地球防衛系白狐シリオンちゃん(仮)   作:霊藻

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君こそが、EDF 2

後日、ホロは一枚の紙を前にして、難しい顔をしていた。

 

「……これが、『ほ』?」

 

「そう。で、こっちが『ろ』」

 

向かいに座ったヤタが、紙の上へ指先を置く。

簡単な文字を数文字、並べて書いてみせた。

 

「ほ、ろ……」

 

ホロはそれをじっと眺め、それから手にしたペンで真似をする。

慣れていない為か、線の太さや角度が微妙に安定していない。

何度か書き直してみたものの、どうにも納得できないらしく、眉間に皺を寄せた。

 

「……アルファベットと1:1対応した換字式暗号…?…じゃあなんでアルファベット自体はそのままある……?」

 

「まーたなんか良くわからない難しいこと言ってる?」

 

「あ、うん。なんでもない」

 

ホロはもう一度、紙の上に視線を落とす。

単純な名前だが、それが妙にしっくり来ていた。

昨日まで、自分には名前がなかった……正確には、何かしら名前があったのかもしれないが、それを覚えていない。

過去の自分が何者だったのかも分からない以上、名前だけに拘っている意味も無い。

それ故に、ヤタがくれたこの二文字だけは、今の自分とこの世界を唯一結びつけるアンカーのようなものに感じられた。

 

「……ホロ」

 

「そうそう。自分で言うと変な感じする?」

 

「うん、まだ、ちょっと」

 

「そのうち慣れるよ」

 

ヤタはそう言って笑い、紙の端にもう一度、少し大きく名前を書いた。

ホロはその文字を見つめながら、今度は丁寧に同じ形をなぞっていく。

 

 

二人が腰を落ち着けた場所は、かつて文具店だったらしい店舗の一角だった。

隣には書店が併設されていたらしく、壁際には大量の本棚が並び、その反対側にはノートや筆記具、画用紙、封筒などが整然と陳列されている。

もっとも、それらは長い時間放置されたせいで埃を被り、ところどころ棚が崩れていたが、旧都が異常空間に呑み込まれた時からほとんど手を付けられていないらしく、商品そのものは驚くほど多く残されていた。

 

人の営みが突然断ち切られた風景。

レジには誰もおらず、床には倒れたペン立てや散らばった紙片が残されている。

奥の書棚には古びた雑誌が並び、子供向けの絵本まで、まるで次に誰かが取りに来るのを待っているかのように収まっていた。

 

「結構、物が残ってるね」

 

ホロが棚を眺めながら呟く。

 

「こういう店は後回しにされたんだろうね。食料とか医薬品とかと違って、すぐ必要になるものじゃないし」

 

ヤタは適当に答えながら、別の棚を覗き込んでいる。

ホロも、何となくその隣を歩き始める。

文具店という場所そのものが、ホロにとっては少し新鮮だった。

鉛筆、消しゴム、色鉛筆、定規、ノート、画材……どれも自分の“知識”の中でありふれている品物。

しかし、大まかな形や機能は知っているモノと同じくしても、そこに印字されているメーカーやデザインは全く知らぬソレしかない。

そんな棚を眺めながら歩いていた時だった。

 

「……おっ」

 

ヤタの足が止まった。

 

「どうしたの?」

 

「これこれ、懐かしー!前はよくやってたなぁ…」

 

棚の下段から、一箱のボードゲームを引き抜く。

箱には色鮮やかな盤面と、車のような駒、そして大量のカードが描かれていた。

埃を払ってみると、ホロにとっては知らないパッケージの筈なのに何をするかは知っているゲームが出てくる。

ヤタは箱をしばらく眺め、それから少し嬉しそうに顔を上げた。

そこに、ホロが声を掛ける。

 

「………人生ゲーム?」

 

「え?」

 

ヤタが振り返る。

 

「これ、知ってるの?」

 

「うん。やった記憶は無いけど……何かは、分かる」

 

「ふーん……じゃ、やろうよ!」

 

ヤタの返事は妙に早かった。

 

「ウチまぁまぁ強いよ、コレ」

 

さっきまで退屈そうに店内を眺めていたヤタの目が、急に生き生きとしている。

ホロは箱とヤタの顔を交互に見て、それから小さく笑った。

 

「じゃあ、勝負だね」

 

二人は顔を見合わせる。

外では、廃墟と化した旧都の街路に、蛍光色の結晶が静かに光を放っていた。

ここが、もう誰も戻ってこない街の一角だということも、二人のいる世界がいつ空間ごと形を変えてしまうか分からない場所だということも、今はほんの少しだけ頭の隅へ追いやられていた。

