ところ変わって浮世絵中学校の校門前──。
カラス天狗との口論を止めたボクはまずは青田坊とカラス天狗に清継くんと島くんを安全な場所に送るようにお願いした。どうやら二人は妖怪を目視してパニックを起こした時に青田坊が気絶をさせていたらしい。
青田坊が人間の姿で軽々と二人を担ぎ上げて旧校舎をでていくのを見て、何故あんな目立っていたであろう姿を見逃していたんだろうと自己嫌悪したくなったけどね……。
その後、目をつぶってボクの背中にしがみついているカナちゃんを誘導して旧校舎から出た。混乱と疑問が残っているカナちゃんをなんとか宥めながら来たルートと同じ道順でボクたちの通う校舎に戻って来た。
ちなみに雪女はボクの護衛だから一緒に行動すると言って、今はボクたちから一歩下がったところを歩いている。
「ねぇリクオくん、最後の教室に一体何があったの? 清継くんと島くんがいないし」
「え、え〜と……なんて言ったらいいかな……」
「もう! ハッキリ言っていいよ! あれだけ妖怪探しだーって騒いでいた清継くんがいなくなっているなんて変でしょ?」
「そう、なんだけどね……」
カナちゃんの問いかけに対して、ボクは言葉を詰まらせていた。
ど、どうしようかな〜〜……。素直に妖怪が居たとは言えないし、獣の死骸も言いにくいし……。
ちらりと後ろにいる雪女に視線を向けると雪女は軽く胸を叩いて「任せてください!」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「あ〜家長さん、あれ見ていなかったの!」
「あれ?」
雪女が発言したことでカナちゃんの足が止まり、話を聞く姿勢になった。
た、頼むからあんまり怖がらせないでくれよ〜……。
「まあ、見ていて気分の良いものじゃなかったから見なくて良かったと思うわよ」
「え……」
「実はね……」
「…………………………ひぇっ」
こそこそと雪女はカナちゃんに近付いて片手で口元を隠して耳打ちをした。それを聞いたカナちゃんは軽く悲鳴をあげていた。
な、何を言ったんだ、雪女は……。
「そ、そんなことになっていたの? ……及川さんは、大丈夫?」
「平気よ。元々廃墟に行くって話だったし、そういうパターンがあるかもしれないって心構えをしていたもの」
「そう、なんだ……。教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。ああ、それと清継くんたちはそれを間近で見て倒れちゃったから先に倉田くんが外に連れ出したのよ」
「そうだったの!? 倉田くん、力持ちなんだね……」
カナちゃんは雪女の発言に納得したらしく、それ以上の追求を雪女にしなかった。雪女から話を聞いたカナちゃんは気持ちを入れ替えるように短く息を吐いてボクに向かって話しかけてきた。
「えと、リクオくんも気を遣ってありがとう。確かに、そんな場面を見ていたら……」
「えっ!? い、いいよお礼なんて! ボクは何となく嫌な予感がしただけだから……っ」
「でも見せないようにしてくれたし……」
「そうだぞ。素直にお礼は受け取りなさい、リクオくん」
「うわっ?!」
「あ、お父さん」
び、びっくりしたー! カナちゃんのお父さんか!! 校門のところに寄りかかっていたから気が付かなかった!
