もう夜明けと言ってもいい時間帯──。
旧鼠を退治した主さんは私たちを連れて一番街の広場に連れてきた。
「あの、ありがとうございました……」
「どういたしまして。でもお礼を言うならこちらの方にお願いしたいな」
首無さんに今まで抱えられていた私は震えを抑えるように自分の手首を掴みながらお礼を告げた。室内からここまで運んでくれた首無さんは私からのお礼を受け取り、主さんの前に下ろしながらそう言った。
い、いきなり……!? 主さんに声をかける気が無かったのに……! でも、助けてくれたのはこの人で、この人の指示が無ければ百鬼夜行を連れて制圧するなんてことは無かったわけで……!
ぎゅっと自分の手首を握り直して主さんの前に立つ。
「……あ! あの……」
「──手、どうした」
「手……?」
主さんの言葉に首を傾げていると、主さんは私が握っている手の指先に触れてまるで壊れ物に触れるような強さで掴むと少しだけ屈んでそのまま自分の目の前に持っていく。それに驚いた私は掴んでいた手を離す。
「!?!!」
「ん……血は出てねぇな。擦れて赤くなっているみたいだが適切な治療をすりゃ治るだろ」
な、な、な……! こっちは緊張しているのにっ、更に緊張させるようなことをしないでほしい……!
主さんは私の手の状態を確認して満足したのか姿勢を正して手を離す。そして話はここまでだと言うようにこちらに背を向けて連れてきた配下たちにジェスチャーで撤収するように伝える。
「ま、待て! お前が妖怪の主か!」
主さんが何処かにいく前に
「私はお前を倒しにきたんや!! 次に会う時は、絶対に倒すからな!」
「フッ……せいぜい気を付けて帰れ」
花開院さんの啖呵に対して主さんはそう言うと首無さんと共に陽の光が昇ると同時に消えてしまった。
「「…………」」
残された私たちの間に、何ともいえない沈黙が出来た。
どうしよう。私……今回の件で花開院さん視点から見て、かなり怪しい動きをしていただろうし……なんて言えば。
会話の切り出し方に迷っていると、花開院さんが私の目の前に立って勢いよく頭を下げた!
「家長さん、今日は危ない目に何度も合わせて本当にごめんなさい!」
「け、花開院さん!? なんで!? 頭をあげてよ……!」
「いいや、私が自分を許せへん。家長さんみたいな子を守るのが陰陽師なのに、守られっぱなしやった……! 私がもっと強ければ怖い目に合わせずにすんだのに!!」
「そんな……」
「そんなことある! 今回の家長さんの動きは、何度も妖怪に襲われながらも必死に生きてきた人のそれやった! えらい強い神様の力を借りて困難を切り抜けてきた人に、私は終始頼りっぱなしやった!」
「…………」
花開院さんの強い言葉からは後悔や反省、そして私を守りきれなかったという強い意思が感じ取れた。
こ、これは変に謙遜したりするのは……逆効果になる感じだね。
「……花開院さん、頭を上げて」
「……」
「花開院さんは、今日の自分を許せないって思っているんだろうけど……実は、今日の私の動きは全部花開院さんがいてくれたからなの」
「……?」
花開院さんは私の話を不思議に思ったらしく、顔を上げて私の話を聞こうとしてくれた。
「実は私が妖怪とかに襲われる時はいつも一人なの。だからいつもは彼らに気が付かれないように息を潜めていたの。でも、今日は積極的に動くことができた。それはもし私が失敗しちゃったとしても、花開院さんが必ず助けてくれると思ったから。──無責任に、甘えちゃった」
現世で私を狙うような存在は私が一人の時や駆け込む神社への道が遠い時に襲ってくる。だからいつもは
「だから──ありがとう、花開院さん。私のそばにいてくれて。とっても心強い味方がいてくれたから私の心はずぅっと守られていたよ。他の陰陽師がたとえ今日の花開院さんを叱責したとしても……私は、花開院さんに助けられていたんだよ」
「……!!」
私の言葉を聞き、花開院さんは自分の頬を思いっきり叩く!
い、今、すっごい音がしたよ!? ほっぺが赤くなっているし!
「……私、もっと修行するわ。そんで! 次は完璧に家長さんを守るからな!」
「──うん!」
花開院さんの言葉に私は満面の笑みを浮かべた。
私が花開院さんの様子にホッとしていると花開院さんは少し赤くなったほっぺ軽くかいて──。
「あと……その花開院さんって呼びにくくない?」
「え?」
「クラスメイトも呼びにくいって言って名前呼びやし……後、ほら、うちは花開院っていう陰陽師が多いから」
「……ゆらちゃんって呼んでいいの?」
「──! もちろん! 家長さんのことは……まだ、名字呼びだけど、その……」
「全然いいよっ。ゆらちゃんの好きなタイミングで呼んで!」
花開院さん──もとい、ゆらちゃんから名前呼びを許してもらった私はつい嬉しくなってゆらちゃんに抱きついた!