ヤタは箱を抱えたまま、楽しそうに言った。

 

「……占有離脱物横領とかならないかな」

 

「今更でしょ」

 

そして二人は、誰もいなくなった店の床へ盤面を広げ始めた。

 

 

 

 

──────それから、どれくらい時間が経っただろう。

盤上に残された駒を眺めながら、ヤタは深々と息を吐いた。

 

「……終わった……」

 

最後にゴールへ駒を進めたホロは、盤面とヤタを交互に見ながら、どこか信じられないような顔をしている。

 

「運、悪かったね」

 

ホロは自分の駒を指先でつつき、それから小さく駒を手の中で回した。

 

「いやぁ、途中まではウチが圧倒的に勝ちまくりモテまくりだったんだけどなあ……」

 

ヤタは盤面を指でなぞりながら振り返る。

 

「そこから悪いマスばっかり引くんだもん。なんで最後の最後で人生転落コースなるかな」

 

「……運が、悪かったね」

 

「それを言われると何も言えない」

 

ヤタは苦笑し、それからホロの方を見る。

 

「でも、ホロも結構苦戦してたよね」

 

「うん。全体的に貧乏だった」

 

「それでも最後まで逃げ切ったじゃん?危ない時の粘り強さが半端無かったよね」

 

「……もしかしたら、死にそうで死なないのが得意なのかも……知らないけど」

 

ホロはそう言って、自分でも少し可笑しそうに笑った。

記憶は無く、自分がどんな人間だったのかも分からない。

それでも、こうしてゲームをしていると、知らないはずなのに妙な感覚がある。

勝てないから諦めるのではなく、どうにかして最後まで残ろうとする、その感覚だけは身体のどこかに残っているような気がした。

 

その時、ホロの動きが止まる。

 

「……ヤタ」

 

「ん?」

 

「外……エーテリアス」

 

ヤタが顔を上げる。

店のガラス越しに見える通り、その向こうに、いくつもの人影があった。

 

一つ、二つではない……建物の陰から、道路の向こうから、崩れたビルの隙間から、緑色の結晶に覆われた異形たちが次々と姿を現している。

偶然か必然か、店の周囲に集まり始めており、既に入口の向こうには十体以上が蠢いていた。

 

「……いつの間に」

 

ヤタが小声で呟く。

ホロは立ち上がり前方へ手を伸ばすと、次の瞬間、虚空から物騒な形状のロケットランチャーが現れる。

……と、その瞬間、ヤタが慌てて止めに入った。

 

「ちょっ、落ち着け落ち着け。あの数と正面からやりあう気?」

 

「……?……まあ、EDFは敵に背中を見せないものだし……」

 

「それは知らないけど、今それ出したらまた色々吹っ飛んで愉快なことになるから」

 

「……そうかな」

 

「そうだよ」

 

ヤタはため息をつきながら店内を見回した。

 

「こういうトコには大抵……」

 

視線が止まる。

 

「……裏口がある」

 

ヤタが棚の奥を指差した。

従業員用らしい小さな扉が、商品の搬入口へ続く通路の先に残っている。

 

「こっち」

 

「なるほど、ステルスミッション」

 

ホロは少し考え、それからロケットランチャーを消した。

二人は店内の灯りもつけず、物音を立てないように裏口へ向かうと、扉をほんの少しだけ開ける。

外の通りには、さらに多くのエーテリアスが集まっていた。

 

「……」

 

二人とも黙ると、ヤタがゆっくり扉を閉めた。

 

「………どうする?」

 

「どうしようか」

 

ヤタが視線を横へ向けた。

建物の裏手に、半ば瓦礫へ埋もれるようにして一台のバイクが転がっている。

長いこと放置されていたらしく車体には埃が積もり、タイヤの一方も少し潰れている。

 

「アレが使えればね……」

 

ホロもバイクを一瞥した。

何となく眺めていると、頭の中に妙な感覚が浮かんだ。

具体的に言うと、“乗車可能範囲”のエフェクトが見えそうな感覚。

 

「……もしかしたら、使えるかも」

 

「本当?」

 

「多分」

 

ホロはそう言って、バイクを起こした。

直後、エンジンが低く唸る。

 

「おお。」

 

「これは“おお”だね」

 

 

 

 

 

バイクが瓦礫を跳ね飛ばしながら、廃墟の通りを疾走する。

 

「うわああああっ!」

 

