あの夜から、いくつかの日が過ぎた。
ホロウの中では唯一、外から降る光だけが確実なものだった。
空の明るさが変わり、気温が変わり、眠くなれば眠る。
そんな具合に時間を数えているうちに、いつの間にか何日も経っていた。
二人の旅に、大きな変化はなかった。
廃墟を見つければ中を調べ、使えそうな物資があれば拾う。
エーテリアスに遭遇すればホロが撃滅し、時にはヤタが逃げ道を探す。
出口は見つからない。
けれど、それについて二人が深刻に話すことも少なくなっていた。
今日もまた、二人は当てもなく歩いている。
「次、どっち行こうか」
ホロが前を向いたまま尋ねる。
目の前には、途中で崩れた大通りがあった。
左右には廃墟となった建物が並び、遠くにはいくつもの巨大な構造物が重なっている。
あれが何の建物だったのか、今ではもう分からない。
ホロは足を止め、左右を見比べた。
右へ行けば、古い地図上では以前見つけた道へ繋がっているかもしれない。
左には、まだ探索していない区画がある。
ホロは直感で道を決め、再び歩き出す。
何となく、今日は左……それくらいの気持ち。
数歩進んだところで妙な違和感を覚え、振り返る。
「……ヤタ?」
少し離れた場所に、ヤタが立っていた。
逃げるでもなく、何かを探しているわけでもない。
「どうしたの?」
ホロが戻ろうとすると、ヤタは小さく首を振った。
ヤタの表情は何時もとあまり変わらないが、その雰囲気はどこか違うものだった。
「………ホロ」
「うん?」
ヤタは一度だけ、自分の腕を見る。
服の袖から僅かに覗いている皮膚には、以前よりもはっきりと結晶が浮かんでいた。
小さかった結晶は少しずつ増えている。
それを隠すように袖を下ろしてから、ヤタは顔を上げた。
「……ウチ、どうやらここまでみたい」
「ここまで?」
「うん」
ヤタは、穏やかに頷く。
その仕草は、あまりにも普段通りでしかなく、ただ、いつものように笑おうとして────ほんの少しだけ、困ったように口元を緩めた。
ホロは、しばらくヤタの顔を見つめていた。
何か言わなければならないような気がしたけれども、何を言えばいいのか分からなかった。
大丈夫だとも、まだ何か方法があるとも言えなかった。
ヤタ自身が、それを分かっている顔をしていたからだ。
………だからホロは、ただ小さく頷いた。
「………そっか」
たったそれだけの返事。
ヤタも、それ以上は何も言わなかった。
しばらくして二人は、崩れた建物の壁際に並んで腰を下ろした。
風が吹き抜けると共に、遠くの廃墟から何かが崩れる音が聞こえる。
ホロウの夜は不自然な程に静かだった。
まるで、これから起こることを知っているかのように。
ヤタは自分の腕を眺める。
結晶は、以前よりずっと大きくなっていた。
皮膚の下にもエーテルの結晶が滲み、指先を動かすたび、その硬質の感触が僅かに感じられる。
「………ホロ」
「ん?」
「たぶん、離れてた方がいいよ」
ヤタは前を向いたまま言った。
「これ、エーテリアス化したらさ、周りも巻き込むから」
ホロはヤタを見る。
その言葉の意味を考え、それから小さく笑った。
「うーん、嫌、やめとく」
「……即答?」
「うん」
ホロはヤタの隣へ、肩が触れる程度の距離に身体を寄せる。
「ここにいる」
「……そっか」
ヤタは困ったように笑うと、それ以上は説得しなかった。
「仕方ないなぁ……」
諦めたように呟き、背中を壁へ預ける。
ホロも隣で同じように身体を預けると、二人の間に静かな時間が流れ始る。
満点の星空の下…………話題は、別に重要なものではなかった。
明日行くつもりだった場所の話、これまでに見つけた変な建物の話。
ヤタが保存食を料理するとき、どんな調味料を使うと美味しくなるのか。
そして、ヤタがどこから来て、何がしたかったのか。
そんな、どうでもいい話ばかりだった。
ホロは時々、ヤタの身体を支えるように肩へ手を添える。
ヤタは何度か「大丈夫」と言ったが、ホロはそのたびに聞き流した。
やがてヤタの頭が、ホロの肩へ寄りかかる。
「……重くない?」
「全然」
「そっか」
時間が過ぎると共に、ヤタの呼吸が少しずつ浅くなる。
ホロは何も言わず、その身体を支え続けた。
…………………そして。
ヤタの胸元に、小さな黒い点が生まれた。
周囲の空気が僅かに歪んで見えるほど暗く、異様なほど黒い。
「……ホロ」
ヤタの声がする。
「うん」
「ありがとね」
それが何に対する礼なのか、ホロは聞かなかった。
黒い点は、ゆっくりと大きくなる。
小さなブラックホール様の球体がヤタの胸の内側から現れ、その中を喰らっていく。
次の瞬間、周囲の空間が歪んだ。
