巻さんからの許可が降りた私──家長カナ──は強引にリクオくんの手を握って別荘の中に入って荷物が置いてある部屋に向かっていく。
「ごめんねリクオくん。本当はお風呂に入ってから手当てをした方が良いんだろうけど、今ちょうど及川さんがお風呂に入っているからまだ入れないんだ」
「そ、そうなの?」
「うん。及川さんの足取りが覚束なかったから今は鳥居さんとゆらちゃんの二人が様子を見てくれているの。私も及川さんも
「へ、へぇ〜……」
私たちが別荘に帰ってきたのは本当にタッチの差だったよね。だから気遣いの達人である巻さんと鳥居さんはアイコンタクトを交わしてから自然な流れで、巻さんがリクオくんに詰め寄り、鳥居さんは私と及川さんに先にお風呂に行くように促してくれた。
その提案を受けた私は──チャンスだと思った。
及川さんはまだ
そう思った私はリクオくんの怪我をしていないか確認してから入るため、フラフラとしている様子の及川さんの面倒をお願いした。少し強引かと思ったけど。及川さん自身がお風呂に入ることを拒否しなかったため──本心ではお風呂に入りたいと思っていたのかもしれない──、鳥居さんとゆらちゃんが付き添ってくれることになったのだ。
それにしてもおかしいな……。いつものリクオくんなら「さっき? さっきってどういうこと?」とか聞いてくると思ったんだけど……。
リクオくんの反応に違和感を感じてじっと見ていると、視線に気がついたらしいリクオくんが私と目を合わせた。
「え……? ど、どうしたの……?」
「……別に」
リクオくんの問いかけに対してフイと顔を逸らして先に進む。──あ! そうだ、部屋に着く前に試したいことがあるんだった。
清継くんの別荘は何人でも泊まれるように設計したのか、大部屋じゃなくて個室が作られていて、私たちは行きの新幹線で事前に部屋を決めさせてもらっていた。確かリクオくんの部屋は……。
「か、カナちゃん? ボクの部屋は
「あれそうだっけ? ありがとう」
思い出しながら適当な部屋に向かっているとリクオくんが声を掛けて行き先を修正してくれた。それにお礼を言ってから私はリクオくんの手をしっかりと握って竜胆の間を目指す。
……私が気付く前に気付いた。しかも今回は
疑問から確信に変わったやり取りを済ませた後、私たちは昨夜リクオくんが使うはずだった部屋に辿り着いた。私は躊躇いなく扉を開けて先にリクオくんを部屋に入れると──後ろ手で勢いよく鍵を閉めた!
思った以上に大きな音を出してしまったことに反省するけど……それくらい、私の中でリクオくんに聞きたい気持ちがいっぱいあるっていうことだよね。
「リクオくん、聞きたいことが山ほどあるの。悪いんだけど、傷の手当てが終わっただけじゃ出してあげられないから」
私の発言にリクオくんは驚いたように目を見開いていた。
う……そんな反応されると心が痛む……。でも、いつまでもモヤモヤしたままなのは嫌だから、ここではっきりさせたい。──ジャブの質問もできたし。
決意が揺れそうになるのをグッと堪えて私はまず二人っきりになった理由の──リクオくんに怪我が無いか確認するために距離を縮める。
「それでリクオくん、怪我は? メガネが無いから転んだとか、倒れたとかしたと思うんだけど」
「え!? あ、ああ……け、怪我、ね。大丈夫だよ。ボクは長袖に長ズボンを履いていたから擦り傷なんかはないよ」
「じゃあタンコブとか、打ち身とかは?」
「それもないよ。触ってみる?」
「──じゃあ遠慮なく。リクオくん、ベッドに座って。後ろから触るから」
軽い調子で触診することを許可したリクオくんに私は指示を出した。リクオくんと私の身長って大体同じくらいだから、触れなくもないけど……流石に立ったまま確認するのはね。
私の指示に対して、何故かリクオくんはギュッと目を閉じていた。多分、私が本当に触るなんて思わなかったんだろうね。怪我をしたかもしれない場所に触るなんて、想像しただけで痛いから今までやってこなかったし……。でも今は逆に触った方が患部が分かるから積極的に触りにいくけどね! 特殊能力が目覚めて、ある程度コントロールが出来るようになったし!