急にボクたちに声をかけてきた人物は──シャツの上にパーカーを羽織っていて、雑誌を片手に煙草を吸っていた。見た目はボクの母さんと同じくらいだけどその人の纏っている空気というか、雰囲気がどこか
「おう、カナ。冒険はどうだった?」
「冒険って……肝試しに冒険も何もないでしょっ」
「いやいや、己の恐怖心を抑えて先に進むんだぞ? 冒険以外の何物じゃあないだろ」
「大袈裟だな〜、映画の見過ぎだよ」
カナちゃんと軽口を叩いていたおじさんだったけど、煙草の火を消した後、何か思いついたようにボクに視線を向けた。
「ところでリクオくん、この後は親御さんのお迎えはあるか?」
「へっ? お迎え?」
「そうさ。こんな時間に子供だけでうろつくのは危ないだろ。お迎えがないならおじさんが送ってやろうか?」
「いやっ大丈夫ですよ、ボクはもう中学生ですし……」
「何言ってんだ! 中学生なんてまだまだ子供だろ! 男の子でも夜道は危険だ」
あー……こういうところがカナちゃんのお父さんって感じだなぁ。お節介焼きなところとか心配性なところとか。
おじさんの発言にカナちゃんとの共通点や(人間として)参考にするべき姿勢を改めて確認していると、おじさんはボクたちの後ろにいた雪女に気が付いたらしく声を掛けた。
「そこのお嬢ちゃんはどうだい? 知らないおじさんに送られるのはかなーり抵抗があると思うが……」
「お気遣いありがとうございます。でも大丈夫です! 私の家はリクオさ……んとっ、同じ方向にありますので!」
「えっ、そうなの?」
「そうなのかい?」
「あー……まあ、そうですね」
カナちゃんとおじさんの問いかけに対してボクは少し歯切れの悪い回答をしてしまった。
だってボクもついさっき護衛の存在を知ったばかりだしね……。でも当のおじさんは特に気にしていないらしくアゴに手を添えて結論を出していた。
「んー……二人で帰るっていうなら大丈夫か? 大人としちゃ心配だが」
「後は真っ直ぐ帰りますので大丈夫ですよ、おじさん」
「ですです!」
「……分かった。気をつけて帰るんだぞ」
おじさんの中で納得できるところを見つけたらしく、遠慮なくカナちゃんの手をとっていた。──次の瞬間、遠慮なくはたき落とされていたけど。
「え……ひど。お父さんと手を繋ぎたくないのか」
「うん」
「…………!」
短い言葉でカナちゃんに拒否されたおじさんはその場で固まった。それはもうガーンという効果音が聞こえてきそうなくらいの落ち込み具合だった。落ち込んでいるおじさんの様子は目に入っていないのか、カナちゃんは一歩前に出てボクと雪女に向き合う。
「今日は色々大変だったね。二人とも気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう。カナちゃん」
「どういたしまして。こっちこそ今日はありがとう。また学校でね」
「バイバイ」
ひらひらと手を振ってボクたちと別れの挨拶を済ませたカナちゃんは軽くおじさんを叩いて動くように促していた。叩かれたおじさんは拒否されたダメージから少し立ち直ったのかゆっくりとした足取りでボクたちが歩く方向とは逆の道に向かっていく。
カナちゃんとはよく一緒に下校するけど、そっちの方面に行くんだ……。もしかしたら車で来たのかな? 確かにあのお父さんならカナちゃんが夜に一人で出歩くのなんて許可しなさそうだし。
そう思いながら見送っていると、隣から大きなため息が聞こえてきた。
「雪女?」
「あ……申し訳ありません、リクオ様。ため息なんてついて……」
「それは構わないけど……どうしたんだ? 急に」
「あー……」
そう問い掛けると雪女は少し言いにくそうに視線を動かす。が、すぐに決心したのか迷いのない目をボクに向けてきた。
「リクオ様、今後はなるべく家長さんのご両親に会わないでいただけないでしょうか」
「カナちゃんのお父さんとお母さんに?」
「はい。はっきりしたことは分かりませんが、家長さんのご両親は
「妖怪でも人間でもない?」
雪女の発言にボクは眉をひそめる。それは、カナちゃんの両親はボクと同じ妖怪の血が流れているということなのか。
ボクの疑問に雪女が補足するように言う。
「リクオ様と同じく妖怪の血が流れているわけでも、ましてや妖怪の成り掛けでもありません。
「気配がブレている?」
「カラス天狗を筆頭とした古い妖怪ほど強い違和感があるみたいですね。かくいう私も、先ほど初めて対峙して違和感を覚えました。──
「……」
