「家長さん! 大丈夫!?」
「う……ん?」
誰かの呼びかけで私──家長カナ──の意識が浮上して目を開けた。するとそこには焦っているような……不安で仕方がないといった表情をした
「よかった。気が付いたんやな」
「花開院さん……? ここは……」
「分からん。私も今さっき気付いたところだから」
「そうなんだ………………あれっ?」
花開院さんの言葉を聞いて私も状況把握をしようと起きあがろうとした。──だけど両腕を後ろの方で縛られているみたいでうまく動かすことが出来なかった!
「え、何っ? 縛られてる!?」
ぐっぐっと腕を広げようとしたり、
檻の中と思わなかったのは倒れていた床に藁が敷いてあるし、ハムスターが走り回るような滑車が置かれているから。だから自然とそう思ってしまった。
「よう、目が覚めたかい。良かったぜ、時間になる前に目覚めてくれて」
「旧鼠……!」
姿はよく見えないけど、確か……黒服の人に兄貴と呼ばれていた旧鼠って人の声が近くから聞こえた。寝転んだままだと最悪な状況になると思った私は腕を使わず何とか上半身を起こす。
「アンタらはあの三代目のガキが約束を破ったら処刑される身。──処刑方法は
「な……処刑?」
旧鼠のその言葉に、私は靴に仕込んだ最終兵器を使う必要があると瞬時に判断した。
本来なら靴なんかに仕込まないものなんだけど、いざという時や恐怖で声が出せない状況になった場合に即座に使用できるように──結界を張れる符が私の靴には仕込まれている。
これは足を強く踏んだり蹴ったりした時に強い想い──何から守られたいのか、どの範囲を守りとするか願うこと──に反応して結界が展開される。これは、本当の本当に最終手段。私や周りの人を守る、最後の砦。
周囲を見て、どのくらいを結界の範囲にするか確認している間に花開院さんが旧鼠の言葉に声をあげていた。
「三代目……? 何のことや。旧鼠、アホなことはやめるんや! えぇかげんにしい!!」
その言葉に、花開院さんに旧鼠と呼ばれた男の人の空気がピリつく。
悩んでいるヒマはない……! 処刑を行う時間は何時から分からないけど、
「
「「っ!?」」
足を思いっきり振り下ろして割と大きな音を響かせながら私は強い想いを口にした。それに花開院さんと周りにいた男の人たちは驚いた様子で見て──瞬間、カゴの内部に光の壁が私の振り下ろした足から展開される!
「おいおい……まだ札を持っていたのか。カバンはその辺に捨ててきていたのに、用意周到な子猫ちゃんだ」
「家長さん……あんた、ほんまに何者なん……?」
「──ただの一般人だよ。少し妖怪とか悪霊に狙われやすいけど」
花開院さんの言葉に少しの嘘を交えて答えた。
だって異世界で姫をやっていて
「たく、手間を取らせやがって……おい! さっさとこの邪魔な結界を壊せ!」
「はい!!」
パチンッと指を鳴らして部下に命令すると──黒服の顔面が獣の姿に変化している人が一斉にカゴに侵入しようと群がってきた! 彼らが結界に触れようとすると、結界からパチパチッという火花を発して侵入を拒む。
「〜〜〜〜っ。……だ、大丈夫だよ花開院さん! この結界、かなり丈夫だから」
結界に侵入するのは難しいと一度触れただけでも分かっただろうに、鼠たちは自分たちの手がボロボロになったとしてもお構いなしに結界に齧り付いたり引っ掻いたりしてなんとか突破しようとぶつかってくる。それに対して私は──鼠たちの血走った目をしたのも相まって狂気を感じて震えた。
こ、この結界……符に書いてある能力が展開するもので本当に良かった……! 術者の気持ちで強度が変わるものだったら真っ先に壊れていたかも……!!
恐怖で身体が縮こまりそうなのをなんとか耐えて不安であろう花開院さんに声をかける。花開院さんはこの結界に込められている力を知らないし、両手を縛られているから式神の顕現が出来ない……というか、さっきの私のカバンを捨てたという口ぶりからして、花開院さんの符は全部取り上げられているだろうから──符を持っている私が、しっかりしなくちゃ!
