いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる―   作:閃幽零

28 / 32
27話 刻印。

 

 27話 刻印。

 

「いい加減……倒れろよ」

 

 夜間が、渾身の拳を顔面に叩き込んだ。

 僕は盛大に吹っ飛んで、壁に激突。

 意識が、ふっと遠くなりかけた。

 

 その時、

 

(7分か)

 

 聞き慣れた声が、頭の奥に響いた。

 

(夜間相手に、よく頑張ったじゃないか。世界雑魚ランキング50億位ぐらいになれたんじゃないかな。ワースト1位だった頃を考えると大健闘じゃないか)

 

 と同時に、身体の感覚が変わった。

 蝉原が、主導権を奪った。

 

 意識がスイッチすると、体の痛みは感じなくなる。

 今、蝉原が、この身体の痛みを全部引き受けているはずだ。

 ……なのに、なんでこいつは、ケロっとした顔をしているんだ。

 

 それがヤクザの見栄ってやつなのだろうか。

 

「まだ、立つのか」

 

 夜間が、わずかに目を見開いた。

 

「頑丈さだけは認めてやっても――」

 

「さて、夜間」

 

 蝉原の声が、静かに遮った。

 首をゴキゴキと鳴らしながら、美しく挑発的に、

 

「7分ほどサンドバッグをしてやったわけだが、ここからはこっちのターンだな」

 

 にっこりと、笑う。

 

「俺の攻撃に7分耐えてもらう。出来なかったら、腕をもらうぞ」

 

 その言葉の直後、凪が目を輝かせて、

 

「きたぁあああ! エンペラァアタァアアイム!! さっきまで自由に殴らせていたのは、力量差をハッキリさせるためだったんすねぇえええ! やっぱ、渋すぎ、総長!!」

 

 次の瞬間、蝉原が動いた。

 さっきまでと、何もかもが違った。

 同じ身体のはずなのに、まるで別の生き物が入っているみたいだった。

 

「……な、なんだ……急にーー」

 

 夜間も動揺している。

 ゴミみたいな雑魚が、急に、総合格闘技のチャンピオンみたいな動きになったんだから当然。

 

「足元のお留守番がアクビをしているね」

 

 綺麗な水面蹴りが、夜間の重心を刈り取る。

 

「うぉっ!」

 

 夜間の身体が、宙に浮いた。

 

「殺神覇龍拳!」

 

 落ちてきた顔に、蝉原のアッパーが炸裂した。

 必殺技名を叫ぶのはどうかと思うけど、その切れ味は本物だった。

 

「ずぐぁあああ!」

 

 夜間の巨体が持ち上がる。

 

 そこから先は、一方的だった。

 踏み込み、崩し、打ち込む。

 全ての動作に無駄がない。

 夜間が受けるたびに、骨に響くような音が会場に広がる。

 

 3分ほどで、

 

「が……」

 

 夜間は膝から崩れ落ちた。

 

「3分12秒。7分には全然足りていないね」

 

 蝉原の声は、静かだった。

 

「では、腕をもらうぞ」

 

 冷たい声を受けて、

 夜間は、

 

「……ま、まだ……死んでない……倒れた……だけだ」

 

 夜間が、震える声で言う。

 僕の比じゃないぐらいボコボコにされているのに……夜間の目はまだ死んでいない。

 

 彼女は、だいぶすごいレディースだ。

 蝉原と比べたらかすむだけで、そこらの雑魚とは格が違う。

 

 蝉原は、そんな夜間に、

 

「君が気絶するまで殴るのはしんどいよ。殺しちゃうかもしれないし」

 

 そこで、蝉原は、振り向いて、

 

「愛羅……あれ、用意できてる?」

 

「ええ」

 

 愛羅が差し出したのは、電熱式の焼きゴテだった。

 特殊な形状の、小ぶりなもの。

 

 蝉原は、それを夜間の腕に押しつけた。

 

「あつっ」

 

 一瞬の沈黙のあと、焼きゴテを離す。

 夜間の腕に、悪魔の紋章が刻まれていた。

 綺麗に、くっきりと。

 

「ディアブロの刻印をプレゼント。俺のサインみたいなもの……これで君の腕は俺のもの。今後、俺の右腕として頑張るように」

 

「……」

 

「なにか文句でも?」

 

「ひ、ひとつだけ……きかせてくれ……」

 

「なにかな?」

 

「あんた、強すぎる……どうやったら、そこまで……強くなれるんだ?」

 

 夜間の声は、怒りでも悔しさでもなかった。

 純粋な問い。

 

 蝉原は少し間を置いてから、

 

「よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。それが秘訣だね」

 

「……」

 

「知らない? 亀仙流の教えだよ」

 

 蝉原は、にっこりと笑った。

 

「教養が足りないねぇ。そんなんじゃ俺の右腕として失格だぞ、と」

 

 会場が、一拍の沈黙のあと、どっと沸いた。

 笑い声と、どよめきと、どこか安堵したような空気が混ざり合って、シアターホール全体を満たしていく。

 

「総長、強すぎぃ!」

「ゲロ吐く演技は必要なかったんじゃないすか!」

「夜間、お前も、なかなか強いじゃねぇか!」

 

 刻印を押された夜間は、ぼんやりと自分の腕を見ていた。

 怒っているのか、納得しているのか、よく分からない顔だった。

 

 たぶん、両方なのだと思う。

 

 凪は、羨ましそうな目で夜間の刻印を見ていた。

 

「総長! ボクにも、ぜひ、あの刻印を!! 総長の所有物である証を、このボクの腕にもぜひ!!」

 

 そう言って腕を差し出してきた。

 蝉原は、鼻で笑って、

 

「また今度ね」

 

 と、あしらうようにそう言った。

 

 ――ちなみに、今日もセフィアさんはずっと蝉原を見ていた。

 この大騒ぎの最中も、一秒たりとも視線を外さずに。

 もはや、それが当たり前の光景になってきてしまった自分が少し怖い。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。