いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
19話 楽しい音楽の時間。
僕は、心の中で、蝉原に、
(……言っておくけど、当然、僕は楽器なんか、弾けないよ。蝉原はいける? 君なら、ピアノもいけそうだけど、実際どう?)
そう尋ねた。
……でも、蝉原からは、何の反応もない。
また無視しやがっている、あのクソヤクザ。
(蝉原? 蝉原さん? ちょっと、聞いてる?)
……おいおい……まさか、この状況で僕に全部押し付ける気?
冗談だろ、と思ったけど、周囲の視線は、待ってくれない。
仕方なく、僕は、おずおずと、ステージへ向かう。
足が、震えていた。
ヤンキーたちにビビることは少なくなってきたけど、
それとこれとは全く別の話だ。
舞台に上がると、小田切寄りのスタッフが、
「ピアノ、ひけるんすか?」
と雑な質問をされて、
「いやぁ……ちょっと無理ですかね」
「じゃあ、これでもどうぞ」
と、タンバリンを一つ、押しつけられた。
「……あの、これ、どうすれば……」
「叩けばいいんじゃないですか?」
すごいな。
僕、蝉原勇吾だよ?
よく、その態度できるな。
音楽家のプライドってすごいね。
心の中で、そんなダサいことをつぶやきつつ、
(蝉原さん……助けてぇ)
と、救いを求めるが、相変わらずだんまり。
なんだ、あいつ。
どこが僕の召喚獣なんだ。
……スポットライトが、眩しい。
海外から来た音楽家たちの、値踏みするような視線。
蝉原の名声は、海外にもちょこちょこ届いている。
日本の若きギャングスター。
そんな蝉原が、この舞台をどう乗り越えるのかと。
僕は、震える手で、タンバリンを持ち上げ、
シャンシャン。
と、軽快に鳴らしてみた。
ほとんどやけくそ。
別に、いまさら恥の一つや二つ、たいしたことじゃない。
こちとら、ちょっと前まで自殺を考えていたんだから。
……僕のタンバリンは、リズムもクソもあったものじゃない。
ただの、音の羅列。
自分でも吐き気がするほど下手だった。
拍子を数えることすら、うまくできない。
一音鳴らすたびに、手のひらに、変な汗が滲んでいく。
もういいよ。
笑え、笑え。
好きなだけバカにすればいいさ。
……と開き直った僕に降り注いだのは、薄い失笑。
どうしよう。
久しぶりに死にたい。
そこで、小田切が、
「はっ」
と、鼻で笑って、
「まあ、ヤクザなんて、しょせん、その程度でしょうね。教養もなく、暴れるだけの、クズ」
その言葉に、会場のあちこちから、同調するような笑いが起きる。
僕は、
「……はは、そうっすね」
とりあえず、おどけてみた。
こういう時は、たぶん、僕だけじゃなく、みんな、こうなると思う。
僕は、震えそうになる足をどうにか抑えつつ、
「じゃあ、僕はこの辺で……」
と、ステージを降りようとした。
だが、そこで、初老理事の小田切が、勝ち誇ったように、続けた。
「みなさま、どうでしょう。今回の優勝者である私の孫と、かの高名なギャングスターのピアノ勝負というのは!」
その声に、会場の空気が、一段と、興味深げなものに変わる。
「蝉原さん……もし、あなたが勝てたら、孫が得た『1000万』の賞金を、そのまま、あなたに差し上げましょう」
そこで、奏が、
「おじい様……その辺でいいでしょう。これ以上、辱めると、武装して襲ってくるかもしれません」
「そこまでの恥知らずではないさ……ねえ、蝉原さん」
あえて慇懃(いんぎん)に、そんな悪意を向けてくる。
流石に、僕も、ちょっとイラついてきたな。
そこで奏が、
「……煽らないでください、おじい様。これ以上、神聖なステージで、反社の道化を見るのは耐えられません」
うんざりしたような顔で、そう言い捨てた。
孫も娘も、煽り方がうまいな。
……いや、奏の方は、普通に嫌がっている感じかな。
僕みたいなゴミの相手をすることは、本物のアーティストとしてのプライドが許さない……的な感じか……
「……奏、黙っていなさい」
小田切は強い目で孫を黙らせた。
どうしても、僕に恥をかかせたいらしい。
その執念と悪意は大したものだと、蝉原あたりなら褒めてくれるだろうね。
僕はただただイラつくだけだけど。
「さあ、どうぞ、蝉原総長閣下殿。あなたは、偉大なるギャングスター様なのですから、最低限の演奏はしていただきたいものですね」
促されて、僕はピアノの前に座らざるをえなくなる。
ステージの中央に、静かに置かれている大きなグランドピアノ。
磨き上げられた黒い光沢が、照明を反射している。
産まれて初めて、この距離で鍵盤を見たな……
音楽教室にピアノはあったけど、いつも遠くから見ているだけだった。
触ろうと思ったこともなかった……僕、ぶっちゃけ、音楽興味ないんだよねぇ……
と、そこで、僕はクラスSガールズたちの座る席のほうに視線を向けてみた。
滝本は、明らかに悔しそうな顔をしている。
凪と夜間は、今にも爆発しそうなぐらい、拳を握りしめていた。
愛羅は、静かに、ただ僕を見ていた。
セフィアさんは……まあ、いつも通りだ。
彼女たちにも、なんだか申しわけがないなぁ……
などと思っていると、
――そこで、僕の身体から、力が抜けた。
……遅いよ、ヒーロー。
マジでいい加減にしてくれよ。
そろそろ、本気でぶん殴るよ。
――いつも通り、蝉原が、僕の体を奪い、
「それでは始めようか……楽しい音楽の時間を」