家長さんと分かれた後、私──
もがれた爪にはしめ縄が巻かれておったから気配が薄かったが──確かにあの爪からは妖怪の気配がしとった。二人はその微かに残る“陰の気”に当てられたんやろ。妖怪っちゅー存在は
先人曰く、陰の中央にある魚眼のような白色の点は陰中の陽を示し、いくら陰が強くなっても陰の中に陽があり、後に陽に転じることを表す。また陽の中央の点は同じように陽中の陰を示し、いくら陽が強くなっても陽の中に陰があり、後に陰に転じる。
これをふまえ、人間を陰陽太極図で説明するとするなら陰陽太極図の点のようにどちらにでも成れることができ、陰と陽を行き来できる存在と言える。人間は
その自在に行き来できる存在が片方の気に当てられると体調を崩したり、片方の存在へ
そーゆーわけで、手っ取り早く気分転換になるもんがあるんやからそれを利用しない手はない。妖怪は室内には滅多に入り込めないため、危険度は露天風呂の方が高いと判断して私も一緒に早めのお風呂に入ることになった。──ま、これは家長さんの持っとる札を見ての判断やけどな。
あの札、ほんまに強力なもんやったな……。家長さん、どこの神社を懇意にしとるんやろか。
「あ────♡ 来てよかったぁ──────」
温泉のマナーとして、ひととおり体を洗い終えた二人は露天風呂に入ってリラックスしとった。
硫黄の匂いと湯気が立ち込める露天風呂は、私が
そんな二人の様子を見て、体にタオルを巻いて足だけ温泉に浸かっている私はもう大丈夫だと判断した。ここまで陽の気が高まっている人間に対して、陰の気のもの(幽霊を含めて)はなかなか手が出しにくいやろ。
「妖怪とか全然興味ないけどォ、この別荘気に入っちゃったぁ──さっすが清継くん。もう一生ついてく────」
「巻あんた、現金すぎるよ──」
「だってー」
パシャパシャと足で水飛沫を上げさせながら楽しげに会話をする同級生。そんな平和なやりとりを見ていると──別荘内に
これは家長さんの持っとる札やな。前回は結界内におったからけど、今回は結界の外におるからこの規格外な気配を肌で感じ取ることが出来た。京都におる神職でも、ここまで
家長さんの張った結界はあくまでも護身用ということもあり、結界の範囲は建物の中だけで、露天風呂まで届かんかった。──こればかりは仕方がない。ほんまは私があの札のチカラを使えればよかったんやけど、識別機能がついとったせいで素人の家長さんに任せてしまったんや。
神気というのは文字通り神々が発している気配のこと。分かりやすくいうなら、神社の聖域に入った時に感じる厳かな空気とか大自然の中で御神体として奉られているもんとか(鹿児島県にある屋久杉等)をみた時に感じ取る気配やな。人間が作った札にここまでの神気があるっちゅーことはかなり信仰されて力のある神様だということは分かるが……
家長さんの謎ポイントの一つやな。本人は妖怪に襲われやすい体質だって言っとってたけど、それだけやないと私は睨んどる。本人が自覚しているのか、自覚していないのかはさておき。
「あれ? 及川さんは?」
「あれ……そーいえば居ないね?」
巻さんと鳥居さんは及川さんが居ないこと気付いて周りを見ていた。
確かに……おらんな? さっきまで一緒にいたと思ったのに。
及川
身体からタオルを外し、タオルがお湯に浸からないようにしてから私は温泉に肩まで浸かり、及川さんを探しとる二人の間に入る。
「なあ、ちょっと聞きたいんやけど」
「ん?」
「清十字団のメンバーって、どんぐらいの付き合いがあるんや? 中学からの付き合いやないやろ」
私の質問に対して二人は顔を見合わせる。私からこんな質問が来るとは思わなかったらしく、目を丸くしていた。
「あー……そっか。そりゃ気になるか」
「付き合いっていうか……まあ、小学生の時からの友達だよね」
「私以外全員?」
「いや。及川さんと倉田に関しちゃ、ほとんどゆらと同じタイミングだよ。それ以外のメンバーなら同じ浮世絵小学校に通っていて、同じバスに乗って通学していたから」
「でも一番付き合いが長いのは奴良くんと家長さんだと思うよ。あの二人、幼稚園の頃からの友達だって言っていたし」
「そーそ。小学校でも同じクラスだったから、ケッコー 一緒に行動しているイメージがあるんだよなー……」
「なるほど」
及川さんのことは一旦保留にしたらしく、二人は清十字団の関係をさらっと教えてくれる。
なるほど……家長さんと奴良くんはそんなに仲良しさんなんやな。ちゅーことは、家長さんのことを聞きたければ奴良くんに。奴良くんのことを聞きたかったら家長さんに聞けばええんやな?
