いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
27話 刻印。
「いい加減……倒れろよ」
夜間が、渾身の拳を顔面に叩き込んだ。
僕は盛大に吹っ飛んで、壁に激突。
意識が、ふっと遠くなりかけた。
その時、
(7分か)
聞き慣れた声が、頭の奥に響いた。
(夜間相手に、よく頑張ったじゃないか。世界雑魚ランキング50億位ぐらいになれたんじゃないかな。ワースト1位だった頃を考えると大健闘じゃないか)
と同時に、身体の感覚が変わった。
蝉原が、主導権を奪った。
意識がスイッチすると、体の痛みは感じなくなる。
今、蝉原が、この身体の痛みを全部引き受けているはずだ。
……なのに、なんでこいつは、ケロっとした顔をしているんだ。
それがヤクザの見栄ってやつなのだろうか。
「まだ、立つのか」
夜間が、わずかに目を見開いた。
「頑丈さだけは認めてやっても――」
「さて、夜間」
蝉原の声が、静かに遮った。
首をゴキゴキと鳴らしながら、美しく挑発的に、
「7分ほどサンドバッグをしてやったわけだが、ここからはこっちのターンだな」
にっこりと、笑う。
「俺の攻撃に7分耐えてもらう。出来なかったら、腕をもらうぞ」
その言葉の直後、凪が目を輝かせて、
「きたぁあああ! エンペラァアタァアアイム!! さっきまで自由に殴らせていたのは、力量差をハッキリさせるためだったんすねぇえええ! やっぱ、渋すぎ、総長!!」
次の瞬間、蝉原が動いた。
さっきまでと、何もかもが違った。
同じ身体のはずなのに、まるで別の生き物が入っているみたいだった。
「……な、なんだ……急にーー」
夜間も動揺している。
ゴミみたいな雑魚が、急に、総合格闘技のチャンピオンみたいな動きになったんだから当然。
「足元のお留守番がアクビをしているね」
綺麗な水面蹴りが、夜間の重心を刈り取る。
「うぉっ!」
夜間の身体が、宙に浮いた。
「殺神覇龍拳!」
落ちてきた顔に、蝉原のアッパーが炸裂した。
必殺技名を叫ぶのはどうかと思うけど、その切れ味は本物だった。
「ずぐぁあああ!」
夜間の巨体が持ち上がる。
そこから先は、一方的だった。
踏み込み、崩し、打ち込む。
全ての動作に無駄がない。
夜間が受けるたびに、骨に響くような音が会場に広がる。
3分ほどで、
「が……」
夜間は膝から崩れ落ちた。
「3分12秒。7分には全然足りていないね」
蝉原の声は、静かだった。
「では、腕をもらうぞ」
冷たい声を受けて、
夜間は、
「……ま、まだ……死んでない……倒れた……だけだ」
夜間が、震える声で言う。
僕の比じゃないぐらいボコボコにされているのに……夜間の目はまだ死んでいない。
彼女は、だいぶすごいレディースだ。
蝉原と比べたらかすむだけで、そこらの雑魚とは格が違う。
蝉原は、そんな夜間に、
「君が気絶するまで殴るのはしんどいよ。殺しちゃうかもしれないし」
そこで、蝉原は、振り向いて、
「愛羅……あれ、用意できてる?」
「ええ」
愛羅が差し出したのは、電熱式の焼きゴテだった。
特殊な形状の、小ぶりなもの。
蝉原は、それを夜間の腕に押しつけた。
「あつっ」
一瞬の沈黙のあと、焼きゴテを離す。
夜間の腕に、悪魔の紋章が刻まれていた。
綺麗に、くっきりと。
「ディアブロの刻印をプレゼント。俺のサインみたいなもの……これで君の腕は俺のもの。今後、俺の右腕として頑張るように」
「……」
「なにか文句でも?」
「ひ、ひとつだけ……きかせてくれ……」
「なにかな?」
「あんた、強すぎる……どうやったら、そこまで……強くなれるんだ?」
夜間の声は、怒りでも悔しさでもなかった。
純粋な問い。
蝉原は少し間を置いてから、
「よく動き、よく学び、よく遊び、よく食べて、よく休む。それが秘訣だね」
「……」
「知らない? 亀仙流の教えだよ」
蝉原は、にっこりと笑った。
「教養が足りないねぇ。そんなんじゃ俺の右腕として失格だぞ、と」
会場が、一拍の沈黙のあと、どっと沸いた。
笑い声と、どよめきと、どこか安堵したような空気が混ざり合って、シアターホール全体を満たしていく。
「総長、強すぎぃ!」
「ゲロ吐く演技は必要なかったんじゃないすか!」
「夜間、お前も、なかなか強いじゃねぇか!」
刻印を押された夜間は、ぼんやりと自分の腕を見ていた。
怒っているのか、納得しているのか、よく分からない顔だった。
たぶん、両方なのだと思う。
凪は、羨ましそうな目で夜間の刻印を見ていた。
「総長! ボクにも、ぜひ、あの刻印を!! 総長の所有物である証を、このボクの腕にもぜひ!!」
そう言って腕を差し出してきた。
蝉原は、鼻で笑って、
「また今度ね」
と、あしらうようにそう言った。
――ちなみに、今日もセフィアさんはずっと蝉原を見ていた。
この大騒ぎの最中も、一秒たりとも視線を外さずに。
もはや、それが当たり前の光景になってきてしまった自分が少し怖い。