「い、家長さん!?」
「──これから、よろしくね。ゆらちゃん」
「……こちらこそ、よろしゅうな」
クスクスと顔を合わせて笑い合う私たち。
誰もいない一番街の広場で、東雲の空の下、私たちの絆は少しだけ強くなったのを感じていた。
◆◆ ◆◆ ◆◆
一番街の広場でひとしきり笑いあった後──学校がある事を思い出した私たちは急いで準備をしなくちゃいけないと言って慌てて解散した。
ゆらちゃんと別れてすぐに私の家の鍵が入っているトートバックは旧鼠が「捨てた」と言っていたのを思い出して顔を青ざめることになった。そのため急いで攫われたと思われる現場に向かっているところで──
「お探しの品はこちらですか?」
「?」
──不意に、柔らかな声色で声をかけられた。
声の主の方を向くと、そこには黒い体毛の大型犬がいて、私のカバンを足元に置いていた。
私のカバン! それに話しかけてきた黒い犬は……顔がかなり違うけど……!!
「
「っと、流石は姫。もう“俺”だって見抜いたのか。声も仕草も部下のものを使ったんだけどな……」
「え? いや、一目見れば分かるよ?」
「──普通は分からないものなんだけど。秘紋と一緒で。霊力が高まって第六感も一緒に磨かれているのかな……」
声をかけてきたのが知り合いの犬だったことにホッとした私は月海と視線を合わせるように地面に膝をつく。
私の目の前にいる大型犬の正体は──
喜音家の中で重要なポストにいるカミで、私にとっては近所のお兄ちゃんみたいな立場の人かな。
「なんで月海がここにいるの? 月海がここにいるってことは……もしかして昨日の夜に怪我をした子がたくさんいるの!?」
「は?」
「だって月海は山犬たちのボスもやっているじゃない! ボスが部下の体を借りて現世にきたってことは……!」
「待って待って、落ち着いて。最初から俺が姫の救出隊を率いていたよ。後、姫にマーキングをつけた山犬は俺だから」
「え……?」
月海の言葉に私はポカンとしてしまった。
代行神となったカミはその時の喜音家で最も力が強く、“属性”との親和性が高い個体が就任することが出来る。だから月海は喜音家の中ではトップ10の強さを誇っているといっても過言じゃない。
しかも個体としての強さに加えて代行神としての特性が加わるから……言っちゃ悪いけど、ただの鼠に遅れを取られたとは思えない。
だから私はポカンとしたのだ。信じられなくて。秋の代行神であり山犬たちのボスの月海が、あの旧鼠に出し抜かれたなんて──!
「え……嘘! だって月海……!」
「……俺もさっさと助けたかったよ。あんな雑魚に俺らの大事な姫を連れて行かれるなんてさ。でも夏様から姫が気絶したら一度引き上げるように厳命されていたんだ。神の視座を持ち、俺らよりも遥かに強い主人にそう言われちゃ、下っ端のカミはそれに従うしかないんだよ」
「お父さんが……?」
月海から父の名が出てきて私は口をつぐんだ。
喜音家に暮らす人々や妖怪は代行神と代行神に仕える
代行神には明確な上下関係があり、各季節の使節たちの間にもまとめ役なんかは存在する。使節たちの上司に当たる代行神の“上”とは──春の代行神と夏の代行神の
私のお父さんとお母さんは代行神を務めているのと同時に──喜音家を作り上げた創造神で、現世にいた時は超常現象の化身として人々に祀られていた本物のカミサマなのだ。
だから他の代行神は二人に命令されたら基本は逆らわない。意見・具申・反抗などの手段をとって二人を正すことは代行神としての特権で与えられているけど、最終的な決定権は二人が持っている。
……これを初めて聞いた時は本当にちんぷんかんぷんだったなぁ。だって7歳の誕生日の時に両親が実は神様で、私は本当の子供じゃないって知ったんだもん。あの時は荒れたな。
遠い目で過去を振り返っていると月海の口が開かれる。
「夏様がどんな生物であれ、宿命を変えたがらないのは姫も知っているでしょ? 運命であれば夏様は喜んで介入するけど、今回は宿命に関わることだから手出しは無用だと。つまりあの騒動の中に今後の宿命に関わる存在がいたってことになる」
「……」
宿命って……私かゆらちゃんのこと? 私はともかくゆらちゃんの宿命だと考えると……妖怪の主さんと縁が出来て、もっと強くなるとか? それ以外だと、旧鼠とか、あの場にいた百鬼夜行の中の誰かとか?
