現在、私──家長カナ──は護衛の子を追いかけて息を切らしながら山頂に向かう階段を駆け上がっていた。
小型の懐中電灯で前方を照らし、子犬の姿の護衛を見失わないようにしていたんだけど……ある地点を境に、スピードをあげていったため見失ってしまった!
「もうっ……あのわんちゃん、どこにいったのよ……。全然追いつけなかった……!」
私は徐々にスピードダウンしていき、息を整えるために階段の中腹で立ち止まった。
それにしても、目的は一体何だったのかしら? 護衛は複数いるから、あの子の独断で行ったわけじゃないだろうし……。
護衛が私のミニバックを強奪した理由を考えながら周りを懐中電灯で照らして、子犬の姿がないか見ていた私は──階段のところでよく見慣れたアイテムを見つけた。
「これ……リクオくんのメガネ? なんでこんなところに……」
私が見つけたのはリクオくんが掛けているメガネだった。
階段で、メガネを落とした……? リクオくんが? どんな状況?
幼馴染の置かれている状況を想像していると何かの気配を感じて視線を上げた。視線の先には──黒い着物に青い羽織を肩にかけ、髪を棚引かせている美丈夫の主さんが女の子を抱えて階段から降りて来ているところを見た。
あ、主さん……? なんで、こんなところに……。
思わぬ人物と出会ったことに、私は驚いて目が離せなかった。主さんも階段で立ち尽くしている私に気付いたらしく目線があった。すると主さんは私に近付いて──抱えている女の子とリュックを渡して来た!
「えっ? ──は!? あ、あの……!」
「行くとこがある。カナちゃん……その
反射的に女の子を受け取った私は主さんに事情を聞こうとするけど、主さんは短い言葉で、何かを決意している声色で女の子を託してきた。
そして主さんは降りて来た階段を再び登り始め──闇に紛れるように姿を消してしまった。
「………………」
女の子……もとい、気を失っている及川さんを託された私は主さんを黙って見送るしかなかった。リクオくんの様子が気になるけど、今は
今は主さんから渡された時と同じようにお姫様だっこをしているけど、自分の腕力の無さは自覚しているから今のうちに階段に座って及川さんを膝の上に乗せようと方向転換し──。
「姫様」
「!?!!」
いきなり話しかけられた事で危うくバランスを崩しそうになった!
「姫様ぁ!?」
「ちょ……っ、いきなり話しかけてこないで! びっくりするから!!」
「も、申し訳ありません! なにぶん、我々は人化の術が使えないもので!!」
「そうなんだ、大変……じゃなくて! ちょっと腰を下ろしたいからもうちょっと待っててくれる? 腕に力が入っているうちに安定した体制になりたいから……!」
「お、お手伝いしますねっ」
わたわたという音がしっくりくるくらい私と護衛の二匹は手間取りながらも階段に腰を下ろし、お姫様抱っこをしながら及川さんを私の膝の上に乗せることができた。
「はぁ〜……」
無事に階段に座ることができて及川さんを落とす心配が無くなった私は改めて気を失っている彼女の様子を見た。
見たところ怪我をしているね。……普通に転んだ感じはしないから、まさかこの山の妖怪に襲われた?
「姫様、その娘は……」
「何度も助けてくれた妖怪の主さんからお願いされた子だよ。怪我をしているみたいだから、ちょっとチカラを使いたいんだけど……誰か近くにいる?」
「おりません。今、近くにいるのは我々だけです」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」
護衛から人の気配や妖怪が近くにいないか確認した私は及川さんに対して霊力を流して怪我をしているところがないか探す。
お母さんが言うには、治癒能力をマスターすれば「治れ」って願うだけで病気や怪我を治せるって話だけど、今の実力(習熟度)では私自身の霊力を流して怪我をしている場所をちゃんと把握していないと、過剰な治療になって身体を悪い状態にしてしまう。
だから最近は霊力のコントロールを中心に鍛錬を行っているの。他の人の身体に霊力を流すのは繊細な技術力と、いかに相手の波長に合わせられるかって話だったし。
「?」
及川さんに霊力を流して怪我をしている場所の特定が終わったんだけど……なんか、もう怪我の回復が始まっているみたい。人間にしては治りが早すぎるし……もしかして。
「ねぇ、この子ってもしかして……」
「妖怪です。その娘の正体は雪女といいます」
「ゆ、雪女!?」
うちにいない種の妖怪だ!
護衛から及川さんの正体を教えてもらい、びっくりして及川さんの顔を思わずまじまじと見てしまった。言われてみると肌は雪のように白くて、ひんやりとした空気が出ている気がする……。
まじまじまじと及川の顔を見ていると、及川さんの右腕が震えながらあがり──。
「う〜〜ん、若ぁ〜〜〜。立派なお姿ですよ〜〜〜」
──私の首に腕が周り、心底嬉しそうな声で寝言を言った!
