清継くんの妖怪演説を聞いた当日の夜──。
私は浮世絵中学校前の物陰にいた。
「うぅ……夜の廃墟に行くの、本気かな……。旧校舎の周りって、森に囲まれている場所だし……」
「いかにも人的被害が出そうな立地じゃな! しかもこの雑誌にも載っているんじゃろ? 良くない連中が居てもおかしくないのぅ」
「うぐ」
私の顔を覗き込みなら妖怪特集の雑誌をひらひらと見せてくるのは──私の
父の名前は
──まあ、この人は私の
お父さんは学校から帰ってきたばかりの私からなにやら面白そうな気配を感じ取ったのか、着替えて外へ出ようとした私を呼び止めて一緒に同行すると言って着いてきたのだ。
夜道にお父さんがいるのは頼もしいんだけど……何故か不安になるのよね……。
「いやー、とうとうカナも度胸試しをする日がきたのかぁ……! 成長したのぅ。
「いや、しないって! したくないよ、本当は!」
いい笑顔でサムズアップする父に私はちょっと怒った声色で反論する。
なぁーんで自分から怖い目に……! お父さんも、私が怖がりな事を知っているはずなのに……!!
その声を聞いても父は特に気にした様子もなく口元に笑みを浮かべてからかう口調で言う。
「分かっとる分かっとる。リクオくんが不当な目にあわないか心配なんじゃろ?」
「そ……う、だよ! 心配できちゃったの!」
「愛じゃのぅ……。優しい子に育ってくれてワシは嬉しい」
何処から取り出したのか白いハンカチを目元にやってヨヨヨ……と泣いていた。
本当、お父さんはいつも大袈裟と言うか、飄々としているというか……。
「おっと、噂をすれば……」
「……あ゛」
父がハンカチを離して校門に目を向けたのを見て私もそちらに目を向けると──そこには何やら緊張した面持ちで学校に来ていたリクオくんの姿を見つけた!
私もリクオくんの姿を見つけたことに父も分かったのか、無遠慮に手を私の頭の上に乗せてきた!
「かっかっか! カナの幼馴染がおるのぅ。頑張るしかないのぅ」
「くぅぅぅ!」
「ほれ、頑張れ頑張れ。危なくなったらワシの名を呼ぶといい。必ず助けてやるからな」
「……絶対よ! 絶対助けてよね!」
「おう」
ひらひらと手を振る父に見送られ、私は重い足取りで清継くん達が集まっている場所へ向かう。
もー……なんでリクオくん、こんなところに来ちゃうのよ……。いくらお願い事に弱いと言っても、そこまで付き合わなくていいのにっ。
◆◆ ◆◆ ◆◆
「よし、揃ったね。メンバーは6人か……」
「楽しみですね、清継くん!」
ぜんっぜん楽しみじゃないんだけど!?
清継くんの取り巻きである島くんの言葉に思わず声を出しそうになったけど、拳を上着のポケットに入れてぎゅっと力強く握って耐えた。流石にここまで来て空気の読めない発言はしないよ。
ここに集まったメンバーは私、リクオくん、清継くん、島くん。後はクラスとか名前が分からない男女が二人いる。
憂鬱な気持ちをなるべく隠して、今回の廃墟探索が早く終わるようにと願っていると意外と近くからリクオくんの声が聞こえてきた。
「え……あれっ? ──カナちゃん!? 何で!? 怖いの苦手なんじゃ……」
「う、うるさいな〜いいでしょ!?」
リクオくんの「信じられないものを見た!」と言わんばかりの表情に、私は思わず可愛くない反応をしてしまう。
確かに私が怖いものが苦手だとよく知っているからこそ、ここにいることが信じられないのは分かるけど……っ、なんか! その反応は違くてぇ……ッ!