後ろに乗ってホロの腰にしがみついているヤタの悲鳴が街中へ響くと、左右からエーテリアスが飛びかかってくる。

だがその瞬間、バイクの最後方に設置された高出力レーザー型自律タレット……ZEブラスターが反応した。

甲高い作動音とともに砲塔が高速で旋回すると、緑色のレーザーが四方八方へ放たれた。

1本の光線が凄まじい反応速度で振り回され、街の澱んだ空気を切り裂くと同時に迫っていたエーテリアスの身体を次々と貫く。

エーテリアスは距離が近い順に、結晶質の身体が弾け、七色の光となって崩れ落ちていく。

 

「ホロ!」

 

「なに!?」

 

「前!」

 

「見えてる!」

 

前方から巨大なエーテリアスが飛び出してくる。

ホロはハンドルを切らず、そのまま直進……勢いよくエーテリアスの股下を通過していったと同時に、レーザーがエーテリアスを両断する。

 

そうしてエーテリアスの群れを抜けた……瞬間、バイクが横滑りして瓦礫に乗り上げ、ホロの身体が大きく傾く。

 

「うわっ!」

 

そのままバイクと共に二人の身体が宙に浮き、バイクから投げ出される………このままでは地面に激突する。

ホロは咄嗟にヤタの身体を抱き寄せた。

次の瞬間、視界が反転する。

地面が迫ると、ホロはヤタを抱えたまま身体を捻り、自分の背中を地面へ向ける。

 

………轟音。

二人の身体が地面を転がり、砂埃が舞い上がった。

しばらくして、周囲が静かになる。

 

「……ヤタ?怪我無い……?」

 

ホロが目を開ける。

 

「ホロ!」

 

ヤタが慌てて身体を起こし、ホロの腕や脚を確認する。

 

「どこか痛くない?頭は?打ってない?」

 

「………大丈夫…」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

ホロは仰向けになったまま、しばらく空を見上げていた。

その様子を見たヤタは、大きく息を吐きながら安心したようにへたり込んだ。

ホロも、同じく安心したのかため息が漏れた。

 

「死ぬかと思った……もうやらん……」

 

その顔があまりにも不満そうだったので、ヤタは堪えきれなくなった。

 

「ふっ……」

 

肩が震える。

 

「……ははっ」

 

とうとうヤタは声を上げて笑い始めた。

 

「いやー、最高……ウチ、最高に今生きてるって感じする!」

 

ヤタもその場へ仰向けに寝転がる。

瓦礫の向こうには、さっきまで二人を追っていたエーテリアスの姿はもうない。

代わりに、崩れかけた街並みと、蛍光色に発光する結晶だけが静かに残っている。

 

「心臓、まだバクバクしてるし」

 

「それはそうでしょ」

 

ホロはしばらく何も言わなかった。

やがて、呆れたように小さく息を吐く。

 

「……ヤタ、変なの」

 

「ホロにだけは言われたくないなあ」

 

「むむ………」

 

二人はそのまま、しばらく瓦礫の上に寝転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

少し後、ヤタは服についた埃を手で払いながら立ち上がり、ふと自分の袖を見て眉をひそめる。

 

「……汚れちゃったなー」

 

「あー……」

 

ホロも自分の服を見下ろした。

整っていた布地には砂埃が染み込み、ところどころ擦れた跡が残っている。

先ほどの転倒で地面を何度も転がったのだから当然といえば当然なのだが、改めて見るとかなり酷い。

 

「……よーし、ならば~……」

 

ヤタは辺りを見回した。

すると、通りの向こう側に看板だけが辛うじて残った建物が目に入る。

 

「……あれだ!」

 

「何?」

 

「セレクトショップ!」

 

崩れた建物の一階、その奥には衣料品店らしき空間が残されていた。

ガラスの大部分は割れているものの、店内にはまだ大量の衣服が並んでいる。

長い間誰にも触れられていなかったらしく、埃を被ってはいるが、商品そのものは比較的無事らしい。

 

「行ってみよう」

 

「……もしかして、着るの?」

 

「せっかくだしね」

 

ヤタが先に店内へ入っていく。

ホロもその後ろについていき、並んだ衣服を眺め始めた。

 

「……いっぱいある」

 

「当たり前じゃん、服屋なんだから」

 

「そうだけど」

 

特に引け目もなく店の奥へ踏み込んだヤタは、一着の服を手に取って振り返った。

 

「これ、どう?似合う?」

 

「……」

 

ホロが無言になる。

 

「どしたの?」

 

「ファッション何もわからん」

 

「身も蓋も無いよ~」

 

「むぅ……」

 

いろいろと物色しているヤタを尻目に、適当に着やすそうなセットの掛かっているハンガーを手に取ってみると、ヤタは笑いを堪えながら首を振った。

 

「ホロ、それ大人向けじゃん」

 

「そうなの?」

 

「というか、オバサン臭いよ」

 

「えぇ……そうなんだ……」

 

