昨日、花ちゃん先輩と解散した次の日。吟は何事もなかったかのように練習に顔を出していた。
「おはようございます」
「おはようございます~花ちゃん先輩!」
僕も吟と同じように対応する。
「あっ、吟子ちゃん!?」
「…な、なんですか? そんな、顔色を変えて」
「だって、吟子ちゃん、昨日…あたし、具合悪いのかな、って」
「あ…いえ。すみません。先に帰っちゃって。でも、大丈夫。きょうはちゃんと、練習するから」
「う、うん!そうだね、がんばろうね!じゃあまずは、いつもの基礎練から!」
花ちゃん先輩がそう言い、先輩と吟は練習を始める。
「わんつ一、さんしー。にいに、さんしー!」
「…」
何事もなかったようにしているとはいえ、明らかに様子がおかしい事は花ちゃん先輩には分かっていたようだった
「そ、そうだ、吟子ちゃん! そういえば、ライブでやる曲のことなんだけど!」
「…」
「吟子ちゃん?」
「え? あ、すみません。なにか、言いましたか?」
花ちゃん先輩に話しかけられているが、全く気付いていなかった。
「えっと…う、ううん!続けよっか!」
「…」
そして、その日の放課後も練習したのだが、吟は練習に身が入っていなかった。
「おつかれさまでした。それじゃあ、また明日」
「花ちゃん先輩、また明日です」
「うん…二人ともお疲れー…」
花ちゃん先輩に、僕は頭を下げて吟を寮に送っていき、吟から『私のそばに居て欲しい』と言われてしまったので彼女の部屋に居る状況だった。
-吟の部屋-
「はぁ…私、どうすればいいんだろ。綾羽…このままじゃ、よくない、よね…」
吟は、大事に『おツルさん』と名付けた大きくて丸い鶴のぬいぐるみを抱えながら僕にそう聞いてきた。
「そうだね…花ちゃん先輩に話したら?『逆さまの歌』の事」
「でも…あのリストの中になかったんだから言っても分からないよ…」
吟がそう言った時、この部屋のドアを叩く音がした。
「……? 寮母さんかな」
「僕が出ようか?」
「うん…お願い」
吟にお願いされたので、ドアを開けて出るとそこには、花ちゃん先輩の姿があった。
「あれっ!?ここって吟子ちゃんの部屋だよねっ!?」
「花ちゃん先輩…そうですよ。吟の部屋で合ってますよ。吟なら中に居ます、入っていきますか?」
「うん」
花ちゃんを吟の部屋の中に入れて、先輩は奥へと進んでいく。
「綾羽…誰だった…って、花帆先輩っ!?」
「あはは…突然押し掛けちゃってごめんね…吟子ちゃん…」
「なんでっ!?」
吟はそう言うと、僕の事をギロっと睨んでくる。
これは、花帆先輩が居なくなった後、滅茶苦茶怒られるやつだ…ま、良いけどさ
「わ、着物が飾ってある!」
「それは飾ってるんじゃなくて…一度着たら、一晩はハンガーに吊るして、湿気を飛ばさなきゃで…」
花ちゃん先輩に、丁寧に説明をする。
そして、先輩が目に入ったのは吟が抱えている『おツルさん』だった。
「へ〜!あ、吟子ちゃんが持ってるこの子は?」
「そ、それは!なんでもない!ほんとに、なんでも!毎晩ぬいぐるみを抱いて寝てるとか、してないし!」
「えー。別にいいと思うけどなあ。あたしもぬいぐるみいーっぱい持ってるよ」
「別にいいじゃん。そういう所も可愛いよ」
去年まで、僕の事を抱きしめないと寝れないって言っていた吟の事を心配してたけど、おツルさんを抱きしめて寝ていたのか。可愛い所あるじゃん。本当に
「そうそう」
「他の人は他の人!私はもう、高校生なんだから!っていうか…なんの用ですか」
吟は、花ちゃん先輩にここに来た理由を聞く。
「えっと、吟子ちゃんと、しっかりと話そうと思って…」
「私と?」
「最近、練習中にもぼんやりしてるでしょ?」
「あっ、それは…すみません」
吟は謝ると、花ちゃん先輩はすぐに話始めた。
「あ、ううん。責めてるわけじゃなくて。その理由が、聞きたくて…」
「…」
「ライブで歌う曲を決めようって話してからだよね? 吟子ちゃん、どうして?」
「それは……私の事情だから。先輩には、関係ない。練習に身が入ってなかったことは、謝ります。これからは、ちゃんと真面目に……」
