清継くん主導の肝試しもとい妖怪探しが終わった後──私は本邸にある自室でぐったりしていた。
ま……まさかお母さんのお説教が、ここまで長いとは……。心配させちゃった私も悪いけど、あそこまで怒る……いや、怒るか。普通に考えて、廃墟に行くなんて危ないもんね。実際、あの旧校舎はボロボロだったし、いつ床が抜けるかソワソワしたもん。普段の私なら絶対行かないような場所だし……。
「
「あー……ありがとう」
部屋の外から声が掛けられたため、私は体を起こして居住いを正す。自室といってもだらしない格好で
私が整え終わったタイミングで部屋を仕切っている御簾を軽く手で押して空間を開けてから部屋に入ってきた。入ってきた人物は
「
「梅比良殿は
「あ……あー……」
日村は手にしたお皿をテキパキと机の上に並べながら事務的な回答をする。梅比良が今ここにいないのって……私のせい、だよね。
「姫様が気に病むことは何一つありません。春様と夏様のあれはコミュニケーションの一環ですし」
「う、う〜ん……そうは言っても、ね……」
「気になるようでしたら私から……」
「あーっ! それは大丈夫! ありがとう、日村」
「かしこまりました」
う〜……日村は昔から冗談なのか本気か今ひとつ分からないんだよね。私に気を遣って言ってくれているのは分かるんだけど、私の何気ない一言で突拍子もない事態になったことは何度もあるし。
とんとんと食器がテーブルの上に置かれていく軽い音を立てながら夕食……もとい、夜食の準備をしてくれる日村を見てから私は外に広がる庭に目を向ける。
もうすぐ春の季節が終わるのか……。夏の花や風景もいいけど、管理するのが
「そろそろ
「んー……今年は何が流行っているの?」
「そうですね……花や金魚といった定番のものや
「じゃあ、6月まで
「かしこまりました。風鈴は街のものからの作品を飾りますか?」
「そうだね。去年はなんだかんだ言って他の人が作ったものを飾っていたからね。……あっ、でも今年は今年で別のものが届いていたら見せてよねっ」
「承知いたしました。
「ありがとう」
さて、私がなぜ屏風だの侍所の話をしているのかというと、実はここは現代では
「礼には及びません。貴女様はここ──
──浮世絵町がある
◇ ◇ ◇
文字通り世間から隠れている世界。時代が時代なら神隠しの舞台になるんだけど、ここは神隠しが頻発するような場所じゃない。というか、隠世と言っているけど、ここは妖怪辞典や伝承で語られるような場所じゃないのよね。
かくりよ、または
現世と同じ時間に朝と夜が交互に来て、四季が巡り、年の瀬になると鐘を鳴らして一年の終わりを告げる。永久に変わることのない世界を神域と指すなら、この世界はその定義に当てはまっていない。更に生きた人間が
どちらかといえば隠れ里……っていう感覚に近いけど、この世界は日本全国を
今回は私のお父さんが特別な扉を作成したけど、本当なら
私の認識としては……行き先が固定されているどこでもドア(見た目変更有)が必要って感じかな? 特別なドアを潜らなきゃその場所に辿り着けないっている意味で。
「さて、そろそろ準備のための勉強をしましょう」
「はーい」
持って来てくれたご飯を食べ終わり熱いお茶を飲んで一服していた頃、近くに座っていた日村はそういってきた。
“準備のための勉強”というのは、私が13歳を迎える誕生日の時に行う
この世界こと喜音家は通常の隠世と異なり四季や時間が巡っている。何故それをしているのかというと──「そっちの方が楽しいから」だそうだ。
元々喜音家は「人間の奏でる音楽が好きだから」という理由で生み出されている神域。日本は古来より神に舞や音楽などを捧げて来たらしい。だから人間の奏でる音を気に入った神々は長く楽しめるように平和な世界……飢饉や戦争があまり絡まない異世界を作り上げてひっそりと楽しんでいたみたい。
だけど招いた人間の多くは最初は喜んでいたけどあまりにも変わらない世界に徐々に狂っていったらしい。元の世界に帰りたいと泣く人間を憐れんだ神々は願い通り現世に帰した。だけど喜音家と現世の時間が大分異なっていたみたいで、招いた人間の家族はもう……という終わりを迎えた。神々はこれを糧とし、人間も暮らしやすい世界を作るために様々なルールを敷いたとかなんとか……。そのルールの中に時間と四季の概念をねじ込んだらしい。
私の教育係が言うには「昔の喜音家は神々が直接音楽家や演劇に携わるものを招いていたが、現代では資格のあるものにそれとなくカギを渡す方向になっている」「神々は四季、朝、夜の概念を取り入れたことで若干弱体化しているが、
「本日覚えて欲しい……というより、やっていただきたいことがあります」
「やっていただきたいこと?」
「そうです。……ああ、いえ、直接何かをやっていただくというわけではないのです」
「?」
日村の言い方に疑問を覚えていると私の部屋を仕切っている御簾が開かれた!
