時刻は早朝──。
昨晩、牛鬼と闘ったボク──
牛鬼はじーちゃんの代から奴良組の百鬼夜行に加わっている妖怪で、この
今回、そんな牛鬼がクーデターを企てたのは──すべて、奴良組を思ってのことだった。
ボクには実感がないけれど、
今はじーちゃんの力で百鬼が纏まっているけど、そのじーちゃんの求心力は全盛期と比べると遥かに劣っているとも聞いた。だから牛鬼は始めから三代目としてじーちゃんが推しているボクを試した。
奴良組が崩壊しないように。
旧鼠を仕掛けたのも、今回清継くんと島くんを操って惑わし、つららを痛めつけたのも……全部、ボクの意志を試すためのものだった。ボクの意志を確かめ、奴良組再興に足る人物であると牛鬼は確信が得たかったのだ。
それが、牛鬼が大事にしている奴良組に反旗を翻すことを示していたとしても。
ボクが器に足りないと判断したら牛鬼はボクと一緒に死に、器足りえると判断したら自害すると……彼は迷いのない眼で言った。ならば夜の姿だけじゃなく、昼のボクの姿も認めてもらわなくてはいけない。
例えどれだけの力があったとしても……一日の大半は
そう思いながら部屋の障子を開けて外の景色を眺めていると──後ろから布が擦れる音がした。そちらに顔を向けると牛鬼が身体を起こしていた。
「あ、起きた? ケガはなんとかなったみたいだね。良かった! 君の部下は迅速だね、牛鬼」
「リクオ………………?」
昨晩の牛鬼の意識が失った後のことを思い出す。
あの後、つららを傷付け、ボクを襲ってきた
『牛鬼様っ! ──テメェらよくも……!』
『牛頭丸。牛鬼はまだ生きている。治療すりゃ死ぬことはないだろ。……未練がまだあるみてぇだしな』
『リクオ様!? しかし……!』
『手当すんのを手伝え。オレが許してんだから問題ないだろ』
ボクがそう告げたから、カラス天狗の息子たちはしぶしぶだけど指示に従ってくれた。カラス天狗の二人のうち一人が屋敷を飛び出し──兄妹の娘と牛鬼の側近の一人を連れて戻ってきた。
連れてこられた側近は何故か縄に縛られて全身が濡れていたけど、牛鬼の容態を見て大慌てで薬をかき集めてきた牛頭丸と協力して治療にあたっていた。
そんな風に昨夜の出来事を思い出していると、牛鬼は静かに声をかけてきた。
「リクオ……本当に、朝になると変わってしまうのか……」
「…………今は、人間だよ」
「覚えて、いるのか……」
牛鬼が驚愕しているのが手に取るように分かった。今までのボクは妖怪の姿になった時は何をしていたのか分からない・知らないと主張していたのだから。だけど……
ボクはここで、初めて告白をする。
「覚えている。昨日のことも、
今はもう……全てを思い出せる。どうして妖怪の血が覚醒したのか、覚醒した妖怪のボクが何をしていたのか。
「知っているよ……。妖怪の時はなんだか血が熱くなっちゃって、我を忘れてしまうってことを……」
「リクオ……」
「そろそろ覚悟を決めるときなのかな……。いつまでも目を閉じていられない」
だけどボク自身は人間だから。妖怪としての力が全くないから。本家にいる妖怪を含めて彼らをまとめ上げることなんて出来っこないと心のどこかで諦めていた。そして本家にいる身近な妖怪たちは人間であるボクや母さんを疎んで排除しようとしてこなかったし、誰よりも尊重されていたと思う。だからこそ──ボクは錯覚した。
奴良組の後継者じゃなくとも、妖怪の彼らは気さくに話せる相手で、共に暮らせると。
それは
だけどこうして牛鬼が動いたことで、もう心地よいから動かないという夢のような時期は終わったのだと理解した。
ボクは立ち上がり、障子を開いて朝日を牛鬼の部屋に入れる。
「怖いけど……平和でいたいけど……“守らなきゃいけない仲間”もいる。この血に頼らなきゃいけない時もあるって……知ったから」
ボクの頭に色んな人の姿が浮かぶ。じーちゃんや母さん、つららや青田坊を初めとした小さい頃から面倒を見てもらった面々に家にいる小さな妖怪、力の弱い妖怪と言われた
ボクが跡を継がず奴良組が崩壊したら──間違いなく関東全域が混乱に陥る。妖怪たちが我が物顔で暴れ、恐怖による畏れが蔓延る事になるだろう。
それは、ボクの本意じゃない。
ボクの“理想”として掲げる百鬼夜行とはじーちゃんや父さんの背中から学んだ。“畏”とは無闇に人を驚かせず、怖がらせず、妖怪も人間もトリコにしてしまうくらい目を惹いてしまうもの──。
「だからボクは、そこまで組のことを思ってくれる牛鬼が百鬼夜行にいてくれたら……嬉しいよ」
障子を開け、朝日を浴びながら牛鬼に向けてそういうと、彼は何かを噛み締めるように目を閉じる。それを見たボクは──牛鬼が今も自害するような考えを持っていないと判断して、怪我人を休ませるべく部屋を出た。
「そーいえば、みんなどーしているかな。清継くん……強引に気絶させておいてきちゃったけど……大丈夫、かなぁ?」
牛鬼の心配事が片付いたため──ボクの意識は一緒に捩眼山に来た清十字団の方に向く。別荘に残っていた女性陣は