雪女の話にボクは黙り込む。あの怖がりなカナちゃんが人間以外の存在と暮らしている……? にわかに信じがたい話だ。妖怪であれば人間時の姿以外にも妖怪としての姿がある。その姿を見せずに一緒に暮らすことが可能なのか。本家の見解ということはじーちゃんもカナちゃんの両親を怪しむ目で見ているのだろう。
それはなんというか──。
「……とにかく、気を付けてほしいってことだよね?」
「そうです。人間なのか妖怪なのかはっきりしない存在なので私と青田坊も常に警戒していますが……」
「なら大丈夫だよ。ボクは人間だし、あの人たちはカナちゃんのご両親だ。何も心配はいらないよ」
「ですがリクオ様」
「平気だって! だって今までなんの危害を加えられていないんだよ? むしろ良くしてもらっている方だと思っているよ」
「それは……まあ……」
雪女は何か思うところがあるのか、ボクの言葉に対して強い反論はしなかった──これがカラス天狗だったら「いけません!」からお説教が始まっているだろうし──。それを見たボクは足を動かす。
「さ、そろそろ帰ろうか雪女。これ以上遅くなったらまたカラス天狗がうるさいだろうし」
「……はいっ、リクオ様!」
ぱあっと空気が華やいだ雪女を連れてボクは家に向かって歩き出す。
それにしても、カナちゃんの両親がそんな目で見られているなんて知らなかったな……。家の妖怪が何かしないように、しっかりと見ておかないと。
◆◆◆◆◆◆
「ふむぅ……ここら辺で良いじゃろ」
リクオくんたちと別れた後、私──家長カナ──はお父さんと一緒に裏道に来ていた。自宅に向かうための道はこっちじゃないけど、
「それにしても……お父さん、その切り替えは絶対やらなきゃダメなの? 違和感がすごいんだけど……」
「ん〜……気分じゃな! 身内のみならこの喋り方になるが、外部のモノが相手となると擬態が必要じゃろ。ただでさえ年齢不詳のお父さんなんじゃし」
「そういうものなのかな……」
「そういうもんじゃ! お主も500年程度生きれば分かるぞ」
「いや、人間の寿命は100年程度だから……超常存在と一緒にしないでほしい」
父のジョークに呆れた口調でツッコミを入れる。
そう。私の身の回りにいる超常存在というのは私の
「んで、今回の肝試しはどうだった? 何か見たか?」
「えっ、特に何も見ていないよ。ずっとリクオくんのそばにいたし……普通の廃墟だったと思う」
「ふぅん? ──そうかそうか。それならば良い」
「?」
父は満足そうに言うと新しい煙草に火をつけ、煙で文字を書くと目の前に日本家屋でよく見る襖が出現した!
「本来ならば
からからと軽い感じで父は襖に手をかける。
辻神──道が交差した場所にいるとされる魔物、妖怪の総称。名称に神がついているけど、いわゆる信仰対象の神ではなく、災いをもたらす悪神というべき存在。過去にウチにちょっかいを掛けたことで今では専属の番人になったとか……。
軽く伝承を読んでも絶対に番人向けじゃないと思うんだよね……。ちなみに私はその辻神という妖怪に会ったことはない。父曰く「本当にイジメられそうだから会わせたくない」そうだ。
「ま、辻神なんぞおらんでもオレがいりゃ万事問題ないがの!」
「……だったら普通に家に帰ってから向かえば良かったんじゃないの? 直通の扉があるのに」
「いやあ……今夜のことは“
その言葉を聞いて、私は血の気が引いた。
え……嘘。お父さん、お母さんに夜の外出の件を伝えていないの!? 別の子供が勝手に肝試しをしているのを見て見ぬフリをした結果、あんなにお母さんに怒られているのに!?
「ちょっとお父さん!? まさか、待っている間も連絡していなかったの!? しんっじられない!」
「いやー
「何も言わずにいるより言った方が良いに決まっているでしょ!? だから家を出る前に連絡したかったのに……!」
「かっかっか! カナでは丸め込まれてしまうからの〜。なーに、オレが近くにいたのは探知してたはずだから問題ないじゃろ!」
「問題大アリだよ! うっわぁ……帰って早々お説教……」
父の発言に頭が痛くなっていると、彼は笑みを浮かべて襖を開く。その先には玄関が広がっており──その先に
「おかえりなさい。カナ、
「…………」
「おぅ! ただいま戻ったぞ! 実はのぅ、今日は面白いことがあってな!」
私が女性……いや、
「まあ、そうなの? じゃあそのお話を聞く前に、
………………………………明日がおやすみで、本当に良かったなぁ。
母の笑みの裏にある怒気をひしひしと感じながら私はこれから起こる出来事に対して現実逃避をしていた。
【???】
・はる、秋
とある異界の“特別な称号”。
現在詳細は不明。