姫君、“運命”の入り口にたつ
「おはよー家長さん」
「おはよう!」
とある日の朝。
私──家長カナは友達に挨拶をしながら自分の通う中学校へ向かう道を歩いていた。
中学生になって、もう少ししたら一ヶ月経つのかぁ。なんだかあっという間だったな。学区内の中学校に来たから小学校の頃からの友達は多いけど、やっぱり知らない子とか先生がいるから緊張していたし。でもあまり気を負わずにいたのは──。
そんな事を思いながら歩いていると、私の前方にとある男の子が一人で歩いていた。その子は何やらぼそぼそと独り言を呟いている様子だった。
それを見た私は──ちょっと驚かせてみようかなという悪戯心がムクムクと芽生えた。
彼、登校したら全方位にアンテナを張っているのかっていうくらいに敏感に何かに反応するんだもん。こういう時じゃないと隙がないんだから。
芽生えた悪戯心に身を任せて彼に気付かれないように、バレないようにそっと近付いて──。
「こらっ! カラス天狗! 心配だからって学校まで──」
「わっ」
彼にしては珍しく、持っていたカバンを勢いよく振りながら大きな声をあげてこちらを見た。私はカバンの勢いに驚いて声を上げたけど、まだ距離があったからなんとかカバンをかわすことができた。
──まあ、驚いていたのは彼も同じだったみたい。振り向いた先に私がいたのか確認すると彼はすっかり青ざめた顔になってしまった。……そんな表情をしたって、私は許さないよっ!
「リ、リクオくん〜〜? ……なんの、つもりなの〜〜?」
「カ、カナちゃん!?」
「もうっ、私を殺す気!?」
「そ、そんな……ご、ごめんなさい!!」
ジリジリと彼を問い詰めるように距離を縮めると彼──
リクオくんは私の幼稚園からの友達で、優しくてとても頼りになるけど心の中ではとっても心配している男の子。
リクオくんは謝ってくれたけど悪戯を中断された私の気が収まらず、もうちょっと詰めようとした。だけど横から他の男子生徒が現れて、リクオ君の背中を覆い被さったためそれは出来なかった。
「おはよ〜〜! 奴良~、どうしたんだよ? 朝っぱらからケンカか?」
「あっ……お、おはよう!」
リクオくんは横から現れた男子生徒の姿を助かったといわんばかりに安堵し、男子生徒の言葉に耳を傾けている。
別に、そんなに安心しなくてもいいじゃない……。
「なぁ~、
「え~? 何だよ?」
男子生徒のアレという言葉にリクオくんはとぼけて見せたけど、すぐに唇を綻ばせながらカバンから大きな文字で──『宿題』と書かれたノートを取り出し、自信たっぷりに答えてみせる。
「な~んて。もちろんだよ! ハイ、これ!」
「うお~! すげぇ~! あとさ……悪いんだけど……」
「あ! ハイハイ! まかしといて! お昼も買っとくから! ヤキそばパンと野菜ジュースだよね?」
で、出た〜! リクオくんの悪い癖! これがあるから心配なのよ!!
私の目の前でっ、流れるようなやり取りでっ、リクオくんはこの男子生徒の代わりに宿題をやってきたあげく、お昼ごはんを買ってくる約束までしてしまった!
話が終わるともう用は済んだとばかりに男子生徒はそそくさと先に校舎の方に入ってしまう。一方リクオくんは何か大仕事をしたと噛み締めている。
この状況……どう考えても、ただのパシリにされているよ! 何度もリクオくんに相手のためにならないから止めるように注意しているのに、リクオくんは何故かこれを毎日喜んでやっている。
どこか誇らしげに、拳を握り締めて小さくガッツポーズをとっている幼馴染の様子に、私は胡乱げな表情を浮かべるしかなかった。
本当……リクオくん、変わったなぁ。昔はこんな
そう思っていると学校からチャイムが鳴り響いた!
