作家先生の案内のもと、私たち清十字団は山奥に入り──梅若丸の伝説は実在のものであると信じざるを得ないものを見せられた。
作家先生曰く、ここにあるものは
その像の名前は
よくある昔話だと笑い飛ばしていた皆だったけど、この現場を目撃したことで巻さんと鳥居さんは恐怖で涙目になっていた。私も知らなかったら震えていたかもしれないけど……先に梅若丸の伝説を聞いていたことで逆に落ち着いていた。
確かにいつもと違って護衛がいることが理由に挙げられるけど、ここまで歴史があって名前のある妖怪だと
主さんが
一応、今まで大妖怪に狙われたことはないし。
「いーやーだー!」
「帰ろーよぉ、こんな山ー!!」
だけどそんな事は一切知らない巻さんと鳥居さんはすっかり怖くなってしまったみたいで下山しようと提案してきた。
「見てよぉ、こーんなでっかい爪──。死ぬって〜」
「ホントに喰われちゃうよ〜、妖怪に〜!」
「そーだよ! 鳥居さんと巻さんのいう通り!! 今すぐみんな帰った方がいいよ」
巻さんと鳥居さんの意見に乗っかるようにリクオくんも下山を推奨する。だけど──。
「暗くなった山を降りる方が危険だ! それに降りてもバスはもうない!」
清継くんがそれを制する。
でも実際、これから山に登ってきた時と同じ時間をかけて下山して、これから宿泊できる場所を探すっていうのは現実的じゃないよね。バスがないってことは新幹線付近に辿り着くのはもっと先になるわけで……。
「ふふ! 何をビビっているんだい!? この先にボクの別荘があるじゃないか! この山の妖怪研究の最前線!! セキュリティも当然バツグンだ!」
「セキュリティ? 妖怪に? ……効くかな?」
「そうよ、
自信満々に言う清継くんだけど……それに関しては巻さんの意見に賛成だね。セキュリティってあったとしても対人間用でしょ? 術者が作った建物じゃないから、無力に等しいんじゃ……。
「使用人が時々来ているが、何か来たなんて話は一度もないぞ!? 君たちは心配しすぎだ!」
「まぁ……牛鬼の話は伝説じゃから、あの爪ももしかしたら誰かの作りものかもしれんしの〜」
「いや……それは……」
安心させるためなのかは分からないけど、作家先生も清継くんの意見に援護するように口を出してきた。それに対してリクオくんたちは上手い反論を思いつかないのか、口ごもるだけだった。
本当に妖怪がいて、命の危機があるっていうことが皆の共通認識になっているなら説得しやすいんだろうけど、普通の人にとっては存在そのものが眉唾ものだからね……。
それにしてもリクオくん、ヤケに皆を帰らせようと説得するね? 妖怪の爪がある現場を見てからなんだか様子が違うような……。
様子が違うと言えば、及川さんと作家先生もだね。及川さんは牛鬼という名前を聞いてからやたらと携帯電話を気にしていたり、作家先生は今まで妖怪が
「ほらほら先生もこうおっしゃっているわけだしね! 温泉と食事が待っているよ?」
「それは……うぅ……」
ここで巻さんが清継くんの
「それにほら! 少女陰陽師のゆらくんがいるわけだ!!」
清継くんはダメ押しと言わんばかりにゆらちゃんを指名してきた! 指名されたゆらちゃんはまさかこんな状況になるとは思ってもみなかったらしく、目を丸くして驚いていた。
「ねえ!? ゆらくん、大丈夫だよねぇ!?」
「ちょ、ちょっと……!」
「──家長さん、ちょっとええ?」
はたから見たら無責任とも言える発言に流石に口を挟もうとするけど、ゆらちゃんにぐいと腕を引っ張られて皆と少し離れた場所に連れて行かれた。
「えと……どうしたの、ゆらちゃん?」
「家長さん……お願いや、念のため家長さんが持っとる札を見せてくれへん?」
「え……良いけど」
「おおきにな。──ちょい作戦タイムや! その場で待っててな! 近くに来たらアカンで!!」
ゆらちゃんにお願いされた事で私は肩に下げている旅行カバンからいつもの護身道具が入っているポーチを取り出す。その間、私たちの様子が気になっている清十字団の皆がジリジリと近付いてきたけどゆらちゃんが制した。
護身道具はあまり見られたくないから、助かるな。
「──お待たせ、ゆらちゃん」
「ほんまおおきになぁ。あんま見せるものやあらへんけど、状況が状況やし……」
「良いよ、気にしなくて! こんな状況だもん。協力できることは協力するよ」
「うぐっ」
ゆらちゃんは何故か眩しそうに目を瞑って顔を背けた。……? なんで?