奴良くんの家で感じた妖気について気になるし、家長さんの“体質”について深掘りしたいしな。
二人から話を聞き、もっと深く掘り下げようと口を開くも──まるで何者かに監視されているかのような、突き刺すような視線。しかも悪意が込められているような視線を感じて私は思わず立ち上がった。
「どしたのゆらちゃん」
「いや……なんか、視線を感じて……」
「え!? 嘘、マジで!?」
言うべきか悩んだけど……あんな視線を向けられたと思たら伝えずにはいられなくて素直に視線を感じたと告げた。それを聞いた巻さんは勢いよく立ち上がり、ザバザバと音を立てながら
「あいつら〜〜! まさかのぞき!? ──ちょっと、いるなら出て来なさいよ! こんなことをするのはさては島か!?」
けれど──そこにいたのは人間やなかった。
「──え?」
巻さんが絶句する。
それもそのはずや。何故ならば──視線の主はこの露天風呂の衝立よりも大きな体躯を持っていたのだから!
「ギャアアアアァァアァアァ!!」
「で、出た────!!!?!」
それは人間が見上げるほどの巨体。牛や鬼を連想させるような顔つきに蜘蛛のような胴体。そんな奴らが複数体女湯に入ってきたんや。当然一般人である巻さんと鳥居さんはパニックになるが……。
私はタオルを身体に巻きつけて忍ばせておいた式神の札を手にする。守りながら戦うんは二度目やけど……今度こそ、守り切ってみせる!
先日の
「うわわ……よ、妖怪────!?」
驚きと戸惑いの声が混じる鳥居さん。女湯に侵入してきた妖怪どもは口を大きく開けてこちらに向かってきたため──。
「
私の使役する式神の一つ、大きな鹿の形をした禄存を緊急で呼び出して迎撃を行う。ほんまは
「なんだこれ……!? し、式神か!!」
禄存が相手のフォーメーションを崩したことが幸いとなり、私の目は女湯に侵入してきた妖怪とは違う姿形の存在を見つけることが出来た。そいつは人の
そいつは何らかの獣の頭蓋骨を頭に被せており、女湯に侵入してきた妖怪と同じ姿形のヤツの頭の上に立っとった。
「な、なに……?」
「ゆらちゃん……!?」
禄存とええ勝負しとる妖怪と少年妖怪の姿を見据え。私は巻さんと鳥居さんを背に隠しながら次の式神を喚びだす準備をする。
「入浴中の陰陽師を襲うなんて、ええ度胸やないの。滅したるから覚悟せぇ!!」
◆◆ ◆◆ ◆◆
禄存と
「エエイ! 女陰陽師は後回しだ!! そこの二人を先にやっちまえ!! ただの女だぞ!」
襲撃の首謀者の妖怪もこの状況に焦れてきとったらしく、配下に巻さんと鳥居さんを襲うように指示を出していた。
「た、助けてぇぇ、ゆらちゃん!!」
「何とか食い止める! アンタらは先に別荘の中に入り! 家長さんにお願いした
ターゲットに狙われた二人に対して攻撃用の札を構えながら指示を出す。私らはすでに温泉から出とるけど、足元が水で滑りやすくてしゃーないからゆっくりと後退して何とか脱衣所のところまでの距離を詰める。
「……巻、行こう!」
「鳥居!?」
「ここにいたらゆらちゃんの邪魔になるのは分かっているでしょ。それにもし、この場に清継くんが突撃でもしてきたら……!」
「──マズいな、それめちゃくちゃマズい!」
堪忍してほしいな。ほんまにそれだけは。
二人の言葉に私は心の中で同意する。ただでさえ全裸で戦って神経をすり減らしてるんや。それなのにあんな喧しいのがこの場に来たらと思うと……!
