武装1
フラッシングスピアMW6、ガリオン無反動機関砲
武装2
プラネットバスターキャノン、FGXR高高度強襲ミサイル
補助
マルチチャージャー5-4
バトルスケルトン
かつて、この場所は『エリー都』と呼ばれていた。
かつて世界を崩壊させた厄災を制する技術を確立し、人々が安全に暮らし、車が行き交い、夜になれば無数の灯りが街を照らしていた“奇跡”の都市。
しかし今現在、その面影は崩れ落ちた高層建築と砕けた道路の下へ埋もれ、「零号ホロウ」と呼ばれる球形領域の内部として、外界から切り離された別世界へと変貌していた。
ホロウ内部では、時空間そのものが安定していない。
空間は時間経過に応じて連続的に歪み、昨日まで存在していた通路が翌日には壁へ変わり、建物の内部と外部がねじれることさえある。
頭上には辛うじて外光を通しているだけの膜が陽炎のように揺らめき、地上へ根を張る蛍光色の結晶群は、淡い光で霧を照していた。
そして、その異様な世界には、侵入者を拒むかのように徘徊する存在がある。
…………『エーテリアス』
ホロウ内部へ長時間留まり、エーテル物質による侵食を受けた人間や生物、あるいは物質が徐々に置換されていき、その過程で生まれるとされる異形達。
あるものは人の姿を僅かに残し、あるものは獣を思わせる四肢で瓦礫を駆け、またあるものは自律機械と成り果て、獲物が近付くまで徘徊を続ける。
共通しているのは、全身を覆う結晶質の外殻と、知性を感じさせない闘争本能だけだった。
崩れ落ちた高架道路の下、傾いた商業ビルの谷間、ひび割れた交差点…………数十体ものエーテリアスが、獲物を探すようにゆっくりと街を徘徊している。
────その静寂を、突如として轟音が切り裂いた。
地鳴りにも似た重低音が廃墟全体を震わせ、窓ガラスの残骸が細かく跳ねる。
何事かとばかりにエーテリアス達が一斉に動きを止め、無数の頭部がほぼ同時に一方向を向いた。
……廃墟となった高層ビル群、その向こう側。
灰色の空を背景に、白煙を曳く幾筋もの光が勢いよく立ち上っていた。
一本、二本、三本………
十を超え、尚増え続ける白い軌跡は、まるで巨大な樹木が枝を広げるように垂直上昇を続ける。
その数、14。
次の瞬間、全ての軌跡が上昇を止める。
ほんの一瞬の静寂、そして……全てのそれが先端を一斉に下へ向けた。
まるで、標的を捕捉した猛禽のように。
空気を引き裂く甲高い飛翔音が幾重にも重なり、街全体へ不吉な唸りを響かせる14個のそれ……
……“FGXR高高度強襲ミサイル”が、凄まじい速度で急降下を開始した。
逃げ場はない。
エーテリアス達が散開を始めた頃には、既に遅かった。
最初の一発が地面へ突き刺さる。
刹那、並の砲弾を遥かに凌ぐ爆発が交差点を飲み込み、衝撃波がコンクリートを紙のように引き裂いた。
続けざまに二発、三発……四方八方で火柱が噴き上がり、崩れかけていたビルは基礎ごと吹き飛ばされ、その破片が暴風に巻き上げられて空高く舞う。
14発の着弾はわずか数秒の間に集中し、廃墟の一角は超弩級戦艦の斉射を受けたかのような惨状へ変わっていく。
爆炎が瓦礫を吹き飛ばし、粉塵が街を覆い尽くし、衝撃波が周囲数百メートルの空間を容赦なく薙ぎ払っていく。
結晶の身体を持つエーテリアス達は、爆炎へ呑み込まれるたび外殻を砕かれ、七色の光を散らしながら次々と消滅していく。
そのうち1発が、元はタワーマンションだっただろう地上100m超高のビルに直撃した瞬間、僅か一発の炸裂のみで構造体の剛心を破砕。
そのままビルは倒壊し、バラバラになった鉄筋コンクリート片が真下に居た不幸なエーテリアス達を巻き込み、轢き潰していく。
