いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
22話 イベント。
一瞬、誰も、その言葉の意味を、理解できなかった。
クラスメイトの誰かが、
「え、何かのイベント?」
と、呑気に、そう呟いた、次の瞬間。
共有スペースの、あちこちの扉から、黒ずくめの男たちが、なだれ込んできた。
全員、しっかりと銃を構えている。
冗談か何かかと思った――その考えは、すぐに、打ち砕かれた。
「動くと殺す。これはモデルガンではない」
そう言いながら、男の一人が、壁に向かって、一発、撃ち込んだ。
乾いた、破裂音。
壁の一部が、粉々に、砕け散る。
普通に、余裕で本物の銃だった。
こっわ。
銃とか、やぁねぇ。
当然のように、女子たちが、反射的な悲鳴を上げる。
「わめくな! 動くな! 全員、両手を頭の後ろに! そして、伏せろ」
鋭い声が、フロア中に、響き渡った。
クラスメイトだけじゃなく、案内されていた社員たちも、次々と、床に伏せさせられていく。
黒ずくめの男たちは、あっという間に、僕たちを一箇所に集め、スマホなどの通信機器を、根こそぎ奪っていった。
そのまま、後ろ手に、金属製の手錠を、次々と、かけていく。
カチャリ、という、無機質な音が、あちこちで、連続して響く。
モナルーズも、他のクラスメイトたちと同じように、拘束されていた。
「こわいですぅ。蝉原さん、たすけてぇ」
「まったく同じように拘束されている僕の無様な姿、見えてますよね? どうやったら、僕があなたを助けられるのか、できれば詳しく教えてもらいたい」
★
僕たちは、拘束されたまま、フロアの隅に、まとめて座らされた。
冷たい床の感触が、後ろ手に縛られた腕から、じんわりと伝わってくる。
テロリストたちは、僕たちを監視しながら、それぞれ、忙しなく動き回っていた。
黒い、ジュラルミンケースのようなものを、いくつも運び込んでは、フロアのあちこちに、物々しい機材を、手際よく設置していく。
その様子を眺めながら、僕は、ただ、ぼんやりと思う。
――これは、もう蝉原に任せるしかないね。もしくは警察……あるいは自衛隊? 知らんけど。
正直、テロられているという実感が薄い。
テレビ越しの遠い出来事みたいに、俯瞰しているというか……
自分のこととは思えないというか……
ちなみに、僕の隣にはモナルーズが座っていて、彼はあわあわと、
「あー、これは、困りましたぁ。困りましたぁ。家で妻と子供と犬と亀が待っているというのにぃ。私、まだ死ねないのにぃ」
拘束された手首を、もぞもぞと動かしながら、そう呟いた。
微妙に緊張感のない彼の声を聞きながら、
僕は、心の中で『知るか、ぼけ』と、静かに毒づく。
――と、そこで、ふっと、体の力が、抜けた。
この感覚には、もう、すっかり慣れてしまった。
蝉原が、僕の身体を、乗っ取る時の感覚。
今日は、ずいぶんとお早いご出勤で。
いつもは、無駄にちょっと焦らすのに。
流石に、今回みたいな、ガチな状況で、
『途中まで、僕自身にやらせておく』、
みたいな、悠長な真似はしないらしい。
じゃあ、蝉原さん、あとはよろしくです。
――なんて、他人事のように、思っていると。
ゴキっ、という、鈍い音がした。
蝉原が、自分の両肩の関節を、静かに外していた。
……すごいな、ほんと。
痛くないの?
絶対、痛いよね?
あとで痛いの残らないよね?
蝉原は、体のあらゆる関節を、順番に鳴らしながら、
「……めんどうだけど……仕方ないね。付き合ってあげるよ」
そのまま、細くなった肩の可動域を利用して、後ろ手にかけられた手錠から、するりと、腕を抜いた。
「な――」
周りにいる『拘束されている社員たち』が、驚愕の目を、こちらへ向けてくる。
一方、クラスメイトたちは、『さすが蝉原』という顔で、特に驚きもしていない。
もう、みんな、蝉原のスーパースペックには、すっかり慣れきってしまったらしい。
その時、隣に座っていた、モナルーズが、
「おお、すごいですねぇ……えっと……こう……かな?」
同じように、ゴキっと関節を外してみせた。
「あ、いけた」
あっさりと、手錠から、両手を抜くモナルーズ。
「蝉原さんの真似したら、いけましたぁ」
「……へぇ、すごいですねぇ」
蝉原はダルそうに棒読みでそう答えた。
……ここまでくれば、流石に、アホの僕でも、気づく。
多分、この外人、黒幕だな。