いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
8話 『蝉原』VS『闇の秘密結社』。
(蝉原……そのロイヤルガーデンって、なに?)
(要人御用達(ようじんごようたし)の老舗(しにせ)暗殺者組織だよ)
蝉原は、心の中で、僕に説明してくれた。
ようするに、大統領とか、会社の社長とか、地位の高い人を暗殺するための組織。
(前に話した、300人委員会。その傘下にある秘密結社、リアルクラブ。……その中の、暗殺部門が、ロイヤルガーデンさ。こういうと、末端の組織に聞こえるけど、この世界に存在する暗殺者組織の中では、トップ5に入る超大手だね)
すごいこと言っている。
どうやら僕らは、今、世界最高クラスの暗殺者組織に狙われているらしい。
ハリウッドの大作映画みたいだ……
(前回、俺が、ジャッカルとピンフを共食いさせただろう? その復讐、ってところだろうね。そろそろ『上』の連中が、何かしら送ってくると思っていたけど……かなりの上澄みを送ってもらえて、なんだかちょっぴり誇らしいね。それだけ高く評価してもらえたということだから)
相変わらず呑気だ。
世界最高峰の暗殺者組織に狙われているというのに。
この男が動揺するということはあるのだろうか。
……ないんだろうなぁ……
明日地球が終わります……と聞いても、半笑いで悪事をしていそう。
「現段階だと、君たちのような大きな組織は、あまり敵に回したくないんだよね」
蝉原は、男に向けて、そう呟いてから、
「というわけで。君のところのボスと、交渉することにするよ」
そう言って、男のジャケットに手を伸ばした。
内ポケットを漁ると、薄型のスマートフォンが出てきた。
予想通り、画面には、ロックがかかっている。
「指を、借りるよ」
蝉原は、動けない男の右手を取り、その親指を、画面に押しつけた。
あっさりと、解除される。
「プロが、指紋認証とは、感心しないね。静脈認証ぐらいに、しておかないと」
「する必要がない」
端末の中身は、徹底的に、削ぎ落とされていた。
連絡先は、ゼロ。
通話履歴も、消去済み。
インストールされているアプリは、暗号化メッセージアプリが、たった一つだけ。
「なるほど……几帳面だね」
蝉原は、そのアプリを開きながら、
「でも……」
メッセージ本文は、すべて、削除されている。
けれど、通知の残滓が、キャッシュに、わずかに残っていた。
送信元のIDらしき、英数字の断片。
蝉原は、それを、メモに書き留める。
(それ、なにか意味あるの?)
(あるとも。……犯罪AIのデータベースには、龍星会の情報屋が数年かけて集めた『裏社会の取引履歴』が、山ほど蓄積されている)
蝉原は、指を、素早く動かしながら、
(依頼者、仲介者、受注者。……その三者の間を流れた、金の痕跡。そこに、さっきのIDの断片を、照合させる)
数分で、候補が3件に絞られた。
「古い組織ほど、金の流れは、残りやすいものでね」
蝉原は、画面を見つめながら、男に向かって、
「君たちの組織は、かなり歴史があるよね。……無駄な伝統は足かせにしかならない。けど、やめられないんだよねぇ。人ってのは」
三件の候補を、蝉原は一つずつ、指でなぞっていく。
「これと、これは……普通に、よくある海外送金の記録だね。ハズレ」
二件を、あっさりと切り捨てる。
「残りの、一件」
最後に残った送金記録は、聞いたことのない地味な資産管理会社の名義を、経由していた。
(……この会社)
蝉原は、画面を睨みながら、
(表向きは、なんの変哲もないペーパーカンパニーだけど……この会社への出資者を辿ると……ああ、なるほど。『ヤタガラス』か……となると、依頼主は『山本』あたりかなぁ……)
(ヤタガラス?)
(都市伝説みたいなものでね)
蝉原は、心の中で、僕にだけ説明する。
(自衛隊の中に、国会の承認を経ない、非公式の別動部隊がある……なんて話を、聞いたことないかい? あれの、もう少し裏側にいる版だと思ってくれればいい。表向きは存在しないことになっている、政府系の汚れ仕事担当)
(そんなのが、実在するの……?)
(そういう組織をもたない国なんて、存在しないんじゃないかなぁ)
蝉原は、淡々と続ける。
(この会社から出た金は、一度、ヤタガラス名義の口座を経由して、洗浄されたうえで、リアルクラブに流れている。……政治家が、直接、海外の暗殺組織に金を払うのは、あまりにもリスキー。だから、こういう時のために、ヤタガラスみたいな『表に出ない中継役』が、重宝される」
蝉原はスマホを操作しながら、
(そして、このヤタガラス経由の送金の行き先。依頼料の着金確認に使っている連絡窓口。この口座に紐づいている連絡先候補は……3つ。どこまでも用心深いねぇ。感心、感心。この国の暗部もなかなか出来がいい)
褒めている場合かなぁ……
そこで蝉原は、男に向かって、スマホを見せて、
「この番号にかければ、あなた方のボスが出る。……合ってます?」
「……」
「わずかに、目が動きましたね。こちらとしては、まだ3択だったんですけど……やっちゃいましたねぇ」
「……」
「いくら訓練しても、俺という異常を前にすれば、かすかな動揺を隠せない」
「……」
「そこらの雑魚では見通せない、わずかな揺らぎ。……俺は、それを見逃さない。なかなかの洞察力だと、思いませんか?」
「……殺せ」
男が、低い声で、そう言った。
取り返しのつかない失態を命で償う……みたいな顔。
そんな男に、蝉原は、
「申し訳ありませんが」
にっこりと微笑んで、
「あなたを殺すのは、あまりにも不利益だ」
そう言いながら、蝉原は、彼の口の中にハンカチを押し込んだ。
舌をかまれないように……ってことかな?