爆炎はなおも唸りを上げ、崩れ落ちるビルの残骸と濃密な粉塵が街区一帯を覆い隠していた。
その中から────甲高いブースター音が轟き、白煙を突き破るように一つの人影が飛び出す。
一人の少女。
白い長髪を後方へ大きくなびかせ、爆風すら追い越す勢いで廃墟の上空へ躍り出たその姿は、人間というより砲弾そのものを思わせる。
その両手に握られているのは、銃と呼ぶにはあまりにも巨大な火器だった。
片手で扱うことなど到底不可能な、全長だけでも少女の身長を優に超える大型兵装。
それを左右へ一基ずつ携えたまま、背部の虚空から噴き出す推進炎によって長大な放物線を描き、戦場の中心へ一直線に突入していく。
生き残ったエーテリアス達が一斉に頭上を見上げた。
次の瞬間、少女は空中で僅かに姿勢を変え、右手の巨大火器を眼下へ向ける。
──ドンッドンッドンッドンッドンッ!
砲口から凄まじい閃光が迸り、右手の武器……“ガリオン無反動機関砲”の咆哮が大気を震わせる。
発射された砲弾は、一般的な同クラスの自動火器とは比較にならないエネルギーを有しており、一発一発が通常型の40mm機関砲、あるいは57mm速射砲弾……つまりは軽艦艇の主砲に相当する破壊力を伴って敵へ叩き込まれていく。
『初速3000m/s、連射速度5発/s』
常識ではあり得ない速度で放たれる砲弾の雨は、着弾のたびアスファルトへ巨大な穴を穿ち、コンクリートの壁面を紙細工のように吹き飛ばし、その向こうへ隠れていたエーテリアスごと粉砕していく。
着弾、炸裂、破砕。
砲撃の軌跡に沿って建造物が崩れ落ち、吹き飛んだ瓦礫が暴風に乗って宙を舞う。
生半可なエーテリアスらは反応の暇すらなく、直撃を受けた箇所から弾け飛び、粉々に砕け、七色の粒子を撒き散らしながら次々と存在を失っていった。
数秒にも満たない掃射を終えた頃には、少女の描く放物線も終点へ差しかかっていた。
推進炎が弱まり、その身体が重力へ従って交差点へ降下する。
───!!
着地の衝撃で舗装道路が陥没し、蜘蛛の巣状の亀裂が周囲へ広がる。
「……!」
しかし、その衝撃が収まるより早く、崩れた商業ビルの陰から一体のエーテリアス、ファールバウティが飛び出した。
異様に肥大化した不気味な結晶で形成され、巨大な鎚と化した両腕を振り上げながら少女へ襲い掛かる。
……少女は振り返ることすらなく、左手に携えたもう一基の兵装……“フラッシングスピアMW6”を僅かに持ち上げた。
武器の先端に組み込まれた装置が僅かに予備動作を開始する。
次の瞬間、炸裂にも似た衝撃音と共に、兵装の内部から長大な杭が射出された。
いや───伸縮した。
それも同時に10本。
外見上の体積から考えれば、この兵装内部に10本の杭が収まる余地などは本来存在しない。
しかし、特殊な空間折り畳み技術がその不可能を可能にした。
百メートルを超える長さの杭が10本、扇状に広がりながら極々超音速で空間を貫く。
必然的に、ファールバウティには回避する暇は与えられない。
10本の杭のうち一つが真正面からその胴体を捉え、貫いた。
いや、貫いたという表現では生ぬるかった。
接触した瞬間、結晶質の身体そのものが圧倒的な運動エネルギーに耐え切れず砕け散り、無数の破片となって周囲へ飛散。
同時に、杭の先端から極高温高圧プラズマが放射され、0.001秒単位のうちにファールバウティの体内をエーテル粒子レベルで焼き尽くすと共に、水蒸気爆発と似た原理でその巨体を文字通り粉々に打ち砕いた。
七色の光が一瞬だけ宙を染めると、それらはまるで破損した映像データのように輪郭を失い、粒子となって空気へ溶けるように消滅する。
