早朝、拠点として使っている宿を出る。
「予定通り、今日は討伐任務を受けようと思う」
「本当に大丈夫なのアスタ?やっぱりもう少し休んだ方が・・・」
「大丈夫だよ。昨日の荷運びで身体の調子は分かってるさ。それにまだ森には入らないよ。平原でガゼルかラビット辺りを狩るさ」
「なら良いけど・・・」
クレアはまだ不安らしい。
例の魔族と遭遇してから十五日。元々大した怪我を負っていなかった事に加えて、教会のシスターが掛けてくれた回復魔法のお陰で体調は万全だ。
とは言え、二週間以上剣を振っていない。こんなコンディションで森に入れば例えあの魔族に出会わなくとも命を落としかねない。
それに、気持ち的にも今は森に入りたく無い。
仲間を失ったのは初めてじゃあ無い。
冒険者の命は軽い。昨日笑い合った友人が次の日には死んでいた、なんてよくある話だ。
よくある話だけれど、それに慣れることは無い。
この二週間何度あの日の夢を見たか分からない。
冒険者を辞めようと思った事もある。全て投げ出して逃げようと思った事も。けどその度にクレアやシスターが励ましてくれた。さらに驚いた事にロクスタインさんもあの後何度かお見舞いに来てくれた。顔に似合わず面倒見が良いらしい。
そのお陰である程度は気持ちに整理がついた。あの日の光景を忘れる事は無いと思うし、当分は森に潜らず比較的安全な平原でリハビリをすら事になるだろうけど、一先ず前は向けている。でっかい目標も出来たことだしね。
「フレンジーガゼルの討伐ですね。はい、こちら認識票です。・・・・・もう任務に出て大丈夫なんですか?」
「大丈夫ですよ、寧ろ休み過ぎて身体が鈍ってるくらいですし、クレアも居ますから」
「なら良いのですが・・・。あまり無理はなさらないで下さい」
ギルドの受付で討伐任務を受ける。
心配してくれるのは嬉しいけど、知ってる顔に合う度に声を掛けられるのには少し疲れる。ギルドに来る道中だけで十回は声を掛けられた。最初は依頼を受けるのを嫌がっていたクレアも今じゃぁ、・・・またかよ。みたいな顔をしてるし。
こら、顔に出すのはやめなさい。失礼でしょ。
「それで、例の魔族の痕跡はまだ見つかってないんですか?」
「・・・えぇ、Aランク以上の方々に強制任務として捜索に出ていただいているんですが、今の所何の情報も得られていない様です」
「やっぱり、もうノーブルの森には居ないのか・・・。」
「恐らくは。配下を引き連れていた以上、近くに拠点がある筈ですから、ティノール連峰の何処かなのでは、というのがギルドの考えです」
魔族の件は三日程前からギルドの冒険者達にも知らされていた。
その結果Cランク以下の冒険者は森への立ち入りを禁止され、Aランクは強制。Bランクも一部の探索が得意な冒険者達は、魔族の捜索に駆り出されていた。
噂によると、ここ等一帯を治めるノーブル伯爵は今回の件を魔王関係だと考えているらしい。元々このカラインの街は数年前に出来たばかりで有りながら、ティノール連峰攻略の為に各地から凄腕の冒険者や騎士が集められていた。
だけどそれだけじゃ飽き足らず、今帝都から幾人かの聖騎士がこの街に向かって来ているそうだ。
聖騎士団と言えば、ダシテム様に生涯を捧げた帝国の最高戦力。教神教、聖神教、罰神教、導神教。有りとあらゆる宗教団体から才能のある狂信者を集め厳しい訓練を施しているとか。その結果、一人一人が上位竜種に匹敵する力を持つらしい。
そう言えば、ロクスタインさんの上司である騎士団長も元は聖騎士団の出身だったっけ。