こんな時間に私の部屋に入ってくる人なんて滅多にいないから驚いてそちらに目を向けると──入ってきた人物は私のお母さんだった。
「日村〜? カナへ説明は終わったかしら?」
「春様……いいえ、これからしようとしていました」
「あらそうなの? じゃあ後は私が引き継ぐから日村は退室なさい」
「……承知いたしました。姫様とは夏の模様替えについてはお話し済みです」
「助かるわ〜。カナの望む通りにやってちょうだいね」
「はい。詰めている
「うん、おやすみなさい〜」
私とお母さんに向かって頭を下げた後、日村は立ち上がって廊下に出ていった。廊下に出た後も彼は私たちにもう一度頭を下げ、月明かりで出来た影と共に少しずつ遠ざかっていくのを見送った。それに対して、母は軽く咳払いをして私の意識を母に向けさせた。
「カナ……貴女、いくら信頼しているとはいえ男性をこんな時間に招き入れるものじゃありません」
「え? だって日村だよ?」
「だっても何もありません。いくら幼少期からの遊び相手だったとしても、異性が夜遅くまで部屋にいるのは感心しません。貴女はもう少しで大人の仲間入りをするのですから危機感というものを持たねばなりません」
「むぅ……」
「……カナにその気がなくても、周りがそう解釈しやすいのです。ましてや貴女は私の娘。注目を集めやすい立場であることを忘れないように。家司にも伝えますからね」
母の諭す言葉に私はむくれるだけで何も言い返せなかった。
現世での成人は20歳からだけど、喜音家の成人は13歳。13歳で結婚する子もいれば私と同じように現世の学校に通っている子もいる。だから絶対に結婚とかしなきゃいけないっているわけではないんだけど、その年頃で異性を部屋に上げているということは相手との関係性は婚約者や
私の立場上そういった話に関しては厳しくしていかなきゃいけないのは分かっているつもりよ? この世界で、『姫』と呼ばれるのは私ひとりだから──。
ぽんと母が手を叩き、日村についての話はこれで終わりという合図を出した。
「さて! 今日のしてほしいことを発表するわね! 今日はなんと〜……封印していたカナの霊力と特殊能力を解放します!」
「れ、霊力と特殊能力??」
にっこりと、それはもう花が咲くような可愛らしい表情を受けべて私の母はそう告げた。
れ、霊力と特殊能力? そんなの初耳なんだけど……。お母さんは私が困惑しているのをよく理解しているみたいで笑顔を受けべながらうんうんと頷いていた。
「そうよね。あの時のカナはまだ小さかったから覚えていないだろうけど……実は、貴女は3歳の時から普通の人とは違う特別な
「へえっ!? 3歳!?!!」
「そうなの。お母さん凄く嬉しくて嬉しくて……! お母さんの能力がカナにあったんだもの!」
んんん!? 本当に覚えていない出来事だ! それにお母さんの能力って……
「まあ──断腸の思いで封印したけどね。秋と冬にめちゃくちゃ諭されて。本当なら封印せず自慢がしたかったのだけど、それではカナためにならないだのそのままなら今後は冬組で養育するなんて言ってくるから仕方なく……」
当時のことを思い出しているのか母はむすっとした表情を浮かべていた。
冬組とは喜音家の四季を運行するチーム名のことだ。他にも春組、夏組、秋組、土組が存在していて、基本は個人で動いているけど特定の時期になるとチームとして動いている。冬組には私の教育係がいるから……きっとその3歳の頃のエピソードから決まったんだろうな。
