殺人探偵 朝日結人   作:バットエンド厨

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18歳〜22歳


心臓の中の殺人鬼

 

 

朝日結人が警察官を志した理由は、人を助けたいという単純なものだった。

 

子どもの頃から正義の味方に憧れていたわけではない。拳銃を撃ちたいとも、犯人を追い詰めたいとも思ったことはなかった。ただ、誰かが困っているなら手を差し伸べられる人間になりたい。その思いだけは、物心ついた頃から変わらず胸の中にあった。

 

日本人の父とイギリス人の母の間に生まれた朝日は、生まれつき銀色の髪と蒼い目を持っていた。幼い頃はその見た目を珍しがられもしたが、本人はあまり気にしていない。人前へ出ることは得意ではないが、人の話を聞くことは好きだった。誰かが悩みを打ち明ければ最後まで耳を傾け、困っている人を見つければ放っておけない。そういう性格が自然と警察官という職業への憧れに繋がっていった。

 

警察学校へ入学した日、朝日はこれから始まる新しい生活への期待を胸に校門をくぐった。

 

訓練は想像以上に厳しかった。朝から晩まで走り込み、法律を学び、射撃や逮捕術を繰り返す。朝日は、そこで後に人生を大きく変える五人の同期と出会うことになる。初めて彼らを見た時、朝日が感じたのは憧れよりも先に、自分との差だった。

 

降谷零は、よく見た目をいじられるという共通点から関わり始めた。彼は何をさせても高い水準を維持する人間だった。座学では優秀な成績を取り、格闘訓練では相手の動きを読み、射撃でも安定した結果を残す。しかも、それだけの能力を持ちながら、本人は決して満足することなく努力を続けていた。

 

松田陣平は、普通の人間とは違う視点を持っていた。特に爆発物に関する知識と観察力は突出しており、他の人間が気付かない小さな違和感から答えを導き出すことができた。

 

萩原研二は、人との距離を縮めることが上手かった。軽い口調や明るい態度だけを見ると飄々としているように見えるが、実際には相手の感情を読む力が非常に高く、必要な場面では誰よりも冷静に周囲を見ていた。

 

伊達航は、総合2位という優秀さに加え、自然と人の中心に立つ存在だった。強引に引っ張るわけではない。それでも、誰かが迷った時には方向を示し、苦しい時には周囲を支えることができる人間だった。

 

諸伏景光は、落ち着いた判断力と優れた射撃能力を持っていた。どんな状況でも冷静さを失わず、必要な瞬間に最善の行動を選べる強さがあった。

 

そんな五人と比べると、朝日はどこまでも普通だった。訓練では中間あたりの成績。射撃では諸伏に届かない。格闘では降谷や松田との差を感じる。座学も努力しているが、突出した結果を出すことはできない。

 

朝日は、自分に才能がないことを何度も思い知らされた。

 

それでも、諦めることはなかった。才能がないなら努力すればいい。誰より優れていなくても、自分にできることを増やせばいい、そう考えていた。

 

「また二位か」

 

射撃訓練を終えた降谷が苦笑すると、松田が肩をすくめる。

 

「一位しか興味ねぇ奴が言う台詞じゃねぇな」

 

「二位だから悔しいんだろ」

 

「いやいや十分すごいでしょ!」

 

萩原が笑いながら割って入り、諸伏も穏やかな表情で頷く。

 

「競い合える相手がいるのはいいことじゃないか」

 

「ヒロはそうやってまとめるよな」

 

伊達が豪快に笑い、朝日の肩へ腕を回した。

 

「おいアーサー、お前も何か言えよ」

 

「いや、僕が口を挟めるレベルじゃないし」

 

「そこは『班長うるさい』くらい言っときなよ〜アーサーちゃん!」

 

「言うようになったなアーサー」

 

「僕のせいにしないでくれないか?」

 

「はっはっは!すまんすまん!」

 

そんな他愛もない時間が、朝日には何より心地よかった。名字が朝日でイギリスの血が混じってるからアーサー。最初に言い出したのは萩原だ。単純だけど気に入ってるあだ名だった。

 

それぞれ得意なことが違い、それぞれ足りない部分を補い合う。警察官になれば別々の道を歩むことになるだろう。それでも、この仲間たちとはきっと何十年経っても笑い合える。朝日は疑いもなくそう信じていた。

 

しかし、その未来は突然終わりを告げる。異変に気付いたのは、持久走の最中だった。

 

普段なら十分走れる距離だったにもかかわらず、その日は胸の奥を強く掴まれたような痛みに襲われ、足が前へ出なくなった。息が苦しい。肺ではなく心臓そのものが悲鳴を上げているような感覚だった。