地面に落ちていた小石が浮き上がり、風もないのに周囲へ吸い寄せられていく。
ホロは、ヤタを支える腕へ力を込める………それでも、もう止められない。
黒いコアを中心に、眩い光が膨れ上がった。
「ヤタ─────────
呼び掛ける声を最後まで言い切る前に、衝撃が二人を引き離した。
ホロの身体が大きく弾き飛ばされ、地面へ叩き付けられ瓦礫の上を転がる。
その向こうでは、巨大な光が………太陽とも錯覚するような神々しい光が、夜の廃墟街を白く染め上げている。
やがて光が収まり静寂が戻ると、ホロはゆっくりと身体を起こした。
砂埃を払いながら立ち上がり、少し離れた場所へ目を向ける。
そこに、ヤタはいなかった。
代わりに立っていたのは、巨大な鳥。
人間の面影など、どこにも残っていない。
何十メートルにも及ぶ巨体、結晶質の翼……三本の脚。
夜空へ向かって伸びる巨大な輪郭は、廃墟となった街そのものを覆い隠していた。
…………エーテリアス。
ホロは、それを見つめる。
その右手に、虚空から一つの武装が現れた。
巨大な狙撃銃。
人間が持つための銃という概念から、とうに逸脱した長大な砲身が夜の街並みへ伸びる。
EDFが有する総ての歩兵用銃火器、車載砲熕兵器をも凌駕する単発破壊力を誇る個人携帯型要塞砲……プラネットスーパーカノン。
構えた照準器の向こう側、視線の先には巨大なエーテリアス。
指が引き金へ掛かり、ほんの僅かに震える。
─────轟音。
砲声が、夜の廃墟街を震わせた。
七色の光が、夜の空気の中をゆっくりと漂っている。
無数のエーテル粒子が燃え尽きた火の粉のように舞い上がっては、途中で淡く瞬き、そのまま何もなかったかのように消えていく。
その中心で、ホロは立ち尽くしていた。
銃口の先には、もう何もない。
残っているのは、ただ廃墟のみ。
ホロはしばらく動かなかった。
やがて、何かがひらりと視界へ入る。
上空から落ちてきたそれを、ホロは反射的に手を伸ばして掴んだ。
一枚の羽根…………濡羽色の、細長い羽根。
指先で触れると、ほんの僅かに暖かい気がした。
ホロはそれをしばらく見つめ、それから壊さないように両手でそっと包み込む。
その背後で何かが動く。
複数の足音、結晶が擦れ合う音。
振り返ると、暗闇の向こうからエーテリアスの群れが集まってきていた。
ホロは羽根を握ったまま、ゆっくりと顔を上げる。
その顔に焦りは無く、そして悲しみに取り乱しているわけでもなかった。
ただ、疲れたように息を吐き、そして一度だけ夜空を見上げた。
以前と同じ星空。
あの夜、二人で眺めた星々が、何事もなかったかのように輝いている。
ホロは手の中の羽根へ視線を戻し、それから静かに呟いた。
「うん……EDFは敵に背中を見せない。そうだよね」
【兵科:エアレイダー】
遠くから、甲高いジェットの音が響く。
夜空を横切る巨大な影、前触れもなく飛来した重爆撃機がホロの眼前を通過していく。
その腹部から、無数の爆弾が雨のように投下され……次の瞬間、眼前の街並みが爆炎に呑まれる。
轟音が連続し、数珠繋ぎの炸裂によって道路も建物も、エーテリアスの群れも纏めて吹き飛ばされていく。
ホロの白い髪が爆風に煽られる。
それでも、少女は微動だにしない。
【兵科:ウイングダイバー】
背中に飛行装置が展開した。
次の瞬間、ホロの身体が夜空へ跳ね上がる。
地上が一気に遠ざかると共に、その手元に現れたプラズマキャノンの砲口が、青白い光を膨張させていく。
巨大な光球が完成すると同時に放たれ、地面に向かって緩い放物線を描きながらエーテリアスの集団の中央部を照らす。
───瞬間、巨大なプラズマ火球が膨れ上がった。
火球の直径は百メートル近くに達し、異常な高熱が周囲を閃光で染める。
周囲のあらゆる物体が極度の高温に曝されて焼尽し、エーテリアスの群れが炎の中へ消えていく。
破壊によって生じた黒煙が、周囲を黒に染める。
次の瞬間、ブースターの噴射炎が暗闇を切り裂き、黒煙を突っ切った少女の身体が夜の街へ躍り出た。
【兵科:フェンサー】
次の敵へ向かって、連続したブースター音が夜の廃墟街を駆けていく。
その姿は、もはや自分が何者なのかを問う少女ではなかった。
此の身にはヤタから貰った名前が、手元にはヤタの遺した一枚の黒い羽根がある。
そして、その手には自分が唯一知っているものがある。
────故に、迷う余地などありはしなかった。
「やつらに一発食らわせる……私……いや、“ウチ”こそが、EDFだ」
あんまりニワカな状態で書くのもアレな気がしたので、急いでストーリーを最新話までやってきました。
あとEDF6.2INVADERS FROM ANOTHER WORLD発表おめでとうございます。