「ゆらちゃん?」
「ハッ……家長さんの善意が眩しくてつい……! ──札、見させてもらうな」
「どうぞ」
ポーチから
その間に手持ち無沙汰になっていた清継くんは作家先生に話しかけていた。
「先生も一緒にどうですか?」
「いや、ワシはもう山を降りるよ。友達とのお泊まりにワシは邪魔じゃろう」
「そ、そうですか……? 話をもっと聞きたかったのに」
「いやいや、ワシの役割は終わりだよ。──そぉだ……一つだけアドバイスをしよう。なに難しいことはない。
そう言って作家先生は私たちと別れて山を降りていく。
──気のせいかな。今、あの作家先生の身体に糸みたいなものが巻き付いていたような気がするんだけど……。
「家長さん?」
「あ……どうしたの?」
「あんな、この札な……」
そんな疑問を口にする事なく、私はゆらちゃんと作戦会議をしてから清十字団の皆と一緒に泊まる別荘に向かった。
◇ ◇ ◇
同時刻、捩眼山入り口付近の樹木の上──。
そこには一人の妖怪がいた。その妖怪は獣の骨を帽子のように被っているため顔はよく見えないのだが体格から察するに少年と言っても差し支えないだろう。
少年妖怪は手元で糸を操り、昼間からずっと使っていた“駒”を無傷で山から返したところで一息ついていた。少年妖怪が使用していた“駒”とは──先ほどまで清十字怪奇探偵団とともに行動していた化原と認識されていた男だった。
少年妖怪は男の名前なんぞ知らない。ただその場で
先ほど話した梅若丸の伝説についてはこの山に住まう妖怪なら誰でも知っている事を伝えただけなのだから。
するとそこへもう一人、同じくらいの背丈の妖怪が現れる。
「今宵は新月。あらしの夜──大将の首を狩るには、ふさわしい夜だ」
「
「
二人の妖怪は樹の上で互いの名前を呼び合う。
彼らは同じ組織に身を置き、同じ人に忠誠を誓った同胞──そして、組織の長からの信頼が厚い二人組。
牛鬼組若頭・牛頭丸と牛鬼組若頭側近・馬頭丸。
組織の中でも重要なポジションについている二人は主の望みをなえるべく暗躍する。特に今宵は──牛鬼組の存亡にも関わる事を為そうとしている。
「ここまでが大変だったんだぞ。それで? ここからどうすれば?」
「
「なるほどね。──それじゃあアイツらが滞在する建物に向かおう」
「その前に注意事項がある」
「注意事項?」
牛頭丸は懐より一枚の写真を差し出す。馬頭丸は相方から注意事項があると聞いて珍しそうに近付き、写真を確認する。
「この女だ」
「どれどれ……。わあっ、可愛い子だ! この子がどうしたの?」
馬頭丸は一枚の写真を見て声が明るくなる。
その写真はどこからか盗撮されたものらしく視線が合っていないが──今宵の獲物である
馬頭丸の声色から写真を確認したと認識した牛頭丸は写真を懐へ戻し、なぜこの少女についての注意事項があるのか説明する。
「牛鬼様が先日遭遇したカミのお気に入りだ。そいつだけは傷付けない方向で行く」
「あー……そういえば、今うちに犬が三匹
「そうだ。牛鬼様はその三匹をカミの
「
「同感だ」
馬頭丸の発言に牛頭丸も同意する。
古い時代にはカミも人間や妖怪の前に現れて神威を示す場面があったのだが、近年ではそこまで強い信仰心を得ていないのか、現在は山や川といった大きな括りとして崇められた存在は無形のものとして現世に存在している事が多い。
無形になったことで弱体化したと錯覚するが、実際は“個”を捨て、大勢のカミが存在を連結させたためカミ同士の結束が強くなり、より大きな災害や奇跡を起こせるようになったのだ。故に形あるものは最近カミに成ったものか、カミとしての力が桁外れのものと二極化した。
今回牛鬼が出会ったカミは年数から考えて最近カミと成ったもの。その程度ならば歯牙にかけないのだが、ソレの元の種が妖怪・送り犬というのが厄介な点だった。