 

無理に走り続けようとしたものの、視界がぐらりと揺れ、そのまま倒れ込んだ。

 

目を覚ました時には病院の白い天井が広がっていた。

 

精密検査の結果、医師から告げられたのは、心臓の機能が著しく低下しているという現実だった。

 

「このままでは危険です」

 

医師の口調は穏やかだったが、その内容は穏やかではない。

 

「薬で進行を遅らせることはできます。しかし根本的に治すには、心臓移植が必要になるでしょう」

 

朝日はしばらく言葉を失った。警察学校へ戻ることだけを考えていた頭の中で「移植」という単語だけが何度も反響する。

 

「……警察官にはなれますか?」

 

ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど小さかった。医師は少しだけ沈黙し、静かに首を横へ振った。

 

「今の状態では難しいでしょう」

 

その一言で、朝日が積み重ねてきたものは音もなく崩れた。

 

退院後、警察学校へ戻った朝日は教官へ事情を説明し、自ら退校届を提出した。

 

同期へ伝えるのはその後だった。誰からも責められなかった。

 

「治療に専念しろ」

 

伊達は朝日の肩を力強く叩いた。

 

「命より大事な仕事なんてねぇよ」

 

松田はいつものようにぶっきらぼうだったが、その表情には悔しさが滲んでいた。

 

「元気になったら飯くらい付き合えよ」

 

「もちろん…」

 

萩原は明るく笑って見せた。

 

「卒業しても友達なんだからさ」

 

諸伏は静かに朝日の手を握る。

 

「体が一番大事だ。また会おう」

 

最後に降谷が朝日の前へ立った。

 

「アーサー…次に会う時は、お互い胸を張れる仕事をしていよう」

 

朝日は笑顔を作ろうとした。だが、うまく笑えなかった。それでも五人の顔を順番に見渡し、小さく頷く。

 

「ありがとう。絶対また会おう」

 

その約束だけを胸に、朝日は警察学校を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

警察学校を去ってからの数か月は、朝日にとって長い空白だった。

 

治療を最優先にした生活は、それまでの毎日とは何もかもが違う。朝は決まった時間に薬を飲み、病院で検査を受け、少しでも異常があれば安静を命じられる。体調が良い日でも激しい運動は避けるよう言われ、以前なら軽々とこなしていた階段を上るだけでも、胸の鼓動が必要以上に早くなることがあった。

 

同期たちはそれぞれ卒業へ向けて忙しくしている頃だろうと考えると、焦りと置いていかれるような寂しさが胸を締め付けた。警察学校で過ごした時間は決して長くはなかったが、同じ目標を見据えて汗を流した仲間たちとの日々は、朝日にとってかけがえのないものになっていた。

 

それでも、電話を掛ければ彼らは以前と変わらず接してくれた。

 

萩原は「退院したらドライブでも行こ!」と笑い、松田は「病人だからって手加減しねぇぞ」と相変わらずの調子だった。伊達は「無理だけはするな」と何度も念を押し、諸伏は体調を気遣う言葉を欠かさない。降谷は忙しい合間を縫って短い連絡をくれ、「今度時間を合わせよう」とだけ伝えてきた。その何気ないやり取りが、朝日には救いだった。

 

やがて移植の順番が回ってきた。

 

提供者の詳細は知らされない。ただ、この手術が朝日にとって最後の希望であることだけは理解していた。

 

病室へ運ばれる直前、天井の照明を見つめながら、朝日は心の中で名前も知らない誰かへ静かに頭を下げた。

 

 

━━━あなたのおかげで、僕は生きられます。

 

 

その感謝は届かないかもしれない。それでも、そう思わずにはいられなかった。

 

手術は成功した。

 

術後しばらくは拒絶反応との戦いが続いたが、少しずつ体は新しい心臓を受け入れていく。以前なら歩くだけで苦しかった胸は、日に日に落ち着きを取り戻し、退院を迎える頃には穏やかな鼓動を刻んでいた。

 

もちろん、警察官への道が戻ってきたわけではない。移植を受けた以上、免疫抑制剤を飲み続ける必要がある。定期検査も欠かせず、激務に耐えられる保証もない。医師からも「無理の利く体ではありません」と念を押された。朝日はそれを受け入れるしかなかった。

 

だが、人を助けたいという気持ちまで失ったわけではない。

 

ある日、自宅で新聞を読んでいた時、小さな探偵事務所の広告が目に留まった。「調査員募集」その四文字を見た瞬間、警察学校で学んだ知識が頭をよぎる。聞き込みの方法、現場保存の重要性、法律の基礎、観察眼。警察官にはなれなくても、それらを生かせる仕事があるのではないか。