────付近の敵を一掃したのを確認した後でブースターとスラスターを同時起動。
背中の両脇付近から噴き出した推進炎が自らの身体を前方へ押し出し、景色が一瞬で後方へ流れ始める。
瓦礫を飛び越え、横転した車を掠め、崩れた高架道路の残骸を滑るように駆け抜ける。
大きな放物線を描きつつ着地し、地面を滑りながら再度ブースターを起動。
噴射炎は推進力をほとんど減衰させることなく、自らの身体を次の交差点へ運んでいった。
「……速」
生身にとっては未知の速度に思わず呟く。
それなのに、身体だけは驚くほど自然に動いていた。
細い路地へ飛び込み、崩れた壁面に沿って姿勢を立て直すと、そのままビルの谷間を縫うように加速する。
視界の先、結晶に覆われた異形が二体。
こちらへ気付くより早く、右腕に展開した機関砲を向け、放つ。
重々しい連射音が響き、放たれた砲弾はアスファルトを抉りながら一直線に敵を飲み込んでいった。
一体目は胴体が砕け散り、背後の壁へ直撃した砲弾が直径一メートル近い穴を穿つ。
二体目も爆散したコンクリート片ごと吹き飛ばされ、七色の光を散らしながら跡形もなく消えていった。
減速せず、そのまま煙の中を突っ切る。
「……よっ、と。これでマップ三枚分は掃討してる気がするね」
あれから、もう何時間経ったのだろう。
時計がないので分からない……昼なのか夕方なのかさえ、この奇妙な空では判断がつかなかった。
それでも分かったことは幾つかある。
私は、地球防衛軍の兵科および武器装備の類いを恐らく全て利用可能だということ。
その際に可能な装備構成はおおよそ元に準じること。
これらの変更は、非戦闘時のみ可能のようだが、戦闘時と非戦闘時を分ける閾値は現状詳しく判明していない。
恐らく条件の一つが、半径1~2km圏内にアクティブ状態の敵が存在しないこと。
そして、地球防衛軍の武装は最低でも10メートル超級の巨大甲殻生物を破壊する事を目的としているからか、とんでもない威力・火力があること。
……まぁ……
「………この世界で“1km”という単位にどれだけの意味があるかは分からないけども」
苦笑混じりに独り言を漏らすと立ち止まり、崩れたビルの屋上から周囲を見渡いた。
……さっきまで通ってきたはずの大通りが見当たらない。
代わりに、先ほどまで存在しなかった高架道路が遠くを横切っている。
「またか~……」
地形が変わっている……そんな感覚が何度もあった。
一本道を歩いていたはずなのに、振り返ると別の建物が立っている。
同じ交差点へ戻ってきたと思えば、今度は違う方向へ繋がっている。
崩壊した都市を歩いているというより、巨大な迷路そのものが生き物のように姿を変え続けている、とでも言った方が感覚的に近い。
「これホントに現実世界なの……?」
街ではない。
街の形をした何か別の空間、そんな印象が日に日に強くなっていた。
標識を読もうにも、補助的に使われている簡体字や英語はともかく、主要な所に使われているカタカナとヘブライ文字の合の子のような文字が全く読めないし、このような文字が現実に存在したという知識もない。
最早SCPかBackroomsと言われた方が納得できる。
……とはいえ、先ずはこの厄介な敵を掃討しなければ探索も儘ならない。
本体も無いのに背中付近から炎だけ出る不思議ブースターを点火、同時にサイドスラスターも最大噴射。
全身を包み込むような推進音が重なり合い、次の瞬間には身体が地面から弾き飛ばされるように宙へ舞い上がっていた。
「よっと……!」
視界の中で崩れたビル群が一気に小さくなる。
地上数十メートルの高さまで跳躍し、そのまま廃墟を飛び越えようとした、その時だった。