「リクオくんこそなんでよ〜」
「えっ、いやボクは……!」
「はいそこっ、今から僕が考えたルートを説明するよ!」
ジリジリと距離を詰めてリクオくんが参加した理由を聞こうとしたけど、清継くんが手を叩いて話を中断させた。
「ルートはこうだ。学校側はフェンスが高くて行けないし、池を泳いで行くのも無理。だから裏手のここから登って通行量の少ない時を狙って道路を通る! 片道2車線だから気を付けて」
「ハイ! さすが清継くんっす!!」
「楽しみね!」
ワクワクしている様子の人たちを見て、私の心臓はドキドキと煩いくらいに脈打つ。
うぅ……流石に嫌な汗がかいてきたかも。変な人がいませんように、悪いことを考える妖怪がいませんように……!
◆◆ ◆◆ ◆◆
清継くんの考えたルートで旧校舎前に辿り着いたけど……凄く、凄く来たことを後悔した。
十年間人間の手が入っていないというのは本当らしく、見える範囲の窓という窓はヒビが入っていたり割れていたりしている。校舎自体の汚れも、結構目立つかも……。
そんな校舎を見て女子生徒改め及川さんと清継くんは好奇心が抑えられないと言った様子で旧校舎に入る扉の前まで近付いていた。
「うわ──……近くで見ると超不気味ね!」
「ほんとうに人が出入りしている雰囲気……ないっすね」
「さっき通った道以外本当に来られないからね。危なくて近寄らないよ」
及川さん、本当にホラーが平気なんだね……。
ちなみに及川さんと一緒にいた男子生徒の名前は倉田くんというらしい。倉田くんは中学生とは思えないくらい背が大きくて恰幅が良いから、絶対同学年なら噂になっていると思うんだよなぁ……上級生なのかな?
そう思っていると清継くんは扉を開け、懐中電灯をつけて中の様子を見ていた。
ギィィ……と音を立てて開いた先の光景は、いかにも廃墟といって言っていいくらいボロボロだった。
割れた窓ガラスに老朽化で崩れたのであろう廊下。何処からともなく聞こえてくる水の音──。
「とにかく、こと細かく調査だ。ここに妖怪がいるなら、あの人に通じる何かがきっとあるはずさ!!」
清継くんは懐中電灯を上下左右に動かして周囲を確認しながら進んで行く。そうすると、自然と清継くんが先頭になってその後ろに島くんが続いていくんだけど……。
「カナちゃん、大丈夫?」
「だ、だいじょぶ……だよ」
「……」
そう。清継くんと島くん、それから及川さんと倉田くんがどんどんと中に入っていったため私とリクオくんが最後尾となってしまった。
ぜ、絶対に来ない方が良かったと思っているよね……。私もそう思う。そう、思っているけど……。
「じゃあボクの手、掴んでいいよ」
「え、でも……」
私がリクオくんの言葉に戸惑っていると、リクオくんは
「大丈夫だよ、カナちゃん。お化けなんていないよ」
「……」
「普通の夜の学校でもいつもと違って不気味っていうのはよくある話でしょ? しかも今回は廃墟だから、余計に怖いって思うんじゃないかな?」
「うん……」
「だったら、怖くないようにボクの手を掴んでいるといいよ。懐中電灯はボクが持つからさ」
「えと……じゃあ、腕を……掴んでいいかな?」
「腕?」
「正確にいえば服の裾……かな。こんなところで腕とか手を掴むとリクオくんがいざという時に動けないんじゃないかって」
どんどんと進んで行く皆の背中を見て、私はリクオくんにお願いした。
廃墟だからね……。不審者が出たり不良がいた場合、リクオくんが自由に動けないのは……イヤだし。
うろうろと視線を動かしている私に、リクオくんは腕を差し出した。
「はい、どうぞ。怖くなったらいつでもボクの腕を掴んでいいからね」
「うん。……ありがとう。リクオくん」
「どういたしまして」
リクオくんの上着の裾を掴み、離れないように近付いたのを確認してからリクオくんは懐中電灯をつけてゆっくりと旧校舎の中に向かって歩き出した。
本当……いつもいつも、リクオくんに助けられているな私。私がリクオくんを守ろうと思ってここに来たのに……情けない。