 

思い立った朝日は、その探偵事務所へ足を運んだ。最初は見習いだった。依頼人へのお茶出しから始まり、資料整理、張り込みの補助、写真撮影、聞き込み。華やかな事件など一つもない。浮気調査では何時間も車内で待機し、人探しでは一日中商店街を歩き回り、企業調査では同じ建物の出入りを延々と記録する。地味で根気のいる仕事ばかりだった。

 

それでも朝日は不思議と苦ではなかった。依頼人が「ありがとう」と頭を下げて帰っていく姿を見るたびに、この仕事にも誰かを救う力があるのだと実感できたからだ。

 

二年が経つ頃には、事務所を任される程度には経験を積んでいた。依頼人から直接指名を受けることも増え、独立を勧められるまでになる。悩んだ末、朝日は小さなテナントを借り、「朝日探偵事務所」の看板を掲げた。

 

開業初日は依頼など一件も来なかった。椅子に座ったまま時計だけが進んでいく事務所で、朝日は思わず苦笑した。

 

「探偵って、もっと事件が舞い込んでくる仕事かと思ってた……」

 

独り言が静かな室内へ溶ける。もちろん現実はそんなに甘くない。

 

電話が鳴るようになったのは、それから数週間も経ってからだった。浮気調査、人探し、企業の内偵、家出人の捜索。派手さはないが、一件一件を丁寧に積み重ねることで、少しずつ依頼は増えていく。

 

警察官にはなれなかったその事実を、思い出さない日はなかった。それでも朝日は、自分なりのやり方で人の役に立てる道を見つけ始めていた。

 

そんなある日の夕方、一件の電話が事務所へ掛かってくる。受話器を取った朝日は、受話口の向こうから聞こえてきた沈痛な声に、胸騒ぎを覚えた。

 

電話の主は警察学校時代の教官だった。朝日は卒業していない。それでも体調を気に掛けてくれる数少ない恩師の一人で、退校してからも年に一、二度ほど連絡をくれていた。その教官が、いつになく重たい声で朝日の名を呼んだ。

 

「朝日……」

 

「ご無沙汰しています。何かありましたか」

 

受話器の向こうで、わずかな沈黙が流れる。その間だけで、良くない知らせなのだと理解してしまった。

 

「……萩原研二が殉職した」

 

朝日の思考は、その一言で止まった。

 

「爆発物処理中だった……その結果……殉職だ」

 

「……え」

 

同じ言葉がもう一度繰り返される。耳には届いているし意味も分かっている。それなのに現実として受け止めることができない。

 

「待ってください!萩原ですよね?」

 

「ああ」

 

「間違いじゃなくて…」

 

「……間違いじゃない」

 

教官は静かに事実だけを告げた。爆弾処理中の事故であること。そして、犯人はまだ捕まっていないこと。朝日は受話器を握る手に力を込めたまま、一言も返せなかった。

 

やがて電話が切れても、その場から動けなかった。事務所の壁時計だけが、静かに時を刻んでいる。

 

 

萩原が死んだ。

 

 

頭の中で何度繰り返しても、その言葉だけが現実味を持たない。ついこの前まで電話で笑っていたはずだった。「今度ドライブでも行こう」とそう言っていた。卒業しても友達だから、と笑っていた。

 

それなのに、もう会えない。

 

朝日はゆっくり椅子へ腰を下ろした。机の上には、今日片付けるはずだった依頼書が置かれている。文字が滲んで読めなかった。

 

しばらくして携帯電話が震えた。画面には「伊達航」の名前が表示されている。朝日は少し迷い、それでも通話ボタンを押した。

 

「……もしもし」

 

『……アーサー………………聞いたか?』

 

「ハギのことなら……たった今……」

 

『そうか...』

 

それきり二人とも言葉が続かない。電話越しでも、伊達が何を思っているのかは想像できた。警察学校で誰よりも面倒見が良く、班全員をまとめていた男だ。その伊達ですら、今は何を話せばいいのか分からないのだろう。

 

『……信じられねぇな』

 

ぽつりと漏れたその一言だけが、本音だった。

 

「うん……」

 

『松田も相当落ち込んでる』

 

朝日は目を閉じた。あの二人は警察学校時代から誰よりも息が合っていた。軽口を叩き合いながらも、お互いを誰より信頼していた。その片方が突然いなくなれば、松田がどれほどの喪失感を抱えているか、考えたくもなかった。

 

『犯人はまだ捕まってねぇ。必ず捕まえる……警察が絶対にな……!』

 

「……うん」

 