心の準備が出来たのか、リクオくんは大人しくベッドに腰掛けた。私はそれを見てからリクオくんの隣では靴を脱いでベッドに乗り、膝立ちの状態で背後に移動した。背後に移動して気持ちを落ち着かせるために息を吐き──。
「触るね、リクオくん」
驚かせないように声を掛けてからゆっくりと頭を触る。それと同時に、霊力を流して怪我をしている箇所を探す。
練習では何度かやったことはあるけど、意識がある人にやるのは初めてだから緊張するな……。
慎重すぎるくらいにゆっくりと霊力をリクオくんの中に流していると──
私はリクオくんの頭から手を離して、別の場所に手を伸ばす。
「じゃあ次は背中を触るね」
「!?」
次に私の手が向かった先は、背中。背中を触っていて何かが変わるわけでは無いけど……この動揺した表情を、リクオくんに見られたくないから少しだけ時間を稼ぐ。
リクオくんの中に、
普通、人の身には妖気や神気は宿らない。人の身から
後天的に力を与えられた存在か、半妖と呼ばれる存在として誕生したか。
私の場合は強いていうなら前者のパターンだけど、リクオくんからは私と似た気配を感じない。ということは、後者なんだと思う。それなら私と同質の力と妖気が同居しているのも納得出来る。
半妖とは、両親の性質を受け継げる存在だから。
リクオくん……妖怪の血をひいていたの?
今思えば、リクオくんは運動神経抜群という言葉では収まらないくらい身体能力が凄かったかも。小学校の行事で肝試しをした時もケロリとしていたし……なんなら他人に見えないところで何かと話しているような素振りを見た気がする……。
でも──彼の正体が何であっても、リクオくんはリクオくんだ。
いつも強くて優しくて、誰かを引っ張っていく力を持った勇気のある男の子。私はそんなリクオくんをいつも信じて──いつの間にか、好きになったのだから。
動揺が収まった私はリクオくんの背中から手を離す。
「……本当にどこも怪我をしていないんだね」
「あ、あはは……だから言ったでしょ? 大丈夫だって」
「……良かった」
暴く気のなかった秘密を暴いてしまったことに罪悪感を覚えるけど……リクオくんの怪我は、
急に傷が塞がったことに気付いていないリクオくんの様子にホッと一息ついていたけど──本題にまだ入っていないことと、時間がないことを思い出してリクオくんの両肩をがっしりと掴んだ!
「────ん?」
「じゃあここからは遠慮なく質問するね。──リクオくん、本当は目が良いんでしょ?」
「……! な、なん……」
「なんでって? 疑問に思ったのは昨日の梅若丸のほこらの文字が見えたことかな。メガネを掛けているはずのリクオくんが文字を読めたのが不思議だったの。たまたまかなって思ったんだけど……さっき部屋を間違えそうになった時、リクオくんすぐに違うって言ってくれたよね?」
私からの第一の質問にリクオくんは分かりやすく動揺した。まず私がジャブとして放ったのは──リクオくんがメガネを掛け始めた理由だった。リクオくんはある日を境にメガネを掛け、今のような度を越した
メガネを掛け始めた時は特に追及しなかったけど、今はジャブとして……もっと深いところに踏み込むために問いかける。
「リクオくんがメガネを掛け始めた時期って小学三年生の頃だよね? それまで目が悪い感じじゃなかったし、メガネをかける前はもっとやんちゃな子だったし……」
「…………」
「なんでメガネを掛け始めたの?」
再度、問いかける。リクオくんは相変わらず黙ったままだったけど、おそるおそる顔をあげて私と視線を合わせた。多分顔を見て話したいんだろうと思った私は彼の好きにさせた。私も本当は顔を見て話したいんだけど……リクオくんが逃げる可能性があったからね。でもこの質問の回答をもらえたら隣に行こうかな。
私の顔をじっと見ていたリクオくんだったけど、覚悟が決まったのか、でも気まずそうに口を開く。
「い、イメチェン……だよ……。今までのボクじゃないって意味で……」
「イメチェンね……だから下僕の話をしなくなったの?」
「お、覚えているの!?」
「当たり前でしょー。リクオくんから何回か聞いたもん」
初めて話を聞いた時は学外にいる友達を下僕って呼んでいると思ったけど……リクオくんが半妖だとわかった今、それは本当に奴良家に仕える下僕だったのかも。力の強い妖怪や神は多くの存在を魅了して配下にしているものだしね。うちの親が良い例かも。あの世界、妖怪も人間も関係なく魅了して千年くらい維持しているから。
余談だけど半妖の子は人間界の財政や神職といった特殊な職業に深く関わっていることが多い。特殊な血筋のため特殊な立ち位置になることが多いのだとか……。リクオくんの家はだいぶ立派なものだったし、奴良家も事業に成功している血筋なのかも。
そう思った私はリクオくんの「イメチェン」という回答に納得した。
「──まあ、確かに友達やお手伝いさんのことを下僕って言っているのは良くないことよね」
「は、はは……」
「じゃあ次の質問に行く前に……」
メガネに関する回答をもらったことで私はリクオくんの両肩から手を離して隣に座った。そして次の質問に関するものを上着のポケットに入れていたため、それをリクオくんに見せる。
「これを返そうと思うんだけど」
「あっ! ボクのメガネ!」
それは
だって素直に返すつもりはないから。「イメチェン道具」がないとリクオくんは困るよね?
