いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
13話 滝本視点。
「……いやいや、そんな、重くとらえないでよ、凛花ちゃん。ちょっと、愚痴でも聞こうかなって、それだけで――」
「ないけど……いや、ほんとないけど! もし、私があんたになびいたら、あんた、ユウゴから私を取ったってことになるんだけど? いいの?」
「取るとかじゃなくて、なんつぅか……宅飲みしながら、ちょっと話すっつぅかぁ――」
言葉を濁す彗星の目に、微かな苛立ちが浮かんだ気がした。
その表情の変化に、私は逆に確信を持つ。
「……あのウワサ、マジだったんだ……やっばいね、あんた」
「ウワサ?」
「あんた、ユリカと寝たでしょ。で、その時に言ってたらしいじゃん。『蝉原の女とヤレたら自慢になるよな』みたいなこと」
彗星の顔色が、目に見えて変わった。
その反応を見た瞬間、頭の中が、すっと白くなった。
音が、一瞬だけ遠くなる。
周りのざわめきも、照明の唸る音も、全部、膜の向こうに追いやられたみたいに。
ユリカのことは、正直、どうでもよかった。
誰と寝ようが、誰に何を吹聴されようが、知ったことじゃない。
――でも、
ユウゴの名前を、こんな安っぽい自慢話のダシに使われたことだけは、マジで許せなかった。
まるで、ユウゴが、勲章か何かみたいに扱われている。
あの人がどれだけの覚悟で、どれだけのものを背負って生きているか何も知らないくせに。
「……いや、そんなこと言ってないって。それはユリカが嘘ついて――」
言い訳を最後まで聞く義理はなかった。
気づけば、腕が勝手に動いていた。
パァン!
乾いた音が、スタジオの喧騒を切り裂いた。
私は、彗星の頬を思いっきりビンタした上で、
「ユウゴをナメるやつは私の敵だから。ユウゴはあんたみたいなゴミにナメられるような安い男じゃないから」
そう言い捨ててやった。
周囲のスタッフが、ぎょっとした顔でこちらを振り向く。
「い……った……な、なにすんだ、ブス、ごらぁあ!」
殴られた頬を押さえながら、彗星が、なりふり構わず殴りかかってきた。
え、私を殴る気?
正気?
なんていう後先を考えないバカな男なんだろう……
と、他人事みたいに思っていると、
バチィイン!
拳と手のひらがぶつかりあう、乾いた破裂音が響いた。
いつの間にか、すぐ隣に立っていたユウゴの掌が、彗星の拳を、真正面から受け止めていた。
衝撃も、反動も、まったく感じさせない、涼しい顔で。
「凛花に手を上げようとした……ということは、『俺を敵に回す覚悟を決めた』と、とらえていいのかな?」
穏やかな声。
恐怖を感じさせる瞳。
けど、私には震えるほどセクシーに見える。
「せ……蝉原……さん」
彗星の顔から、一瞬で血の気が引いていく。
ビビりながら後退りをする彼に、ユウゴは、首を傾げながら、
「どういうこと? なんでビビるの? 今、凛花を殴ろうとしたよね? え、それをしたら、俺が敵になるって……想定してなかったってこと?」
『本当に意味が分からない』という顔でそうつぶやく。
その軽さが、逆に周囲の空気を凍らせていく。
私は、ユウゴの腕にぎゅっと抱きついて、
「そいつ、顔だけのバカだから、後先とか考えないよ。なんにも考えずに、モデルの女の子食い散らかして、めちゃくちゃ恨まれてるバカ」
「女の子って、こういうヒョロっとしたの好きだよねぇ」
「私は好きじゃないよ。一回も、コレに惹かれたことないから!」
「大きな声を出さなくても聞こえているよ」
ユウゴは、くすりと笑いながらそう言った。
そこで、何をトチ狂ったか、彗星が、屈辱に顔を歪めながら、
「せ、蝉原ぁ……」
と、精一杯のガンを飛ばしながら近づいてきた。
周囲のスタッフは、誰も止めようとしない。
みんな、遠巻きに、息を呑んで見守っている。
「あんま調子のるなよ……お前なんてどうせ、あれだろ……親がヤクザとかで、みんながヘコヘコしているだけだろ」
ユウゴはギャングスターとして、生きる伝説という扱いをされている。
けれど、凄すぎる武勇伝ばかりが独り歩きしていて、
実際の出自とかはそこまで広く知られていない。
体格だけで言えば、ユウゴは平均以下。
だから、たまに、彗星のような勘違いバカが絡んでくる。
「俺とタイマンはれるか? 言っておくけど、俺、空手やってたから。普通に黒帯だから」
自信満々に、拳を握ってみせる彗星。