でも……ボクが一番心配しているのはカナちゃんとつららだ。つららは気丈に振る舞っていたけど、牛頭丸の襲撃を受けて酷い怪我を負っていた。これ以上無理をするつららを見ていられなくて、清継くんと島くんが目を覚ますかもしれないとつららを言いくるめてから人間に化けさせた後、彼女には眠ってもらった。
本来なら人間に化けさせず、つららのリュックに入っていた氷を使えば回復が早かっただろうけど、
傷だらけのつららをそのまま外に置いておくなんて出来なかったから、傷に響かないようにゆっくりと清継くんの別荘に向かっている途中で──カナちゃんと出会った。今思うと何故怖がりの彼女が夜中なのに外に出てきたのか不思議だけど、その時のボクにとってはとても都合が良かった。
実際、カナちゃんはボクからつららを渡された後、戸惑いながらもしっかりと大事そうに抱えてくれた。
彼女の優しさはボクが誰よりも知っている。その優しさを
だってカナちゃんが意識を失っているつららを抱えて下山する選択肢を取るとは考えにくいし──舗装されているとはいえ夜の山道だ──、あの後すぐにつららが目を覚ましてカナちゃんを送っていれば良いけど、つららの性格から考えていつまでもボクのところに来ないのは不自然だ。
まず目を覚ましたらボクの行きそうな場所──今回の場合は牛鬼の屋敷──に真っ先に向かおうとするけど、カナちゃんが近くにいるからまずはカナちゃんを別荘に送ってから牛鬼の屋敷に向かってくるはずだ。そんな彼女がこの時間帯までボクや三羽鴉の前に姿を見せないということは、つららは夜が明けても目を覚まさなかった可能性が非常に高いわけで……。いや、別荘にいる女性陣に外出させないようにされているとかならまあ……。
うーんと考えた末──ボクは三羽鴉にこの件に関しては他言無用だと告げて洋服に着替えてから清継くんの別荘へ向かうことにした。
ボクたちはゴールデンウィークを利用して集団で捩眼山に来たんだから。
◆◆ ◆◆ ◆◆
そんなわけで捩眼山の頂上にある屋敷から急いで清継くんの別荘に戻ってきたわけなんだけど──。
「奴良テメェェェ────……昨日はどこほっつき歩いていた? 私らは昨日大変な目にあったんだぞ……!」
──目のすわった巻さんに詰め寄られていた!
いや、報告を聞いていたから何があったのかは知っているよ! ボクが牛頭丸や牛鬼と対峙している時、彼女たちはお風呂場で牛鬼のもう一人の側近である
お風呂に入ってリラックスしていたのにいきなり襲われたら怖いどころの話じゃないよね! それは分かってあげられるし、近くにいなかったのは本当に申し訳ないと思っているけど、あの時は夜の山に行こうとする清継くんが心配で……! 本当に花開院さんがいてくれて良かった!!
「ほ、本当にごめん! 清継くんが心配で別荘から出てました!」
「じゃーその清継くんはどこにいったのさ!」
「えと……それは……」
「──巻さん、もしかしたらリクオくんも及川さんと同じように気を失っていたんじゃないかな?」
まだまだ怒りが収まっていない巻さんから清継くんの居場所を聞かれたけど、正直に言えるはずがないボクは口篭ってしまった。だけどそこでカナちゃんからのフォローが入った。
ボクは嬉しかったけど……その言葉に対して、巻さんは般若のような気迫を出した!
「あ゛ぁん!? カナ、いくら幼馴染だからって……!」
「巻さん、リクオくんの顔、よく見て。何か足りていないよ」
「足りない……足りない………………。あっ。奴良、メガネどうしたんだよ」
巻さんが地を這うような低い声を出しながらボクの顔をじっと見ていたけど、
「えと……どこかに落としたみたい……」
「どこかって……まさか、奴良も妖怪に襲われていたのか!?」
怒りから一転してボクの身を案じている様子になった巻さん。
まあ……襲われたね。返り討ちにしたけど。でも誤魔化にはちょうどいい……!
「ごめん、その辺はよく覚えていなくて……」
「ぐぅっ! ………………じゃあ、奴良もお咎めなしだ……! メガネをかけている奴が、メガネが無いまま山の中を歩くなんで自殺行為だしな……!!」
ぐぎぎ……という音が聞こえそうなくらいの拳を強く握りしめて食いしばっている巻さん。
ごめん。清継くん、島くん……。巻さんの怒りを一身に受けてもらうことになりそうだ……。
「……じゃあカナ、こいつ連れて行っていいぞ」
「うん。──リクオくん、部屋に入ったら念の為に怪我をしていないか見させてくれる?」
巻さんからの圧から解放されたボクはカナちゃんに有無を言わさずに手を握られて別荘の中に連れて行かれる。
…………。
カナちゃん……今、すごく穏やかに対応したけど……これ実はかなり怒っているやつだ……! 疑問符がある感じの言葉だったけど、ボクの手を掴む力がいつもより強い!! これ、ボクに拒否権が一切ないやつだ! いや、別に拒否しないけどね!? 昨夜はカナちゃんに無茶なお願いをしちゃったし!
カナちゃんの内なる怒りを感じてボクは冷や汗が止まらなくなった。
まずカナちゃんが怒ることは滅多にない。他人のためにならいくらでも怒れる子だけど、自分のために怒るのは苦手らしく気持ちを我慢することが多かった。
だからこそ、今回の件でボクがどれだけ彼女に心配を掛けていたのかがよく分かった。
ちゃ、ちゃんと怒られてきます……!