「あっ、いけない! 普段と違う道から来たから遅くなってる! 行こう、リクオくん」
駆け足で学校へと急ぎ、遅刻しないようにリクオ君にも急かすように声を掛ける。そんな私の様子に、リクオ君はきょとんとした顔をしていた。
「あれ……? いつもはこの道じゃないの?」
「いつもは下駄箱に近い裏門の方だけど……あの噂があるから……」
「え?」
「なんでもないっ!」
私の通学路に対して疑問を抱いていたみたいだけど、噂を説明したくない私は彼の手をとって駆け足で教室へ向かって行く。
はぁ……なーんであの噂、広がっているんだろう。入学前に分かっていたら絶対に別の学校に行っていたのに……。
◆◆ ◆◆ ◆◆
時間は流れてお昼休み。
リクオくんに付き添うように先生のお願い事とかを片付けた私は少しだけくたびれていた。
り、リクオ君の体力が凄い……! 要領がいいのは当たり前として、何であんな量のお手伝いをパパッと片付けられるのかな……ッ! あんな感じだったら先生や他の生徒からドンドンお願い事をされるに決まっているじゃない!! そりゃお昼ご飯を食べているところを見ないよ。リクオくんがいうにはちゃんと食べているみたいだけど、ゆっくり食べている様子が全然想像出来ない。
やっぱり今後もついていかなきゃ……! 一ヶ月くらい放置しちゃったけど、リクオくんの休み時間を守れるのは私しかいない……ッ!
今日のお昼休み中のリクオくんの活躍という名のパシリ具合を思い出して決意を新たにする。ちなみに今日は私が「お腹すいた」「リクオくんと一緒に食べたい」「お願い」で切り上げてもらった。
リクオくんはお願い事に弱いから、休ませる時は積極的に使っていこう……。ちょっと気が引けるけど。
そんな事を思いながら教室に入るとクラスメイト達は何かの話で大いに盛り上がっていた。私とリクオくんはアイコンタクトをとった後、近くにいた女子生徒に声をかける。
「何? 何のさわぎ?」
「となりのクラスの
「よ、妖怪……!」
「あ、あの清継くんが……?」
思わぬ人物の名前に私とリクオくんは驚きを隠せなかった。
清継くんこと
「なんでそんな言い切れるんだよ〜」
「ボクの『研究』によれば……確かに、古来の伝説的妖怪は姿を見えにくくしているかもしれない。現代の背景にとけこむことが出来ないからだ」
私のクラスメイトからの質問に対して清継くんはそこで息を切り、背後にあったパソコンを見せつけるようにとりだした。
「しかし! ボクのサイトに集まった情報や目撃談!! そこから導き出された答え!! それは、妖怪には世代交代があり、いつの時代も悪事を働いているのさ!!」
「!?!!」
「まぁーずいぶん昔と意見が違うこと……」
清継くんの演説にリクオくんは絶句した様子で、私は思わず呆れた声色を出してしまった。
小学校の頃は清継くんは妖怪はいないと豪語してリクオくんがそれに反論する場面があったけど……。
──あれ? そういえばリクオくん、あの時から家にいる下僕の話とか妖怪の話を聞かなくなったかも。
まあ、妖怪だのなんだのっていう話は大っぴらにしない方が良いよって言ったし……それを守ってくれているのかも。
「ハハハ……妖怪なんて、いるわけないじゃん。学校でそんな話をしたらバカに……」
「きっとそーすよ!! かしこいなー」
「清継様カッコいー♡」
「お話は変でも許すー♡」
「ッ!?」
リクオ君は否定的な言葉をいうけど、三人の生徒の清継くんを支持するような言葉に絶句していた。
いや、まあ……あの三人は小学校の頃から清継くんの取り巻きだったから。ちょーっとだけ盲目的な部分があるけど、基本はいい子だから。うん……ドンマイ、リクオくん。
心の中で慰めていると清継くんがスタスタと近付いてきた。
「奴良くん……昔はバカにして悪かったね。キミのは嘘だろうけど」
あ、そういう感じで話しかけるの!?
私もリクオくんも信じられないものを見たような
「ボクは目覚めたんだよ、
「あるお方?」
「そう……そのお方は闇の世界の住人にして若き支配者! そして幼い頃、ボクを……地獄から救ってくださった……!」
演説をしている時とは違う様子の清継くんを見て、清継くんの言う「あのお方」という人物に心当たりがあった私は内心で納得する。
あー……もしかして、あの時の? 小3の時にトンネルが崩落した時に助けてくれた子。確かに、今思い出してもカッコよかったな。たくさんの妖怪を引き連れて、とてもカッコいい啖呵をきって助けてくれたし……。
…………………………えっ! てことは清継くんはその時から妖怪の情報収集をしていたの!? わざわざ自分のサイトを作って!?
「ほれたんだよ!! 彼の悪の魅力に取りつかれたのさ!! もう一度会いたい……っ! だから彼につながりそうな場所を探しているのさ!!」
わ……これは
「もしかして……清継くん!?」
「うわさの……旧校舎も!!」
清継くんの発言に周りが騒つく。……って、今、旧校舎って言わなかった……? い、嫌な予感が……!