◇◇◇
ありえね────。
今の心情を誰にも悟られないようにボク──
学校が終わり、夜になるのを待ってからボクたちは清継くん主導の妖怪探しに旧校舎に訪れていた。
普段であれば近寄らないけど、もしかしたら今回の騒動は
ボクの家はこの浮世絵町に門を構える関東妖怪任侠組織の総元締めである極道一家。そして、ボクのじーちゃんはその総元締めの初代総大将 妖怪・ぬらりひょん。
じーちゃんや家にいる皆はボクに三代目を継いでほしいと言ってくるけど、生憎ボクは普通の人間として生きていくと決めている。だから普段は特に組の仕事には関心がないんだけど……今回の噂のように妖怪が関わっている。かつ、その妖怪が自分の組のものであれば話は別だ。
普段から皆には「ご近所に出没しないでほしい」と言い聞かせており、もしそれを破っているなら注意しようと思っていたのだ──現にマスコミによく写真を取られている河童には
だけど1番最初に入った美術準備室からボクの予想を裏切り、妖怪がごく普通に出現した。そこから次々と妖怪たちが待っていたかのように──あるいは示し合わせたように──休みなく顔を出したり“良くない考え”を口に出してきた。ボクはそれを皆にバレないように先回りして一匹ずつ片付けていたのだ。
……怖がりなカナちゃんには本当に可哀想なことをしちゃったな。先回りをしていった結果、ボクの服の裾を掴んでいた彼女を振り払ってしまったから。背後から「リクオくん待ってー」の声が聞こえた時は本当に良心が痛んだ。
幸いなことにこの旧校舎にいる大半の妖怪たちが力の弱いモノであったため、人間であるボク一人でもなんとか対処できていた。
けど!! そろそろ体力的にも精神的にも限界だ。とても一人で隠しきれる数じゃないし、バレるバレないなどといった問題ではない。このままでは皆に危険が及ぶ可能性だってある。
そう判断したボクはもう探索を中止しようと、清継くんに提案しようと顔を上げると──。
「ここでラストかな? お、食堂だって」
「あっ……」
気が付けば、先行して動いていた清継くんと島くんがとある教室の扉に手を掛けていた!
「待っ……」
ボクの制止が間に合わず清継くんが扉を開けた刹那、背筋に悪寒が走る。
まずい……ここはまずい!
ボクは直感的にマズい状況になったと判断した。こういった予感は昔からよく当たっていたため、その感覚に従って駆け出す。
「リクオくん!?」
「カナちゃん、ボクの後ろにいて! 目を閉じていて!」
突然動き出したボクに困惑するカナちゃんにそう告げて教室の中へ飛び込む!
そこには教室の隅で──複数人で獣の死骸を貪っていた妖怪がいた。食事をしていた彼らは僕たちの持つライトの灯りを認識すると死骸を食うのを止めてこちらに視線を向けた。
「…………え?」
あまりの突然の出会いに、呆けたように清継くんと島くんが言葉を洩らす。
そしてこちらの存在を認知した妖怪が、間髪いれず彼らに襲いかかってきた!
「うわぁ……ああぁぁああ!!」
「で……出たあぁぁぁ!!」
「え、何が!? どうしたの、リクオくん!」
妖怪の姿を認識して叫び声をあげる清継くんと島くん。そして目を閉じてボクにしがみついているカナちゃん。この状況を見てボクは──間に合わないと思った。
島くんと清継くんは足が速い。だけど食欲に身を任せている妖怪に対してどれだけ対抗できるか分からない──仲間と連携したり、旧校舎から出て追いかける可能性だってある──。更にボクの後ろには、とても怖がりなカナちゃんがいる。
カナちゃんを危険な目に遭わせたくない。だけどどうすれば──。
「リクオ様、だから言ったでしょ?」
その時、ボクの耳はとても聞き覚えのある女の子の声を拾った。
「え」
ボクが声を上げると同時に見覚えのある二人──長い黒髪に白い着物とマフラーを巻いている雪女と屈強な肉体に鉄紺色の僧衣を身に纏っている青田坊がそこにいて、今まさに襲おうとしてきた妖怪を無力化させていた!