そんな意地悪な考えをしながら私は次の質問を投げかける。
「次の質問ね。これ、山で見つけたんだけど、昨日はどこにいたの?」
「え……いや。巻さんにも言ったけど気を失ったから──」
「リクオくんのメガネは山の階段の真ん中に落ちていたの。いくら伊達メガネだったとしても、そんなところにいつも掛けているメガネがあるなんて変じゃない。妖怪に襲われていたならもっと土まみれになっていなきゃ変だし」
「!」
私の言葉にリクオくんは言葉を詰まらせていた。
もし本当に妖怪に襲われ、夜の山にずっといたのなら──
リクオくんからの回答を待っていると──外が騒がしくなってきた。時間的に及川さんに掛けられていた
そう思った私は──本当に聞きたいことを優先させた。折角二人っきりになっているんだもん。この機会を逃したくない。
「あんまり時間がなさそうだね。じゃあこの質問は飛ばすけど……」
私がそういうとリクオくんはホッとしていた。そんなリクオくんに──私は本題をぶつける。
息を吸い込み、覚悟を決めてから私は質問を口にする。リクオくんの口からどんな答えが返ってくるのか分からないけど……踏み込みたい。もっと深いところへ。この合宿で、ずっとリクオくんのそばにいた及川さんを見て私は──
「リクオくん……及川さんとどーゆー関係なの!?」
私からの質問に、リクオくんは初めて家にお邪魔した時のような大汗をかいて口元が引き攣っていた。私からこんな質問が来るなんて夢にも思わなかったんだろうね。リクオくんは口をハクハクさせていたけど──なんとか言葉を絞り出していた。
「な……つ、お、及川さん? 及川さんは、旧校舎探索で会ったのが初めてで……!」
「嘘! 次に学校で会ったとき、すごく距離が近かったじゃない! とてもじゃないけど初対面だと思えなかった!」
「〜〜〜〜!」
あのときのことを思い出す。確かにリクオくんは旧校舎探索の時は及川さんと初対面のような距離感だったけど、次に学校で会った時は「今後は一緒に登校する」とか「お弁当です!」というやりとりをしていた。本当に初対面なら及川さんからそんな発言はなかったはず。特にお弁当に関しては。
私の中では「及川さんはリクオくん家のお手伝いさん」という説が有力だけど、リクオくんの口からはっきり聞かないと確定とは言えない。だから私は恋愛漫画で見かけるシチュエーションを例に出してリクオくんを揺さぶる行動をする。
「リクオくん……もしかして、及川さんと特別な関係だったりする? 旧校舎のときは全然気が付かなかったけど、よくよく思い出してみたら……ってやつで!」
「ちがっ、つららとはそんな関係じゃなくて!」
「つらら!?」
つらら呼び!? 下の名前で呼び捨てにしている! やっぱり、知人とかそんな浅い関係じゃなさそう!!
