いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
32話 進学校の文化祭。
今日は、県内屈指の進学校、赤松高校の文化祭に来ていた。
なんで、そんなところに来ているのかというと、正直、僕にもよく分からない。
蝉原が『たまには、息抜きしないとね』とか言っていたけど、本当に息抜きかなぁ……
正門をくぐった瞬間から、様子がおかしかった。
「え、うそ、蝉原勇吾じゃない?」
「ま、マジで?! 本物?!」
あっという間に、人だかりができる。
偏差値の高い学校だから、もう少し落ち着いているかと思ったけど、そんなことは全くなかった。
むしろ、テレビでしか見たことのない有名人が突然目の前に現れた、みたいなテンションで、みんな、目を輝かせている。
(蝉原、有名になったねぇ)
なんて呑気に思っていると、スマホのカメラが、何十台と、こちらに向けられていた。
(蝉原、いいの? 勝手に撮られているけど)
(好きにさせておけばいい)
そんな中、蝉原のポケットで、スマホが震える。
夜間からだった。
「はいはい」
『総長、失礼します。……カイの走行距離100キロを超えたらしいので、報告させていただきます』
「まだ、100か。たらたらしているね。ムチ打っていいよ」
『承知しました』
電話は、それだけで切れた。
100キロ走ったんだ……やるねぇ……
僕は100キロ走れる自信ないなぁ……
蝉原が、僕の身体はめちゃくちゃ鍛えたから、だいぶ持久力は上がっているけど、
100キロとなると、また一つ話が別だもんねぇ……
★
人だかりが、次第に騒ぎのレベルにまで膨れ上がったところで、
慌てた様子の男性教師が、こちらに駆け込んできた。
いかにも、『この学校で一番おそれられています!』という顔つきをした生徒指導の先生だった。
「……君が、蝉原くんか」
息を切らしながら、そう切り出す。
「君のウワサは、かねがね聞いている。……ギャングの王様らしいが……摂理はわきまえている、というウワサも、耳にしている。無茶なことはしないでくれると、信じている。……本当に、頼むから、おかしなことはしないでくれよ」
最後の一言だけ、懇願するような響きだった。
蝉原は、にっこりと笑って、
「もちろん、わかっていますとも。迷惑にならないよう、子分は連れてきませんでした。俺は今日、ただの一人の客として、文化祭を楽しませてもらうつもりです」
「……ありがたい配慮だよ」
先生は、ホッとしたような、それでいて、まだどこか警戒を解ききれていないような顔で、軽く会釈だけすると、周囲のヤジウマに対し、
「勝手に人をスマホで撮るのはやめなさい! ギャングの王様が、これだけ配慮してくれているというのに、お前たちは道理を無視するのか!」
むちゃくちゃ怒鳴られたことで、生徒たちは渋い顔をして、スマホを降ろすしかなかった。
蝉原は、
「いいんですよ、先生。珍しい生き物を見つけた時にスマホで撮るのは、若者のさがですので」
「え、いや、しかし……」
「もちろん、あまりにも非常識な行動は咎めさせていただきますが……多少は許容させていただきますよ」
「……ご丁寧に、どうもありがとうございます」
そう言って、教師は去っていった。
その背中を見送りながら、僕は、心の中で、こっそり呟く。
(蝉原って、猫かぶるのめちゃくちゃ上手いよね)
(社会と上手くやれない人間はヤクザ失格だよ)
★
校舎の中に入ると、廊下の壁一面に、大きな貼り紙があった。
『学内実力テスト 上位十名』
(この学校、まだこんなことやっているんだね。こういうのって、ゲームや漫画の中だけの話かと思っていたよ)
(進学校では、上位者の名前を出すのが普通だよ)
(へー、そうなんだ……)
名前がずらりと並ぶ中、トップの欄に、見覚えのある名前があった。
――1位900点『藍川ハカナ』。
(うぉ……データで知ってはいたけど……マジで、彼女、赤松高校のトップなんだ……見た目はイカれていて、とても賢いようには思えないけど……)
(3人も殺しておいて、捕まっていない女が賢くないわけないだろう)
蝉原は、平然と、そう言ってのけた。
(彼女は、死体の処理が得意なだけ、と謙遜していたが……実際は、3件とも、見事な完全犯罪だった。計画性、証拠隠滅、アリバイ工作――どれをとっても、一級品の仕事だよ。あれは、天性の計画犯罪のプロだ。ファミリーにふさわしい)
なんだか、褒められている内容が、ものすごく物騒だった。
周りからは、いくつも、藍川についてのウワサ話が聞こえてくる。
「藍川さん、超賢いし、すげぇ美人だけど……なんか、目がイってて怖いんだよなぁ」
「……藍川って実は、ディアブロコミュニティともかかわりがあるらしいよ」
「マジ? じゃあ、蝉原勇吾と繋がりが……?」
ヒソヒソと交わされる噂話に、僕は、思わず苦笑いした。
彼女、この学校でも、既に伝説枠になっているらしい。
★
そこで、蝉原が、『藍川に会いに行こう』と言い出した。
彼女は、文化祭の運営本部らしき教室の前で、一人、書類らしきものに目を通していた。
こちらに気づいた瞬間、藍川の肩が、びくりと跳ねる。
「君に、案内を頼んでいいかな」
藍川は数秒固まったのち、
「……他の適任がいますが」
「君に、お願いしている」
蝉原の声には、有無を言わせない響きがあった。
「……命令なら、仕方ありません。承知しました」
藍川は、そう言うと、感情の読めない顔のまま、静かに立ち上がった。
(彼女、マジで、蝉原のこと嫌いなんだね。なんでだろう)
(ふふ……なんでだろうね)
どこか楽しそうな、思わせぶりな返事だった。
そこから、文化祭デートが始まった。
藍川は、終始、殺意にも似た顔をしていた。
目は、ずっとバキバキ。
口数は最低限。
それでも、律儀に、一つ一つの出し物の場所を、案内してくれる。
「……滝本さんや、愛羅さんは、お連れになっていないのですか」
教室の間を歩きながら、藍川が、ぽつりと聞いてきた。
「いないよ。セフィアさんは、いるけどね。……いるっていうか、勝手についてきているだけだけど」
少し離れた場所を、セフィアさんが、いつも通り、無言でついてきている。
その視線は、今日も変わらず、まっすぐ蝉原に固定されたままだった。
このメンバー、傍から見たら、一体、どういう関係に見えるんだろう。
考えても仕方ないので、僕は、そのまま、二人の後ろを、大人しくついていった。