殺人探偵 朝日結人 作:バットエンド厨
工藤新一だった頃から、朝日結人という探偵のことは知っていた。
テレビに出るような派手な探偵ではなく、小五郎のおっちゃんみたいに新聞を賑わせるタイプでもない。それでも事件現場では何度か顔を合わせたことがある。
「また会ったね、工藤君」
穏やかに笑いながらそう声を掛けてくる青年で、警察とも顔が利く。推理力も決して低くはなく、オレが気付かなかった細かい違和感を拾うこともあった。
「その傷、利き手じゃなくて逆の手にあるのは変じゃないですか?」
そんな一言で事件が動いたこともある。だから探偵としての実力は認めていた。
コナンになってからも、朝日探偵と現場で会うことは何度かあった。一気に真相へ辿り着くわけでもない。現場を歩き回り、人の話を聞いて、誰も気に留めなかった違和感を少しずつ拾い集める。その積み重ねが事件を解くことも多い。
(この人前より鋭くなってるな)
そう感じたのは一度や二度じゃない。
ある事件の帰り道、伊達刑事と顔を合わせた。
「よう、坊主」
「ねぇねぇ伊達刑事。朝日探偵って昔からあんなに推理できたの?」
何気なく尋ねると、伊達刑事は「ああ?」と少し考えるように天を見上げ、それから苦笑した。
「いや、警察学校じゃ普通だったぞ」
「普通だったの?」
「いい奴だったよ。困ってる奴を放っとけねぇし、誰より先に手ぇ貸すようなやつだった」
そこまでは即答だった。だが、推理や捜査の話になると、伊達刑事は肩をすくめる。
「成績はそこそこだな。運動も射撃も逮捕術も飛び抜けてたわけじゃねぇ。優等生でもなけりゃ、天才肌でもなかった」
「へぇ……」
「本人もそれは分かってたみたいだけどな……だから人一倍努力してた。授業が終わっても残って勉強してたし、俺らが騒いでる横で一人ノート見返してたりな」
「それでも普通だったの?」
「ああ」
迷いなく頷く。
「正直、探偵になってから場数踏んで伸びたんじゃねぇかって思ってる。現場ってのは教科書じゃ学べねぇからな」
その言葉にはオレも納得した。確かに朝日探偵の推理は、教科書的な知識というより経験則が多い。現場を何度も見て、人を何度も見て、失敗も積み重ねて身に付けたような推理だった。
「なるほどね〜」
「まあ、あいつは昔から変わってねぇよ。人助けが好きなだけだ」
伊達刑事が少し笑って放ったその一言だけは、妙に印象に残った。事件現場で会う朝日探偵は、犯人を追い詰めることより、被害者や遺族に寄り添っている姿をよく見る。探偵として有名になりたいわけでも、警察より目立ちたいわけでもない。
ただ目の前の誰かを助けようとしている。だからこそ、警察も自然と朝日探偵を現場へ入れているのかもしれない。オレはそんなふうに思っていた。
休日の昼下がりだった。
買い物帰りらしい人々が行き交う商店街を、阿笠博士とオレたち少年探偵団はのんびり歩いていた。
「今日は発明はないの?」
歩美が尋ねると、博士は苦笑いを浮かべる。
「今日はお休みじゃよ。たまには散歩もええじゃろ」
そんな他愛もない話をしていると、少し前方で一人の外国人男性が困ったように辺りを見回していた。大きな地図を広げ、通行人へ何度も話し掛けているものの、誰も首を横に振るばかりで立ち去ってしまう。
「迷ってるんですかね?」
光彦が呟いた。男性はちょうど近くを歩いていた銀髪の青年へ声を掛ける。
「あっ朝日さん!」
歩美が声を上げた。朝日探偵もこちらへ気付き、軽く会釈してから外国人へ向き直る。
「どうしました?」
しかし返ってきた言葉に、朝日探偵は困ったように眉を下げた。
「……ごめんなさい。英語じゃないんですね」
男性は必死に何かを説明している。地図を指差しながら早口で話し続けるが、朝日探偵も理解できないらしい。
(英語じゃないのか)
オレも耳を澄ませるが、聞いたことのない言語だった。朝日探偵は申し訳なさそうに笑う。
「少し待ってください」
そう言って視線を落とした。その表情が一瞬だけ真剣になる。
「失礼しました」
その瞬間、朝日の口から流れるような外国語が紡がれ始めた。さっきまで困り果てていた外国人男性は目を丸くし、次の瞬間には安堵したように笑顔になる。朝日は男性の持っていた地図を指差しながら、道順を丁寧に説明していく。男性は何度も頷き、最後には深々と頭を下げて去っていった。
「どういたしまして」
朝日も笑顔で手を振る。
(……すげぇ)
オレは思わず見入っていた。英語くらいなら話せると思っていたが、さっきのは明らかに違う言語だった。
「朝日さん!すごーい! 何語だったの?」
「いやあ、僕もたまたまだよ」
子供らに囲まれた朝日探偵は照れ臭そうに頭をかく。
「昔、少しだけ勉強したことがあってね」
「少しだけであんなに話せるのかぁ!?」
元太が目を丸くするが、オレも同じ気持ちだった。
(いや……少しどころじゃないだろ)
ネイティブと普通に会話してたぞ……そして朝日探偵が阿笠博士と世間話を始めたそのときだった。
「……っ」
小さな息を呑む音が聞こえ振り向くと、灰原が立ち尽くしている。顔から血の気が引き、朝日探偵だけを見つめていた。
「灰原?」
呼び掛けても返事がない。朝日探偵もその視線に気付き、不思議そうに首をかしげる。
「どうしたの?」
その穏やかな声を聞いた瞬間、灰原はびくりと肩を震わせた。
「……ご、ごめんなさい」
「え?」
「何でも……ない」
無理に笑おうとしているが、表情は強張ったままだ。朝日探偵は困惑したように苦笑する。
「僕、何か失礼なことしたかな」
「違うの……」
灰原はそれだけ言うと、朝日から目を逸らした。
(なんだ……?)
