いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
26話 裸の王様。
凪が、バケツの水を夜間の顔面にぶっかけた。
「っ……がはっ……!」
夜間は、むせながら意識を取り戻した。
見開いた目が、天井を映す。
数秒かけて、自分が地面に倒れていることを理解する。
「ゴミカス以下だな、てめぇ! よくも、そんなザマで、総長に、ナメた口きけたなぁ!」
見下ろしてくる凪の顔が、視界に入った。
その声音は、侮蔑というよりも、純粋な呆れ。
流石にここまで惨めだと怒る気にもならないというアレ……まあ、怒っているけど。
凪だけではなく、愛羅も呆れ交じに、
「猫にトバされるなんて。そんなザマで、よくもまあ蝉原に挑もうとしたものだ」
「……猫に……」
夜間は、ゆっくりと口を動かした。
「気絶させられた……? 俺が? この俺が? 地下格闘技のリングでヘビー級のプロボクサーを殴り殺したことがあるこの俺が?」
自分の言葉を反芻するように、もう一度繰り返す。
信じられない、という顔だった。
当然だろう、と思う。
僕だって、あの瞬間は何が起きたのか理解できなかった。
「夜間嵐詩(やまあらし)」
蝉原の声が、静かに降ってきた。
「約束通り、君がもっているものを全部もらうけど、いいよね?」
「……」
夜間はゆっくりと体を起こす。
アベルに殴られたダメージが残っているのか、足が少しふらつく。
それでも、その目は死んでいなかった。
「その猫、なんだ。どういうことだ」
絞り出すような声だった。
「人間を殴り倒せる猫なんか、いるわけないだろ」
「もちろん、トリックだよ」
蝉原はあっさりと言った。
「種はあかさないけどね」
「……」
「なんにせよ、君は負けた。というわけで、まずは、全財産と角膜と腎臓をもらおうか」
会場が、しん、と静まり返った。
角膜と腎臓。
さらっと言ったが、要求の重さは会場全員が分かっている。
そして、蝉原なら、本当に実行しかねないことも。
蝉原はコミュニティの人間には比較的優しいけど、自分をナメた人間は許さない。
夜間は、ギリっと歯を鳴らした。
「……くれてやるよ」
静かな声だった。
「好きにしろ。ただし、タイマンだけはしてもらう」
そう言って、立ち上がる。
ふらつきながらも、真っ直ぐに。
「せこい手しか使えないハリボテのキング」
夜間の目が、蝉原を真っ直ぐに捉えた。
「あんた、一生、それでいいのか? そうじゃなぇだろ、男ってのは」
会場に、微かなざわめきが起きる。
蝉原は、しばらく黙って夜間を見ていた。
やがて、ゆっくりと口角を上げる。
「……いい目だねぇ。腎臓を要求されていながら、その目ができる女はそういないだろう」
そして、立ち上がった。
「OK、来なよ。マジで相手になってあげる……女を殴るのは趣味じゃないんだけど、まあ、そっちが望んだことだしね」
「やっと腹を決めたか……」
夜間は、バキバキと全身の関節を鳴らしながら、前に出る。
周囲を囲む配下たちが、固唾を呑んで見守っていた。
誰もが、これから始まる闘いに釘付けになっている。
さて、夜間は蝉原相手に、どこまで持つのか——
――なんて思っていたら。
「……え?」
身体の感覚が変わった。
僕に、主導権が返ってきた。
(え、え、え? なに? ちょっと待って。蝉原さん? なにしてんの?)
脳内で叫ぶ。
返事はない。
(待って、待って。やめてよ。僕みたいなモヤシが、あんなギラギラのレディースの相手できるわけないでしょ。夜間に一瞬でボコられた気室に、ボコられてたのが僕だよ? 聞いてる? 蝉原さん? 蝉原様?! 総長!! ゴッドファーザァアアア!!)