えと……若? 若って確かリクオくんのことだよね? 何でここでリクオくんが? え、えええ……? 何が何だか、さっぱり分からないよ。
私が及川さんの寝言に疑問符を浮かべていると護衛の子たちは私たちを囲むように座り始めた。
「とりあえず……姫様はその娘の目が覚めるまでここにいますか?」
「え、あ……うん。そのつもり、だよ? 本当は君たちに乗せてもらって清継くんの別荘に行った方が良いんだろうけど……」
「懸命な判断かと。今は我々は妖怪特有の気配を消している状況ですが、接触するとなると……」
「だよねぇ……。じゃあしばらく話し相手になってくれない?」
「かしこまりました。夜の山は冷えますので、我々が姫様の暖になりましょう」
護衛の二匹とそんな会話をしていると近くの茂みが揺れ── 一匹の子犬が私のバッグを咥えて登場した! その子は私の右手側に来ると咥えていたバックを口から離して座った。
「ひめさまー、これー。いきなりとっていっちゃってごめんねー」
「こら! 姫様に対して馴れ馴れしい! ──申し訳ありません、姫様。こちらはまだ礼儀作法を学んでいる最中でして……」
子犬の言葉遣いに護衛の一人が軽く叱りつける。子犬はキョトンとした顔で私の顔と護衛の顔を交互に見ていたから──私は思わず微笑ましくて笑ってしまった。
「ふふっ! 大丈夫よ。ちょうどそのバッグにおやつが入っているから、それを食べようか?」
「おやつー!」
おやつという言葉に子犬は目を輝かせて尻尾をブンブンと勢いよく振った。それを見た護衛たちは少し頭を抱えるような仕草をしたけど、私からの提案だったから特に何も言わなかった。
それにしても、護衛が子犬に化けていると思ったけど、この反応を見る限り本当の子犬だったみたいだね。よく注意している子は兄弟だったりするのかな?
月海からもらった特製のおやつを護衛たちに順番にあげながら私はのんびりと及川さんが目覚めるのを待った。
◆◆ ◆◆ ◆◆
「うー…………ん」
「あ、及川さん、起きた?」
「……」
及川さんの目が開いたことで、私は及川さんの顔を覗き込むように話しかけた。及川さんが眠っている間に護衛たちと会話をして雪女がどんな妖怪なのか学んだけど……冬じゃないから、目が覚めるのが遅かったのかな?
ちなみに護衛たちは腕の中でもぞもぞと及川さんが動き出したタイミングでこの場から離れたから今はいない。
あの子たちがいて本当に良かった……。夜中に雷を伴う雨が降り始めたからどうなることかと思ったけど、護衛が火を操り、透明な膜を張ってくれたおかげで私も及川さんも濡れることはなかった。──途中で何故か護衛たちは気配を消していたけど。
「及川さん、立てる?」
「……」
私は及川さんにそう問いかけると、及川さんはすくっと立ち上がって自分の荷物であるリュックを背負った。
この行動を見て無愛想だなと思われるかもだけど……及川さんはまだ本当の意味で
実は夜中に及川さんの意識が浮上したタイミングがあったんだけど、護衛たちが及川さんに術を掛けてしまった。なんでもこのタイミングで雪女の意識が戻るとマズいだとか、姫様の手を煩わせるだの言って私が止める暇もなく及川さんに「
護衛曰く「妖怪が本拠地でもないとことで無防備に寝ていたら何されても文句は言えない」「この程度の術を解けないようであればこの娘の実力も知れたもの」「姫様に一晩中抱き抱えられていた罰」と若干貶していた。(意地悪を言った子にはちゃんと叱った)
追従の呪い。
簡単に説明すると言葉の通りに人の後に付き従って行動させる術。術者の指定された条件の達成か時間が過ぎれば解けるものだけど、その人の“芯”となる質問をしたり、術者の能力以上のチカラを持っていた場合のみ力づくで解除できる弱い呪いなんだとか……。他者からの介入でも解けるみたいなんだけど、精神に関わるものだから素人が簡単に解除出来ない代物らしい。人間社会でいう「催眠術」や「暗示」といったカテゴリーと同じかな?
