いじめられっ子にとりついたのは、異世界帰りの経済ヤクザ。理想の未来はヒラ公務員だったのに、裏社会での成り上がりが止まらない―蝉原勇吾は怖すぎる― 作:閃幽零
7話 神のゴミ。
ゲートの向こうは、静かだった。
静かで、広くて、どこまでも高かった。
空が、七色に揺れている。
赤でも青でもない、名前のない色が、絶えず形を変えながら、頭上に広がっている。
地面は透き通った白で、踏むたびに、足元に淡い光の波紋が広がった。
(蝉原……ここは……)
(神界だよ)
蝉原は、後ろにセフィアさんを従えたまま、我が物顔で歩いていく。
(神の……世界……)
(綺麗だろう?)
蝉原は、空を一度だけ見上げてから、
(綺麗なだけ……だけどね)
そのまま、迷いなく、前を向いた。
★
少し歩くと、玉座が見えてきた。
巨大な、荘厳な玉座。
遠くからでも、それが、この世界の中心だと分かった。
そして、そこに腰かけていたのは。
(え……)
僕だった。
正確には、僕と同じ顔をした男だった。
顔も、体格も、瓜二つ。
ただ、纏っているものが、全然違う。
神様みたいな衣をまとい、背筋を伸ばし、まるで、最初からそこにいることが当然だという顔をしていた。
「彼は、この銀河の支配者」
蝉原が、静かに言った。
「唯一神コスモゾーン・スメラギ・ゼントーカ」
(すめらぎ……ぜんとうか……それって……)
「そう。君の名前だね」
『皇(すめらぎ) 禅桃花(ぜんとうか)』。
それが、僕の名前。
『モヤシ陰キャのくせに名前だけは偉そう』と、昔からずっと言われてきた名前。
玉座の男が、ゆっくりと立ち上がった。
その目は、僕を見ていなかった。
最初から、蝉原だけを見ていた。
「……蝉原勇吾」
低く、静かな声だった。
「私が捨てたゴミを、わざわざ持ってきた理由を聞かせてもらおうか」
「君よりも、彼の方が交渉しやすかった」
蝉原は、涼しい顔で答えた。
「だから、彼に神になってもらう。無駄に我の強そうな君はいらない」
(蝉原……どういうこと? 何がなんだか……)
「簡潔に言おう。君は、スメラギが捨てた『脆弱な部分』だ。神ともなれば、人格を切り分けて整理することも可能。弱い部分を棄てて、強固な自分を保つ……神の世界じゃ、珍しいことじゃない」
(僕は……神の……ゴミ?)
「その認識で問題ない」
蝉原は、一拍だけ間を置いた。
「一つだけ知っておいてもらいたいのは……俺は、神ではなく、ゴミを選んだということだ」
その言葉が、胸の奥に、静かに落ちた。
蝉原は僕を選んだ。
スメラギではなく。
この僕を。
その理由は……
(……簡単に丸め込めそうだから?)
「いい理解力だ。成長したね」
蝉原は笑った。
いつもの、底の見えない笑い方で。
僕は、しばらく黙っていた。
神界の空が、頭上でゆっくりと色を変えている。
七色の光が、静かに、僕たちの上に降り注いでいる。
綺麗だと思った。
綺麗なだけだとも、思った。
「神のゴミ、皇禅桃花よ」
蝉原が、静かに言った。
「君に選択肢をあげよう」
(……なに?)
「俺の人生を半分あげる。だから、君の人生を半分よこせ」
それは、最初に、この男と巡り合った時と、同じ意味の言葉。
あの日、屋上で、死を決めていた僕に向かって、脳裏に響いてきた声。
あの時から、ずっと、何も変わっていない。
僕は、考えた。
いや、本当は、考えていなかった。
答えなんて、最初から、決まっていた。
(全部あげるよ)
声が、震えていた気がした。
(だから……あいつをぶっ飛ばしてくれ、偉大なる悪神、蝉原勇吾)
「契約成立」
蝉原は、一度だけ、目を細めた。
それは、笑みとも、何か別のものとも、判別のつかない表情だった。