いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
14話 滝本視点。
「それはすごい」
ユウゴは、パチパチと乾いた拍手をして、
「だったら、死ぬ心配はないね」
「あ?」
彗星が、間の抜けた声を上げた、その直後。
「ちょっとだけ離れて」
ユウゴは、私を三歩ほど後ろに下がらせると、
「歯を食いしばった方がいいよ」
そう言った、次の瞬間だった。
視認できないほどの速度で、ユウゴの足が、綺麗な弧を描く。
とんでもない速度の回し蹴りが、彗星のこめかみに、クリーンヒットした。
鈍い音がした。
彗星の身体が、まるでギャグマンガみたいに、宙を舞う。
スタジオの床に、盛大な音を立てて叩きつけられ、そのまま、力なく転がった。
「あ、がが……」
白目を剥きかけながら、ピクピクと痙攣している彗星。
あれだけ賑わっていたスタジオが、水を打ったように静まり返る。
「ユウゴ……ちょっとやりすぎ……かも」
思わず、そう言ってしまった。
ユウゴは、気にする様子もなく、倒れている彗星のもとまで歩いていく。
「彗星くん……きみ、ウチのコミュニティの関係者を何人かヤリ捨てしているでしょ。個人的にはどっちでもいいんだけど……ヤル相手は考えてほしいんだよねぇ。こっちもメンツってのがあるからさぁ……ナメた真似されたら、動かざるをえないのよ。で、それ、しんどいのよ、結構」
そう言いながら、彗星の頭を、軽く踏んづける。
「もし、次、一回でもナメた真似したら、社会的に死んでもらうから、そのつもりで」
その声には、怒りも、脅しの熱っぽさもなかった。
ただの事実確認をするみたいな、フラットな口調。
ユウゴはその気になれば、何だってできる力を持っている。
業界も、裏社会も、金も、命すらも、思うがままに動かせるだけの力を。
なのに、いつだって、その力を『悪人をぶっ潰すこと』にしか使わない。
世界一の悪人のくせに、どんなヒーローよりもヒーローをしてる。
そういうところが……最高にイカしてる。
と、そこで、さっきのバカ女性スタッフが、ユウゴのもとにすっ飛んできて、その場に土下座した。
「こ、こ、この前は! 本当に! 申し訳ありませんでしたぁ!!」
床に額をこすりつけるようにして、必死に謝る彼女に、ユウゴは、
「えっと……ああ……はいはい……俺のことをイモみたいな子って言ってくれた人か」
「その節は! 本当に本当にぃいい! 申し訳――」
「あ、うん。はいはい」
軽く流すと、ユウゴは、私の方に視線を戻して、
「帰り、どこか寄っていく?」
まるでさっきまでの騒動なんてなかったみたいな、フラットな聞き方。
それが、私にはたまらなくて……
ズルくて……
キュン死した。
★
撮影を終えて、外に出る頃には、すでに空はオレンジ色に染まっていた。
バイクのエンジン音。
排気ガスの匂いと、夕暮れの湿った空気が混ざり合う。
私は、いつものように、ユウゴの背中に体を預けて、腕を回した。
風の音を切り裂きながら、しばらく無言の時間が続いたあと、私はふと思い出して、
「……あ、そういえば、ユウゴ」
「なにかな?」
バイクのミラー越しに、ちらりとこちらを見る仕草。
「この前、ラーメン屋で――」
あの日のことを、私は、まだちゃんと消化できていなかった。
見知らぬ男に連れられていったユウゴの後ろ姿。
あの、ただ事じゃない空気。
「ああ、そういえば、顛末《てんまつ》を言ってなかったね。……あのラーメン屋の彼は、世界トップ5の暗殺者組織から派遣されたエージェントで、俺を殺そうとしたけど、魔法のレーザーで倒して、仲直りした。もう問題はないから、気にしなくていいよ」
あまりにもふざけた内容だけれど、
なんだろう……全部が嘘ではないような……
「……」
「なにかな?」
「それって……どこまでが嘘?」
「さあ、どこまでだろうねぇ……くくく」
バイクのエンジン音に紛れるくらい、小さな含み笑い。
この男は、いつだって、本当のことを、こうやって嘘の中に隠してしまう。
「ユウゴさぁ」
「なにかな?」
「どうやったら私のこと、抱いてくれる?」
風に負けないように、少し大きな声で聞いた。
「悪いけど、俺がときめくのは、フォロワー数が300万人を超えている女だけなんだ」
「……」
意地悪な返答に、私は普通にムっとする。
けど、
「……わかった。がんばる」
気づけば、そう返してしまっていた。
夕焼けに染まった街並みが、後ろへ後ろへと流れていく。
ユウゴの背中は、いつもと変わらず、細くて、頼りなくて、
――なのに、誰よりも大きく感じる。
いつから、私はこんな乙女になってしまったんだろう。