いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
30話 カラオケ大会。
夜のクラブは、いつもとは違う光に満ちていた。
照明を落とした店内、大きなモニターに映る歌詞テロップ。
安っぽいカラオケの伴奏に合わせて、上位子分の一人が、絶叫にも似た絶唱をかましている。
今日は、夜間主催のカラオケ大会。
ディアブロコミュニティの慰安イベントらしい。
若頭扱いの夜間は、中間管理職として、蝉原の執事みたいなことをする一方で、下の連中の世話も、細かいところまで、よくやっている。
聞いた話では、近々、コミュニティ全員で行く旅行も計画しているとか。
僕の周りは、当然のように、クラスSガールズが陣取っていた。
愛羅、滝本、凪、夜間、セフィアさん。
子分連中の周りには、この近隣で最高クラスのホステスが、それぞれついている。
普段は女好きで有名な子分たちも、総長の前だからか、やたらと上品にふるまっていた。
「総長! 次、俺、歌います!」
「うん、頑張って。ちなみに、俺は『初音ミク〇消失』が聞きたいかな」
「えぇ?! いや、あれは人間に歌える歌じゃ――」
「もし、90点以下だったら切腹ね」
「が……頑張ります……」
「いい顔だね。ちなみに、もちろん冗談だよ……好きな歌を歌うといい」
男は、ホっとした顔で、ステージへ駆けていった。
初音ミク〇消失は……まあ、歌えないよねぇ……
適当に手を叩きながら見送っていると、隣で夜間が、ふと、真面目な顔をした。
さっきまでの、砕けた空気が、一瞬で切り替わる。
「総長。歌の合間に、少しよろしいですか」
「なにかな」
「新しい刻印候補について、俺の方での審査が終わりましたので、そのご報告を。……レディースB班の藍川《あいかわ》なのですが……」
コミュニティの規模が膨れ上がった今、レディースチームも、もう凪一人ではさばき切れない人数になっている。
そこで、しばらく前から、チームを二つに割って運用していた。
A班が凪で、B班は藍川。
蝉原は、
「藍川ハカナか……確かに、彼女は資質的に十分だね」
「今日も連れてきています。お会いしていただけますか?」
「もちろん」
「藍川ぁ!」
夜間がそう叫んだ直後、少し離れた席から、一人の女が、ゆっくりと立ち上がった。
薄暗い照明の中でも、その輪郭だけは、はっきりと浮かび上がって見えた。
モデルのように整った顔立ちなのに、目つきだけが、明らかに異常。
瞳の奥に、常にちらちらと、暗い火が揺れているような……そんな目をしていた。
周りの子分たちが、ぱっと道をあける。
まるで、当然の作法みたいに。
「藍川ハカナです」
ハスキーな声。
両手は、だらりと、いつでも動かせる状態で下ろされている。
足音すら、ほとんど聞こえない歩き方だった。
こちらに歩いてくるその姿を見て、僕は、心の中で、ちょっとだけ身構えた。
なんだろう、この子。
いつ、飛びかかってきてもおかしくない気配がある。
目つきもおかしい……
もしかして、蝉原に何か文句でもあるのだろうか……
「根性もありますし、腕っぷしも大したものです。少々イカれたところもありますが、十分に自制できています。……刻印を、与えたいと考えているのですが」
夜間の推薦を受けて、蝉原は、藍川を、じっと見つめた。
値踏みするような、いつもの目。
「君って、ほんと、イカれた目をしているね」
「……よく言われます」
「確か、人を殺したことあるんだっけ?」
「……はい。何人か」
あっさりとした肯定。
クラブの喧騒の中で、その一言だけが、妙に、重く響いた気がした。
周囲の音楽も、話し声も、その瞬間だけ、少し遠くなった気がする。
そこで蝉原はスマホを確認する。
彼女のデータも中には入っている。
「どうしようもないクズを3人ぐらい殺しているね。捕まっていないのは大したものだ」
「……死体の処理は得意なので」
それ以上、何も語らない。
蝉原も、それ以上、深くは聞かなかった。
「いいね。オーケーだ」
そう言って、愛羅に、視線を配る。
愛羅は、心得たとばかりに頷いて、いつもの、あの電気焼きゴテを取り出した。
小さな電子音とともに、先端が、じわりと赤く色づいていく。
「ジュってするよぉ」
注射する時のお医者さんみたいな事を言いながら、彼女の腕に焼きを入れる蝉原。
じゅ、と短い音がして、微かに、焦げた匂いが漂う。
藍川は、表情ひとつ変えず、その儀式を、黙って受け入れる。
「これで、君も今日から俺のファミリーだ。俺の名前を、自由に使っていいよ」
「……ありがとうございます」
「刻印記念に、キスしてあげようか?」
その一言に、クラスSガールズの面々が、いっせいに、ガタっと動いた。
『そこまでする必要は、まったくない』という無言の圧を、背中に感じる。
藍川は、表情を変えないまま、
「……光栄です。が、お気持ちだけで」
と、さらりと、蝉原の申し出を流した。
『遠慮している』というわけじゃなく、
『ノーサンキュー!』って感じ。
マジかよ。
すごいな、他の女の子だったら、だいたい喜ぶんだけど。
……てか、皆の前で、断るなよ。
『ありがとうございます』って受け入れて、終わりでいいじゃないか……
そうすれば、カドがたたないのに……
これじゃあ、蝉原がピエロになっちゃうじゃないか。
何考えてんだ、この女……