「ああ……行きたいと思っている」
「それは、ちょっと……危ないって!!」
えーっ!!? いくらあの人に会いたいからって、危ない事をする必要ないでしょ! 廃墟だよ、廃墟! お化けが出る出ないに関わらず危ないよ!
「みんなにも協力して欲しいと思っている……! でも生半可じゃない。本物の有志を期待している!!」
「わたし今日用事が」
「わっ、わたしも……」
ユラリと取り巻きに近付く清継くんだったけど、女子生徒2人は目を逸らして誘いを断っていた。
うんうん。それが良い。それが良いよ……! わざわざ危ない目にあう必要はないよ……!
二人の判断に内心で首を縦に振っていたけど──噂を知らないリクオくんはキョトンとしていた。
「旧校舎?」
「ハァ!? 知らねーのかよ、リクオ!!」
リクオくんが噂を知らないと知った取り巻きの男子生徒はリクオくんを信じられないような目をして、一冊の雑誌を見せてきた。
「この学校の怪談の一つ……そこに出んだよ!! 妖怪が!! ほら、雑誌にも載ったくらい有名だぜ!」
「え……でもこの学校、そんな古い建物なんかないよ?」
雑誌を見てもイマイチピンときていないリクオくんに清継くんは肩をすくめた。
「百聞は一見にしかず……
「はい! 清継くん! リクオ、着いてこいよ!」
「え、あ……待ってよ!」
「ちょ、リクオくん! ご飯は!?」
「ごめんねカナちゃん、先に食べてて!」
清継くんと取り巻きの男子生徒──島くん──の動きにつられるようにリクオくんは走り出す。慌てて声をかけて止めようとしたけど、リクオくんの興味は噂の現場に向いているみたいだった。
さ、先に食べてって……それじゃあ意味がないんだけど! リクオくんを休ませるっていう名目のご飯なんだから!
そんな私の心の声はリクオくんに届くはずもなく、あっという間に教室から出て行ってしまった。
「えー。まだご飯食べていなかったんだ?」
「もう少しで昼休みが終わるけど……大丈夫?」
引き止められなかった私に声をかけてきたのは清継くんの取り巻きの女子生徒こと
巻さんは金髪の女の子で鳥居さんは黒髪の女の子。二人とも見た目がギャルって呼んでもいいくらいに華やかなんだよね。
「巻さん、鳥居さん…………。ありがとう。でもリクオくん達はすぐに戻ってくると思うし」
「まあねー。でも流石に奴良のやつ、噂に疎くない? うちらの通っている中学の近くだって言うのにさー」
「まあ……場所が場所だもん。リクオくんはそういうオカルト雑誌とか見ないから」
「ふーん……家長さんと奴良は相変わらず仲が良いね!」
「えー、そうかな? 普通だと思うけど」
「いやいや、そこまで仲がいいと特別な関係なんじゃないかって思うって普通!」
「そんなことないよー」
クスクスと笑いながら私は巻さんと鳥居さんとおしゃべりを続ける。
二人とも、こういう気配りが上手なんだよね。このクラスでご飯を食べていないのは私とリクオくんだけだって気付いて教室で一人ご飯を食べるっていう状況にしないように話かけてくれたんだろうし。
「で、家長さんはどうするの? 旧校舎探索」
「う……」
会話をしていくとやはりというか、当然というか、清継くんが直前まで話していた内容に鳥居さんが触れてきた。私は二人と違って行くとも行かないともはっきりしていなかったしね。
「パス……しようかなって。夜遅いと帰り道も怖いじゃない?」
「分かる。夜は変な人がいるからなー」
「妖怪よりもそっちの方が怖いもんね」
私の発言に巻さんと鳥居さんはうんうんと首を縦に振ってくれた。
噂の妖怪の出る現場というのはこの
まあ……妖怪より不審者とか不良が集まってそうな場所だからね。普通に考えると。小学校の頃なら見向きもしない場所だっただろうに、今の清継くんはあの人に会いたいという気持ちで動いているから止めようにも止められないんだよね。
──それにリクオくんの反応が、すごーく気になる。変なことに首を突っ込まなきゃ良いんだけど……。
【人物】
・家長 カナ
浮世絵中学に通う女子生徒。
身長といった基本プロフィールは原作と同じだが生い立ちが異なっている。
所持品
ホイッスル2本、護符6枚、お守り、手鏡