いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる―   作:閃幽零

88 / 91
5話 切り札。

 

 5話 切り札。

 

 龍星会の事務所は、珍しく静かだった。

 

 幹部も配下も、誰もいない。

 椅子に腰を下ろした蝉原だけが、薄暗い室内にぽつんと座っている。

 

「300人委員会はエインヘリヤルという超人部隊を持っていてな」

 

 独り言のような声で、蝉原が言った。

 

「そこに所属している連中は全員、グエンより上だ」

 

(今後は……そのエインヘリヤルが、僕らを殺しにくるってこと?)

 

「間違いなくな」

 

(大丈夫なの?)

 

「それは俺を怒らせた300人委員会に言ってやるべきセリフだな」

 

 いつも通りの、涼しい返し。

 でも、今回ばかりは、素直に笑えない。

 

(いつもの強気で頼もしい限りだけど……本当にいける? だって、エインヘリヤルはグエン以上なんでしょ? グエン、相当エグかったよ? 君ですらギリギリの勝利だったのに……)

 

「問題ない」

 

 蝉原は、短く言い切った。

 

「そのための準備を、ずっとしてきた。グエンの時は不意打ちされたから対応が遅れたけど……もう二度と好きにはさせない」

 

 と、その時、

 事務所のドアが、静かに開いた。

 

 入ってきたのは、セフィアさんだった。

 またいつものストーカーか……と思いきや、雰囲気が違った。

 

 頭上に、黒い輪が浮かんでいる。

 グエンが持っていたものと、同じ形をしたリング。

 

 表情は、いつも通り、何も映していない。

 なのに、僕でも分かるぐらい……空気が、研ぎ澄まされていた。

 殺気、というものを、これほど明確に感じたのは、初めてだった。

 

 これは……どういう状況なんでしょう……

 

「あなたを殺す」

 

 静かな声だった。

 怒りも、憎しみも、何もない。

 公務員ぐらい事務的な宣言。

 

 それを受けた蝉原は、ニタリと、口角を上げた。

 

「悪いがそれは無理だ」

 

「……わたしは強い。グエンよりも……あなたよりも」

 

「かもしれないけど、関係ない」

 

「?」

 

 セフィアさんの無表情に、ほんの僅かな、亀裂のようなものが走った気がした。

 

「この教室で、君と初めて顔を合わせた時……より前から、君の解析は進めていた」

 

「……」

 

「君には俺の切り札になってもらう」

 

「……不可能。私の命令権限は、カイザリオン猊下直轄。あなたにいじれるものではない」

 

「それが出来るんだなぁ」

 

 蝉原は、楽しそうに肩をすくめた。

 

「なぜできるかは……企業秘密ということで」

 

 その瞬間、僕の中で、何かが、ざわりと揺れた。

 自分の奥にある何かに触れられたような気がした。

 言葉にはできない不快感。

 

 蝉原は、セフィアさんをまっすぐに指さして、

 

「俺の命令に従え」

 

 短い、静かな一言だった。

 

 次の瞬間、

 セフィアさんの身体が、ぶるぶると震え始めた。

 頭上の黒い輪が、激しく明滅する。

 まるで、何か巨大なものが、内側から塗り替えられていくような……そんな震え方だった。

 

 やがて、彼女は、ゆっくりと、片膝をついた。

 

「……命令権の移譲を……確認」

 

 その声は、いつもより、わずかに低かった。

 

「これより……あなたに従います」

 

 沈黙が落ちた。

 

(え? どういうこと? これ、どういう状況?)

 

 思わず、心の中で叫ぶ。

 

「彼女は、エインヘリヤルのリーダーだ。300人委員会の命令で俺を殺しにきた」

 

(ボケだと思いたいけど……ま、たぶん、事実なんだろうね……状況的に……)

 

「けど、俺の色気がハンパなさすぎて濡れてしまった。それだけの話さ」

 

(……それは、流石にボケだよね。やめてくれない? このマジで混乱必須の状況で、謎のボケてくるの……え、どこまでが本当? 彼女がエインヘリヤルっていうのも嘘?)

 

「それは本当」

 

(じゃあ彼女が君に従った理由は? 君の色気が半端ないのは認めるけど、それは、彼女が300人委員会を裏切った理由じゃないよね? なんで、彼女は、君に従うの?)

 

「坊やだからさ。若さゆえの過ちと言ってもいい」

 

 蝉原は、雑にそう言いながら立ち上がった。

 膝をついたままのセフィアさんを、静かに見下ろしてから、

 

「こい、セフィア」

 

 そう言いながら、事務所の出口へと歩き出す。

 

「いまから……300人委員会を殺しにいく。俺の剣になれ」

 

「……承知しました」

 

 セフィアさんは、静かに立ち上がり、一度だけコクっと頷いてそう言った。

 その目に、何が宿っていたのか、僕には分からなかった

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。