オレには何が起きたのか分からない。朝日探偵はいつも通りだ。優しくて、穏やかで、人助けを当たり前のようにする探偵。
それなのに、灰原だけは、まるで一瞬だけ別人を見たかのような顔をしていた。
朝日探偵と別れたあとも、オレの中にはさっきの出来事が妙に引っ掛かっていた。
街中で道に迷った外国人に声を掛けられ、困ったように眉を下げていた朝日探偵。普段の柔らかな雰囲気からすれば、あの場面で慌てること自体は不思議じゃなかった。けれど次の瞬間、まるで最初からその言葉を使っていたかのように、自然な発音で外国人と会話を始めた。
驚いたのは、オレだけじゃない。子供らは純粋な憧れの目で朝日探偵を見ていたし、博士も感心したように何度も頷いていた。
「朝日さんって本当にすごいよね。探偵なのに外国語までペラペラなんだもん!」
「少し勉強しただけって言ってましたけど、絶対少しじゃないですよねー」
オレも同じことを思っていた。……ただ、一つだけ気になることがある。朝日探偵が外国語を話し始める直前ほんの一瞬だけ、表情が変わったように見えた。気のせいと言われれば、それまでの程度の変化だった。
でも、灰原は違った。朝日探偵と別れてしばらく歩いている間も、灰原はずっと黙り込んでいた。普段なら博士や子供らの会話に適当に相槌を打つはずなのに、今日は何かを考え込むように視線を落としている。
「灰原」
名前を呼ぶと、少し遅れて顔を上げた。
「何?」
「いや……さっきから変だぞ」
「そう?」
いつものように平静を装っているが、無理をしている時の顔だった。子供らと博士が少し先へ進んだところで、灰原は足を止めた。人の声が届きにくいところまで来てから、彼女は小さく口を開いた。
「江戸川君」
「ん?」
「あの人……朝日探偵のこと」
「何か……気付いたのか?」
灰原はすぐには答えなかった。まるで、自分自身に確認するようにゆっくりと言葉を選んでいる。
「……一瞬だけ」
「一瞬?」
「ええ.....朝日探偵から、組織の人間と同じような気配を感じた」
その言葉に、オレは思わず眉をひそめる。
「……朝日探偵から?」
聞き返した声が少し強くなったのを自覚していた。
「ほんの一瞬よ。すぐ消えたわ」
「でも、そんな……」
反射的に否定しそうになる。朝日探偵が黒ずくめの組織の人間?そんなこと考えられるはずがない。伊達刑事の同期で、佐藤刑事や高木刑事からも名前を聞く人物だぞ。何より、あの人は人を助けるために探偵をしている。組織の人間とは正反対だ。
「私もそう思ってるわよ……だから混乱してるの」
彼女は今日の朝日探偵の姿を思い返すように目を細める。
「普段のあの人は……本当に普通よ」
「普通って……」
「優しい人だわ」
灰原の口からその言葉が出たことに少し驚いた。彼女は人を見る目が厳しく、簡単に信用するタイプじゃない。だからこそその言葉には重みがあった。
「でも……外国人と話し始めた瞬間だけ、違った」
「違った?」
「別人みたいだったの」
風が吹き抜ける。灰原は腕を抱えるようにして、小さく息を吐いた。
「理由は分からない。でも……本当にあの瞬間だけなのよ」
オレは何も言えなかった。朝日探偵を思い浮かべるも、そのどこにも黒ずくめの組織を連想させるものはない。
「……気のせいじゃないのか?」
ようやく出た言葉は、それだけだった。
「そうだといいんだけど」
それは願いに近い言葉だった。それ以上灰原は何も言わなかった。
先から子供らがこちらへ手を振っているのでオレたちは再び歩き出す。
けれど、頭の片隅に残った疑問は消えなかった。
朝日探偵は昔から知っている探偵で、誰かを助けるために動く優しい人。その人から灰原は一瞬だけ組織の気配を感じただなんて有り得ない。
もちろん、今の時点ではただの違和感で証拠なんて何もない。
それでも、灰原があんな顔をしたことだけは、どうしても引っ掛かった。
道案内朝日視点
(参ったな……どこの言語かすらかわからない。ジャックは彼の言葉分かる?)
『わかるぜ。東欧の言葉だ』
(……お願いできるかな?)
『別に構わねぇが。ただし!明日の飯は俺様に決めさせてもらうぜ?』
(はぁ……分かったよ)
『契約成立だな!っしゃあ朝昼晩肉食うぞ!!』
(ちょっとは加減してくれよ……)