結論が出た二人は迷うことなく脱衣所へ駆け出し、そのまま別荘の中へ向かう。しかしそれを見逃すほど、妖怪は甘ない。
「怯むな、やっちまえ!! うしおに軍団、
「えー加減にせぇ!!!! ──爆!!」
攻撃用の札をさっきっから命令をしている妖怪に向けて放つ。その一撃は足場にしとる妖怪にあたるだけで、肝心要の妖怪は空中に跳んでかわしていった!
「ええい、ちょこまかしよってからに!」
「クソクソ! こんなに時間がかかるなんて聞いていないぞ!!」
私と妖怪は苛立ちながら叫び、互いの次の一手を逡巡していると──空が異様に暗なっていることに気が付いた。
雨雲……しかも雷を伴う雲が発生するなんて天気予報では言っていなかったで……? 山の上やから気候の変動は多少あるかもしれんが、こんなに急に変わるなんて……!
陰陽師としてのカンなのか、この天候は只事ではないと警鐘が鳴り響く。
──瞬間、空が渦巻く。夜なのにはっきりと分かる。黒くて重い雲があっちゅー間に雷鳴を轟かせ、今にも雷さんが落ちてきそうな程の不穏な禍々しい空模様となったのだ!
「ん?」
私が気づいた異変に、襲撃者の妖怪も気づいたようで、不思議そうに空を見上げ──何かが妖怪たちのもとへ勢いよく落ちてきた!!
それは、空の怒りと呼ばれる雷やなかった。黒い三つの影が、雷みたいな速さで巨体の妖怪たちの頭上へと降り注いだんや! すさまじい衝撃に、舞い上がる露天風呂の水飛沫で私の視界が奪われる。
「ふぇ? ゲブォオオ」
──その間に何やら鈍い音がしたり、巨体が地に伏したのか地響きが酷かった。
視界が回復し、辺りが静まり返った頃には全てが終わっていた。
巨大な妖怪たちは地に伏せていて、指示出しとった妖怪も足場を失うて温泉に落ちたみたいや。
「な……何や……?」
突然現れた三つの影に私は身構える。新手……にしては私が相手にしとった妖怪に対して攻撃したし、助太刀に入った陰陽師や修験者にしては気配が妖怪に寄りすぎている。
「ブハァ!! 何しやがる──! てめぇら、何者だ!!」
温泉の中から勢いよく立ち上がり、襲撃者は強襲してきた三つの黒い影に向かって吼える。
「小僧……自分が誰に口を聞いているのかわからんのか。ワレらは鴉天狗一族……知らぬわけではあるまい」
「か、カラス天狗!? 本家のお目付役が、なんでここに……!」
影の一つが、静かに口を開く。その言葉の内容に襲撃者が戸惑う。
私はそこでようやく、突如として現れた影の正体をはっきりと見た。黒い羽毛に鋭いくちばし、黒い衣を身に纏い、人の姿をしているものの、そいつらの印象は鳥でいうところのカラスそのものだった。
──三つの黒い影の正体は文献や
その三体のカラスは文献で語られている姿やのうて、甲冑を着たもの、着物を羽織っているもの、どこか女性的な雰囲気のものがおった。それぞれの持つ黒い翼を羽ばたかせ、頭上から温泉に浸かっている妖怪を睨みつけていた。
その内の一体は、侮蔑の眼差しを向けておるな……。
「けがらわしい……女湯を襲う妖怪か」
「あ……いや……」
私とカラス天狗共に睨みつけられ、配下がダウンしておる妖怪は何とか弁明しようとしたのかしどろもどろに口を開く。
ま……何を言うても入浴中という一番無防備なところを狙ったことは変わらんから心証なんかは最悪なんやけどな。
「「ゆら(ちゃん)!!」」
「巻さん、鳥居さん!? まだこっちに来ちゃダメやないか!」
