いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
29話 国家の代弁者。
龍星会の本部、最上階の会議室。
革張りのソファに、幹部たちがずらりと並んでいる。
その中心、上座に座る会長の表情は、珍しく渋かった。
「龍星建設の件、こいつが、ちょっとまずいことになってる」
会長がそう切り出すと、幹部の一人が資料を配り始めた。
龍星会の息がかかった建設会社、龍星建設。
河川敷に近い土地で進めている宅地造成工事が、近隣住民と環境NPOから訴えられているという。
工事差し止めの仮処分と、損害賠償請求。
濁水の流出だの、地盤沈下の懸念だの、それなりに筋の通った言い分らしい。
――まあ、要するに『工事やめろ。金払え』と脅されているということ。
ヤクザなのに脅されているのが面白い。
「相手の代理人が、鷹宮って弁護士でな……これがまた、厄介な野郎なんだ。とにかく裁判に強い」
メディア露出も多い、いわゆる『人権派』の大物弁護士。
大企業相手の訴訟をいくつも勝ち抜いてきた実績があり、弱者の味方として名を売っている。
特に強いのは、反社をバックに持つ企業相手の訴訟。
普通の弁護士は、国の盾があるとはいえ、仕返しを恐れて、ヤクザの相手をするのは嫌がるものだが、鷹宮は率先してヤクザ企業を相手にし、連勝を繰り返している。
「ウチの顧問弁護士じゃ荷が重い……というか、絶対に勝てない」
会長がそう言うと、蝉原は、紅茶のカップを片手に、軽く肩をすくめた。
「……では、俺が対応しましょうか」
「できるのか? 相手は名うての弁護士だぞ。チンピラを手なずけるのとはわけが違う」
「ま、とりあえず会ってみますよ」
軽い口調だった。
戦争を仕掛けるような重さは、どこにもない。
★
翌日。
鷹宮の事務所、応接室。
高層ビルの一室、磨き上げられたガラステーブルの向こうに、初老の男が座っていた。
仕立てのいいスーツ、整えられた白髪。
いかにも『正義』を背負って生きてきた、という顔をしている。
鷹宮は、蝉原を一目見るなり、片眉を上げた。
「ん? 中学生か?」
「いえ、高校生ですよ。蝉原勇吾と申します」
蝉原は、ニコリと微笑みながら、名刺代わりとばかりに名乗った。
「蝉原……ほう、貴様が……」
鷹宮は、興味深そうに蝉原を眺めまわす。
「こんなベビーフェイスだとは思わなかったな」
「かわいいでしょう」
「……ふん」
鷹宮は、鼻で笑い、
「目を見れば分かる。貴様は自分を強いと勘違いしているな」
「勘違いはしていないと思いますよ」
「ふんっ。特別に講義してやろう。……ヤクザは暴力で人を従える。私は法律で人を従える。はたして、どちらが強いと思う? 答えはシンプル。暴力はミクロ、法律はマクロ。貴様は井の中の蛙に過ぎない」
「ずいぶんな言いようですね」
蝉原は、表情を変えなかった。
むしろ、楽しんでいるようにすら見える。
鷹宮は、さらに高慢な態度で、
「貴様にはヤクザのバックがいるが、法律家のバックは国家だ。貴様ら反社は逆立ちしたって国家には勝てない」
「逆立ち状態だと、手も足も出せないので、小学生にも負けると思いますがね」
「黙って聞きなさい!」
ぴしゃりと叱りつけてから、
「国家は人で、貴様らはゴキブリ。逃げるのと迷惑をかけるのは得意だが、人間が本気になって殺虫剤をかければひっくり返るしかない」
とことん見下した目。
反社の人間を、ゴミ・虫けらと思っている瞳。
これまで僕が見てきた、いじめっ子やヤクザの脅し方とは、まるで違う種類の圧力。
拳でも、刃物でもない。
国家という、巨大な後ろ盾でぶんなぐってくる、大人の説教。
蝉原は、しばらく黙ってその言葉を聞いていたが、
「俺の信条をお伝えしておきましょう。俺は基本的に、カタギには手を出さない。しかし、俺を恐れない人間は許さない。このことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
その声には、いつものような軽さはなかった。
ただ、確かな芯のようなものだけが、その一言に込められている。
鷹宮は、半笑いで、
「バカな子供を恐れる理由などない」
「綺麗なアンサーですね。いいラッパーになれそうだ」
蝉原は、ゆっくりと立ち上がった。
「では、失礼します」
そう言い残し、振り返ることなく、応接室を後にする。