ソレは二代目と共にいたときから自らのことを山犬と名乗っていた。“山犬”という言葉は山に棲まう野犬だけでなく、今や絶滅したニホンオオカミのことを指す。そしてニホンオオカミは人間から
そのため今回のように若いカミに対して少女を監視するように命令したカミ(主人)がいるとするなら、それは山に属するものと推察される。もし推察した通り、背後にいたのが山のカミだった場合──お気に入りを傷付けた牛鬼組に対して、真っ先に
緑は枯れ、植物は育たず徐々に生きとし生きるものを苦しめるか、一度に始末するために山を崩す方向をとるのか──。
そんな未来を想像したのか、二人は身震いをする。カミと上手くやっていくコツは、カミの機嫌を損なわないことだ。土地神として奉られていないカミは、時折道理を無視する行動をとる。
そして二人は顔を見合わせてから夜の闇に紛れて行動を開始する。
全ては忠誠を捧げた御方の望みのままに。
◇ ◇ ◇
「「おおおおっ」」
清継くんの案内で別荘に到着した私たち清十字団は──別荘の内装の豪華さに圧倒されていた。
「うおお〜テンション上がる〜〜」
「成金趣味〜」
「はっはっは、父の山好きがこうじて建てた別荘でね。この山の妖怪研究用に建てかえさせたものだ」
「はあー……」
すっご……。シャンデリア、いくつあるんだろう? キラキラして目が眩しい……。
私たち一同は改めて清継くんの凄さに言葉が出なかった。
「さあおまちかね。この奥が特製の温泉だよ。女の子たち……先に思う存分入るがいい」
そんな私たちを置いておいていくかのように清継くんは巻さんと鳥居さんの要望を叶えるための施設──温泉へと案内した。先に中を覗いた二人は──それはもう目を輝かせる!
だってそこにはテレビでしか見た事がないような立派な露天風呂があったのだから!
「うわあああ────すっご──────い!」
「豪華すぎる〜〜〜〜」
「さっそく入ろーっ!!」
今までの苦労はこのためにあった! と言わんばかりの二人の様子を見て私とゆらちゃんは顔を合わせて頷き合った。
「ゆらちゃん、私は後から行くから二人のことをお願いね」
「任せとき。何があっても私がきっちり守るからな」
「ん? カナ、温泉に入らないの?」
ウッキウキの様子だった巻さんがピタリと動きを止めた。
「家長さんには私からお願いをしたんよ。ほら、あんたら妖怪を怖がっとったやんか。何もあらへんと思うけど、妖怪に襲われても大丈夫なように準備しときたいわ。陰陽師的に」
「「あー……」」
巻さんと鳥居さんは先程のやりとりを思い出して目を泳がせていた。それに対して私は二人に申し訳なさとかを感じてほしくなくて口を開く。
「大丈夫だよ! 終わったらすぐに私も温泉に行くから! 巻さんと鳥居さん、たくさん汗をかいたし足が疲れたんでしょ? 遠慮しないで先に行って来なよ。ゆらちゃんも一緒に行くって」
「せやで。後、家長さんは結構のぼせやすい体質らしくてな? あんまり長風呂出来ないタイプみたいなんや」
「うん。だからひと足先に温泉を楽しんできてほしいな」
「……そういうことなら」
「ごめんね家長さん。私たち、つい浮かれちゃって……」
「気持ちはすごく分かるよ。今日はすごく頑張ったし、お風呂に入ってさっぱりしたいよね。ゆらちゃんのお願い事も簡単なものだし、気にしなくて大丈夫だよ」
「カナ〜、あんたも良いやつだよ〜〜!!」
「ありがとね〜!」
両サイドから巻さんと鳥居さんにハグをされて私は思わず笑みをこぼした。大したことはしないから苦でも何でもない作業なんだけどね。
ぎゅうぎゅうと大人しくハグされていたけど、二人は気持ちに区切りが出来たらしくパッと離れた。
「じゃあカナ! 急がなくて良いから後でな!」
「うん、ありがとう」
巻さんと鳥居さんはブンブンと勢いよく手を振り、それに対してひらひらと手を振っていた私は温泉に向かう
──あれっ、及川さんは!? いつの間に?
