いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
幕間 藍川視点。
ユーチューバーが9問先取した。
スコアボードに刻まれていく数字を、私は、他の生徒たちほど、慌てて見てはいなかった。
周りは、悲鳴に近いどよめきを上げている。
「え、蝉原勇吾、よわ……」
「もしかして、口だけで、大したことない?」
「蝉原、だせぇ」
バカばっかりだ。
――総長が、あのユーチューバーにハンデをあげているってことぐらい、気付いてもよさそうなのに。
私は全部わかっていた。
だから、そのあとの鮮やかに逆転していく光景を見ても、
私は、特段、『すごい』とは思わなかった。
総長なら、当たり前。
驚いている連中はみんな猿以下のバカ。
★
景品の紙袋を提げて、総長が、こちらに戻ってくる。
「……お疲れ様でした」
私は、それだけを、簡素に返した。
感情を、そのまま剥き出しにしてしまったら、
多分、私は、総長に抱きついてしまう。
それは、いけない。
私ごときが、絶対に、やってはいけないことだ。
「これ、あげるよ」
そう言いながら、総長は、景品の高級文房具を、私に差し出してきた。
「……いただけません。もらう理由がないので」
「初デート記念」
「……」
頭の中が、真っ白になった。
初、デート。
その二文字が、脳の中を、何周も駆け巡っていく。
顔の筋肉が、勝手に、緩みそうになるのを、必死に力ずくで押しとどめる。
――だめ。
落ち着け。
深呼吸。
そう自分に言い聞かせていたところで、総長のポケットで、スマホが震えた。
「もしもし」
『総長……カイが、気絶しました』
夜間さんの声が、うっすらと、こちらまで聞こえてくる。
「水、ぶっかけて、たたき起こせ」
『承知しました』
電話は、それだけで切れた。
――ちょうど、よかった。
おかげで、どうにか、自分を律することができた。
あの電話が、もう少し遅かったら、私は多分、爆発して総長に抱きついていた。
あぶない。
本当に、あぶなかった。
★
日が暮れて、校庭では、キャンプファイヤーが焚かれていた。
オレンジ色の炎が、パチパチと爆ぜる音を立てながら、揺れている。
少し離れた場所に立って、その炎を、二人で眺めていた。
とんでもなく、ロマンチックだった。
産まれてきて、本当に、良かった。
この日のために、私は、産まれて、そして、生きてきたんだと思う。
炎を見つめたまま、総長が、ふと、口を開いた。
「君が殺した三人……調べたよ」
その一言に、体が、少しだけ、強張る。
「……そうですか」
「三人とも、すごいねぇ。口に出すのもはばかられる変態ばかりだ」
総長は、それ以上、詳しくは語らなかった。
私も、あえて、それ以上は、何も言わなかった。
「調べてわかったけど……君は、子供に危害を加えるタイプの人間が、嫌いみたいだね」
「……たまたま、知ってしまって。どうしても、我慢が、できなくなって」
「この俺に対し、殺人の言い訳をする必要はないよ」
炎の明かりが、総長の横顔を、赤く、照らしている。
「三人とも、不起訴になった連中だ。警察では、どうしようもなかった。罰を与えるには、私刑しかなかった。……そして、私刑が正しいかどうかを論じる気は、俺には一切ない」
一拍、置いて。
「大事なのは、君が殺さなければ、今頃、その三人は、十人以上の子供に、危害を加えていただろう、ということだけだ」
炎の音だけが、しばらく、二人の間を、埋めていた。
そこで、総長は、私の頭に、そっと手を伸ばし、優しく撫でた。
「この社会は、君を褒めないだろう。警察も、弁護士も、教師も、君の家族さえも、誰も、君を、褒めはしない」
燃える炎に照らされた、総長の目が、
「だから、せめて、俺だけは、褒めてあげよう」
まっすぐ、私だけを見ていた。
「――よく頑張った。偉いね」
その一言で、私の中の何かが、静かに、決壊した。
誰にも認められなかった十六年間。
誰にも褒められたことのなかった、私の全部。
それを、この人だけが、たった一言で、肯定してくれた。
炎が、爆ぜる。
私は、その光を見つめながら、必死に、涙をこらえていた。
――今、ここで泣いたら、絶対に、抱きついてしまうから。