いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
18話 ピアノ勝負。
「片倉さんが、どうしても、というから、やむなく招待しましたが……私は、君のような反社に、この栄誉あるコンクールに、一ミリたりとも関わってほしくないと考えています。できれば、今すぐ消えていただきたい」
小田切の隣に立つ女性――彼の孫である奏(かなで)も、冷たい目で、こちらを見ていた。
「……」
何も言わない。
でも、その目だけで、十分すぎるぐらい、嫌悪が伝わってくる。
芸術の場にゴロツキは必要ない……とでも言いたそう。
「あまりに無礼な物言いだな」
愛羅が、低い声で言った。
目つきが、明らかに、剣呑になっている。
夜間も凪も、バキバキに血走った目で、小田切を睨んでいる。
とても厄介な状況。
彼女たちが本気で切れたら、色々と面倒なことになる。
今にも暴れそうな彼女たちの視線を受けて、
小田切は、
「はっ」
と、鼻で笑い、
「チンピラらしく暴れるおつもりですか? どうぞ、どうぞ。警察には、すでに来ていただいて、ロビーに待機していただいておりますので」
「……だから、なんだ。それでひるむとでも?」
「誰もひるんでほしいとは言っておりません。ちょっとでも暴れたら、そのまま塀の中に入ってもらうと言っているだけですよ。知性がなりないと、その程度のことも理解できませんか?」
「……ちっ」
愛羅が、悔しそうに、奥歯を噛んだ。
完全に、先回りされていた。
この老人、なかなかの胆力をしている。
「まあまあ、愛羅」
僕は、彼女の肩に、そっと手を置いて、
「今日は、芸術を楽しみにきただけで、喧嘩をしにきたわけじゃないよね」
「……」
愛羅は、それでも、しばらく、小田切を睨みつけていたけれど、やがて、渋々、矛を収めた。
小田切は、勝ち誇ったような顔で、僕たちに背を向け、会場の奥へと歩いていく。
★
コンクールは、厳かに進んでいった。
招待客席から見下ろす形で、僕たちは、次々と登場する若手ピアニストたちの演奏を聴いていた。
海外から来た奏者たちの演奏は、どれも、素晴らしかった。
音楽に詳しくない僕でも、その凄まじさは分かる。
指先から紡がれる音の粒が、会場の空気そのものを、少しずつ、変えていく。
隣に座る滝本は、いつしか、演奏に聴き入っていた。
愛羅と夜間と凪のヤンキーギャルズは、
ずっと、少し離れた席に座る小田切にメンチを切っている。
セフィアさんは――言うまでもなく、微動だにせず、僕を見ていた。
美しいピアノの音色が響く中でも、彼女の視線だけは、一切、ぶれない。
★
最後に登場したのは、小田切奏だった。
ステージに現れた彼女は、それまでの誰よりも、緊張の色が薄かった。
当然、というような、堂々とした佇まい。
彼女のピアノは、文句のつけようがなかった。
完璧な技術。
繊細な感情表現。
一音一音が、会場の隅々にまで、きっちりと届いていく。
演奏が終わると、会場は、割れんばかりの拍手に包まれた。
審査結果は、満場一致。
優勝は、文句なしで小田切奏。
賞金、1000万円獲得。
おめでとうございます。
★
最後の挨拶も終わり、このコンクールもお開きに近づいたころ、
初老理事の小田切が、マイクを手に取った。
その動作には、明らかに、何かを企んでいる悪意がにじんでいた。
「この場をお借りして、皆様に、ご紹介したい方がおります」
会場が、ざわつく。
「本日は、かの有名なギャングスター、蝉原勇吾様に、ご来場いただいております」
わざとらしく、皮肉を効かせた口調。
会場のあちこちから、失笑めいた空気が漏れる。
中には、『蝉原がいるのか?!』と興奮している者もいるが、この会場内では少数派。
一応、パチパチと乾いた拍手。
その後に、
「どうです、蝉原さん。せっかく、この栄えある場に来ていただいたんです。ステージで、一曲、いかがでしょう」
完全に、恥をかかせるための誘い。
あの爺さんの悪意が手に取るように分かる。
この栄誉あるコンクールの舞台で、素人が何をやろうと、名だたる音楽家たちの前では、ただの『お遊戯会』にしかならない。
小田切は、それを見越したうえで、僕を煽っているのだろう。
周囲の招待客たちの目にも、明らかな期待――というよりも、見世物を見るような、下卑た興味が浮かんでいた。
噂のギャングスター様のお手並み拝見……といった様子。