完全なる無視。
僕が焦っていると、
「行くぜ、チンピラの王様」
夜間が踏み込んできた。
「どわぁああ!」
反射的に身体が動いた。
避けた……というより、ビビってすくんだのが幸いしただけだ。
夜間の拳が、耳元をかすめていく。
周囲から、はやし立てる声が上がった。
「総長、やっちゃえ!」
「そんなブス、殺しちゃってください!」
「ワンパン! ワンパン!」
呑気な連中だ。
いい加減にしろ。
(蝉原! 助けて! 死ぬって!)
やはり応答なし。
蝉原はたまに、こういう底意地の悪いことをする。
本当に勘弁してくれ。
嘆いていると、
夜間の拳が腹に直撃した。
「うぶほっ」
肺の中の空気が、一気に外に吐き出される。
憑依されて以降、蝉原はこの身体で毎朝ランニングをして、かなりきつめの筋トレをしていた。
おかげで、なんとか耐えられた。
けど、普通にゲロをはいた。
ビシャビシャと、事前に食べたものが口から飛び出る。
「……やはり弱いな」
夜間が、見下すような目で言った。
「そうだと思っていたよ。タッパがないだけじゃなく、鍛え方がまるで足りていない。あんたの身体はほとんど素人」
「うぇ……おえ……ぐえ……」
周囲の声が届く。
「え、どういうこと?」
「総長って、まさか弱いの?」
と、ざわつきだしたところで、
凪が、周囲の連中を睨みながら、
「バカどもぉお! 総長は、あえて遊んでおられるのだ! そんなこともわからんのかぁ!」
「な、なんでそんなことするんだよ……」
「そ、それは……なにか、深いお考えがあってのことだろう!」
そんな凪の叫びに答えたのは、夜間だった。
「いい加減に気づけよ。はがれたメッキから目を背けるな」
膝をついた僕を、夜間は静かに見下ろし、
「ハッタリとトリックでのし上がってきた裸の王様……ここで終わりにしよう。あとは俺が引き継ぐ」
そう言いながら、僕の顔を蹴り上げた。
視界が回転する。
吹っ飛びながら、僕は思う。
(本当に……ぼくは……情けないな……)
スタジオのことを思い出す。
あの女性スタッフの笑い声。
千堂が頭を下げていた光景。
みっともなくて、情けなくて……
(ぼくも……何者かに……)
心の底から、そう思った。
蝉原に出会うまでは、そんなこと考えもしなかった。
逃げる事ばかり考えていた。
蝉原はすごい男だ。
あんな風になれたら――と、男なら誰でも思うだろう。
(僕は……)
体が痛む。
それでも、
僕はなんとか踏ん張って、
(僕は蝉原勇吾だから……)
必死になって歯を食いしばる。
昔は出来なかったこと。
蝉原を知らなかった頃は、考えもしなかったこと。
(簡単に負けちゃ……いけないんだ……)
顔を上げて、夜間を睨んだ。
「……少しぐらいは根性があるのか」
夜間が、わずかに目を細める。
「まあ、そうじゃないとハッタリも利かせられないだろうからな。でも、もう、この茶番も終わりにしよう」
そう言って、夜間はさらに加速した。
ボッコボコに殴られる。
膝をいれられて、肘をぶちこまれる。
「うぅうう!」
でも、不思議と耐えられた。
アドレナリンのせいだろうか。
よく分からないけど、少なくとも、
気室に甚振られていた時よりずっと痛くなかった。
もちろん痛いんだけど……それだけじゃない。
あの時は、心が死んでいた。
でも、今は……
【自己鑑定結果】
名前:蝉原勇吾
種族:人間(ヤクザ)
レベル:1
HP:12/35
MP:12/12
筋力:9
耐久:8
敏捷:9
魔力:8
知性:D(A)
悪意:E(S)
根性:C(SS)
IT:F(A)
商才:F(A)
戦力:E(極SS)
心理:E(A)
話術:E(A)
人望:D(B)
謀略:G(極SS)
悪運:超SS(C)
称号:『元いじめられっ子』『宇宙一のヤクザ』
魔法:『自己鑑定』『カンファレンスコール』『霊体回収』
スペシャル:『皇気』
『威圧覇気』『火事場のバカ気迫』