いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
38話 愛してるぜ。
その夜、僕は夢を見た。
いつもとは違う夢。
自分のものじゃない記憶を覗き見ているような感覚があった。
そこは、僕の知らない場所だった。
空も大地も、色という色が壊れている。
その壊れた世界の中心で、二つの影が殴り合っていた。
片方は、蝉原だった。
まるで魔王みたいな、世界中の混沌をかき集めたような……禍々しい姿の蝉原。
もう片方は――名状しがたい英雄だった。
人の形をしているけれど、とても人とは思えない輝きを放っている英雄の神様。
言葉では言い表せない。
神々しい、剣の形をした翼を、その背から無数に生やしている。
神聖さと、暴力性が、同じ身体の中に同居していた。
二人は、ぶつかった。
空間が軋む音がした。
拳と拳が交差するたび、世界そのものが歪む。
蝉原は、強かった。
物語に出てくる最強の悪魔のように、凄まじい魔法を次々と繰り出していく。
『英雄の神様』の身体を、何度も、何度も、貫き、切り裂き、燃やし尽くす。
英雄は、その度に死んだ。
けれど、何度死んでも、立ち上がってきた。
死ぬたびに、前よりも強くなって。
「すげぇよ、蝉原……お前こそ最強。お前こそ王にふさわしい」
まるで、敗北こそが、その英雄にとっての成長剤であるかのように。
蝉原との死闘を経験値として貪り食らっているみたいに。
「強ぇな、蝉原。……愛してるぜ」
英雄が、嬉しそうに笑いながら、そう言った。
蝉原は、
「光栄だね。実に誇らしいよ。君とこれだけやりあえるのは……いくら世界が広いと言っても、流石に俺ぐらいだろう」
笑いながら、そう返した。
どちらも、笑っていた。
恐怖でも、絶望でもなく。
ただ、純粋な、戦いそのものへの愉悦。
わけがわからないぐらいの、すごい闘いだった。
戦って、
戦って、
戦って、
――最終的に、蝉原は……
★
「あぁ!」
思わず飛び起きる。
全身、汗でぐっしょりと濡れていた。
心臓が、痛いぐらいに早鐘を打っている。
おかげで、熱は下がっていた。
喉がカラカラで、真っ赤に腫れた目が死ぬほどかゆい。
「はぁ、はぁ……あれは、なに……?」
(ただの夢さ)
「蝉原は、あの英雄に何回も勝っていたのに……何回もアレを殺していたのに……あの英雄は、何度も立ち上がってきて……ぁ、あんなエゲつないのが……もし、本当にいるなら……」
(だから、ただの夢だよ)
蝉原は、そう言ってから、少しだけ間を置いて、
(けど、もし夢じゃないなら――やるべきことは、たくさんあると思わないかい?)
「……」
その言葉の意味を、僕はうまく飲み込めなかった。
けれど、震える手を握りしめながら、僕は、ただ一つだけ、確かなことを口にした。
「負け……ないでほしい」
(ん?)
「君には……最強であってほしい……君が最強じゃなきゃ……嫌だ……」
ベッドの上で、息を整えながら、僕はそう繰り返す。
この時、僕は、もう、はっきりと自覚していた。
いつの間にか、僕は、蝉原勇吾という悪魔の――ファンになっていたのだと。
(……ふふ)
蝉原は、それだけ言って、笑った。
いつもより、ほんの少しだけ、優しい笑い方だった。