いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
36話 詫び。
蝉原は、淡々とそう言った。
「生と死を司る者を……人は神と呼ぶ」
氷室は、何も言えなかった。
毅然としていた態度が、根底から崩れていくのが、はっきりと分かった。
「……あなたは……どういう……」
蝉原は、ゆっくりと立ち上がり、氷室の前に手を差し出した。
「氷室検事……あなたには、ぜひ、今後も、私の協力者になっていただきたい」
「……」
氷室は、震える手で、半透明のハムスターをそっと撫でた。
長い沈黙のあと、
「……一つだけ、条件が」
「なんでしょう」
「プリンを……ちゃんと、安らかに眠らせてあげて。これ以上、私を丸め込むための交渉に利用しないで」
蝉原は、少しだけ表情を緩めて、
「もちろん。彼女はもう、十分に役目を果たしてくれました。俺は、あなたと、彼女に、正式なお別れの場を与えてあげたかっただけ。仕事が忙しかったせいで、彼女の死に目にあえなかったでしょう?」
「……そこまで……しらべあげたの……?」
ニコリと微笑んで、もう一度、指先に魔力を込める。
ハムスターの霊体は、満足そうに、ふっと消えていった。
氷室は、その光景を最後まで見届けてから、深く頭を下げた。
そして、静かに、大粒の涙を流す。
「俺はそこらの生臭坊主ではありませんので、『ロジックのない慰め』は口にしません。神である俺が断言しましょう。彼女はコスモゾーンに還った。命の終わり。生命の輪廻。その魂は安らかな光の中で粒となる。……いずれ、転生し、どこかの世界で人となることもありえるでしょう。そして、あなたが死んだ時、どこかで彼女の家族として、また出会えることもあるでしょう」
「輪廻転生は……存在するの?」
「私は生と死を司る神です。輪廻転生も職務の一つ」
氷室は、その光景を最後まで見届けてから、
「……私に……どうしろと……?」
「俺が望むことはただ一つ。このまま止まることなく上を目指し続けてください。ペットロスで、最近、仕事に身が入っていなかったでしょう。気持ちは痛いほどわかりますが、プリンも、あなたが元気に頑張っている姿を望んでいますよ」
「……」
「ただの慰めではありません。事実を伝えています」
「ありがとう……ございます……」
★
検事を返したあとで、僕は、蝉原に、
(蝉原にもシンプルな優しさがあったんだね)
そう言うと、蝉原は、ヘドが出そうな顔で、
「まさか本気で言っていないよね?」
(へ?)
「彼女はああ見えて信心深い。父親が寺の人間で、子供のころから特殊な死生観を植え付けられている。検事になるだけあって命や正義感というものも重視している。……彼女の性格を考えて、俺は、自分の行動が『慈悲であること』をアピールした。その方が効果的だから」
(……)
「さらに言えば、彼女は、いずれ検察のトップになる器。東大法学部を主席で卒業。司法試験は、一発で、しかも上位の成績で突破。……その後の実務でも、担当した事件の起訴率、有罪率、共に、同期の中で頭一つ抜けている。おまけに、あの通り、バイタリティ(体力)もある。頭がいいだけの検事はいくらでもいるが、根性も器量も十分となれば、間違いなく、いずれ検事総長まで上り詰めるだろう」
(……)
「俺の中に『優しさ』などという概念は存在しない。流石に、これだけ一緒にいるのだから、いい加減、俺と言うヤクザを理解してもらいたいところだね」
(輪廻転生がどうという、あの話は? 全部ウソ?)
「転生は実在するさ。けど、彼女と彼女の齧歯類《げっしるい》が、同じ場所に転生するかどうかは知らないし、興味もない」
そう吐き捨てた蝉原に対し、
僕はもう何も言わなかった。
ただ、心の中で、『本当だろうか……』と疑念に思うだけ。
恥ずかしがっているだけじゃないんだろうか。
強がっているだけではないだろうか。
――正直なにが本当の答えか分からない。
蝉原を理解しようだなんて、そもそも無理なんだろう。
でも、一緒にいる時間が増えるごとに、
理解したいという気持ちが増えていく。
……と、そこで蝉原はどこかに電話をかけた。
どうやら、龍星会らしい。
「この前の、『ガキに薬を売っていたバカ』の事件に関して聞きたい。……裏で動いたの、どいつだ? ……和田組のカシラ? あのレベルのバカがもみ消せる事件じゃない。……俺の名前を出して、脅しやがったな……くく……笑わせてくれるじゃないか。……ご褒美をあげないとね。地下室につれてこい。今すぐだ。あん? ……次、聞き返したら、お前も殺すぞ。はやくしろ」
そう言って蝉原は電話を切って、例の地下室へと向かった。
その途中で僕は思う。
もし、氷室が現在の検事のトップだったら、
今回のようなもみ消しはなかったんじゃないだろうかって。
そして、蝉原が、彼女のハムスターを霊体化させてお別れさせてあげたのは、
組の不始末の詫びだったんじゃないかって。
こんなことを聞いても、どうせ、いつものクールな顔で否定するだけだから聞かないけどね……
★
その日の夜、夜間から電話があった。
どうやら、カイが1000キロ走り切ったらしい。
「あ、そ。……で? あのクズは、どっちを選択した? 解放されるか、コミュニティに残るか……あ、そう……べつにいいけど、じゃあ、『次、一回でも、一言でも俺を不快にさせたらその場で頭を撃ちぬいて殺す』って伝えて。今後は、細心の注意をはらって、俺に尽くすように、と。うん、じゃあ、よろしく」
(彼は……1000キロ走って、生まれ変わったかな?)
「走ったぐらいで心根が変わるようじゃ苦労しないよ」
(まあねぇ)
「けど、走り切らなければわからないことだってある。それも事実だ。冷めたネガティブ思想だけがこの世の全部じゃない」
(君の言葉は、いつも難しいね)