一応、制圧したというタイミングでこの場から逃したはずの二人が走って戻ってきおった! 二人とも脱衣所にあった浴衣を適当に引っ掛けただけの姿で、めっちゃ急いでいたのが分かる姿やった。
「うえええっ! なんか妖怪が増えてる!?」
「少女たちよ……驚かせてしまい申し訳ない。我々はそなたらに危害を加える気はない」
「え……ええ……?」
三体のカラス天狗の中でも一番女性的な雰囲気をしておる奴が私らに声をかけてきた。
その内容に二人は困惑した様子だった。私も困惑したままやけど私は別荘におる人たちを守る役割を持っているから、ここはグッと堪えて二人を問い詰める。
どうやら残りのカラス天狗も女性的な雰囲気をしている個体の意見と同意見らしく、温泉にダイブした襲撃者を縄で縛り、締め上げていた。
「巻さん、鳥居さん。なんで戻ってきたんや」
「あ……! そう! そうなんだよゆらちゃん、大変!!」
「──別荘の中、私ら以外誰もいない!」
誰も……? 誰もって……家長さんも含めてか!?
巻さんと鳥居さんが慌ててこっちに戻ってきた理由を知り、私は縄に縛られとる妖怪に向けて声を出した。
「どーゆーことや!? みんながいないのはあんたの仕業か!?」
「お、お……オイラのせいじゃねぇよ! 建物の中にいないやつは自分の足でどっかに行ったさ!」
「嘘ついたらあかんで! こんな夜の山に出かける阿呆がいるか!」
「ほ、本当だよ〜〜〜! こんな状況で嘘つくはずないだろ!? オイラは集団で建物を出たのを見たし! その後、
「お気に入り……?」
縛られとる妖怪の言葉に私は止まった。
お気に入り? お気に入りって……何のことや。それに山の使いって、山の
疑問符を浮かべていると縛られとる妖怪の首元に着物を着ている個体が武器を突きつけた。
「小僧……てめぇに聞きたいことが山ほどある。白状しろ」
「──陰陽師、ここは一時休戦だ。身内が世話をかけたな。言いたいことは山ほどあるだろうが……とりあえずその格好をなんとかしろ」
「…………!」
カラス天狗の中でリーダー格であろう甲冑を着た奴に指摘されて反射的に顔がカッとなった!
そんなん言われなくても分かっとるわ! でも非常事態やったんやから仕方ないやろ! 私かて羞恥心がないわけやないんやで!?
「そちらの少女たちも衣服を整えてくると良い。人間は風邪をひきやすいものだからな」
「えっと……そう、させてもらいます」
「ゆら、大丈夫?」
「だ……大丈夫や……。おおきに……。────カラス天狗! ここに私の式神をおいていくから、勝手にソイツを連れて行ったら承知せんぞ! 私も聞きたいことが山ほどあるからな!」
「好きにして構わない。──おい」
「分かっている。聞き出した後の詳細については私に任せろ。私と陰陽師が同席するのだ。何がなんでも喋らせる」
「ひえ……」
突然現れたカラス天狗に対して私はモヤモヤした気持ちを抱え、顕現した禄存と貪狼を置いて脱衣所に向かう。
くっそー、妖怪に気を遣われた! ほんまは私がアイツをとっちめて色々と聞き出さなアカンのに……! 後お気に入りって誰のことやねん!!
──その後、服を着て露天風呂に戻るとそこには女性的な雰囲気のカラス天狗と逆さ吊りにされとる襲撃者の妖怪のみだった。カラス天狗の手にはムチが持ってビシバシとムチで叩きながら拷問しとった。
妖怪同士でなにやっとるんや、こいつら……。
護衛1
「なんかちかくに妖怪の気配がするからひなんさせよう!」
護衛2・3
「強引すぎる……! もっと別のやり方があっただろう!」
「厄介なお気に入りを神使が連れて行ってる! ラッキー♪」