「もう一度」

 

 再生。

 

 清掃機が曲がる。

 

 今度は、その先にある美琴を見る。

 

「……人だけではありませんのね」

 

「白井」

 

 上条が呼んだ。

 

 黒子はそれ以上言わなかった。

 

 警備員も結論は出さない。

 

 映像を進める。

 

 そして。

 

 上条自身が現れる。

 

 普通に歩いている。

 

 前を見る。

 

 一歩。

 

 もう一歩。

 

 進路が僅かにずれる。

 

 美琴の横を通る。

 

 止まらない。

 

 映像の中の上条は。

 

 何もせずに歩いていった。

 

 上条は机の端を握った。

 

 指に力が入る。

 

 それでも。

 

 声は出さなかった。

 

 前なら。

 

 きっと言っていた。

 

 俺が。

 

 もっと早く。

 

 あの時。

 

 何度考えたか分からない。

 

 だが今見ている映像は。

 

 別のものを突きつけていた。

 

 自分の前を歩いた学生も。

 

 後から来た人間も。

 

 自転車も。

 

 機械さえも。

 

 そこにあるものへ反応している。

 

「……見えてた」

 

 上条が言った。

 

 黒子が顔を向ける。

 

「俺は見てた」

 

 画面の中の自分を見る。

 

「御坂を」

 

 少し置いて。

 

「多分、みんなも」

 

 避けている。

 

 なら。

 

 少なくとも何かは認識していた。

 

 何も見えていなかったわけではない。

 

 誰もそこにいないと思って、身体の上を踏んで歩いたわけではない。

 

 それなのに。

 

 誰も助けなかった。

 

 黒子が目を伏せる。

 

「……あの場にいた方々を責めることは、できませんわね」

 

 声は硬かった。

 

「お姉様を避けたということは、何かを見ていた。ですが誰一人として、それを救助の必要な人間として扱えなかった」

 

「…………」

 

「わたくしだったとしても」

 

 そこで。

 

 黒子の声が止まった。

 

 拳が膝の上で震えている。

 

 それ以上は言わなかった。

 

 もし自分がそこにいたら。

 

 助けられただろうか。

 

 そんな問いには。

 

 まだ誰も答えられない。

 

 映像が進む。

 

 一人の男が足を止めた。

 

 加藤則祐。

 

 振り返る。

 

 駆け寄る。

 

 その直後。

 

 映像の中の上条が反応した。

 

 走り出す。

 

 ここからは覚えている。

 

 嫌というほど。

 

「ここでいい」

 

 上条が言った。

 

 映像が止まる。

 

 しばらく。

 

 誰も動かなかった。

 

 警備員が端末を閉じる。

 

「今日確認した内容は、改めて解析側へ回します」

 

 上条は頷いた。

 

「袋のことも?」

 

「供述として記録します」

 

「証拠には?」

 

「現状では」

 

 警備員は少し言葉を選んだ。

 

「御坂さんが持っていたこと。後の映像では上条君が所持していること。上条君には路上から拾った記憶があること。それぞれは事実として扱えます」

 

「でも」

 

「それ以上はまだです」

 

 上条は。

 

「……そっか」

 

 とだけ答えた。

 

 それでよかった。

 

 分からないものを。

 

 分かったことにする必要はない。

 

 黒子が立ち上がる。

 

 けれど出口へは向かわなかった。

 

「最初の映像を」

 

「白井?」

 

「もう一度だけ、お願いできます?」

 

 警備員が映像を戻す。

 

 コンビニの前。

 

 上条。

 

 美琴。

 

 上条が袋を差し出す。

 

 美琴が受け取る。

 

 肩へ掛ける。

 

 そのまま二人で歩き出す。

 

 黒子は黙って見ていた。

 

「……本当に」

 

 ぽつり。

 

「普通ですのね」

 

 上条は答えなかった。

 

 普通だった。

 

 何の前触れもない。

 

 御坂美琴は歩いている。

 

 話している。

 

 上条の荷物を持っている。

 

 その映像自体には。

 

 何一つおかしいところがない。

 

 だからこそ。

 

 上条は思う。

 

 事件が起きた瞬間を探すより前に。

 

 自分たちはまだ。

 

 あの日、

 

 何を見ていたのかさえ、

 

 ちゃんと分かっていない。

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