時刻は夜。
ボク──
清十字怪奇探偵団の皆を見送った後──ようやく陰陽師がいなくなり、退治される心配がなくなったと一息ついた皆は気を張っていて疲れたらしく、ぐで〜っとした様子で床に伸びていたり上機嫌に活動を始めるものもいた。
その中で一番機嫌が分かりやすいのは雪女だったな。彼女は清十字団がいた時は一室に閉じこもり(しかも立ち入り禁止の張り紙や侵入されないようにテープまで貼って!)、嵐が去るのを待っていた。そして全員が帰宅したタイミングで立ち入り禁止だった一室から勢いよく出てきて、現在は鼻歌まじりで晩ごはんの配膳に勤しんでいた。
わっかりやすいな〜〜〜〜雪女は……。花開院さんがいなくなったら急に元気になっちゃって。明日、また学校で会うって分かってんのかな〜?
心の中で雪女をからかいながら、ボクはカナちゃんからもらったサプライズプレゼントを思い出す。
──まさか二つも贈り物を作ってくれるなんて思わなかったな。カナちゃんはああ見えて負けず嫌いなところとか、意地っ張りなところがあるから一個だけじゃ満足できなかったんだろうね。手芸の腕を証明するっていう理由だし。
クスリとボクは微笑む。皆は門を出ているのにカナちゃんは立ち止まったままだったから、どうしたんだろうと思ったんだけど……今思えば、緊張していたんだろうな。
プレゼントを渡された時の状況を思い出す。照れていたのか自信がないのか、カナちゃんの声はか細く、頬がとても赤くなっていた。彼女の目はボクをまっすぐ見られないのか視線を彷徨わせて不安げに揺れていた。それを見たボクは──。
コンッ、コン
突然、ボクの後ろの障子に何かが当たる音がした。
「ん?」
考えることを中断して外を見るとそこには小柄なネズミ(2本の足で立ち、着物と羽織を着ている)が立っていた。ネズミはボクが気が付いたことに気付くとペコリと頭を下げる。
「リクオ様、お初にお目にかかります。私、
「旧鼠組……?」
知らない組の名前を出されてボクは復唱した。
ボクは妖怪じゃなくて人間だからじーちゃんが運営している組織図は頭に入っていない。だから知らなくて当然だと思うけど……今までネズミが本家を出入りしていたことなんてあったかな? 小柄な種族だから気が付かなくてもおかしくないだろうけど。
疑問に思いながらも使いの言葉をよく聞こうと居間から出て廊下から身を乗り出した。
「ハイ。浮世絵町一番街に住むものです。実は私……見てしまったのです。御友人の
──使いの言葉に衝撃を受け、ボクは一人で駆け出した。
◆◆ ◆◆ ◆◆
なんで、何であの二人が拉致されたんだ!? ボクん家の帰りに、いったい何があったっていうんだ……!
一番街に向かってボクは走る。使いからの言葉はとても衝撃的なものだった。
その内容は、カナちゃんと花開院さんが拉致されたというもの。何故使いが総大将であるじーちゃんに話を通さずボクに話をしたのかも合点がいった。
陰陽師の存在──。
陰陽師と妖怪は敵対関係。陰陽師である花開院さんが誘拐されたって報告したとしても取り合うことは無いと使いが判断したのだろう。だからボクに話を通した。ボクは人間で──あの二人の友人だから。
「あ! ここの店です!!」
家を出てすぐに案内をかってでた使いのネズミが指を指す。その先に視線をやると豪華な建物──に見えるが、正体はネオンに輝く夜のお店だった。
「大人の店だ……どういうこと?」
戸惑うボクの疑問に誰も応えない。案内をしたネズミに話を聞こうとした時──ボクの後頭部に強い衝撃が与えられた!
ボクは一体何が起きたのか分からず……そのまま意識が遠のいた。
「……ッ。……ここ、は?」
次にボクが目を開けたのは豪華な内装が施されている室内だった。
ボク……何でここにいるんだろう。確か旧鼠組の使いのネズミに案内されてカナちゃんたちが拉致された場所に向かって行ったはず……。
「よぉ、お目覚めかい。自称・三代目さんよぉ……」
「……誰だ、きみは」
現状整理をしていたところに上から声が掛かる。起き上がって正面を見ると、そこには一人のホストがソファに座っていてボクのことを見ていた。他の人もいるけど、その人たちはソファに座っているホストの後ろで控えているだけだった。
誰だ、この人たちは……。何故ボクを…………三代目? 今、この人は三代目って言った!
「まさか……君、妖怪? 奴良組の人なの?」
そういった瞬間、控えていたはずの黒服の男がいつの間にか近付いていてボクの顔面を蹴り上げる!
「てめー、今旧鼠様を“下”に見やがったな! 誰がてめーなんかの“下”なんかにつくかよバーカ!!」
「いった……」
「旧鼠様はこの街の夜の帝王なんだよ!!」
帝、王……? それは、テレビで見るような称号じゃなく……?
