いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
23話 バディ。
「さて」
蝉原は、首の関節を、コキコキと鳴らしながら、モナルーズのほうを、ちらりと見た。
「どうせなら、あいつらの制圧、手伝ってもらえますか?」
「もちろんですよ。……実は、十代の時に、従軍経験がありましてねぇ。結構、役に立てると思いますよぉ」
「へー」
あまりにも、軽い返事だった。
その様子を見ながら、僕は、心の中で、蝉原に尋ねる。
(蝉原……この状況、君らだけで、どうにかする気? 警察とか、呼ばなくていいの?)
(呼んだところで、間に合わないだろうねぇ)
蝉原は、姿勢だけ拘束されたフリをしたまま、
視線だけを高速で動かして、フロアの様子を、素早く見渡していく。
(この規模の武装、そして統率の取れた動き。ゴリゴリのプロだね。目的が不明だから、断定はできないけど……警察を呼んだところで、状況が好転するとは、あまり思えないね。初手でスワットを突入させてくれたら、まだワンチャンあるけど……いやぁ、それでも、厳しいだろうなぁ。日本の警察は、人質を取られると、借りてきた猫みたいに大人しくなるから)
★
テロリストたちは、フロアの四箇所に散らばり、警戒にあたっていた。
このフロアは、開放的な、ワンフロアのオフィス空間になっている。
中央には、休憩スペースとしての、ソファ席。
その奥に、ガラス張りの会議室が、いくつか並んでいる。
左右の壁際には、パーテーションで仕切られた、デスクの島が、ずらりと続いていた。
僕たちクラスメイトと、拘束された社員たちは、その中央のソファ席のあたりに、まとめて座らされている。
見張りは、四人。
一人は、エレベーターホールに近い、入り口付近に立っている。
一人は、奥の会議室のあたりを、うろうろと歩き回っていた。
残り二人は、デスクの島を挟んで、左右の壁際を、それぞれ、ゆっくりと巡回している。
どの男も、動きに、無駄がなかった。
視線の配り方。
足の運び方。
間合いの取り方。
どれをとっても、ただの素人の集まりではないことが、遠目にも、はっきりと分かる。
「では」
蝉原が、僕たちのすぐそばに、屈み込みながら、低く囁いた。
「あなたは、右の壁際と、奥の会議室。俺は、入り口と、左の壁際。いいですか?」
「オッケーです。がんばりましょう、蝉原さん」
モナルーズも、同じ姿勢のまま、小さく、頷く。
「三、二、一……」
蝉原のカウントが、囁きよりも、さらに小さく、消えていく。
次の瞬間、二人は、ほぼ同時に、動き出した。
★
まず、蝉原。
目標は、入り口に立つ、一人目の男。
蝉原は、床すれすれの姿勢のまま、ソファ席の陰から、デスクの島の隙間を、音もなく、縫《ぬ》っていく。
男の死角――背後、1メートルの距離まで、瞬く間に、詰め寄った。
男は、まだ、僕たちのほうに、意識を向けたままだった。
背後の気配に、まるで、気づいていない。
これに関しては相手が悪いのではなく、蝉原がエグすぎる。
次の瞬間。
――蝉原の腕が、男の首に、まわる。
爆速かつ力強いチョークスリーパー。
頸動脈を正確に絞め上げ、意識を一気に刈り取っていく。
男の膝が、がくりと崩れた。
力の抜けた体が、床に崩れ落ちる、その途中……
蝉原の手が、落ちかけた銃を、空中で、静かに受け止めた。
金属音一つ、立てさせない。
もう今更驚かないし、確信もしているけど、蝉原は絶対に人間じゃない。
銃を、そっと床に置くと、蝉原は、すぐさま、左の壁際にいる、二人目に向かって、姿勢を低くしたまま、次の獲物へと、視線を移した。
二人目は、パーテーションの陰から、視界の端に、ふと、異物を捉えた。
「――っ!?」
振り向きかけた、その動作の途中。
蝉原の拳が、男の鳩尾に、深く沈み込んだ。
声にならない呻きとともに、男の体が、くの字に折れ曲がる。
どうやら蝉原は『声を出させない殴り方』もお手の物らしい。
男が意識を失い、そのまま、崩れ落ちようとする、その寸前。
蝉原は、片手で、その体を支え、床へと、静かに、寝かせた。
ここまで、物音は、ほとんど、していない。
メタ〇ギアのRTAでもやってんのかって勢いで、
蝉原は完璧なステルスミッションをこなしていく。
★
一方、モナルーズは、蝉原とは、まったく違う動き方をしていた。
姿勢を低くすることも、気配を殺すこともない。
むしろ、堂々と、真っ直ぐに、奥の会議室へと歩いていく。
会議室の中にいた、三人目の見張りが、その気配に、ようやく気づく。
「――ちょっと――」
銃口を、こちらへ向けようとした、その動作の途中で、男の顔に、初めて、明確な困惑の色が浮かんだ。
「何して――」
その言葉が、最後まで、出ることは、なかった。
モナルーズの体が、次の瞬間には、もう、男の目の前にあった。
まるで、その間の距離を、まるごと省略したかのような、あまりにも不自然な速さ。
男の、銃を握る腕を、モナルーズの片手が、がっちりと掴み、そのまま、外側へと、力任せに、ひねり上げる。
パキン、という、鈍い音。
骨の折れる音だと、僕は、遅れて気づいた。
男の顔が、痛みに、大きく歪む。
だが、悲鳴が、実際に漏れることは、なかった。
その前に、モナルーズの、もう片方の手のひらが、男のこめかみに、深く、叩き込まれていたから。
男の体から、一瞬で、力が抜ける。
そのまま、ゆっくりと、崩れ落ちていった。
最後に残ったのは、右の壁際を巡回していた、四人目だった。
彼は、ようやく、他の三人の異変に、気づき始めている。
仲間からの応答がないことに、焦りを覚えたのか、視線を、あちこちにさまよわせながら、腰につけた無線機に、手を伸ばそうとした。
その手が、無線機に、触れる、寸前。
モナルーズの拳が、横合いから、男の頬に、突き刺さった。
男の体が、勢いよく、横に吹き飛ぶ。
そのまま、近くのデスクの脚に、ぐったりと、もたれかかった。
周囲は、しん、と静まり返っていた。
★
最初の一撃から、最後の一人が沈黙するまで……
体感で、7秒も、かかっていなかったと思う。
銃声は、一発も、響かなかった。
悲鳴すら、まともに上がらなかった。
ただ、一陣の風が、フロアを通り抜けていったような、そんな気配のあとに、四人の男たちが、それぞれ、床に、静かに転がっているだけ。
拘束されたままの、クラスメイトや、一般客たちは、何が起きたのか、まだ、うまく理解できていない様子だった。
誰かが、状況を飲み込めないまま、小さく、
「……え?」
と、間の抜けた声を、漏らした。
僕自身も、その光景を、ただ、呆然と、眺めているしかなかった。
心の中で、蝉原に、そっと、話しかける。
(蝉原……君が強いのは、当然、分かってるつもりなんだけど……あの外人さん……君と同じぐらい、強すぎない?)
(一緒にされるのは、心外だけどね)
蝉原は、少しだけ、不満げな声で、そう返してから、
(……まあ、彼も、そこそこできるのは、確かだね)