てっきり及川さんも一緒に温泉に入ると思っていたけど、いつの間にか彼女の姿はどこにも見当たらなかった。
どこに行ったんだろう。後、男性陣の姿が見えないような……? 部屋でおしゃべりをしているのかな?
「──っと、考え事はあとあと。今はこれをやらなくちゃ」
頭を振り、別荘の霊的防御の準備を行うべく私は旅行カバンからミニバッグを取り出して小型懐中電灯と護身道具、“食べ物”といった必要最低限の荷物を持って目立つようで目立たない場所を探しにエントランスに戻って来た。
どこにしようかな……本当は方角とか考えたほうがいいし、目立つところに貼ったほうが効果が増すんだけど、あまりにも目立つとアレだし……。
そう思いながら護身道具の結界の札を持ってうろうろしていたけど、大きな鳥の置物の後ろ側の土台部分に隙間が空いているのを見つけて、そこに貼ろうと決めてしゃがんだ。
「
自身の言葉に
「ふぅ……これで大丈夫かな」
無事に結界が張れたことを確認した私は一息ついた。だいぶ大雑把な指定だけど、この呪符の効果である程度の妖怪は弾けるはず。
『この札、家長さんしか使えんように工夫されとるな』
『えっ。そうなの?』
『詳しいことは言えんけど、この札には特殊な文字が含まれていてな? これ作った人、相当手練やなぁ。霊力強い神職さんなんかな?』
『えと……どうなんだろう? そんな話は聞いた事がなかったかも』
『何にせよ、これを私は使えん。だから家長さん、別荘に入ったらこの結界の札を使ってほしい。それさえあれば何とかなる』
『うん、分かった。じゃあなんかいい感じのところに貼っておくね』
『おおきにな。──しっかし、結界の他は
『あ、あはは……』
別荘に入る前にゆらちゃんとの会話を思い出して思わず苦笑した。
今回は火力高めの呪符を用意したからね……。いつもはもっと大人しいものを選ぶけど、護衛がいるからラインナップをガラリと変えちゃったと言うか……。
ゆらちゃんの感想を思い出しながら念のため外からの様子も確認しようと懐中電灯を持って靴を履き、外へ出た。するとそこへ──。
「わんっ」
──小さな犬が吠えてきた。
驚いてそちらを見ると、その子には星がモチーフの首輪をつけていたため、私の護衛のひとりの山犬だと判断した。
あれ……? 基本的に護衛は私の前に姿を現さないんじゃなかったっけ……? どうしたんだろう。
「わんちゃん……?」
人間の言葉で話しかけるのではなく、鳴き声で私の注意を引いたため、私は
だから私もそれに
「こんなところでどうしたの……?」
少しだけかがみ、声をかけると──子犬は目にもとらない速度で私のミニバックを強奪していった!
「って、ちょ……嘘でしょ!? わんちゃん、待って!!」
ええええっ!? 何事!?!! 確かにあのバッグの中には護衛用のご飯……というか、おやつを入れていたけど! まさか強奪されるなんて!!
護衛の突然の行動に私は戸惑いながらも別荘の戸をしっかりと閉めてミニバックを持っていた子を追いかける!
一体、何があったのよーっ!!
【雑学】
・御犬信仰について
山犬やオオカミを神の眷属(お使い)や神そのものとして敬う、日本古来の山岳信仰の一種。
主な信仰内容は【神徳火防・盗賊除け】。