いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
16話 サラダ油。
脱衣が止まらないセフィアさん。
余裕で下着を脱ぎだしたので、
「ちょ、待って待って!?」
慌てて制止する。
セフィアさんは、キョトンとした顔で、
「……部屋では、いつも裸だから」
「僕も部屋ではパンイチでいることが多いよ。けど、お客さんがいるときにズボンは脱がない」
必死に説明する。
セフィアさんは、しばらく僕を見つめたあと、
「……冗談」
とだけ言って、律儀に脱ぐのをやめた。
なのに、なぜか、下着をいじっている。
(この人のボケ、分かりづらいんだよなぁ……そもそもボケかどうかすら分からない……)
★
リビングで、対面に座って、お茶を飲む。
殺風景なリビングの中で、テーブルとソファだけが、やけに高級そうだった。
窓の外には、夕暮れの街並みが一望できる。
その景色だけは、やたらと綺麗だった。
セフィアさんが入れてくれたお茶は、恐ろしくまずかった。
色合いだけは、普通の緑茶に見えるのに。
……どういうこと?
なんで、お茶をここまでまずくできるの?
トリカブトか青酸カリでも入れた?
「ずいぶん変わったお茶だね」
「……はじめて入れたから……よくわからなくて……サラダ油を、入れてみたんだけど」
「ぶふぅ!」
思いっきり吹き出した。
嘘だろ、この女……
げほげほと咳き込んでから、
「……本当にユニークなお嬢さんだね……」
呆れ半分、怒り半分でそう言う。
セフィアさんは、そこで、
「あの……」
「はい、なんすか」
「抱きしめていいですか?」
「……それは……どうでしょう……」
僕が困惑していると、
セフィアさんは、ゆっくりと立ち上がって近づいてくる。
どうしたものかと悩みつつも、僕も椅子から立ち上がり、
「えっと……これでよろしいでしょうか」
そう言いながら、僕は、セフィアさんをそっと抱きしめた。
彼女も、抱きしめ返してくる。
彼女のダイナマイトボディは、ハンパじゃなかった。
すさまじい柔らかさ。
微かに、シャンプーの匂いがした。
なんなんだ、この時間は……
数秒で、セフィアさんは僕から離れて、
「ありがとうございました」
と、丁寧に頭を下げた。
僕も、それにならって、
「こちらこそ」
頭を下げる。
マジで、なんだ、この時間。
★
抱き合ったあとの空気は、思った以上に気まずかった。
二人とも、何を話せばいいのか分からない。
テーブルの上の、まずいお茶だけが、湯気を立てている。
サラダ油入りの分際で、なに一丁前の顔していやがるんだ。
なんか、腹立ってきたな……
窓の外は、いつの間にか、すっかり暗くなっていた。
街の明かりが、ぽつぽつと灯り始めている。
沈黙に耐えかねて、僕は、さっきの話を思い出した。
「……あ、そういえば、親御さんがいないって話だけど……出張かなにか? もし、亡くなっているって場合は、最初に言っておくけど、ごめんね」
変な空気を変えたくて、なるべく軽い調子で聞いたつもりだった。
セフィアさんは、しばらく僕を見つめてから、
「……わたしは試験管ベビーなので、そもそも親はいません」
「……」
ボケかなぁ。
ガチかなぁ。
この人、マジでわからん。
真顔でとんでもないことを言うから、笑っていいのか、真剣に聞くべきなのか、判断がまったくつかない。
たぶん、僕がどんな反応をしても、この人はいつも通り『はい』しか返してこないんだろう。
うん。
この話題は、やめよう。
「……えっと、今日はありがとう。お茶、ごちそうさま」
僕は、そそくさと立ち上がり、逃げるように玄関へ向かった。
セフィアさんは、最後まで、玄関先で僕をじっと見送っていた。
いつも通りの、微動だにしない目で。
ドアが閉まる、その瞬間まで。
★
外に出ると、夜風が肌に心地よかった。
バイクにまたがって、走り出しても、蝉原からは何も聞こえてこなかった。
……あれ?
そういえば、結局、今日、蝉原、一言もしゃべらなかったな。
いつもなら、絶対に、なにかしら茶々を入れてくるはずなのに。
セフィアさんの対応に関しては、いつも、そっけないというか……
いつも、意図的に無視しているというか……
(蝉原……蝉原さん? ……その、たまに無視するのなんなの?)
いくら声をかけても返事はない。
まあいいか、と思いつつ、僕は、夕暮れの――もう、すっかり夜になった道を、走った。