いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
21話 社会科見学。
今日は、社会科見学だった。
この世界の『社会』なら、裏側を中心に、もう嫌というほど見学させられている気がするんだけどな……
できれば、免除にしてくれないだろうか。
行き先は、市内で一番高い、オフィスビル。
名だたる企業が、いくつも入居する、地上五十階建ての超高層タワー。
通学路の途中、遠くから見上げたことは、何度もある。
でも、実際に中へ入るのは、今日が初めてだった。
朝、バスの窓から、その建物がだんだんと大きくなっていくのを眺めながら、僕は、ほんのちょっとだけ、ワクワクしている自分に気づいた。
ほんとうに、ちょっとだけね。
最近は、これぐらいの平和な高揚感すら、貴重なものになっている。
★
クラス全員でぞろぞろとロビーに入ると、天井の高い、開放的な空間が広がっていた。
大理石張りの床が、朝の光を反射して、やけに眩しい。
そこに、案内役らしきスタッフが、一人、僕たちを出迎えた。
ちなみに、僕の両隣には、当たり前のように、滝本とセフィアさんが陣取っている。
両手に花……と言えば聞こえはいいけれど、実際は、両サイドから、それぞれ違う方向に引っ張られるだけの、地味に面倒な状況だ。
「みなさん、ようこそいらっしゃいましたぁ」
やたらとたどたどしい日本語だった。
金髪碧眼、彫りの深い顔立ちの、若い男。
背丈も、体格も、案内係にしては、いやに立派だった。
「本日は、私が、皆さんを、ご案内、しましょう。私の名は、スピアット、モナルーズでぇす!」
やたらと元気いっぱいの挨拶に、クラスメイトの女子たちが、こそこそと耳打ちしはじめる。
「外国人スタッフとか、珍しくない?」
「グローバル企業ってやつじゃない?」
「だいぶイケメンなんだけど」
などとキャッキャしながら、みんな、モナルーズさんの案内について、ぞろぞろと歩き出す。
僕も、その流れに従って、足を動かそうとしたところで――
(……あの金髪、エグいね)
脳内に、蝉原の声が響いた。
(え、なにが?)
(凄まじい肉体をしている。それに、靴の底、擦れ方が普通じゃない。あれは、デスクワークをしている人間の靴じゃない)
(……そうなの?)
僕は、思わず、その男を、まじまじと見つめ直した。
言われてみれば、確かに、スーツの上からでも分かる、無駄のない体つきをしている。
立ち方も、どこか、他の案内スタッフとは違う。
軽く見えて、重心が、まったくブレていない。
……ような、気がしないでもない。
正直、僕には、そこまで詳しく判断できないけど。
そんなことを考えていると、その男が、まっすぐに、こちらへ近づいてきた。
「あなたが、有名な、蝉原勇吾ですねぇ。ギャングスター、かっこいいね」
「あ、どうも……」
僕は、軽く、頭を下げる。
「んー? ギャングスターにしては、腰が低いねぇ。もっとイケイケドンドンかと、おもっていたよ」
「いや、僕は、ただの平凡な高校生なので……」
「なんて言いながら、しっかり、両手に美女を抱えているねぇ。ギャングは、そうじゃないと。……蝉原さん、セックスは、一日に何回?」
あまりにも唐突な質問に、周りの空気が、一瞬、固まった。
僕は、乾いた笑いを浮かべながら、
「……えぐいセクハラっすね。日本語が苦手とかで、許されるレベルじゃないですよ。できれば、その辺のモラルは、守ってほしいなぁ……」
半笑いで、そう返すしかなかった。
★
見学は、順調に進んでいた。
最新のオフィス設備。
全面ガラス張りの、見晴らしのいい会議室。
案内スタッフのモナルーズが自慢げに語る、社員食堂のビュッフェメニュー。
どこを見ても、僕には縁のなさそうな、キラキラしたオフィスの世界だった。
クラスメイトたちは、はしゃぎながら、あちこちで写真を撮っている。
ちなみに、はしゃいでいるのは、女子だけだ。
蝉原に躾けられた男子連中は、まるで軍人みたいに、壁際に、直立不動で並んで立っている。
誰も、指示されたわけじゃない。
自然と、そうさせてしまうのが、蝉原の何より恐ろしいところだと、僕は思う。
僕らにとっては、もう見慣れた光景だけど、案内されているオフィスの社員さんたちは、明らかに『何事?』という顔をしていた。
「……あの子たち、どうして、あんな……」
「ほら、例の『蝉原勇吾』のクラスだから」
「あー……」
なんとなく、それだけで、みんな、納得したような顔をしている。
蝉原の名前も、だいぶ、世間の隅々まで轟いてきた。
いったい、彼の名前はどこまで響き渡っていくんだろう。
……ちなみに、例の外国人案内人モナルーズは、
いつの間にか、僕のすぐ隣を、当たり前のように歩いていた。
「蝉原さん、日本の、学校生活、楽しいですか?」
「いやぁ……どうでしょう……正直、勉強にはついていけませんし、人間関係がうまくいっているとも言い難いので……楽しいとは言えないかもですねぇ」
「あらら。では、ジャパニーズマフィアのお仕事は? 順調みたいですね。忙しいですか?」
「僕は……別に忙しくないですねぇ……周りの人が、なんか妙に優秀なんで……最近は、みんなの愚痴を聞くぐらいで……」
「蝉原さん……なんか、おもてたのと違うねぇ……もっとイカれたサイコパス想像してたよ。イタリアだと、マフィアのボスなんて、サイコばっか」
「あー……まー……そうですね。その意見には、おおむね賛成というか、否定する要素がないといいますか……」
そんな、なんてことのない世間話を交わしながら、僕たちは、フロアの奥へと進んでいく。
――その時だった。
突然、館内放送のスピーカーから、雑音混じりのノイズが響いた。
『――このビルは、これより、我々が制圧する。命が惜しければおとなしくしていろ。警告する。これは避難訓練ではない。本気のテロリズムである。最後にもう一度だけ言う。これは避難訓練ではない』
感情のない、機械のような声だった。