「アスタ、・・・ティノール連峰に行こうなんて考えてないよね」
「!ダメですよアスタさん。ギルドに依頼されてるのは痕跡の捜索だけです!魔族の討伐に関しては騎士団が請け負う事になってるんです!悔しいかもしれませんが・・・」
「行かない、行かない。さっきも言ったでしょ、当分は平原の依頼しか受けないよ」
全く、クレアは心配性だね。今俺が行った所で無駄死にする事位分かってるさ。
このまま泣き寝入りする気は無いけど今は力を蓄えるのが先決だ。せめて中位の魔族を一人で討伐できる様にならないと話にならない。
「じゃあそろそろ行こうか、長話をし過ぎた」
「何度も言う様ですが、無理をなさらないで下さいね、アスタさん」
「はいはい、それじゃあ行って来ます」
「お気を付けて」
取り敢えず今は目の前の任務に集中しなきゃな。
「よっ、と。これで十七・・・かな?」
「二十一匹目ね。全然違うじゃ無い」
刎ね飛ばされたフレンジーガゼルの首から特徴的な一本角を剥ぎ取りながらクレアが答える。数字苦手なんだよ、お金の管理とか全部ローナ任せだったし。
「あっちの方にも三匹居そうだけど、どうする?アスタ」
「うーん、辞めとこうかな。そろそろ戻らないと門閉められちゃいそうだし」
カラインの街は夜になると門が閉じ、よっぽどの緊急事態でない限り出入りが出来なくなる。俺達なら壁をよじ登って入れるけど、それやったら衛兵さんに怒られる、と言うか普通に捕まるからね。
あれは大変だった。
「・・・ねぇ、アスタ」
カラインの街に戻る道中、思い詰めた様な顔でクレアが話しかけてくる。こういう時のクレアは面倒臭い。少なくとも今の俺にとっては。
「私と一緒に竜王国に行かない?」
ほらね。
「この前、向こうから来た人に聞いたんだけどね!あっちって今冒険者が足りないんだって!
「優しいね、クレアは。でも大丈夫だよ。俺だって命を無駄にする気は無いさ。仇は討つ気だけど、前線に出「何でって聞いてるのよ!!!!」・・・」
「・・・・・少なくとも。あの魔族が死んだのを確認する迄、カラインを出るつもりは無い。これは曲げないよ。ごめん」
「それに何の意味があるのよ!アスタが一番わかってるはずでしょ!?あの魔族には勝てないって!騎士達に任せて私達は逃げれば良いじゃ無い!!」
「そうだぞ、少年。強者から逃げる事は悪いことでは無い。相手が魔族であるなら尚更にね」
剣の柄に手を置き後ろを振り返る。
俺どころか、索敵に特化しているクレアも声を掛けられるまで気付いて居なかったらしい。
「・・・貴方は?」
「初めまして、少年に少女。私はハーゲン、罰神教所属の聖騎士さ」
「いやぁ助かったよ。君達がカラインへの道を知っていて」
「いえ、聖騎士様のお役に立てたのなら良かったです」
聖騎士ハーゲン。
二メートルを超えるであろう長身を黒鉄の全身鎧で覆った、少し頭の寂しさが目立つ四十程の男性だ。人当たりが良く、一介の冒険者に過ぎない俺たちにも砕けた様子で会話をしてくれているが、戒律が特殊なことで有名な罰神教の所属だ。余り気を許さない方がいいだろう。
「それにしてもハーゲンさんは何故一人でこんな所に?聖騎士なら従者が居るでしょうし、噂じゃ複数人の聖騎士が来るって聞いてたのですが」
「あぁ、馬車での移動に飽きてしまってね。従者や他のみんなを置いて途中から走ってきたんだ」
おぉ・・・、中々破天荒な人だなハーゲンさん。
多分だけど従者の人達慌ててない?