怖くて震えて、力がうまく出なくて……誰かに助けを求める気持ちは、私が一番よく分かっている。
だから……だからどうか、勇気を貸してほしい。リクオくんが私をいつも助けてくれるみたいに、いつも勇気を持って行動する彼のように……今だけでも! 誰かを安心させることが出来る私になりたい。
いつも、お化けが怖くて震えている私に手を差し伸べて「もう大丈夫だよ」と微笑んでくれるリクオくんの姿を思い浮かべて私は自分を奮い立たせる。誰かに守ってもらうことしかできない私でも、せめてこのときぐらい──!
ドゴォーン!!
突如──鼠たちが出したとは思えない破壊音が響く。
大きな音に驚いた私はその音の源に目を向け──目の前に広がる光景に目を疑った。
何故ならばそこには、絶対にいるはずのない、
顔だけの化け物、巨大なムカデ、山伏のような格好をした小さなカラス、首が宙に浮いている男、一つ目の大男、車輪に首がついているような姿のもの、着物を着た女性の姿などなど……。人の姿をした妖怪はちらほらといたけど、大半が一目見て異形のものだとわかる風貌の集団だった。
てっきり一番街で見た山犬たちが来たと思っていた私は呆気にとられることしか出来なかった。
「旧鼠様、これは!?」
「……オレも初めてみた。多分、これが……百鬼夜行だ!」
「あっ、化猫組の奴らがいますぜ!!」
旧鼠を始めとしたケージの外にいる鼠は勿論、私のそばに居た花開院さんも反応する。花開院さんはこの光景を信じられないみたいで「うそ……」と呟いていた。
「ねぇ、花開院さん。百鬼夜行って……」
「魑魅魍魎の主だけが率いる事を許された妖怪たちの集団や……。家長さん、私の近くにいてな。この結界、特定の種に対して強力やけどそれ以外の攻撃からは脆いもんやろ。式が無くても私は陰陽師や。カッコ悪いところは見せられん」
ひ、一目見ただけでこの結界の性質を看破した!? やっぱり本職には分かるものなんだね……。
花開院さんに結界の性質を当てられたことに驚きながら、私は百鬼夜行の先頭に立っている髪が棚引いている男の人に目を向ける。
あの人は──間違いない。小学生の時に妖怪に襲われていた時に助けてくれた男の子だ! あの時は私と同じくらいだったと思うけど……妖怪の成長は本当に早いのね。
男の子からすっかりと男の人に成長しているその人は、一歩前に出る。
「待たせたな、ねずみども」
「何者だぁ!? テメー!!」
「本家の奴だな……三代目はどーした!?」
窮鼠の取り巻きたちが口々に叫ぶけど、その叫びを聞いても壁を破壊して侵入してきた妖怪たちは不気味なまでに整然としている。その不気味さに気圧されたのか、旧鼠が叫ぶ。
「いやあんなガキはどーでもいい。回状は!? 回状はどうした!? ちゃんと
「……ヤツが書いたのなら、破いちまったよ」
「んだと──!!?」
か、かいじょう……? 一体、何のことなの……?
目の前のやりとりに戸惑っていると──結界内に何かが入ってきた気配がしたからそちらに目を向けた。するとそこには生首の男の人の顔があった!!
「!?!!」
「しぃー……。良い子だね、お嬢さん。今出してあげるからもう少し頑張って」
驚きすぎて声が出ない私にウインクした生首さんの言葉が終わると同時に──私の視界は
刃物、というとても分かりやすい脅威を感じ取った私は、奮い立たせていた勇気がすっかり萎んでしまい、ほぼ反射的に身体を縮こませて目を閉じた。
こわい……こわいよ……っ。リクオくん──!
じわりと涙も出てきた私に対して彼らは──。
「だいじょうぶよー、大人しくね〜」
「本当に頑張ったね。えらいよ〜」
──小さな妖怪たちがケージの中に入ってきて励ましの言葉を投げかけてきた。妖怪からの励ましの言葉に驚いていると、両手がハサミみたいになっている妖怪が私たちを縛っていた縄を切り──
「そらよっ! 急げ!!」
「つかまって」
──タイミングを合わせ、ケージを掴んでいた大男が私たちがいるカゴを力ずくで引きちぎった! そしてケージの柵がちぎれて外へ出れる広さになると生首の人の身体? がケージの中に入ってきて私を抱き上げた!
