いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
37話 虚勢の温度。
翌朝、目を覚ました時から、何かがおかしいと思った。
身体が重い。
節々が軋むように痛む。
いつもの自分の身体のはずなのに、まるで知らない身体に閉じ込められているような違和感があった。
「これは……熱かな……」
などとつぶやいた直後、蝉原が身体の主導権を握った。
いつも通りの、何でもない動作で。
(僕の体、風邪ひいているっぽいけど、大丈夫?)
「この程度でダウンするような男が宇宙一のヤクザを騙るなんてちゃんちゃらおかしい」
★
その日も、ディアブロコミュニティの総会があった。
シアターホールに集まった配下たちが、いつも通り、次々と願いを口にしていく。
借金問題。
縄張りの揉め事。
恋愛のもつれ。
厄介事というのは永遠になくならないらしい。
蝉原は、いつもの調子で、それらを淡々と裁定していく。
涼しい顔で。
いつもと変わらない、余裕の笑みを浮かべて。
体の不調を誰にも気づかせないのは見事。
ヤクザ者の鏡と言っていいだろう。
(本当に大丈夫? 若干、冷や汗みたいなのが浮かんできたけど……)
心の中で、思わず声をかける。
蝉原は表情にも声にも出さず、心の中だけで、
(見栄をなくしたらヤクザではなくなるんだよ)
(……それは、えっと、見栄だけで立っている状態で、本当はすごく苦しいってこと?)
(俺の構文がだんだんと理解できてきたね)
★
総会が終わり、帰り道。
夜の住宅街を歩く足が、何度か、わずかにふらついた。
「……おっと」
電柱に手をつき、一瞬だけ止まる蝉原。
誰かに見られていないか反射的に周囲を確認してから、何事もなかったように再び歩き出す。
(蝉原……)
「また少し上がったかな……」
そう言いながら、ポケットから体温計を取り出す。
いつから持ち歩いていたのか分からないけれど、こういう用意の良さが、逆に怖い。
脇に挟んで、しばらく待つ。
電子音が鳴った。
「43度か……なかなかだね」
(えぐいよ。死ぬって。てか、人の体温に43度とかあるんだ?!)
「本当に脆弱な肉体だ……いや、ある意味で強靱と言えるのかな?」
などと世迷言を言いながら、近くのコンビニに入っていく。
迷いのない足取りで、アイスの棚に直行し、一本を手に取ってレジに並ぶ。
(なんだか不思議な感覚だよ。蝉原も、普通にアイスとか食べるんだね)
「ここらで可愛げもだしておかないとね」
会計を終えて、店を出ながら、蝉原は続ける。
「あと、俺はピーマンと注射が苦手なんだ。愛らしいだろう?」
(可愛げと弱点を一気に出していく狡猾な手法……)
「ちなみに嘘だけどね」
(えー……)
「ふふ」
アイスの包装を片手で器用に剥きながら、蝉原は夜の道を歩いていく。
高熱のはずなのに、その足取りに乱れはない。
その横顔を見ながら、僕は、ふと思う。
――この異常な高熱の原因は何なのだろう、と。
昨日の地下室の光景が、頭をよぎる。
水を浴びせられて、許しを乞う男。
その額に、迷いなく押し当てられた銃口。
乾いた音。
蝉原は、あれを、何でもないことのようにこなしていた。
涼しい顔のまま。
苦しんでいる様子なんて、一切見せなかった。
けど、その翌日に、原因不明の高熱。
関係は……あるのだろうか
(……ねえ、蝉原)
「なにかな」
(人を殺すのって……もしかしてストレスだったりする?)
蝉原は、僕の質問に対して鋭利な沈黙を返してきた。
5秒か、3秒か……わからないぐらいの奇妙な間を経て、
「もちろん、ストレスだよ。俺は害虫駆除に喜びを見出す変態じゃない」
はぐらかすかと思ったら、案外、普通に答えてくれた。
……いや、あるいは、普通に答えるというはぐらかし方なのかも。
蝉原のことだけは、いつまでも分からないまま。
(蝉原……なんで、こんなに頑張れるの?)
僕のシンプルな質問に、蝉原は卓球の返球みたいな速度で、
「怖いからだろうね」
と答えた。
(……それは、なにが?)
それきり、蝉原は何も言わなかった。
食べ終えたアイスの棒を、コンビニのゴミ箱に放り投げる。
その仕草は、いつも通り、何でもないことのように見えた。
けど、僕には、もう、いつも通りには見えなかった。