「そしたら案の定迷子になってしまってね。君たちに会っていなかったら従者達に怒られていただろう」
あぁ、やっぱり。
会った事はないけどかなりの苦労人なんだろうね、その人達。
「あの、聖騎士様・・・。聖騎士様達がカラインの街に来るのって、やっぱり魔族関係なんですよね?」
「そうだよ、でもすまないね。私は自分の任務についてどれくらい喋って良いのか分からないんだ。そういうのは従者達に任せている」
「いや、そんな人が従者置いて単騎駆けしたらダメなんじゃ・・・」
「こら!アスタ失礼でしょ!」
「はっはっはっ、構わないよ。実際従者や周りの人間からも良く怒られているからね。もう少し考えて行動してくれってね」
罰神教の信徒や、聖騎士になる様な人は変人が多いっていうのは知っていたけど、この人はその中でもかなり尖っていそうだ。
少なくとも他の聖騎士をハーゲンさんと同類扱いしたら怒られるだろう。
「うんそれじゃあ助かったよ。唯、今手持ちがなくてね、謝礼は従者達と合流した後ギルドを通して送らせてもらうよ」
「いえそんな!お礼なんて大丈夫ですよ!私達も丁度帰るタイミングだったので」
「素直に受け取っておきなさいクレア君。・・・こういう場合は寧ろ、断る方が失礼に当たるよ。」
あの後、特に問題もなく街に戻って来れた。しかしハーゲンさんの到着が本来より二日早いうえに、必要な書類等を全て馬車に置いてきてしまったせいで門を抜けるのに少し手間取った。門番達の詰所でダッカルさんが迎えに来てくれるまで待たされるというイベントが起きたが、何とか街に入ることができた。
武器と鎧だけで何しに来たんだあの人?
「・・・さっきの竜王国の話、考えておいてよ。アスタ。」
ギルドの受付で認識票とフレンジーガゼルの角を提出し、空いていたテーブルで軽い食事を注文する。
「はぁ、分かったよ。考えるだけ考えるさ。・・・でも、あんまり期待しないでよ」
「うん、わかってる。それにハーゲンさんも来たんだから案外、今回の騒動も直ぐに片付いちゃうかもしれないしね」
ハーゲンさんなぁ、悪い人じゃなさそうだけどかなりの変人だ。クレアは結構気に入ってるらしいけど、無意識に周りを振り回すタイプの人だ。あんまり関わりを持ちすぎるのは良くないだろう。それに罰神教の所属だ。
「クレアは罰神教についてどれくらい知ってる?」
「罰神教?噂くらいの事しか知らないわよ。レベルの上昇をダシテム様からの罪の通告って考えてる人達よね。だから高レベルの人達には強い義務が課されるとか何とか」
「そう。例え相手が魔物であっても命を奪った以上、それは罪であり罰が必要になるっていう自罰的な戒律が特徴だ。中には魔族や魔王は人間を罰する為の神の尖兵である、なんて過激な思想の持ち主もいるらしい」
だから罰神教は少し特殊な扱いだ。罰神ダシテムを崇めている以上、明確な差別をされる事は無いだろうけど、少し変な目で見られる事に違いはない。
「流石に表立って魔王を擁護する様な事はしないだろうけど、余り罰神教徒と関わり過ぎない方がいいよ」
「うーん、ハーゲンさんはそんな人に見えなかったけど・・・、あ、でもそう言えばグラムさんも罰神教徒じゃなかった?」
「あぁ、あのAランクの。・・・あの人もあの人でよく分からないからなぁ・・・」
グラム・ゲルム
カラインの街を拠点にしているAランクの冒険者であり、冒険者パーティ「ニーベルンゲンの歌」のパーティリーダーを務めている凄腕冒険者だ。
その身体能力は聖騎士に迫り、過去には上位竜種を二度討伐した実績を持つ竜狩りの英雄だ。
唯、時々変な噂を聞く。
軽いものであれば、壁に向かって話しかけていただとか、自分はダシテム様の声を聞けるなどと嘯いているだとか。でも是等は行きすぎた信仰を持つ信仰者や、変なお薬に手を染めている冒険者ならありえない事もない。
けれど中には魔王を信仰しているという噂や、過去の勇者の墓を暴いた、なんて話まである。
大半は根拠の無い噂や他の冒険者の嫉妬なんだろうけど、罰神教の噂や彼の持つ出所不明の武具の事を考えるとねぇ・・・。
「うん、やっぱり罰神教とは余り関わらない方が良いね」
「そっかぁ・・・」
聖騎士としてある程度の立場的信頼を持つハーゲンさんならともかく、冒険者には脛に傷がある人なんてゴロゴロいる。
触らぬ神に祟りなし。俺達は真面目にやっていこう。