今回の章はオリジナルの話がメインに展開されます。
苦手な方は四国妖怪編開始までお待ちください。
生誕祭前夜
「マズい……本当にマズい……!」
「マズいよ〜。このまま疎遠ルートも見えるよ」
私、家長カナは──現在人気のない夜の公園のベンチに座り、猫のブラッシングをしていた。
本日の日付は5月31日金曜日。あの
リクオくんに及川さんとの関係を明言されなかった日から──私たちの関係はギクシャクしたものとなった。
露天風呂でちょっとだけ泣いて気持ちを落ち着かせたけど、リクオくんの姿を見ると──特に及川さんと一緒のところを見ると──私の気持ちが暴走しそうになったから避けるようになってしまった。
帰りの新幹線の席も少し離れたところに座ったり、ゴールデンウィークに入る前まではリクオくんの
清十字団の大半は私とリクオくんに何かあったのだと察してくれて、何度か仲直りするように協力してもらったけど……私が、台無しにした。だから今は申し訳ないけど見守るモードに入ってもらっている。
そんな感じで、色んな意味でダメダメになっていると──。
『やあ姫君! ようやく鼠に関連した事が落ち着いたからお代をもらいにきたよ!』
──
本邸で友達と気まずい関係になったなんて言えなかった私は、猫が救世主のように見えて仕方がなかった。だから喜んで猫の要求に応え、急いで家に帰って私服に着替えると猫用のブラシとかが入っている道具一式を持って猫のお気に入りスポットに向かった。
猫はおしゃべりだけど、ああ見えて人生経験が豊富だからこのどうしようもない気持ちを上手く消化する方法を教えてくれるかもしれなくて……! 動物だからさっぱりしているかもしれないけど、本邸にいる侍女に話すと100%私は悪くないって言ってきそうで……!!
──そんな気持ちもあって、私は猫に捩眼山での出来事を洗いざらい話したのだ。
急に私の学校生活で現れた及川
猫は黙って私の話を聞きながらブラッシングを受ける。そしてあっけらかんとした様子で言い放った。
「姫は考え過ぎだよ! 幼馴染殿が半妖だって知ったのは事故みたいなもんだろ? 人間が輸血を行う段階で血液型が判別したみたいなもんだよ! オイラは別に狡いなんて思わないよ」
「うう……だって」
「まあでも暴走気味だったのは否定しないね。姫君からしたらポッと出の
「してない……です」
「だったら雄の方も戸惑っただろうよ。可哀想に」
「ぐぅ……っ」
猫の……猫の正論が痛い! かなりヒステリックになっているって、分かるけど! でも距離が……っ! 距離が近いんだもんあの二人!! 特に最近はそれが顕著で! すっごく攻撃的になりそう!!
──こんな事を思う資格なんて、ないのに……。
「まー……でもようやく幼馴染殿に対する気持ちに気付いたみたいだね。オイラたち現世組からするとバレバレだったよ」
「へっ!?」
「あんな愛おしそうに見つめてりゃ〜ねー……。あ、この事は本邸にも大母様にも言っていないぞ? 多分向こうで気付いているのは春様と夏様ぐらいじゃない?」
「!?!!」
猫の言葉に驚いて私は顔に手をやった。うっそ! 私、そんなに分かりやすかった!?
「そーゆーところが分かりやすいんだよな〜。──で、どうしたら仲直りが出来るかって? 簡単さ、知らない女の子がいきなり出てきて嫉妬していたって伝えりゃ良い!」
「し、嫉妬!?!!」
「こと恋愛事情なんて自分の気持ちを素直に吐露した方が良いに決まってんだろ〜。オイラたち獣視点だとつまんないことで損しているな〜って思っているよ」
「……」
猫の言葉に、納得する部分はある。だけどリクオくんにそれを伝えるのってどうなの……!? 知らない女の子と距離が近過ぎて嫉妬したなんて……言えるわけないじゃない! 私、リクオくんとは幼馴染だけど、ただの友達で……リクオくんの交友関係に口出しとか出来る立場じゃないんだけど!?
