いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
幕間 猊下の裁定
地下とは思えないほど広大な空間。
円卓状に並んだ席に、世界中から集められた権力者たちが座っていた。
それぞれの席の上には、コードネームだけが淡く浮かんでいる。
静寂を破ったのは、苛立ちを隠しきれない誰かの声。
「刺客が……取り込まれた?」
「バカな……あのベトナム人にはダークリングを持たせたはずだぞ」
「神器によって補強された狂戦士が、たかが人間ひとりに負けるなど、ありえん話だ」
口々に上がる声。
誰もが、信じたくないという顔をしている。
「……蝉原勇吾……いったいどういう人間だ。ただのマフィアではないのか……」
そこで、別の声が、さらに低く沈んだ。
「……というか、これはまずいぞ。ダークリングを、マフィアに奪われた」
一瞬、空気が凍りつく。
だが、すぐに、それを宥めるような声が続いた。
「問題ない。精密神器は『猊下』にしか扱えない。鹵獲しただけでは、頭上に浮かべることすらできまい」
その一言に、何人かが安堵の息を漏らす。
――この時点では、まだ彼らは理解していない。
蝉原勇吾というマフィアが、『悪神』としての膨大な知識と力を、その身の奥底に宿していることを。
「鹵獲されたリングは、また取り戻せばいいとして……刺客を撃退したのは、本当に驚かされるな。どうやったんだ?」
「解析データによると、脳汚染が限界に達してオーバーヒートを起こした模様」
「つまり自爆か。ちっ……だから、バカに神器を使わせるのは嫌なんだ」
「刺客に選んだベトナム人の知性は、その気になればオックスフォードやハーバードを狙えるレベルですけどね」
「バカな。そんな知性があって、なぜ、借金地獄で傭兵徴兵されるようなことになる」
「優れた知性があるかどうかと、借金で苦しむかどうかは別の話では? マルクスだって、借金まみれでしたよ」
「マルクスはただのバカだ」
ダークリングが、異常な性能を誇る異世界の神器であることは、この場にいる誰もが理解している。
その気になれば、単騎で一個師団と渡り合えるようになる代物。
それを保有した刺客を退けたというのは異常事態。
たとえ、オーバーヒートの自爆であっても、ダークリング持ちの刺客に狙われて生き残ったというのはとんでもない功績。
踊る会議を静かにさせたのは、この場のまとめ役――異形の者。
「素晴らしい。素直に称賛しよう」
低く、抑揚の薄い声。
それでいて、逆らうことを誰にも許さない響きがある。
「……同時に、『非常に危険な存在だ』と言わざるをえない」
そこで、上位者の一人が、わずかに身を乗り出した。
「ジャッジメント・カイザリオン猊下。……進言、よろしいでしょうか」
「許そう」
「……エインヘリヤルを、動かす許可を頂けませんか」
エインヘリヤル。
300人委員会お抱えの、先鋭超人集団。
異世界の神器に身を包み、天の命令に絶対服従を誓った、世界最強の戦力。
円卓に、束の間の静寂が落ちる。
やがて、カイザリオンは、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「どうせなら、万全を期して……『頂点の兵士』を動かそう」
その声に、誰もが息を呑む。
「――『セフィア・ローズ』に、討伐命令を。エインヘリヤル最強の彼女であれば、問題なく処理できよう」
「承知しました、猊下」
短い返事だけが、地下の静寂に溶けていった。