『だからお前は無茶するな。探偵だからって首突っ込むなよ』

 

「僕を何だと思ってるのさ」

 

『昔から放っとけない性格だから言ってんだ』

 

「分かってるよ」

 

電話はそれほど長く続かなかった。互いに励ます言葉など見つからない。

 

『また連絡する』

 

その一言だけを残し、伊達は通話を終えた。夕暮れはいつの間にか夜へ変わっていた。朝日は事務所の電気も点けず、窓の外を眺める。街はいつも通りだった。車が走り、信号が変わり、人々は家路を急ぐ。世界は何も変わっていない。変わってしまったのは、自分たちだけだった。

 

「……人を助ける仕事なんて」

 

朝日は力なく呟く。

 

「結局、助けられなかったじゃないか」

 

警察学校を辞めた自分も。警察官になった同期たちも。誰一人、萩原を救えなかった。静まり返った事務所で、その独り言だけが虚しく響く。

 

 

『やっぱ甘ぇよなぁ警察は』

 

 

聞いたことのない男の声が、すぐ耳元で笑った。朝日は反射的に振り返った。事務所の中には自分しかいない。応接用のソファも、壁際の書棚も、来客用の椅子も目に入る範囲には誰もおらず、開け放していた窓からは夜風が静かにカーテンを揺らしているだけだった。聞き間違いかと思い、首を振る。疲れているのだ……萩原の訃報を聞いたばかりで、気持ちが張り詰めている。幻聴くらい聞こえてもおかしくない。そう自分に言い聞かせ、机の上の依頼書へ目を落とそうとした時、今度は先ほどよりもはっきりとした笑い声が耳の奥で響いた。

 

『ここにはお前以外誰もいねぇよ』

 

低く、どこか愉快そうな男の声だった。朝日の全身に冷たいものが走る。

 

「……誰だ?」

 

『やっと返事したかよ』

 

声はすぐ近くから聞こえているようで、どこからともなく響いているようでもあった。朝日は事務所の扉を開け、廊下へ出る。階段を見下ろしても誰もいない。隣の事務所はとっくに明かりが消えている。もう一度部屋へ戻り、窓の外を見ても人影はない。

 

「誰だ!」

 

思わず声を張り上げる。

 

『だから俺様は逃げてもねぇし隠れてもねぇって』

 

朝日の鼓動が早まる。警察学校で訓練を受けた経験から、自分は決して臆病な性格ではないと思っていた。だが、姿の見えない相手と会話をする経験などあるはずがない。

 

「どこにいるんだ!」

 

『お前の、中だよ』

 

その一言に、朝日は言葉を失った。

 

『正確にはその胸の中だな。心臓って言った方が分かりやすいかぁ?』

 

男は面白がるように続ける。無意識に胸へ手が伸びた。移植した心臓が、規則正しく鼓動を刻んでいる。

 

『いい心臓だろ?』

 

「……何を言ってる」

 

『それ、元は俺様のだからなぁ』

 

朝日は息を呑んだ。そんな馬鹿な話があるわけがない。臓器提供者の人格が残るなど聞いたこともないし、医学的にもあり得るはずがない。疲労に決まってる。悲しみと疲れが重なって、頭がおかしくなっている。そう結論付けようとした時だった。

 

『今、お前は「医学的にあり得ない」って思ったろ』

 

朝日の肩がびくりと震えた。口には出していない。心の中で考えただけだった。朝日は黙ったまま後ずさる。額に汗が滲んでいた。

 

『安心しろよ。俺様も何でこんなことになってるのか全部分かってるわけじゃねぇ。ただ気付いたらここにいただけだ』

 

「……夢だ......疲れてるだけだ」

 

朝日は自分へ言い聞かせるように呟いた。

 

『好きに思え。そのうち嫌でも現実だって分かるさ』

 

静かな沈黙が流れる。時計の秒針だけが、やけに大きく聞こえた。朝日はゆっくり椅子へ腰を下ろし、両手で顔を覆う。病院へ行くべきだろうか。精神科か、心療内科か。こんな声が聞こえるようになったなどと話せば、すぐに検査を勧められるはずだ。そう考えていると、男が呆れたように鼻を鳴らした。

 

『精神病院なんか行ってもどうせ無駄だぞ』

 

まただ。考えていたことを、そのまま返された。朝日はゆっくり顔を上げた。

 

「……お前、名前は?」

 

男は少しだけ黙ったあと、不敵に笑った。

 

 

『俺様の名前なんざどうでもいいだろう。

 

 

ジャックと呼べ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





原作は病院で治療を選ぶと一生退院できず即BADEND
ジャックの姿は無し。声のみ
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