奴良組の組織に身を連ねているはずの構成員の言動にボクは困惑した。
「おいガキ、よく聞け。今、妖怪の世界はなぁ……古い時代と変わり多種多様な“悪の組織”になってんだ」
混乱するボクに追い討ちを掛けるようにソファに座っていたホスト──旧鼠と呼ばれた男──が口を開く。
「……」
「オレたちはもっともっと“悪行”をでかく展開する。そのためにゃあ……おめーみたいなヌルい奴には継いでほしくないんだよ」
「!!」
旧鼠の言葉を終えたタイミングで何かが床の上に転がるような音を拾った。その音がした方に目をやると──絨毯の上にカナちゃんと花開院さんが倒れていた! 二人とも意識がないらしく、騒ぐことも無く目を閉じている。
……よく見たら、花開院さんがロープに縛られている! ということはカナちゃんも!?
「カナちゃん! 花開院さん!」
「組のためだぜ。てめぇの率いる古い妖怪じゃこの時代は生き残れねぇ。──だからオレたちが、奴良組を率いてやる。おめーは手を引け。三代目を継がないと宣言しろ! いいな!?」
「三代目!? そんなのどーでもいいよ!! 今すぐ二人を解放してあげなよ!」
旧鼠の側近と思われる男たちに囲まれながら縛られている二人を見てボクは声を上げざるを得なかった。だってボクは人間として生きていくと決めていて、奴良組を継ごうなんてこれっぽっちも考えていないから。
──でもどうやら旧鼠はそれが気に入らなかったらしい。
「あ゛ぁん……? てめーなんぞが妖怪のトップに立つなんざ吐き気がするわ!! 軽々しくいってんじゃねーぞこのなりそこないが!!」
今まで余裕そうな振る舞いをしていたが、旧鼠はソファから立ち上がるとボクの頭を力の限り踏みつける! 一度踏みつけるだけでは気が収まらないらしく、何度も何度もボクの頭を踏んでいく。
「どんだけ重い代紋か分かってんのかオラッ!」
「き、旧鼠様……それ以上やったら……」
「るせぇ!!」
旧鼠の蹴りにより床に突っ伏したボクを見てやり過ぎだと咎める側近に対して、旧鼠は苛立ちをそのままに殴りつける。
そんな粗暴な振る舞いを見て、ボクが今まで見てきた妖怪たちと違うと心の中で叫ぶ。──けど。
「本当だ…….いらないよ」
人間のボクが、
「本当だなッ! よし分かった。だったら今夜中に全国の親分衆に“回状”を廻せ!!」
そこまで言い切ると旧鼠はボクを無理やり起こして至近距離で睨みつけてきた。
「もし破ったら……この娘たちは夜明けと共に殺す!!」
◆◆ ◆◆ ◆◆
「り、リクオ様〜〜〜〜!? 何ですかこれは一体〜〜!?!!」
ボクは一番街から奴良組に戻って早々、お目付け役のカラス天狗に、大急ぎで書いたものを渡した。いきなり渡されたものにカラス天狗は不思議そうにしていたけど……そこに書かれたことの意味を理解して、半泣きになりながらボクを問い詰めてきた。
「書いてあるとおりだよ、カラス天狗!! お願いだ! これをすぐに全国の親分衆に廻して欲しいんだ!! じゃないと、カナちゃんたちが殺される!!」
「な……なりません! いくらなんでもそれはできません!! 三代目をっ、終生継がぬことを宣言するなんて……! 正式な“回状”は、破門状と同じで絶対なんですぞ!!」
若干涙目になりながらボクに撤回させようと抵抗するカラス天狗。でも……二人の命より、大事なものではないんだ。今までのカラス天狗の振る舞いから、彼がボクを三代目になって欲しいと思っているのは分かってる。
「わかってる……。だからこそ、お願いだよ。二人を助けたいんだ!」
「わっ、若……!?」
「若が頭をあげているぞ……」
頭を下げてカラス天狗に頼み込む。カラス天狗はボクが頭を下げるとは思っていなかったらしく動揺し、騒ぎを聞きつけた妖怪たちが部屋から顔を出して様子を見守っていた。
「で、では……あの時の宣言は何だったんですか?」
「そ、それは……悪いけど、本当に覚えていなくって……」
「見損ないましたぞ若ー!!」
うぇぇぇ──ん! と泣くカラス天狗。
カラス天狗がいうあの時とは……ボクの友人である鴆君の家に行った時の事だ。鴆君に悪いことをしてしまったボクはお詫びの品を持って
だからカラス天狗が鴆君の家で再びボクげ三代目を継ぐと言ったといっても、実感がまるでないのだ。
「──話は聞いたぞ。リクオ、こっちに来なさい」
そこに、見慣れない二人を連れたじーちゃんが現れた。
じーちゃんとカラス天狗、見知らぬ二人を連れてとある一室に来たボクたち。上座にじーちゃんが座り、僕たちは対面するように座っている。
じーちゃんはボクの書いた回状を読み──無言で破いていく!