補足情報として、この本邸はそれぞれの季節が巡ってきたら寝殿と
「まあ、そんなことが今日まで色々あったわけで……そろそろカナも13歳になるし、自衛手段として霊力を解放した方が良いんじゃないかって話になってね。儀式にも関係してくるし」
「はぁ……」
「まあ、楽にしてて。封印なんてポンっと解いちゃうから」
「そんな、瓶の蓋を開けるみたいな……」
「えいっ⭐︎」
母はウインクをしながら親指と中指を擦って音を鳴らす。──次の瞬間、私の中でせき止めていた“ナニカ”が弾けとんだ気がした。
え……? ──えぇぇぇっ!? もしかして今のが、封印を解いた感覚!? もしそうなら凄く呆気ない感じだったんだけど!?
「そんな簡単に!!?」
「だって本当に栓をしていただけだもの。能力を
「えぇぇ……」
封印ときいてちょっと身構えていたんだけどな……。まあ、お母さんの手にかかればお茶の子さいさいだったんだろうね。口ぶりからして、お母さん自身が私の力に封印をかけていたみたいだし。
だからといってアイドルのチェキみたいなノリでやられると思わなかったけど。
自分の手を握ったり開いたりを繰り返していると、お母さんは私に近づいて両肩に手を乗せてきた。
「感覚を取り戻せばまた能力が使えるけど、それまでは基礎訓練が重要ね。今のように霊力が垂れ流しの状態だと人喰い妖怪にご飯アピールしているものだし」
「ひぇ……っ。今も大分に怖い思いをしているのに、更に怖い思いをするの!?」
「まあ……あれは……うん……」
「何でいきなり歯切れが悪く!?」
「だってねぇ……その
ひぃぃいっ。だから必ず1人になったときに襲われていたの!? お母さんからの無自覚な愛情が原因で!? それならもっと早く護身術を覚えたかったよー! そしたらずっとリクオくんのそばにいなかったのに! ……迷惑だっただろうな、当時のリクオくん。
「じゃ、まずは定番の“自分の中を巡る霊力を感知する”修行を始めるわよー! 実際に触ってみて理解するのが上達の近道だしっ」
私からの視線に母は困ったような表情をしたけど、私の気を逸らしたいのか、明るい口調と
もうそんなので気が逸れる私じゃないけど……聞きたいことがあるから、ここはグッと堪えよう……!
「……ところでお母さん? 私が目覚めた力って一体なんなの?」
「あっ、そういえば言っていなかったわね……。カナが最も力を引き出したのは病気平癒の能力よ。その気になれば盲目の人間を治したり、死の淵にいた人を簡単に
「えーと……出来ること、多くない?」
「仕方ないじゃない。我欲が強すぎて神格剥奪までいった元神とは私のことよっ⭐︎」
なんてコメントしずらいことをいうんだ、この人!
仮にもこの喜音家の創造神の
【用語】
・
おおよそ700年代に成立した異界。当初は文字通りの神の領域であったが現代に至るまで改善・改造を繰り返した特異世界。とある地域をベースにして創造されたが、改造していく過程で地形が全く異なるものとなった。
現実と同じく四季と時間を流すために
家長カナの母である人物は喜音家を創造した神の一柱であり春を司る四季神である。
【都市伝説】
「芸術と創造の街」
戦後から広がり出した都市伝説。
芸事に携わる人間のみ入ることができると言われており、入ることができれば信じられないほどの“才”を授かることが出来ると言われている。
入ったものは2度と帰ってこれないとも。