「へ? あ……」
「ちょお!? その子を離しい、妖怪!」
「そこの陰陽師も早く」
「〜〜!! 今回だけやぞ!!」
突然抱き上げられて固まっている間に私たちはケージの外に出て(おそらく)安全な場所へ連れて行かれる。
「どうする夜の帝王。可愛い
「チッ……なめやがって。テメェら、みな殺しだー!!」
旧鼠の言葉がトリガーになったのか、睨み合っていた妖怪たちは楽しそうな表情でお互いに殴り合いが──いや、血飛沫舞う戦場が出来上がる。
突如始まった乱闘に身体が固まっていると、私はいつの間にか髪を棚引かせている人の近くにきていた。
「おう悪いな、首無。もうお前も参加してきて良いぞ」
「いえ、どうやらこのお嬢さんは腰が抜けたみたいで……」
「……」
生首の人……首無さんという妖怪に抱えられたまま私はどうして良いのか分からず、少し俯いて視線をうろうろと動かしていた。
た、確かに足に力が入らないのは本当だけど、その……えと……何でこの人は私をじっとみているのかな? ちょっと、居心地が悪いというか……。
髪が棚引いている人──ちょっと長いから、ここからは主さんって心の中で呼ぼう──は私から視線を外す。
「ま、力が入らねぇんならそのまま抱えてくれ。オレはあのねずみにまだ用があるからな」
「御意」
なんて言えば良いか分からず視線を合わさずにいると(推定)妖怪の主さんはつまらなさそうに旧鼠に目を向ける。
「おめーら……一体誰の命令で動いている!?」
旧鼠サイドが徐々に押されているのか、戸惑っているのがよく伝わる声色で問い掛ける。その問いに対して反応したのは──主さんの近くにいる猫妖怪? だった。
「ハンッ! 百鬼夜行は主のみ動かせるのはてめーも知ってんだろ! ──この人こそ! ぬらりひょんの孫!! 妖怪の総大将となるお方だ!!」
「……っ! そ、そいつが……あのガキの、覚醒した姿……!! ──やっぱ、あんとき殺しときゃ良かったじゃねーかぁ!!」
「!」
猫妖怪の言葉に完全に理性を本能が凌駕したんだろう。追い詰められた旧鼠は完全獣化してこちらに向かってくる!
私に向かってくるわけではないのは分かっているけど、本能的に身体がびくっと震える。それに対して主さんは──
「──追い詰められて牙を出したか。だが、たいした牙じゃあないようだ」
──本当に冷静だった。
何処から取り出したのか、主さんは大きな盃を持っていて、それを旧鼠に向かって吹きかける。何かを吹きかけられた旧鼠は──発火した。旧鼠はその火に対して何もできないのか、うめき声もあげずに炎の海に溺れていく。
「てめぇらが向けた牙の先はなぁ……本当に闇の王になりてぇんなら歯牙にかけちゃならねぇ奴らだよ。おめぇらはオレの“下”にいる資格もねぇ」
奥義・明鏡止水──桜
主さんは再び盃を旧鼠に向けると、旧鼠を燃やしている火の勢いが強まる!
「な、なんじゃこりゃー!!」
「その波紋、鳴りやむまで全てを燃やし続けるぞ」
主さんは不敵な笑みを浮かべて宣言した後──身体の耐久力を火力が上回ったのか、完全獣化した旧鼠の身体は炭化し、形を保てなくなった。
「夜明けと共に塵となれ」
【解説】
当作品では災難を未然に防ぐ受動的なものを「護符」と呼び、術を能動的に発動させるものを「呪符」と区別することにします。
なのでカナの持つ六枚の護符は今後呪符に分類します。
日本昔ばなしの「三枚のお札」のように安全な場所までカナが逃げ切ることを目的に制作されているため、それぞれの呪符に強い効力はありません。ただしカナの靴に仕込んでいる結界の呪符に関しては例外的に母親の力が強く込められており、霊力の扱いが未熟なカナでも大妖怪からの攻撃を受けてもびくともしないぐらいに強固なものになります。
ただし退ける内容が異なっていたり範囲選択をミスると結界は脆く砕けやすい。
[例]
犬妖怪から守って→結界展開→鳥妖怪の攻撃→結界破壊
(この場合、犬からの攻撃には強いが鳥からの攻撃には脆い結界が展開された)