そう言いながらも、ヤタは別の棚から服を取り出した。

 

「ホロはこっちのが似合うんじゃない?」

 

「それは………」

 

 

 

 

 

────二人はしばらく店内を漁った。

最初は本当に汚れた服を着替えるためだったはずなのに、いつの間にか目的が変わっている。

 

「これどう?」

 

「……露出多すぎない?」

 

「じゃあこれは?」

 

「もっと露出してるじゃん」

 

「ホロはさっきから何着ても露出って言うじゃん!」

 

「この街、露出に対する感覚おかしいよ」

 

なんやかんやあってから、ホロが手渡された服を持って、店の奥へ消えていく。

しばらくして姿を現したホロを見て、ヤタが目を丸くした。

 

「……おお」

 

「どう?」

 

「普通に似合ってる」

 

「本当?」

 

「うん。なんか……」

 

ヤタは少し考えてから笑う。

 

「普通に可愛い」

 

ホロはその言葉を聞いて、自分の服を見下ろした。

 

 

…………そうして今度はヤタが奥へ消えていく。

少しして戻ってきた姿を見たホロは、あからさまに露出が多くなって帰ってきたヤタを見つめた。

 

二人は顔を見合わせ、それから同時に笑う。

気が付けば、着替えるだけだったはずの時間は、すっかり服を選んで遊ぶ時間へ変わっていた。

 

廃墟になった衣料品店の中で、二人の笑い声だけが響く。

外では相変わらず、誰も戻ってこない街が静かに眠っていた。

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

【ホロウストームって今どうなってる?】

 

【ボンプレイダー】

ホロウストームのせいで何個か依頼蹴られてるんだけど、そろそろおさまった?

 

【灰皿猫】

全然。

発生からもう1ヶ月くらい経ってるけど、まだ勢力を保ったまま移動してる。

 

【黒鉄】

移動性空間錯乱、通称ホロウストーム。

名前の通り、ホロウの中を移動しながら空間構造を滅茶苦茶にしてる。

この前は俺も危なかった。

零号寄りの旧区画に入って、キャロット上では普通に抜けられるはずだったんだけど、裂け目の接続がいきなり変質して遭難しかけた。

 

【ボンプレイダー】

怖すぎる

 

【探し物bot(手動)】

むしろまだ入ってる奴いるの?

 

【スコティッシュハイランダー】

ちなみにこの前の大停電も関係あるって聞いたけど、あれ本当?

 

【名無し2号】

本当らしい。

 

【ボンプレイダー】

マジ?

 

【TOPS入り大成功】

式輿の塔の出力が何棟か不安定になった。

表向きには設備側の問題ってことになってるけど、ホロウストームの通過直後に異常値が出てるって言ってた。

 

【モフモフクロウ】

あれホロウストームだったのかよ。

 

【TOPS入り大成功】

直接の原因かは不明の筈。

ただ、タイミングが一致しすぎてる。

 

【黒鉄】

あと、HIAが情報集めてるって話もある。表向きじゃないけど、非公式に報償金付きで情報提供を受け付ける準備をしてるとか。

TOPSや市政もそのうち腰を上げるかもな。

 

【鉄屑屋】

つまり上がかなり焦ってるってこと?

 

【黒鉄】

少なくとも、普通のホロウ災害として扱ってないのは確かだと思う。

 

【名無し2号】

そりゃそうだろ。

ホロウストームが通った後の写真見たことあるか?

見たら分かる、あんなの自然発生の空間錯乱どころじゃない。

建物が壊れてるとか、道が消えてるとか以前に、区画そのものが大量の爆薬で吹き飛ばされたみたいになってる。

ビル街が更地になってたり、道路が何十メートル単位で抉れてたりする。

 

【ボンプレイダー】

エーテリアスの群れでもそこまでやらんだろ

 

【モフモフクロウ】

何か巨大な奴でも暴れてるんじゃないの?

 

【黒鉄】

それも可能性としては挙がってる。

 

【鉄屑屋】

じゃあストームの正体って大型エーテリアス?

 

【黒鉄】

分からない。

ただ、ストームが通過した後にはエーテリアスの個体数が激減してる報告もある。

 

【探し物bot(手動)】

それなら、エーテリアスが共食いしてる……ってコト!?

 

【名無しのレイダー】

そういや、零号に近いところの拠点を捨てた奴がかなりいるって聞くな。

採掘拠点とかキャンプとか、仮設拠点が巻き込まれたって事例が何個かある。

 

【黒鉄】

とりあえず俺はしばらく近寄らないことにする。

収入が減るのは痛いが、帰還ルートそのものが消えるのは洒落にならん。

 

 

 

 

 

 

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