いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
27話 弟子の流儀。
「総長! これからよろしく!」
「師匠に向かってタメ口とは……」
蝉原の声が、地の底から響くみたいに、一段低くなった。
「何を考えている」
そう言いながら、蝉原は、カイの頭を、片手でわし掴みにした。
そして、そのまま、思いっきり床にたたきつける。
ゴシャっ、という、聞くに堪えない音。
カイの顔面が、しっかりと崩壊した。
前歯が二本、床を転がっていく。
鼻は明らかに変な方向を向いていて、目は充血で真っ赤に染まっていた。
やっばい状態……。
えっぐ……
周りの座席に座っていた顔役連中が、一斉に目を逸らす。
愛羅ですら、少し顔をしかめていた。
「俺の弟子になるなら、俺を1ミリたりとも不快にしてはいけない」
蝉原は淡々と、まるで業務連絡でもするみたいな口調で、続ける。
「毎日、朝三時に起きて、10キロダッシュを100本、これはマストだ。……ああ、ちなみに、リコールは受け付けない。お前は俺の弟子になることを望み、俺はそれを受けた。この血の盟約を反故にすることは、断じて許さない」
「ひ……ひぃ……いてぇ……いてぇよぉ……おれのはなぁ……ぁあ……」
鼻血で顔を真っ赤にしながら、うずくまるカイに、
蝉原は、どこまでも無感情に、たんたんと言葉を重ねていく。
「死んだ方がマシだ……と、毎日、毎秒思うだろうが、しかし、お前が望んだことだ。受け入れろ」
蝉原の底知れない極悪さを前にして、カイの目から、みるみる生気が消えていった。
「俺は悪人の親玉だから、悪人の考えというのが透けて見えるんだよ」
蝉原は、カイの襟首を掴んで、無理やり顔を持ち上げさせた。
「お前、俺の弟子になったら、俺の威光をカサに、好き放題できると思ったんだろ? ……師匠として、一つだけ教えてやろう。俺は、俺を利用しようとするバカが、この世で一番嫌いだ。絶対に、許さない」
そこで、蝉原は、カイの襟から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、シアターホールを埋め尽くす千人以上の顔役たちを、ぐるりと見渡した。
「……この総会で、俺は、これまで、何度か慈悲を見せてやった。その方が、利益が出る場合が多いからな」
声が、静まり返ったホール全体に、はっきりと響き渡る。
「しかし、それをしていると、こうして、たまに勘違いしたバカが、甘い汁目当てにすりよってくる。……ハッキリ言っておくぞ」
声のトーンが、さらに一段、静かに低くなる。
「次は、こんなもんじゃすまない。二度と、俺を本気で怒らせるな」
その一言で、千人以上を収容できる巨大なシアターホールの空気が、一気に凍りついた。
誰も、息をするのすら忘れているみたいだった。
やがて、その場にいた全員が、涙目になりながら、何度も何度も、首を縦に振った。
……蝉原さん、やっぱ、かっけーっす。
★
総会が終わったあと、僕は、鼻血だらけの顔でステージ前に転がっているカイを、なんとなく見下ろしていた。
夜間の若い衆が二人がかりで、カイを担架代わりの毛布に乗せて、ホールの外へと運んでいく。
広大な吹き抜けの中央ホールを、担架が横切っていく光景を、蝉原は、興味なさげに見送っていた。
(ねぇ、蝉原……あいつ、どうするの?)
(言っただろう。毎朝10キロを100本走らせる)
(……いや、無理でしょ……1000キロって……100キロだって普通の人間には無理……)
(できるかどうかはどうでもいい……やらせるんだよ。そうじゃないと示しがつかない)
蝉原は、いつも、言葉をはぐらかすけど、
今回は、ゴリゴリにまっすぐの言葉ばかり使っている。
よっぽどイラついたのだろうか……
僕は、カイに感謝した。
彼がゴミすぎたおかげで、僕は『蝉原を本気で怒らせないようにしよう』と心に誓うことができたから。