雪女は襲ってくる妖怪を氷漬けにし、青田坊は二人の妖怪の頭を掴んで床に叩きつけていたのだ。
ボクはその光景に呆気に取られていると青田坊が短く鼻を鳴らす。
「こーやって
青田坊と雪女が睨みながら告げると襲ってきた妖怪はすっかり怯えたらしく建物の奥の方へ走っていった。それを見た青田坊はボクの方に顔を向けた。
「若……しっかりしてくだせぇー。あなた様にゃ、やっぱり三代目を継いでもらわんと!」
「…………………………え? な、何? どういうこと……?」
青田坊の言葉に反論するよりも──ボクは今、この状況に対してとても混乱していた。
「だって今君ら学生で……うえ!? 」
そう。そうなのだ。今まで僕たちと行動を共にしていたのは及川さんという女子生徒と倉田くんという男子生徒だったのだ! その二人が、まさかボクの家にいる妖怪だなんて信じられないんだよ!
そんなボクの困惑に対して雪女は諭すような声で告げる。
「だから……護衛ですよ。確かカラス天狗が言っていたはずですけど」
は? 護衛……? いつの間に……? というか、いつから!?
「四年前の
「知らなかったんですか!? ずぅ〜〜っと一緒に通っていたんですよ!」
ボクを置いてきぼりにして、雪女と青田坊はニヤリとした表情を浮かべ、目の前で先ほどまで一緒に行動をしていた人間の姿へ
「ず、ずぅ〜〜と!? 聞いていない……聞いていないぞぉ〜〜〜〜!?」
「いいえ、確かに言いました。このカラス天狗が」
「!?」
更に追い打ちをかけるように窓の外から非常に小さな身体に短い錫杖をもった妖怪──カラス天狗が現れた!
「まったく。心配になって来てみればあんな
そこまで言い放つカラス天狗に対して──ボクの堪忍袋がキレたらしく、今までの困惑を怒りに変換して思わず大声を出していた。
「だから、ボクは人間なの!!」
「まだおっしゃるのですか!! あなた様は総大将の血を四分の一……」
「ボクは平和に暮らしたいんだぁ〜〜〜〜〜〜!!」
「リクオ様っ……」
「えと、リクオくん? 何があったの〜……?」
そのままカラス天狗と口論に発展しそうになったけど、ボクの背後からか細い声が聞こえて来たためそれは中断した。
ま……マズい……! カナちゃんがいたことを、すっかり忘れてた! 今の会話、絶対聞かれているよね!? ずっとボクの背中にしがみついていたから、耳なんて塞いでいないだろうし……。ど、どうしよう。もし、ボクが妖怪と関わりのある人だってバレたら!
「ねぇ、まだ目ェ開けちゃだめ!? まだ怖い〜〜?」
「え!? あ……うん! もうちょっとだから、もう少し待ってて!」
カナちゃんの様子から、どうやら今までの会話は聞かれていないみたいだ……。
その事実にボクはほっと胸を撫で下ろす。妖怪といった怖いものや怪談話が大の苦手な彼女にボクの家のことを知られてしまったら……間違いなく怖がられるし、嫌われるだろうからね……。
【人物】
・家長 雷
原作にて登場しなかった家長カナの父親。
艶のある銀髪で年齢不詳な見た目が特徴。
本来ならば●●に●●●●●●●●。ある●●を●いて現●に●●している。