「何すんだじーちゃん!!」
「それはこっちのセリフじゃこのバカ孫め!! 昼間は陰陽師を連れてくるし……ワシら妖怪を破滅させる気か!!」
「仕方ないだろ!! 妖怪が“悪い”からいけないんじゃないか!!!」
「何ィィ!?」
助ける手段であった回状を破かれたことで──ただでさえ時間がないのに!──ボクは怒りの感情に支配されていく。だからボクは、あまりじーちゃんに対して言わない非難の言葉を口にした。
「しかもあんなやつらがうちの組にいるなんて! じーちゃんは何やってんだよ!! 女の子二人をあんな目に合わせるなんて……! いくら陰陽師がいるからって、あんなのは最低だ! これだから妖怪一家なんて嫌なんだ!」
「──待ってくだせぇ! 若!!」
「……きみは?」
じーちゃんへの不信感を言葉にしていたところで待ったをかける
「奴良組系化猫組の当主 良太猫でございます。実は……
「……」
じーちゃんから預かっている……? それは、どういうこと? だって旧鼠は……。
良太猫の言葉にボクの中にあった怒りは一度収まり、彼の話を聞く姿勢になる。
「ワシらは化猫組と言いまして、ぬらりひょん様が浮世絵町に居を構える前からあの街で博徒として悪行をつんできた古い妖怪です。奴良組がこの地に来た時、取り入れてもらうのは当然の流れでした。その時に総大将はワシらに支配権を与えて下すったんです。そっから先……長い間、あの街は夜の住人どもの遊び場としてやってきました」
そんな歴史があったのか……。ボクは博徒のことは全く知らないけど妖怪たちが遊ぶ場所を提供していたことは悪行とは思えないな。
「我々がやっていることは、リクオ様からしたらそりゃ悪くうつることもござんしょう。──だが博徒にも規範がある。ワシらも奴良組の“
良太猫は旧鼠が現れてから今日までの仕打ちを思い出しているのか、拳を握って畳を叩く。
「奴らは現れたと思ったら瞬く間に街を変えちまった……! 見た目は華やかで煌びやかな世界は小娘を容易く誘い込み、欲望のままにむさぼりくってる!! ──若、あいつらに街を自由にさせていたらもっと酷いことになる。どうか、どうかあの街を救って下せぇ!!」
「…………っ」
「彼らもまた、鴆様と同じように弱い妖怪なのです」
「そんな……でも、ボクに何が出来るっていうんだ!!」
良太猫からの無念で仕方がないという気持ちは痛いほど伝わってきてる。本当なら彼らの手で
でも……っ、ボクにどうしろっていうんだ!!!
「ボクは人間なんだぞ!? なんの力も持っていないから、回状を廻して友達を助けることしか出来ないんだ!!」
「リクオ様! やつらの言うことを信じちゃダメだ!!」
「えっ……!?」
「奴らは自分らの欲望でしか考えねぇ奴らだ!! 殺されるぜ!! どの道人間なんて……! あんたぁ、いいように利用されてるだけだ!!」
殺される……? カナちゃんと花開院さんが? 約束を守ったとしても?
『──リクオくん!』
不意に、いつもの、何気ないやり取りのカナちゃんの姿が頭に浮かんだ。もし、良太猫の言うことが本当ならもう二度と……。
「旧鼠組な……確かにうちの組にもそんな奴らはいた気がする。ただあんまりにも知恵のない奴らだったよ。おさまりのきかねぇただの
じーちゃんはキセルをふかしながらようやく旧鼠組のことを思い出したのか、棘のある声色でいった。そしてどうすれば良いか分からないボクに視線を向けてきた。
「リクオ、言いなりになってるんじゃねーぞ! 情けねぇ。てめーのことはてめーでケジメをつけたらんかい!!」
「そんなこと……ボクに言われたって、ボクには力なんかないんだ!!」
じーちゃんと良太猫の言葉にボクの頭の中はぐちゃぐちゃになり、力任せに襖を開け放つ! それと同時に──
ドクン──
ボクの体で、何かが脈打つのを感じた。衝動のまま中庭に降り、フラフラとウチに植えている桜の木に近付く。そんなボクを追いかけるようにカラス天狗が声をかける。
「若! 三代目を捨てるってことは
「う、うるさい!! ボクは……」
なんだよ、今の感覚……体が、あつい……!
──情けないだって? そんなの、ボクが一番思っているよ! 気を失って、縛られていた友達が目の前にいたのに、ボクに力がなくて……助けられなかった! ボクは、どこまでいっても人間で──。
「いいや、本当は知っているはずだぜ」
不意に、声が聞こえた。
「自分の本当の力を」
「ぼ、ボクの?」
後ろを振り返るとそこには満開の桜があって……木の枝に、誰かが座っているのが見えた。その人の姿は見覚えがあった。その人は……ボクの夢の中で──。
「もう、時間だよ」
その声を最後にボクの意識は途切れ──オレの時間になった。
「わ、若……?」
「カラス天狗、みなをここへ呼べ。──夜明けまでのネズミ狩りだ」
いいぜ、じじい。お望み通り、ケジメをつけにいってやる。