いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる―   作:閃幽零

73 / 76
30話 カラオケ大会。

 

 30話 カラオケ大会。

 

 夜のクラブは、いつもとは違う光に満ちていた。

 照明を落とした店内、大きなモニターに映る歌詞テロップ。

 安っぽいカラオケの伴奏に合わせて、上位子分の一人が、絶叫にも似た絶唱をかましている。

 

 今日は、夜間主催のカラオケ大会。

 ディアブロコミュニティの慰安イベントらしい。

 

 若頭扱いの夜間は、中間管理職として、蝉原の執事みたいなことをする一方で、下の連中の世話も、細かいところまで、よくやっている。

 聞いた話では、近々、コミュニティ全員で行く旅行も計画しているとか。

 

 僕の周りは、当然のように、クラスSガールズが陣取っていた。

 愛羅、滝本、凪、夜間、セフィアさん。

 子分連中の周りには、この近隣で最高クラスのホステスが、それぞれついている。

 

 普段は女好きで有名な子分たちも、総長の前だからか、やたらと上品にふるまっていた。

 

「総長! 次、俺、歌います!」

 

「うん、頑張って。ちなみに、俺は『初音ミク〇消失』が聞きたいかな」

 

「えぇ?! いや、あれは人間に歌える歌じゃ――」

 

「もし、90点以下だったら切腹ね」

 

「が……頑張ります……」

 

「いい顔だね。ちなみに、もちろん冗談だよ……好きな歌を歌うといい」

 

 男は、ホっとした顔で、ステージへ駆けていった。

 

 初音ミク〇消失は……まあ、歌えないよねぇ……

 

 適当に手を叩きながら見送っていると、隣で夜間が、ふと、真面目な顔をした。

 さっきまでの、砕けた空気が、一瞬で切り替わる。

 

「総長。歌の合間に、少しよろしいですか」

 

「なにかな」

 

「新しい刻印候補について、俺の方での審査が終わりましたので、そのご報告を。……レディースB班の藍川《あいかわ》なのですが……」

 

 コミュニティの規模が膨れ上がった今、レディースチームも、もう凪一人ではさばき切れない人数になっている。

 そこで、しばらく前から、チームを二つに割って運用していた。

 A班が凪で、B班は藍川。

 

 蝉原は、

 

「藍川ハカナか……確かに、彼女は資質的に十分だね」

 

「今日も連れてきています。お会いしていただけますか?」

 

「もちろん」

 

「藍川ぁ!」

 

 夜間がそう叫んだ直後、少し離れた席から、一人の女が、ゆっくりと立ち上がった。

 

 薄暗い照明の中でも、その輪郭だけは、はっきりと浮かび上がって見えた。

 モデルのように整った顔立ちなのに、目つきだけが、明らかに異常。

 瞳の奥に、常にちらちらと、暗い火が揺れているような……そんな目をしていた。

 

 周りの子分たちが、ぱっと道をあける。

 まるで、当然の作法みたいに。

 

「藍川ハカナです」

 

 ハスキーな声。

 両手は、だらりと、いつでも動かせる状態で下ろされている。

 足音すら、ほとんど聞こえない歩き方だった。

 こちらに歩いてくるその姿を見て、僕は、心の中で、ちょっとだけ身構えた。

 

 なんだろう、この子。

 いつ、飛びかかってきてもおかしくない気配がある。

 目つきもおかしい……

 もしかして、蝉原に何か文句でもあるのだろうか……

 

「根性もありますし、腕っぷしも大したものです。少々イカれたところもありますが、十分に自制できています。……刻印を、与えたいと考えているのですが」

 

 夜間の推薦を受けて、蝉原は、藍川を、じっと見つめた。

 値踏みするような、いつもの目。

 

「君って、ほんと、イカれた目をしているね」

 

「……よく言われます」

 

「確か、人を殺したことあるんだっけ?」

 

「……はい。何人か」

 

 あっさりとした肯定。

 クラブの喧騒の中で、その一言だけが、妙に、重く響いた気がした。

 周囲の音楽も、話し声も、その瞬間だけ、少し遠くなった気がする。

 

 そこで蝉原はスマホを確認する。

 彼女のデータも中には入っている。

 

「どうしようもないクズを3人ぐらい殺しているね。捕まっていないのは大したものだ」

 

「……死体の処理は得意なので」

 

 それ以上、何も語らない。

 蝉原も、それ以上、深くは聞かなかった。

 

「いいね。オーケーだ」

 

 そう言って、愛羅に、視線を配る。

 愛羅は、心得たとばかりに頷いて、いつもの、あの電気焼きゴテを取り出した。

 小さな電子音とともに、先端が、じわりと赤く色づいていく。

 

「ジュってするよぉ」

 

 注射する時のお医者さんみたいな事を言いながら、彼女の腕に焼きを入れる蝉原。

 じゅ、と短い音がして、微かに、焦げた匂いが漂う。

 藍川は、表情ひとつ変えず、その儀式を、黙って受け入れる。

 

「これで、君も今日から俺のファミリーだ。俺の名前を、自由に使っていいよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「刻印記念に、キスしてあげようか?」

 

 その一言に、クラスSガールズの面々が、いっせいに、ガタっと動いた。

 『そこまでする必要は、まったくない』という無言の圧を、背中に感じる。

 

 藍川は、表情を変えないまま、

 

「……光栄です。が、お気持ちだけで」

 

 と、さらりと、蝉原の申し出を流した。

 『遠慮している』というわけじゃなく、

 『ノーサンキュー!』って感じ。

 

 マジかよ。

 すごいな、他の女の子だったら、だいたい喜ぶんだけど。

 

 ……てか、皆の前で、断るなよ。

 『ありがとうございます』って受け入れて、終わりでいいじゃないか……

 そうすれば、カドがたたないのに……

 これじゃあ、蝉原がピエロになっちゃうじゃないか。

 何考えてんだ、この女……

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。