いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
10話 ヤクザなど駆逐してやりたい。
「……なんの、ことでしょうか」
藤堂と呼ばれた秘書は、辛うじて、そう絞り出した。
声が、わずかに、震えている。
僕は、その様子を、心の中で見ながら思う。
(この人、めちゃくちゃテンパってるぅ……)
(そりゃそうだろうね。……『知り合いの政治家からかかってきた』と思ったら、その相手が、『暗殺しようとしたギャングスター』だったんだから……今頃、心臓がバクバクいっているんじゃないかな)
蝉原は僕にそう言ってから、声音を明るくして、
「藤堂さん、あなたの覚悟は素晴らしい。とても肝が据わっている」
「……あなたは誤解をしている。私は――」
「山本先生に、こうお伝えください。……俺は、あなたの敵ではない、と」
「……」
「それでは、よろしくお願いしますね。あ、藤堂さん、大丈夫ですよ。ちゃんと山本先生に伝えてくだされば、報復などいたしませんので」
そう言い残して、蝉原は通話を切った。
電話を切ったあとの静けさの中、僕は、心の中で尋ねる。
(それだけ? もっと何か、脅すとか、条件を出すとか、しなくていいの?)
(十分だよ)
蝉原は、事もなげに、
(あの秘書は、今頃、真っ青な顔で、山本先生のもとに駆け込んでいるはずさ。……『殺し損ねた蝉原勇吾から、直接、電話がありました』ってね。あとは、向こうが、勝手に、事の重大さを考えてくれる)
(……)
(下手に、こっちから条件をぶら下げるより、『もう全部知っている』という事実だけを、静かに突きつけた方が、相手は、勝手に恐怖する。想像力ってのは、時に、本物の脅迫よりも、よっぽど雄弁だからね)
★
折り返しの電話がかかってきたのは、その日の、夕方だった。
蝉原のスマホが、静かに震える。
「はい」
『……先ほどは、大変、失礼いたしました』
藤堂の声だった。
昼間の狼狽えた様子は、多少、落ち着いている。
けれど、その声の端々には、まだ、明確な緊張が滲んでいた。
『先生が……山本が、直接、お話をしたいと、申しております』
「連絡、お待ちしておりました」
蝉原は、にっこりと、笑うように、そう答えた。
その口調には、まるで、待ち合わせの約束でも取り付けているかのような、軽さがあった。
『……料亭を一つ押さえます。日時のご都合を』
「今夜で構いませんよ。なんせ、こちらは、暇な高校生ですので。そちらも俺が相手ならヒマになるでしょう?」
電話の向こうで、藤堂が、なにか言いたそうに、一瞬、言葉を詰まらせるのが分かった。
高校生、という単語と、これから起きるであろう会談の重さの間で、うまく整理がつかないのだろう。
やがて、日時と場所が、手短に伝えられ、通話が終わる。
★
指定されたのは、格式高い、料亭の一室だった。
畳の匂い。
床の間には、掛け軸。
庭には、丁寧に手入れされた、日本庭園。
その、上座に、一人の初老の男が、座っていた。
背筋が、まっすぐに伸びている。
鋭い眼光。
いかにも、一本、筋の通った人間、という佇まい。
政治家の山本権蔵(やまもとごんぞう)。
「お前が噂の蝉原か」
山本は、蝉原を、じろりと見て、
「随分と、調子に乗っているようだな。……言っておくが、私は、スジモノが、大嫌いだ。国家の品位に欠ける。駆逐してやりたいと、常々思っている」
「あなたが嫌っているのは『覚悟が足りていない低位のドブネズミ』でしょう? ……俺は、極道です。それも、世界屈指のね」
「同じだろう。どちらも、ただの犯罪者だ」
「それに関しては、全く違うと断言させていただきます! 本物の犯罪者と、ただの犯罪者を一緒にしては、それこそ国家の品位に関わる!」
いつもの蝉原と違う。
蝉原はいつも、飄々と、つかめない雲のように、ただようように言葉を使うのに、
この先生の前では、妙に力強く言葉を使う。
(そういうのが好きな先生だからね)
蝉原は、心の中で舌を出しながら、そう吐き捨てた。