それに私は、私自身の秘密を打ち明けていない。
リクオくんはどうなのか分からないけど、少なくとも私は秘密を話す必要はないと思っていた。──友達だったから。友達なら言っても言わなくても、この関係は変わることはないと思っていたし、隣にいるのが当たり前すぎてこのままで良いと、信じていた。
だけど及川さんの登場で、私は自分がリクオくんに対してどんな感情を抱いているのかが分かった。
私は──リクオくんのことが好き。
人となりも勿論好きだけど! その……彼氏彼女の関係になりたいって思う方向の、好きだって気が付いた。
いつ好きになったのかなんて分からない。初めて会った時に好きになったのかもしれないし、幼稚園で何度も男の子の意地悪から守ってくれた時かもしれないし、夕方が怖いと言えば手を繋いで歩幅を合わせてくれたり、他の子にも困っている姿を見かけたら手を差し伸べてカッコよく助けていたり……そんな好意の積み重ねが、私の中にあった。
だから……だからこそ打ち明けなくてはいけない。リクオくんと、特別な関係になりたいから。
だけど、それをどう伝える? いきなり異世界で姫やっているなんて言っても信じられないと思うし、かといって急に
特殊能力持ちだって打ち明けるのも勇気がいるのに「姫」という立場で、両親はガチ神様だなんて……突拍子が無さすぎるっ! 私も他の人から急にそんな話をされても「はあ……?」みたいな反応しかできないよ!
「まっ、どうアプローチするかは姫の好きにしたら良いと思うよ。でもまずは仲直りをすることだね。このまま気まずくなって疎遠になって、及川さんっていう子とカレカノになっていたら嫌でしょ?」
「──それはやだ!」
「じゃー月曜日に謝りなよ? 本当は早いほうがいいんだろうけど、明日は生誕祭があるからねー」
猫は私の膝の上から降りてベンチに座る。
むむ……確かに、足踏みをしている暇はないかも。うかうかしていると及川さん以外の人がリクオくんのことが好きになってアプローチし始めちゃうかも……。今はリクオくんのお人よしなところが目立っているけど、リクオくんの
生誕祭。それは
毎月1日に当月に誕生した子どもを喜音家全体で祝福するハレの日。その祭りの主役となるのは1歳〜13歳になる子供たち。
先月は私は「姫」という立場から祝う側にいたんだけど、今回は私が生まれた誕生月だから祝われる側として最後の生誕祭になる。
──この生誕祭が終われば、私は大人として見られるようになる。
元々この生誕祭は毎月やるものじゃなく、元旦に一斉にお祝いする一大イベントだったらしい。それが1947年(昭和22年)の教育基本法・学校教育法があったり、1949年(昭和24年)に誕生日に関する法律が出来たとかで現実的な妥協案として毎月1日に生誕祭を行うようになったんだとか……。
喜音家は異世界だけど、とことん現世に寄り添おうとするからね。新しく喜音家を訪れる人間がいるから。
ちなみに生誕祭のメイン儀式は大体18時〜21時ごろまで行われるんだけど、21時を過ぎた時間から飲めや歌えやの祭りが本格的に開催されるの。
だから今日は早めに寝ないといけない。子供のためのお祭りだから21時に家に帰れるように調整しているけど、主役である子どもには日中にやることがあるからね。
「──分かった。ちゃんと謝るよ」
「それでこそオイラたちの姫君だ! 鼻が高い! ──あーあ、姫に代行神の素質があれば良いのに〜。姫が代行神になったら支持率が一気に高くなると思うんだよね。しかも残っている代行神の席が……」
「はいはいストップ。そこまで」
猫が変なことをいう前に、私は猫の口元に手をやって塞がせた。どこで誰が何を聞いているか分からないのに迂闊なことは控えさせなくちゃ。
少し不服そうにしていた猫だったけど、自分の不注意を理解したのか耳がペタンと下がった。その様子を見た私は猫が変なことを言わないと判断して口元から手を離す。