私の驚いた声にリクオくんの顔は青くなって両手で顔を隠した!! リクオくんの反応を見て、「バレたくないものがバレてしまった!」と受け取った私はムカムカして衝動的に言葉が強くなる。
「リクオくん! 本当に及川さんとどんな関係なの!? 家の方向が一緒でお弁当を渡す仲で、たまに及川さんがリクオくんのことを「若」って呼んでいたよね!?」
放った言葉が思いの外大きく、思った以上に興奮していると分かった私はこのままじゃリクオくんを怖がらせると思って一度深呼吸をする。
ダメダメ……! こんな態度じゃ、絶対に教えてくれない! もっと優しく、もっと穏やかに聞かないと……! ああ、でもどうしよう。全然自分の感情をコントロールが出来そうにない! 頭では分かっているはずなのに! 私の中の気持ちは……全然落ち着いてくれそうにない!!
「リークーオーくーん? ……及川さんと特別な関係じゃないなら、答えてくれるよね?」
優しく、優しくしようと何度も念じているけど、肝心のリクオくんは答えてくれないままで──その様子に少し悲しくなった私は顔を隠しているリクオくんの手に手を伸ばした。
どんな答えでもいい。アナタの口から、ちゃんと聞きたいの。邪推して不機嫌になったり、困らせたくない。だからお願い……こたえて……っ!
コンコンっ
──そんな想いは、どうやら届かなかったみたい。
リクオくんの部屋の扉を叩く音が聞こえてきたから、もう二人っきりの時間は終わってしまった。── 一番聞きたかった答えを聞けないまま。
「わ……リクオくん! 戻ってきたって聞きました! お怪我はございませんか!? ご無事でしょうか!? それともお休みになられているのでしょうか!?」
「つ、つらら……!?」
ノックをしてきた相手は鳥居さんと花開院さんに連れられてお風呂に入っていた及川さんだった。及川さんに掛けられていた呪いは完全に解けており、彼女の言葉から
リクオくんに対する心配と会いたいと切望する声。それと──ほんの少し縋るような想い。
そんな気持ちを及川さんの声から読み取った私はまるで心臓が凍りついたんじゃないかって思うくらい冷たく、感情が沈んでいく。
「へぇ……リクオくんは特別な関係じゃないって言ったけど、及川さんにとっては特別な人みたいだね。声色で分かるよ」
「あ……」
「このままだとドアを叩き続けそうだし、安心させた方がいいよね」
「あの、カナちゃん」
「さっきの質問は忘れていいよ。──メガネ返すね」
リクオくんの顔を見ず、淡々とした様子で私は脱いでいた靴を履いて手に持っていたメガネをリクオくんに差し出す。差し出し、無事に受け取ったことを確認しないまま私は今も扉の向こうでノックし続けている及川さんと距離を詰める。
──大丈夫。これくらい
「カナちゃん! 待っ……!」
「──お待たせ、及川さん」
「い、家長さん!? な、なんでリクオくんと!!?」
私は扉の鍵を開けて及川さんと顔を合わせた。及川さんは私がリクオくんの部屋から出てきたのを見て信じられないものを見たというくらいに驚いていた。その反応に私は思わずムッとしてしまった。
「なんでって……怪我をしたかもしれないからちょっと確認していただけだよ。及川さんと同じで山の中で気絶していたみたいだし」
「気絶!?」
「……じゃあリクオくん、お大事にね。私もお風呂に入ってくるからこれで」
心に余裕がないことを自覚している私は一刻も早くこの場から離れたくて、リクオくんの顔をまともに見れないまま部屋から出ていった。
リクオくんの部屋から出て早足で離れる私。そんな私と入れ替わるように及川さんのパタパタした足音と乱雑に締められる扉の音を聞いて──私の気持ちはさらに沈む。
「だめ……だったんだ。私……私じゃ、リクオくんの深いところに、入らせてくれないんだ」
ピタリと足が止まってポロポロと涙が勝手に溢れてくる。悲しくて、明確に線引きされている事実を確認して。それと同時に──リクオくんが半妖だと勝手に知ってしまったことに対して罪悪感が押し寄せてきた。
それを勝手に知ってしまった私は…………。
「はは……。よく考えなくても、話してくれるわけ、なかったか……」
自分だって
付き合いが長いから大事にされているだろうけど── 一番に、なれるわけないよね。こんな当たり前なこと、どうして考えられなかったんだろう。どうして、気が付かなかったんだろう。こんな人が、リクオくんの懐に、入れるわけ……ないよね。
トボトボと歩いて私が使う部屋の中に入る。事前に用意していたお風呂セットと着替えを持ち──誰にもすれ違わないように祈りながら小走りで露天風呂に向かった。
本当に……ズルくて、ごめんね。