目の前の空間が、不意に波打った。
「……あっ」
水面へ石を投げ込んだように景色が歪み、その裂け目がこちらを待ち構えていたかの如く大きく口を開く。
「ちょっ────」
回避する間もなく、その中へ飛び込んだ。
視界が七色に染まる。
上下左右の感覚が一瞬だけ消え失せ、耳鳴りにも似た不快な感覚が頭の奥を掻き回した。
次の瞬間には、何事もなかったかのように別の場所へ放り出されていた。
「……あーもう、またコレ」
半ば呆れたように独り言が漏れる。
もう何度目になるか分からない。
大きく移動しようとすると、こうして空間そのものが裂け、全く別の場所へ飛ばされることがある。
法則性は分からないし、予兆もない。
ただ、突然現れる黒いバブルのようなものに飛び込むと、気付けば違う景色の中へ立っている。
「最初は、ちゃんと調べようと思ってたんだけどね……」
辺りを見回しながら、小さく肩を竦める。
最初の頃は慎重に敵を避け、建物の中を一軒ずつ調べ、地図でも作るように周囲を観察していた。
………が、道は勝手に変わるし建物の配置も変わる。
苦労して覚えた目印は、次に訪れた時には跡形もなく消えている。
それを何度も繰り返した結果……
「……埒が明かないねこりゃ」
という結論に至った。
ならば、まず周辺の敵を全て片付け、安全を確保してからゆっくり探索した方が効率がいい。
いつの間にか、そんな思考へ変わっていた……少し考え方が物騒になってきた気もするけれど。
飛ばされた先は、これまで以上に荒廃が進んでいた。
高層ビルは半ばから折れ曲がり、道路は大きく陥没し、遠くにはビル同士が寄り掛かるように傾いている。
それどころか、一部の地形は重力を無視するかの如く浮遊している。
そんな摩訶不思議な光景に一瞬見惚れていた、その時。
「……おや?」
上空を、巨大な影が横切る。
「大きい……」
全長10メートル以上……これまで遭遇した敵と比較すると大型の部類になる。
おおよそ人型、しかし背中には昆虫のような薄い羽根が広がり、身体を覆うのは豪奢なドレスにも見える外殻。
女性のような上半身と、異形の怪物が混ざり合ったような奇妙な姿だった。
「……もしかして、アレが所謂“ボス”?」
左手を軽く前へ差し出す。
そこに前兆無く全長数メートル級の大型火砲……“プラネットバスターキャノン”が出現し、通常の人間では到底保持できないだろう質量感を伴ってその腕へ収まった。
「ビルが邪魔で少し狙いづらいけど、まぁ、これくらいなら……」
照準を合わせ……引き金を引く。
轟音、爆炎。
凄まじい反動が腕から肩へ突き抜け、反動軽減機構が働いているにもかかわらず、身体ごと後方へ押し飛ばされそうになる。
「っ……と!」
瞬間的な6点バースト。
腹の底まで響く重低音と共に、大口径砲弾が僅か0.1秒程の内に6発も、立て続けに撃ち出される。
反動で砲口が跳ね上がり、六発の砲弾は段々に少しずつ上へ逸れる弾道を描く。
───そのうちの一発が、飛翔する巨大なエーテリアスの片方の羽根へ命中した。
瞬間、着弾点を中心とした激甚な反応により、弾けるような青白いプラズマ閃光が迸る。
同時に、砲弾内部で余剰次元方向へ折り畳まれていた膨大な質量とエネルギーが、ほんの一瞬の内に現実空間へ展開された。
それは爆発ではなく、高熱でもない……ただ純粋で、圧倒的なだけの運動エネルギー。
巡航中の大型旅客機に匹敵する運動エネルギーが一点に集中し、エーテリアスの身体に叩き込まれる。
衝撃波が周囲の空気を吹き飛ばし、巨大な敵の身体が大きく傾いた。
