いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
幕間 藍川視点。
私の名前は藍川ハカナ。
裏ではディアブロコミュニティのメンバーだが、
表では赤松高校に通っている普通の女子高生。
……文化祭の運営本部前で、私は、一人、書類に目を通していた。
クラス企画の収支報告書。
地味な作業だけど、こういう裏方仕事は、性に合っている。
私は反社組織ディアブロコミュニティのメンバーだけど、
成績ぐらいしか誇れるものがないので、学校にはちゃんと通っている。
いずれは東大にいって、弁護士の資格をとるつもり。
そうすれば、ちょっとは総長の役に立てると思うから。
……ふと、視線を感じて、顔を上げる。
最初は、気のせいだと思った。
こんな場所に、あの人が来るはずがない。
でも、違った。
視線の先に、彼がいた。
この世で最も美しい怪物。
……本物の……
(総長! な……なんで……なんで、うちの学校に……)
心臓が、変な音を立てた。
手の中の書類を、思わず、握り潰しそうになる。
私が慌てていると、
総長が、まっすぐ、こちらに向かって、歩いてきた。
(え、え、え……?)
肩が、びくりと跳ねる。
気づかれていないと、いいけど。
「君に、案内を頼んでいいかな」
数秒、時間が止まった。
え、どういうこと?
文化祭デートのお誘い……
いやいやいやいや……
そんなわけないでしょ。
なにを、私、そんなお花畑な……
なにか理由があるはず。
総長ほどの人が意味なく、学校の文化祭を回るわけ……
というか、返事!
いつまで私は固まっているつもりだ!
「……他の適任がいますが」
声が、震えなかったのが、奇跡だった。
「君に、お願いしている」
その一言に、全身の血が、逆流するかと思った。
まずい。
そんなことを言われてしまえば、こっちとしては頷くしかない。
シャンとしろ。
無様な姿を見せるな。
私は刻印持ちのセミハラファミリーなんだから。
ファミリー……
うっ。
まずい。
そういう意味じゃないと分かっているのに、つい、気持ちが昂る……
感情を殺せ。
今から私は私じゃない!
「……命令なら、仕方ありません。承知しました」
なんとか、絞り出した声は、我ながら、驚くほど平坦だった。
良かった。
ちゃんと、いつも通りに、見えているはず。
総長は、ニコリと天使のように微笑んで、
「それでは行こうか」
――そこから、地獄のような、そして、天国のような時間が始まった。
教室から教室へ。
出し物から出し物へ。
案内をしながら、私は、ずっと、心の中で、悶え続けていた。
(近い……近い、近い、近い……)
人混みを避けるたび、肩が、ほんの少し触れそうになる。
そのたびに、心臓が、跳ねて、跳ねて、跳ねまくる。
(落ち着け……落ち着け、藍川ハカナ……あんたは殺人鬼。人殺しのくせに弁護士になろうとしている、稀代のキチ〇イ。総長にとっては、それ以上でもそれ以下でもない下賤な女……)
自分に言い聞かせながら、
私は、必死に、顔の筋肉を、無表情のまま固定し続けた。
「滝本さんや、愛羅さんは、お連れになっていないのですか」
思わず、そう尋ねてしまった。
なんで、私なんかと、二人きりで――そう聞きたかったのに、うまく言葉にできなかった。
「いないよ。セフィアさんは、いるけどね。……いるっていうか、勝手についてきているだけだけど」
振り返ると、少し離れた場所に、セフィア・ローズがいた。
あの女は、いつも、総長のストーカーをしている。
邪魔だな……
殺そうかな……
どうやって殺そうかな……
と、真剣に作戦を練っていると、そこで、総長が、
「彼女のことは放っておいていい。何もするな」
「……かしこまりました」
総長は何でもお見通し。
たぶん、私の気持ちにも気づいている。
いや、気付く必要もない。
女なら誰だって総長に恋焦がれるもの。
強いオスに惹かれるのはメスのさが。
総長、大丈夫です。
私は分不相応な夢をみたりしません。
私は……
「今日は君と二人きりで、文化祭をまわりたかった」
などと、そんなことを言われて、私の頭は沸騰する。
頭が、くらくらした。
逆に吐き気がしてくる。
幸せすぎると、人の三半規管はおかしくなるらしい。
……勘違いしちゃだめ。
特別扱いなんかじゃない。
そう言う意味じゃない!
きっと、他の女をぞろぞろつれて歩くのが疲れただけ。
私だったら気を使わなくていいから、って、そうい意味のはず。
分かってる。
分かってる、けど。
――幸せだった。
この時間が、少しでも長く続けばいいと、そう思ってしまうぐらいには。
案内をしながら、私は、ずっと、心臓が、爆発しそうだった。
誰にも、気づかれてはいけない。
この気持ちだけは、絶対に。