「関係ないことないよ!」
吟の言葉に、花ちゃん先輩は言い切ってきた。
「なんで……」
「だって吟子ちゃんは、あたしの後輩だもん!同じ蓮ノ空学院の生徒で、芸楽部が好きで、スクールアイドルクラブにきてくれたんだよ? そんなの、関係しかないよ!」
「…でも、だけど。聞いたら、花帆先輩が…嫌な気持ち、なる、かも…」
「…それってつまり、吟子ちゃんが今、ひとりで嫌な気持ちを抱えてるってことだよね? だったらその気持ち、あたしにもわけてほしい。大丈夫。ちゃんと受け止めるから。あたしだってこの1年、いっぱい筋トレしたんだもん!」
花ちゃん先輩は優しく、吟と接して話してくれる。
「吟、花ちゃん先輩が向き合ってくれようとしてくれてるんだからさ、話してみたら?」
「……綾羽……花帆先輩………わかった。ちゃんと、話す」
僕の目を見た吟は、一瞬悩んだが、話すことにしたようだった。
「うん!」
「…なかったの。おばあちゃんが好きだった、私の大好きだった曲。『逆さまの歌』が」
「それって、綾羽君が言ってた…」
「綾羽…話したの…」
「何も言わないよりはマシだと思って。花ちゃん先輩は聞いた事なかったと思いますが…」
「うん…綾羽君に聞いた後、梢センパイにも聞いたんだけど、知らないって…」
「でしょうね…」
僕と花ちゃん先輩がそう話し、続けて吟が話始めた。
「私、形が変わっても、同じだと思ってた。芸楽部の魂は、スクールアイドルクラブに引き継がれてるんだって。だから、ここでがんばろう、って……。でも、違った」
「え……?」
「おばあちゃんの想いは、もう、なくなってた。だって、あんなに好きだった歌が、跡形もないんだから」
「当たり前だよね。50年前の曲が、今も残ってるはずなんて…でも。だったら。ここは、私の憧れた芸楽部じゃ、ない。…私がスクールアイドルを続ける理由も、どこにも」
「吟子ちゃん…吟子ちゃんの初めてのライブ、一緒に出ようよ!」
「それは」
「あんなに楽しそうに、準備してたよね? ステージ作るのも、衣装作るのだって…あのね! あたしも一緒だったんだ!」
「花帆先輩」
「ようやくわかった。どうしてあたしが、こんなに吟子ちゃんと一緒に、スクールアイドルやりたいと思ったのか。それは、あたしと一緒だからだったんだ!」
「先輩と、一緒…」
「あたしも、憧れてた蓮ノ空に入ったら、理想とぜんぜん違ってて!だから、諦めてた!けど、梢センパイに誘ってもらって、スクールアイドルを始めて。ここでならようやく花咲けるって思えたんだ!」
「だから! やってみたら、きっと変わるよ!一緒に、スクールアイドルやろう!」
花ちゃん先輩はそう言って、吟に手を差し伸べてくれる。
「スリーズブーケに誘ってくれて、ありがとう。先輩…でも私は、本気になれないよ。だって…私の夢は叶わないって、わかったんだから」
「吟子ちゃん!」
「惰性で続けるなんて、そんなの…真剣にやってる先輩方に失礼だよ…だったら、ここで辞めた方がいい」
花ちゃん先輩の言葉は、吟には届かなかった。
「どうして…」
「ありがとう。花帆先輩。先輩と一緒に、夢を見てた時間は、本当に、楽しかった、です。それは、嘘じゃありません。理想の後輩になれなくて、ごめんなさい。悪いのはすべて、私、です。綾羽…先輩の事、見送ってあげて」
吟にそう言われ、僕は花ちゃん先輩と共に、部屋の外に出る。
「そんな…吟子ちゃん…あたし、どうしたら…あたし…」
「花ちゃん先輩、僕思った事があるんです」
「どうしたの?綾羽君」
「確かにリストの中には『逆さまの歌』は無かったです。50年前とはいえ、芸学部が続いていたのは聞いてます。なので、探せばどこかにあると思うんです」
「綾羽君…」
「僕は、今の吟から離れる訳にはいかないので…花ちゃん先輩、『逆さまの歌』を探してもらえませんか?」
「……うん!分かったよ!あたし先輩だもん!後輩のお願いは叶えてあげなくちゃ!吟子ちゃんも綾羽君にも笑ってほしいもん!」
「ふふっ、ありがとうございます」