羽根が折れ曲がり、姿勢を維持できなくなった巨体は、そのまま近くの高層ビルへ激突しながら地面へ墜落、土煙が立ち昇る。
「やったか……?」
そう思ったのも束の間だった。
しばらくして瓦礫が崩れ、その中から巨大な羽根がゆっくりと広がる。
「あ、生きてる」
そのエーテリアスはふらつきながらも再び浮上すると、一度だけこちらの方へ身体を向けた。
さぁ決戦か、と迎え撃つように砲を構え照準をつけるが………
「……あれ?」
巨大な人影は、そのままこちらに向かってくることなく、進路を変え、何事もなかったかのように遠くの空へ飛び去っていった。
何らかの反撃してくる様子も無く、ただ、その場を離れていくだけだった。
「…………」
砲を下ろし、遠ざかっていく背中を見送る。
「もしかして……敵対してなかったタイプ……?」
さっきまでの自信が急速に萎んでいく。
そういえば奴は、向こうから襲ってきた訳ではなく、ただ飛んでいただけだった。
「……うーん……」
数秒考えて、困ったように頬を掻く。
「ちょっと可哀想なことしたかな…」
そんなことを、どこか気楽に考えながら、飛び去っていく巨大な背中をぼんやりと見送っていた。
「……まあ、考えても仕方ないか」
飛び去っていく巨大な影を見送っていた私は、小さく肩を竦めると手にしていた砲を選択解除。
重厚な砲身は出現時と同じように何の予兆もなく消え、機関砲装備に切り替わった。
「………結局、敵の正体もよく分かってないし、なんなんだろうねこの世界」
そう独り言を漏らして苦笑する。
「まぁ、とはいえ…………手にはEDFの武器があって、目の前には明らかに人類の敵みたいなのが跋扈している。つまりはそういう役割なんだろうね、と」
気持ちを切り替えるように軽く膝を曲げると、ブースターへ意識を向ける。
推進炎が爆発的な勢いで噴き出し、その脚は砕けた道路を蹴ることなく空高く射出された。
瓦礫もビルも一息に飛び越え、荒廃した街並みが足元から急速に遠ざかっていく。
「さて、と」
とりあえず、行けるところまで行ってみよう。
そう考えながら、再び広がる廃墟の上空へ身を躍らせた。
地球防衛軍───EDFが相対してきた敵勢力は、人類を遥かに凌駕する時空間操作技術を有していた。
物質転送、超長距離転移………そして、時間遡行。
それらは侵略者達にとって特別な奇跡ではなく、戦略の一部として日常的に用いられる技術だった。
EDFは長い戦いの中で、それら敵性技術の一部を鹵獲し、解析し、膨大な犠牲と試行錯誤を経て自らの兵器へ組み込むことに成功している。
兵装内部へ物理法則を無視する容量の弾薬や機構が収められている構造。
携行性能と、常識外れの運動エネルギーや質量を両立する弾薬。
そのどれもが、リバースエンジニアリングされた高度な時空間制御技術を前提として成立していた。
それらは本来、安定した時空連続体の上で運用される限り大きな問題を生じない。
……しかし、ホロウ内部は違う。
そこは基底時空間から切り離され、時空間構造そのものが破綻している異常領域。
距離という概念すら曖昧になり、全体的な時間や空間の連続性が保証されない、極めて不安定な世界。
そのような場所で、高度な時空間干渉技術を繰り返し使用する危険性について…………彼女は、全くの無知であった。
六分街のレンタルビデオショップ「Random Play」の営業時間が終わってから、しばらく経った深夜。
表の看板は既に消灯しており、窓の向こうから聞こえてくるのは、夜の街を走る車の音と、時折遠くで鳴く猫の声だけだった。
その店舗の奥、客からは見えないスタッフルームの中では、店主の兄の方である彼……アキラが一人、モニターへ向かっていた。
