いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
7話 物騒なお客さん3。
男の動きは、これまで蝉原が相手にしてきた『そこらのヤンキー』とはまるで違った。
夜間よりも、愛羅よりも、明らかに強くて速い。
無駄がなく、すべての動きに重厚感があって……それなのに軽やか。
拳の一発一発に、人を殺してきた者の凄みがある。
蝉原は、その全てを、紙一重で、あるいは、最小限の動きでいなしていく。
まるで、踊っているみたいに。
まるで、3秒ぐらい先が見えているみたいに。
男の拳が、蝉原の頬をかすめそうになった。
その瞬間、蝉原の身体が、ぐっと沈み込む。
――蝉原は、下から思いっきり拳を突き上げた。
男の顎にクリーンヒットする蝉原の硬いナックル!
「ぐっ……!」
男が、たまらず、後ろに下がる。
その顔に、はじめて動揺の色が浮かんだ。
「……し、信じられんガキだ……どういう訓練をしたら、その年で、その武が身につく……」
男は、口の端の血を、手の甲で拭う。
「ちっ。仕方ない」
そう言って、男は、
――再び、拳銃を取り出した。
(あ、卑怯! だめだめ! タイマンでしょ?!)
僕が、心の中で思わずそう叫んだと同時、
男は、銃口を蝉原の心臓に向けて引き金を引こうとした。
――その時だった。
蝉原の右手が、『待っていました』とばかりに、すっと、前に出る。
「カンファレンスコール」
詠唱の直後、小さな黒い球が、銃口のすぐ目の前に、ぽつんと現れた。
まるで蓋をするように、球が銃口を塞ぐ。
次の瞬間、
――パァン! という、乾いた炸裂音がした。
だが、それは発砲音ではなかった。
「うぉっ……!?」
悲鳴じみた声とともに、彼の手から銃が弾け飛ぶ。
逃げ場を失った火薬のガスが、銃口ではなく側面のスライドを突き破り、
鋭い金属片となって周囲に飛び散った。
硝煙の匂いと、焼けた金属の匂いが鼻を突く。
男は右手を押さえてよろめいた。
手のひらから、じわりと血が滲んでいる。
驚愕のあまり、硬直してしまった体。
その一瞬を蝉原は、逃さない。
「アベル」
その一言で、男の背後の足元に、黒い子猫が、ふっと現れた。
幽霊猫アベルは、二本足で立ち上がると、男の膝の裏を、その小さな前足で――
ズドン!!
と、猫の体格からは、およそ考えられない、
とてつもなく重い一撃で、思いっきりぶん殴った。
「ぐおっ……!?」
膝カックンの要領で、男の足が、がくんと崩れ落ちる。
そして、崩れ落ちてきた、その顔面に、
「殺神覇龍拳!!」
蝉原の、渾身のアッパーが、突き上げられた。
顎の先を、正確に捉える一撃。
脳を、まっすぐに揺らす。
「――」
男は、白目を剥きかけながら、その場に、へなへなと座り込んだ。
気絶はしていない。
でも、足に力が入らない。
アゴ先を殴られたボクサーが、たまになる状態。
脳が揺れて、意識はあるのに、身体が言うことをきかない。
「い、いまのは……なんだ……」
男が、絞り出すように言った。
「手品さ」
蝉原は、にっこりと微笑んで、
「種は、教えないよ」
男をその場に座らせたまま、蝉原はしゃがみ込み、目線を合わせた。
「さて。色々と聞かせてもらいたいんだけど。いいかな?」
「…………」
男はしばらく黙り込んでから、
「……はっ」
と、自嘲してから、
「好きにしろ。聞くだけならタダで自由だ」
「では、あなたに俺を殺すよう依頼した人の名前は?」
「……天からお告げがあったのさ」
「あなたの組織の名前は?」
「俺は一匹オオカミさ」
「なるほど……これは、拷問しても、言わなさそうだねぇ」
「ちゃんと答えているだろう。一匹オオカミの俺に、天からお告げがあったんだ。『調子こいている日本の若きギャングスターを殺せ』とな」
ナメた顔で、小ばかにしたようにそう言う男に、
蝉原は、ニコリと微笑んで、
「あなたは、相当なプロっぽいし。……この手口的に、おそらく……リアルクラブの暗殺部門、ロイヤルガーデンの人、かな?」
その瞬間、
――男の目が、ほんの、わずかに、揺れた。
「……」
「一瞬だけ、動揺したねぇ」
蝉原は、楽しそうに、目を細める。
「いけないなぁ。一流のプロなのに」
「……」
「いまさらポーカーフェイスしたって無駄だよ。俺みたいなガキが真相に辿り着いたというのは、確かに驚愕すべきことだろうけど……顔に出しちゃいけないねぇ」
「……ぎぃ」
男は、悔しそうに歯ぎしりをしている。
……この手の尋問や交渉をやらせた時の蝉原は、常にハンパない。
どうすれば、人の心が脆くなるのか、蝉原は誰よりも熟知している。