いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
26話 弟子入り志願。
遠足でテロにあった翌日。
流石に、学校は臨時休校になった。
命の危険に晒された生徒への配慮……ということらしいけど、正直、僕らクラスメイトの誰一人として、本気で怖がっていた記憶がない。
だって、あの状況、蝉原がいる時点で、相手は完全に詰みだったから。
というわけで、時間が余った僕は、昼からディアブロコミュニティの総会に顔を出していた。
今日も次から次へと、相談者がステージ前まで進み出て、蝉原の裁きを仰いでいく。
「――というわけで、示談金は先方の言い値の半分でいい。それ以上払うと、こっちが舐められる」
「はっ、御意にございます!」
みんな、悩みがつきないねぇ。
蝉原がどれだけ快刀乱麻に片付けても、次から次へと、厄介事が絶え間なく舞い込んでくる。
8割ほど裁き終えたところで、蝉原が、ステージ上の椅子に体重を預けて、軽く一息ついた。
その隣に立っていた愛羅が、腕を組みながら、感心したように、
「相変わらず、凄まじいバイタリティだな、蝉原……昨日、テロにあったばかりとは思えない」
蝉原は、鼻で笑いながら、
「あんなもん、テロでもなんでもないよ。ただの小テストだ」
「?」
愛羅が、意味が分からない、という顔で首を傾げる。
「俺の言葉は気にしなくていいよ。それより、次に行こう」
「あ、ああ……」
愛羅は、少し釈然としない様子ながらも、手元の紙をめくって、次の相談者の名を読み上げた。
「次――ファンタスティックのカイ。前に出ろ」
その名前を呼ばれて、客席の後方から、一人の男が飛び出してくる。
どうでもいいことだけど、最近、ヤンキー特有の変なチーム名にも慣れてきた。
人間、何にでも慣れるものだね。
……カイは、バキバキの目をした男だった。
髪は不自然なほど脱色されていて、根元だけ黒く伸びている。
ジャージの裾はダボつかせ、鼻をひくつかせながら、やたらと落ち着きなく体を揺らしていた。
傍から見ても、あまり良い雰囲気の人間には見えない。
カイは、シアターホールの通路を全力で駆け抜けて、ステージ前まで辿り着くと、
「総長! 俺もあんたみたいになりてぇ!」
声だけは、無駄にデカかった。
周囲の座席に座っていた顔役連中が、何事かとざわつく。
「女も金も好き放題! 何をしても許される! そういう自由でイカした男になりてぇんだ!」
――なんて底の浅いセリフなんだ……
いったい、今まで、この総会で蝉原の何を見てきたんだ……
僕の視点だと、蝉原ほど不自由な男はいないよ。
『ノブレスオブリージュ(大いなる力を持つ者の責任)』という名の強固な鎖に縛られていて、やりたいことは何もできていないように見える。
「どうやったら、総長みたいになれるのか、近くで教えてほしい! ようするに、俺を弟子にしてほしいんだ! 頼むぅう! この通りだぁああ!」
そう叫びながら、カイは、ステージ前の床に、思いっきり額を打ちつけた。
ゴンっという鈍い音が響いて、周りの座席にいた連中が、一斉にドン引きする。
そんな彼を、蝉原は、路傍のゴミでも見るような目で、じっと見つめていた。
「弟子ねぇ……」
「金なら払う! 俺の女が風俗で働いているんだ! あいつの月給の6割を毎月わたす! それでも足りねぇなら、立ちんぼもやらせて額を増やす! だから、頼むぅう!」
たまに、こういうバカがいるんだけど……
分からないものかな?
蝉原がこういうの、マジで嫌いだって……。
これだけ、この総会で、色んな裁きの様子を見てきて……
それでも分からないっていうのは、どういう構造の脳をしているんだろう。
いや、だから、底辺のヤンキーをやっているのかなぁ……。
僕が、心の中で盛大に呆れていると、
「よし」
蝉原が、一言、そう呟いた。
「その心意気に胸を打たれた。弟子にしてあげよう」
「マジかぁ! よっしゃぁああ! サンキュー、総長!!」
カイが、両手を突き上げて、雄叫びを上げる。
客席のあちこちから、ちらほらと、
『マジで?』『え、なんで?』というどよめきが起こった。
僕も同じ気持ちだ。
なんで?
蝉原さん?
マジで、なんで?
こんなカス、絶対に弟子にしちゃダメでしょ……
僕が動揺していると、
蝉原は、スっとステージ上の椅子から立ち上がった。
そのまま、迷いのない足取りで、ステージを降り、カイの目の前まで歩いていく。