机の上には飲みかけの缶コーヒーと、適当に積まれた記録媒体。
壁際には通信機器やホロウ探索用の機材が並び、薄暗い室内をパソコンの青白い光だけが照らしている。
画面には、幾つもの地図と数値のグラフ、それから時間ごとに変化していくホロウ内部の観測データが表示されていた。
「──お兄ちゃん、それって……」
背後からの声、アキラは振り返らずに答える。
「『羊飼い』から流れてきた、例の件のデータだ」
「例の件、というと……」
その言葉を聞いて、店主の妹の方であるリンが椅子の背後へ回り込む。
肩越しに画面を覗き込んだ彼女は、しばらく何も言わなかった。
只でさえ混乱気味のホロウ内部で、明らかに破綻した数値を示す赤い領域が、地図の上で曲がりくねった線上に広がっている。
「これは、ヒドイね……」
リンが素直な感想を漏らす。
「あぁ」
アキラはマウスを動かしながら、複数の観測結果を重ね合わせる。
「このレベルの空間錯乱だと、予め用意したキャロットなんかは、数分で役に立たなくなるだろう」
「キャロット」というのは、プロキシやホロウレイダー等がホロウ内部で使用する地図データの俗称だ。
ホロウの内部では通常の地図をそのまま使うことができない。
空間そのものが歪むため、静的な空間情報だけでは何の役にも立たないからだ。
そのため、事前に取得した観測データと、これまでの計算で弾き出された予想変化パターンを組み合わせてホロウ探索用の時限式地図を構築するのが、ホロウに対する一般的なアプローチ方法だ。
しかし画面に映るデータは、その前提そのものを嘲笑うレベルのものだった。
アキラが別のウィンドウを開き、画面の端に表示されたグラフを指で叩く。
「エーテル活性や濃度も、錯乱空間の通過前後で極端に上下してる。さっきまで安全だった場所が、数分後には危険な領域になっている事もザラだ」
「つまり、普通に探索するのは難しい?」
「難しいどころか、無謀だね」
アキラは椅子の背へ身体を預けた。
「少なくとも……通常のやり方では、あっという間に遭難することになる」
「じゃあ、どうするの?」
「現地で取得した観測したデータを、その場で処理すれば、あるいは……」
画面を切り替え、シミュレーションされた錯乱空間の簡易モデルが表示される。
「現地で数分おきに観測データを取得しながら、リアルタイムで空間データを更新していけば、もしかしたら突破できるかもしれない」
リンは数秒間画面を眺めていたが、やがて……
「つまり、私達の独壇場ってわけだね」
妙に嬉しそうな声だった。
「……まあ、そういうことになるかな」
「じゃあ、近い内に仕事が入るかもしれないね、お兄ちゃん」
兄妹の手元には、印刷された画像が一枚。
真偽の程は定かではないが、空間錯乱の内部で偶然撮影されたと言われている画像。
ブレブレの人影、人影が持つ大きな大砲らしき物体、その側面に印字された辛うじて見える紋章に描かれた三文字。
『EDF』
兄妹にとってその言葉を聞いた時に思い浮かぶのは、ただ一つ。
旧エリー都防衛軍───Eridu Defence Force
旧エリー都がまだ都市として機能していた時代、その防衛を担っていた組織。
だが、旧防衛軍がこのような空間攪乱兵器を投入していたとは聞いたことが無い。
仮に実験室レベルの試作兵器だとしても、こんなものを実際に動かすのなら、相当に高度なエーテル技術が必要になる。
高度なエーテル技術……ならば必然的に、かの研究所へと繋がっていくこととなる。
兄妹が追っている、因縁の研究所へと。
こうして、状況は勘違いを孕んだまま動き出すのであった。
思いつきなので続きは未定です。