お父さんは普段は飄々としているんだけど、こういったことは多くを教えてくれないのよね。
「だから……ごめん。随分と怖い思いをさせて」
「……」
「なんの気休めにもならないだろうけどさ、あのとき百鬼夜行が来なかったら俺らが姫たちを助けに行ってた。本当だ」
「……」
「だから、ええと……」
私が口を開かず相槌もしない様子に月海は徐々にしょんぼりしていく。
ぴんと立っていた耳が下がり、徐々に身体が丸まって自然と上目遣いのようにして私の様子を見ている。
──お父さんの命令もあって、宿命も関わっているなら仕方ないよね。何も悪くない月海がこんなに気を遣ってくれているんだもの。そんな人をしょんぼりとさせたくない。
「──うん、大丈夫。怒っていないし、月海を疑っていないよ」
「ほ、本当か!?」
「本当だよ。そういう事情なら、お父さんに文句を言うべきなんだしね」
「そうか……良かった」
ホッと一息つく月海に対して私は両手を下から伸ばしてアゴに手を添え、ゆっくりと指を動かして撫でていく。撫でられている月海は嫌がるそぶりをみせることはなく、寧ろもっと撫でて欲しいと言わんばかりにグッと押し付けてリラックスした表情を見せてくれる。
か……可愛い〜〜〜っ!! 動物形態の時ってなんでこんなにも可愛いんだろ〜! もふもふだし、動物の仕草にきゅんとする〜♡
はあああ〜……犬、猫、
私はニコニコした表情で大人しく撫でられている月海に癒されていたけど……時間がないことを思い出して、アゴを軽くトントンと叩いて終わりの合図を出した。
「じゃあ月海。私を家まで送ってくれない? このままじゃ学校に遅刻しちゃう」
「ああ。…………学校?」
私にアゴ下を撫でられて夢見心地みたいな表情をしていた月海だけど、私が学校に行くというと心底驚いたのか目を見開いていた。
「今日は月曜日だよ? 元気なんだから、学校に行かないと!」
「え、いや……きょ、今日くらい休んでもバチは当たらないぞ……?」
「ダーメ! 私が学校に行きたいの!」
「うっ……まあ、元々送るつもりだったし、俺は構わないけど……行き先が浮世絵町の家になるだけで」
「ありがとう!」
「はぁ……あいつらになんて言おう……。まあいいや。姫、乗ってくれ」
月海は私の意思が固いことを悟ったらしくため息を一つこぼすだけだった。ため息をこぼした後、月海は私に背を向ける。その言葉を聞いてから私は地面に置かれているトートバッグを手にして月海を跨ぐように足の間に入れた。私が月海の上に来たことを確認すると──彼の体はグングン大きくなっていき、先ほど見たゆらちゃんの式神・
ひゃぁあ〜……普通の大型犬よりも大きいから迫力があるよね。私の足、両方ともつかないもん。本当の姿はこれよりも大きいっていうんだから……全然想像がつかない。流石にロボット作品のロボぐらいに大きくなるとは思わないんだけど……。
「適当な毛に掴まっていろよ? 俺も落とさないように術はかけるが姿勢についてはどうしようもないから」
「はーい」
こうして、私は一番街から月海の背に乗って自分の家に帰った。
月海の背中から見る朝焼けや風がとても眩しくて──なんだか涙が出そうになるほど胸がいっぱいだった。
そして無事に家に帰った後は真っ先にシャワーを浴びて……浮世絵町にある私の“直通の扉”から侍女がたくさん出てきて私のお世話をし始めた! 多くの侍女たちは私の無事を喜び、涙を流していた。
その姿に釣られて泣きそうになったけど……月海が侍女たちを叱咤して仕事を促したり、侍女たちが逆に月海に詰め寄っていたりと──私にとっての日常がそこにあったからついつい笑ってしまった。
ああ──無事に帰って来れて、本当に良かった。
【解説】
喜音家出身の獣は正体を隠匿して現世の人間社会や猫のコミュニティに溶け込んでいる。一目見ただけでは人外の存在と見破られることは稀だが、彼らの体の何処かに特殊な模様【秘紋】が刻まれており、それが常に淡く発光している。
秘紋は子々孫々と継承されていくため、当人が自覚がなくても「喜音家出身」として扱われることが往々にしてよくある。
春組所属なら青、夏組所属なら赤、秋組所属なら白、冬組所属なら紫黒、土組なら金色の光となる。
家長カナはこの紋様を“視る”ことで喜音家の関係者か見分けている。
(注意 月海の持つ隈取の模様とは全く異なるもの)