「ごめん、姫。ちょっと舞い上がっていた」
「大丈夫よ。私は“姫”だからそう言った期待をするのはわかるもの」
「……」
私は今、喜音家全体で未だかつてないほどの注目を集めている。それは春の代行神であり創造神である母が
私には特別な何かがあると信じて、私が特別な何かになることを期待している存在が多い。だから今回の生誕祭、私はなるべく前に出ないようにされているんだ。主役は私だけじゃなくて六月生まれの子供たちなんだから。
私の言葉を聞いて猫は何かを言いかけるも口を閉ざし──軽く頭を振ってからいつもの調子で話はじめた。
「しっかし早いものだね〜。再来月の生誕祭から祝う側として毎回参加するんでしょ?」
「え……それはどうだろう。生誕祭は代行神と使節たちが中心になって執り行う催事だから……」
「なーに言ってんだ! 今月の生誕祭は大盛り上がりだったって聞いたよ?」
「あれは……みんなの準備が良かったからじゃない?」
「分かってない……! この姫様、全然自分の価値が分かっていない!」
「?」
何故か猫が嘆き始めたので私の頭はハテナマークが飛んでいた。
この話題になると私のお世話をしている侍女たちや本邸にいる女官も同じ反応をするのよねぇ、何故か。私の“芸”よりも魅力的は人はたくさんいるのに、妙に持ち上げてくるのよ……。今月の生誕祭の話を持ち出されても、あれはゴールデンウィークに
「なーんーでーこんなに自己評価が低いんだよ〜〜。世界の損失だって……!」
「もう、言い過ぎだよ。そんなに言うならここで“芸”を披露しようか?」
「……! 本当かい!?」
「大したことじゃないしね。じゃ、ちょっとウォーミングアップをするから待っててね」
「はーい!」
猫のキラキラした眼差しを受け、私は立ち上がり
喜音家の子供は1歳になると必ず選び取りという占いを行う。占いの概要や使用する道具と意味は現世のものと大体一緒じゃないかな? 筆、お財布、そろばん、はさみ、ボール、ものさし、工具、鏡、アクセサリー、鈴、お箸、本の中で子供がどれを選ぶかで子供の将来を占うものなんだけど、隠世である喜音家ではその占いは個人の“才能”を周囲に知らしめるものらしい。
選び取りを行った子に対して喜音家は子が選んだ才能を中心に養育していく。勿論、子供が別の分野のことに興味が出てきて学びたいという姿勢を見せたら学ばせているけど。
私の場合はその時に鈴を選んだの。鈴は音楽の才能を表す道具。だから私のメインで磨いている芸は歌。演奏も良いと思ったけど、楽器を演奏するよりアイドルみたいに歌いながら身体を動かす方が性に合っていたみたい。
「────よし、声出し終了っ。じゃあいくね」
声出しが終わり、十分に歌えるような状態になったと判断した私は猫と向き合うようにする。
今の気分だと……イケイケのアイドルソングや盛り上がる歌は難しいかな。最初は静かな歌……でも静かすぎると猫の期待から外れそうだし、程よいテンションのもので歌おうかな。
「♪────」
頭の中で最近の流行りの歌や喜音家で作られた曲を思い出し、その中で適当な曲を選択して歌い出す。
「──♪、〜〜〜〜……♪」
夜ということもあり、私は声量を控えめにしながらも歌詞に込められた感情を表現していく。
──だけどサビ前で、猫は顔を上げた。何かに気付いたように。猫は驚いた様子で立ち上がるとベンチから駆け出してどこかへ行ってしまった。猫の珍しい様子に驚きながら見送っていると──。
「良い夜だな」
「きゃっ!」
──私の後ろから、男の人の声を掛けてきた!
驚いた私は歌う事を中断して一歩前に行ってから後ろを振り返ると、そこには黒い着物を着た主さんが立っていた!
「あ……あなたは……!」
「こんな人気のないところで歌うなんて不用心なんだな。オレみたいな奴に見つかるぞ」
な、なんで主さんがここに……!? まさか本当にゆらちゃんの言う通り、主さんはこの浮世絵町に住んでいるの……!?