「夜中に雨が降って、足元が危ないから手を繋ごう」
「……」
及川さんの様子を見て術が解ける様子はないと思った私は及川さんの安全を第一に考えるべきだと判断して彼女に手を差し出した。及川さんは何も言わず大人しく私の手を握り返した。
わっ、つめた……。人の体温とは思えない冷たさに驚いたけど……これが雪女の普通の体温なんだね。
「それじゃ、別荘まで戻ろうか」
及川さんの体温にびっくりしたけど、立ち止まったままではいられないためゆっくりと階段を降りていく。及川さんは私の行動に追従して危なげなくついてきてくれた。
「……」
危なげなくついてきてくれた事を確認した私は階段から滑らないように急がず慎重に降りていく。慎重に歩いていた私だったけど──ここまで会話が特になく、黙々と及川さんの手を引いて別荘に向かっていたことで、私の頭の中にどんどん聞きたいことが溢れてくる。
昨日はどこに行っていたの? リクオくんのメガネが落ちていたんだけど、何か知らない? 妖怪の主さんに抱えられていたけど何があったの? 妖怪なのにリクオくんと一緒にいるのはどうして? リクオくんと──どんな関係なの。
そんなことが頭の中に浮かんで、つい口に──出そうというところで私は顔を上にやって深く息を吐いた。
今の及川さんは追従の呪いが掛かっている。そんな状態の彼女に何かを尋ねるなんて、そんなのは……私の本意じゃない。ちゃんと意識がある時にお話がしたい。眠っている相手や操られている相手をどうにかして何かを聞くのは──イヤだ。
大きく息を吸い込み、もう一度息を吐き出した私は清継くんの別荘に向かって歩く。
その間──彼女から何もアクションは無かった。
そして、私と及川さんは清継くんの別荘に辿り着く。別荘の外にはゆらちゃんたちがいて──。
「帰ってきた!」
「カナ! 今までどこに行っていたんだよ〜! めっちゃ心配した!!」
「ま、巻さん? 鳥居さん?」
──巻さんと鳥居さんと目があったかと思ったら、走ってこっちに近づいてきて、巻さんが前触れもなく両手で顔を挟んできた!
「こっちもこっちで大変だったんだけど、いつまで経っても家長さんが来ないから別荘中探したんだよ!?」
「ご、ごめんね!」
「謝罪はいーから、どこで何をしていたかはっきり言えよ〜」
むにむにと私のほっぺを両手でいじる巻さんと今にも泣きそうな鳥居さんの表情を見て言い訳を考える。
えー……どう説明しようかなー、及川さんの部分。まだ術が解けていないっぽいし、適当に合わせてもらえそうだけど……なんで別荘の外に出たのか説明を求められそう……特にゆらちゃんに。ゆらちゃんには事前に私が持っている呪符を見せているから、外に行く必要はなかったでしょと詰められるかもだけど……。巻さんたちは沈黙で納得しなさそうだし……言うしか、無いよね?
「わかった! 分かったからむにむにするのやめて〜! 話せないから!」
「よし」
巻さんは私の要望通りに両手をパッと離してくれた。ちなみにこの間、及川さんは眠そうな顔でボーッと私たちのやりとりを見ているだけだった。
及川さん自身は強い妖怪ではないのか、それとも護衛たちの腕が良すぎたのかは分からないけど……ここまで追従の呪いが掛かっていると心配だね。このまま解けなかったら護衛たちを召喚して解いてもらおう。そう心に決めてから私は話し始める。
「えと……ゆらちゃんのお願い事を終えた後ね、念のため外からも様子を見たくて別荘を出たの」
「様子見」
「で、別荘から出ると子犬の野犬がいて……」
「野犬」
「まさかこんなところに野犬が出るなんて思わなかったから、びっくりしちゃって。その隙に私が持っているこのバックを取られちゃったの」
「「……」」
私の言葉に巻さんと鳥居さんは単語の復唱をしてきたけど……何だろう。信じられないという疑いの表情じゃなくて、本当なんだって驚いている表情なんだけど。二人の様子と少し離れている距離で話を聞いているゆらちゃんの様子に対して疑問があるけど、私は話を続ける。
「野犬を追いかけて山の中に入っていくと気を失っている及川さんを見つけたの。及川さんの周りには誰もいなかったし、夜の山道だったから無理に降りるのは危ないと思って、一晩中及川さんを見つけた場所にいたの」
「……心配を掛けてごめんなさい」
護衛があらかじめ命令をしていたのか、及川さんは私が何かを促す前にペコリと頭を下げた。それを見た巻さんと鳥居さんは何かに耐えるように目を瞑り、口を一文字に結んでから──。
「よし! カナとつららに関してはお咎めなし!」
──巻さんが大声で宣言した。
「いいよねっ! ゆら、これで!!」
「ええと思います。実際、家長さんがあの場に居ったら居ったで大変なことになったと思いますし」
「家長さんも及川さんもお疲れ様。せっかくだし温泉に入って一休みしてきなよ」
「?」
突然のやりとりに私は頭の中にハテナマークが飛んでいた。
えと……とりあえず、納得してくれたのかな? 野犬の話とか、結構あやしいポイントだと思うのに。
「ご、ごめ〜ん、みんな……」
「──奴良テメーっ!! 今までどこほっつき歩いていたんだ!!!」
みんなの対応に不思議に思っていたけど……気まずそうにリクオくんが別荘に帰ってきたことでその疑問を追求する空気ではなくなってしまった。
──あ。リクオくん、メガネ掛けていないや。