いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
6話 物騒なお客さん2
店を出ると、外は、もう夕暮れが近い。
オレンジ色の光が、通りを斜めに照らしていた。
(ねぇ、蝉原)
僕は、心の中で、おそるおそる声をかける。
(滝本を盾にすればよかったんじゃない? あの子を人質にとれば、この人も撃てなかったんじゃ……)
(野蛮だねぇ)
蝉原は、あきれたような声で、
(まるで、ヤクザみたいなことを言う)
(いや、ヤクザだよね、君。というか、結構ガチで言ってるんだけど。だって、相手、銃だよ? いくら蝉原でも、銃には勝てないでしょ)
(ロケットランチャーだったら、俺も少しはビビるんだけどねぇ)
誰よりも近くにいるから分かる。
このヤクザ……マジで、銃にビビってない。
背中に銃口を当てられて、廃ビルへ向かって歩かされているというのに、
こころも体も、驚くほど平穏で、落ち着いている。
★
男は、僕たちの数歩後ろを、一定の距離を保って歩いていた。
銃は、上着の内側に隠しながらも、しっかりとこちらに向けている。
相当なプロなんだろうな、と、素人の僕でも予測がついた。
「よく、それだけ冷静でいられるな」
男が、感心したように、ぽつりと言った。
「凄まじい胆力だ」
「そうでもありませんよ」
蝉原は、前を向いたまま、
「トイレにいった直後でなければ、今頃、チビっていたでしょうねぇ」
「……」
男は、それきり、何も言わなかった。
このままだと、蝉原のペースに巻き込まれると判断したのだろう。
★
連れてこられたのは、駅から少し離れた、廃ビルだった。
テナントがすべて撤退したのか、窓には板が打ちつけられ、壁には落書きが躍っている。
男の指示で、僕たちは、埃(ほこり)だらけの階段を上っていく。
後ろから銃で狙われながら、一段、一段。
そして、屋上に出た。
深い夕焼けが、街を赤紫に染めている。
風が強い。
柵は錆びついていて、ところどころ崩れている。
蝉原は、その崩れかけた柵のヘリまで、自ら歩いていった。
そして、下を見下ろす。
(懐かしいと思わないか?)
心の中で、蝉原が、僕にそう囁いた。
僕が、蝉原と出会ったのも、こういう場所だった。
学校の屋上。
本気で、死のうと思って、立っていた場所。
ちょっと前のことなのに……ずいぶん昔のことのように思う。
(そんなこと言ってる場合? 殺されちゃうよ)
(かもしれないねぇ)
蝉原は、笑うように、そう答えた。
男が、銃を構えたまま、口を開く。
「二十歳以下は殺さない。それが、俺のルールだ」
その声には、確かな重みがあった。
「俺にガキの殺しを依頼したやつは、今まで五人いるが、全員死んだ。俺が殺した」
「俺は二十歳以下なのですが?」
「お前をガキだと思うやつは、この世にいないだろう」
「俺は俺をガキだと思っているんですけどねぇ」
「お前の功績を調べた。……とんでもない男だ。流石に盛られた情報だろうと思っていたが、実際に会って確信した。お前は立派なギャングスターだよ。この世の安寧を狂わす、ゴミ。俺のターゲットだ」
「ふふ……元気のいいお兄ちゃんだ」
蝉原は、へらへらと笑いながら、そう返した。
男は、その態度に苛立つでもなく、ただ淡々と、
「自分で飛び降りろ。それが、最も手間が少ない」
殺すとなると、どんな手段であれ痕跡が残る。
プロなら、痕跡を限りなくゼロにできるだろうが、
100%のゼロにはできない。
飛び降りさせるが結局一番確実で楽。
その意見には僕も同意する。
と、そこで、蝉原は、
「一つ、提案が」
「なんだ?」
「タイマン、しません?」
男の眉が、ぴくりと動いた。
「……馬鹿か。ガキの遊びじゃないんだよ」
「あなたが俺をどう評価しようと、俺は未成年のガキですよ。ピチピチの高校生です」
「……それがどうした」
「もしタイマンで負けたら、自分の意志で飛び降りますよ。俺が勝手に死ぬだけ。……あなたが手を汚す必要はない。あなたの流儀は、けがれない」
「……」
男は、黙り込んだ。
銃口は、まだ、蝉原に向いたままだ。
「どうします?」
蝉原は、挑発するように、口角を上げる。
「それとも……俺が、怖いですか?」
「……しょうもない挑発だ」
男は、ため息をつくと、
「だが、まあ、いいだろう」
そう言って、拳銃を、上着の内側にしまった。
「黄泉への、手向けだ」
そして、拳を握る。
「イカれたギャングスターよ……俺をそこらのガキと一緒にするなよ。自慢じゃないが、俺は、傭兵も、軍人も経験している。お前のようなガキとは、くぐってきた修羅場の数が違うんだ」
「修羅場の数……ですか」
蝉原は、ふっ、と笑った。
「ふふ」
「何が、おかしい」
「いえいえ……」
蝉原は、なにも説明せず、その場で、二度、軽くジャンプした。
ぴょん、ぴょん、と。
まるで、準備運動をする陸上選手みたいに。
そして、構える。
僕の身体が、しなやかな刃みたいに、研ぎ澄まされていく。
(蝉原……勝てるの?)
(さて、どうだろうねぇ)
次の瞬間、男が、踏み込んできた。