月曜日の朝──。
私は今回は時間に余裕を持って登校して下駄箱で靴を履き替えていた。
あのコメントしずらい会話からちょーっとだけ霊力について学んだけど……結果から言うと、イマイチよく分からなかったな。
まあ最初は上手くいかないってよくいうし、もしこれが習い事だと判断されたら私の教育係が近々参加する予感がするな……。
そんな風に金曜日の夜から昨日までの出来事を思い出していると後ろから声をかけられた。
「カナちゃん! おはよう!」
「おはよう。お互い今日は早いわね!」
声を掛けてきたのは幼馴染のリクオくんだった。リクオくんもちょうど靴を履き替えていたみたいで、
突然の気配に驚いていると私とリクオくんの肩に腕を回して上から寄りかかるように清継くんがあらわれた!
「やぁ、君たち……ごぶさたぁあ──……あのとき以来だねぇ……」
「き、清継くん……?」
清継くんの登場の仕方にリクオくんが戸惑いながら声を掛けつつ、私の手を掴んでするっと清継くんの腕から脱出して距離を取っていた。
びっくりしたぁ……あの不気味な気配は清継くんだったんだ。ていうか、目の下にクマがあるけど、大丈夫? ズゥゥンみたいな効果音がついてもおかしくないくらい清継くんの周りの空気が澱んでいるように見えるけど。
「君たち……見たよねぇ! 見たよねぇ!」
「な、何が……?」
「だから!
リクオくんと私は清継くんの話にピンときていないけど、清継くんは頭に手を当てて狼狽した様子で、でも興奮気味に言葉を続ける。
「たしかに
清継くんはどうやらあの時の旧校舎探索で妖怪を見たと思っているらしい。確信を得たい清継くんはリクオくんの肩を掴んで前後に揺らし始めた!
よ、妖怪……? 確か一緒に行った女子の及川さん? 曰く最後の教室はちょっとゴア表現が適切な状況なんじゃなかったけ? それまでの探索に妖怪や幽霊はいなかったと思うし……。
あの時のことを思い返していると、清継くんの近くに島くんがいたのに気が付いた。島くんはずっとこの調子の清継くんと一緒にいたのか困ったように眉が下がっていた。
島くんも大変なのね……。旧校舎探索のどこかで妖怪を見たと錯覚している清継くんをどうやって止めようかな。彼、妖怪に会うのが目的だし、興奮状態になるのは分かるけど。
「えぐぅぐは……し、知らないよぉ〜〜」
私と島くんが清継くんをどうやって宥めたら良いか戸惑っていると、激しく前後に揺さぶられていたリクオくんが知らないと言った。すると清継はリクオくんからあっさりと手を離した。
急に手を離されたことでリクオくんはその場に座り込んで咳き込む。私もしゃがんでリクオくんの背中を軽く撫でながら声を掛けた。
「ゲホゲホ……」
「だ、大丈夫?」
「うん……なんとか……」
「朝から大変ね……。お疲れ様、リクオくん」
私たちの状況が目に入っていない清継くんはブツブツとあの時の状況を思い出そうとしている時──救世主現れた!
「フフフ。不良と見間違えたんじゃないかしら? あのとき、たむろしていた不良がおどかしてきたじゃない!」
「おおっ、君は確か!」
声を掛けてきたのは首にマフラーかストール? を巻いている及川さんだった。その後ろには一緒に旧校舎探索を行った倉田くんもいた。
清継くんは及川さんの言葉に自分の記憶との食い違いに戸惑っている様子だったけど、少し冷静になったみたいだった。
「……そう、だったかなぁ」
「そーよ!」
及川さんは堂々とした様子で断言する。
確か不良はいなかったと思うけど……まあ、グロじゃなくてゴア表現が適切な状況だったらしいし、そんなのは朝から言いたくないし思い出したくないよね。私も及川さんの立場なら誤魔化すと思うな。
「アレ? もしかして気絶でもしちゃったの? 情けないわぁあ──」
「そ、そんな……していないさ! 気絶なんて!! あ──おぼえてる、おぼえてる!! 不良ね……不良……」
「そーよ! そう簡単に学校に
笑いながら妖怪の存在を否定した及川さんを見て、私は心の中で同意する。
そもそも基本的に妖怪や悪霊は他者に害する(脅かす行為も含めて)存在だからね。よっぽどの好意を向けられていない限り信用は出来ないのが普通なんじゃないかな? ──でも、じゃあなんであのとき、あの人は私の名前を知っていて、助けてくれたんだろう。
それに……あの人を見た瞬間、私は
小学生の時に起きた事件を思い出している間に、清継くんはフラフラとした足取りで自分の教室に向かっていて、島くんはそれを追いかけていた。
「ちょ、ちょっと……あの」
「あ、若!! これからは一人で勝手に登校しちゃ困ります!」
ん? 若……? え、若って誰? まさか、リクオくんのこと?
及川さんの突然の言葉に私はびっくりした。それはもう思い出を振り返るのを強制的にやめるくらい。
「はい、母様のお手製弁当!!」
お弁当!? しかも母様って……まさか、及川さんのお母さんが作ったお弁当ってこと!? どういうことなのっ?
疑問に思うアイテムを見て固まっているとリクオくんは及川さんを連れて何処かへ走り去った。
「……」
近くの物陰に隠れて何やら二人で話をしている様子を見て──なんだかモヤモヤしはじめてきた。
へぇー……あの
……なんだがすっごくモヤモヤする。これ、ちょっと嫌かも。
私、リクオくんと結構一緒にいたと思っていたのに……リクオくんのこと、何も知らないんだ。
「あの……ごめんなさい」
「?」
自分の中で生まれた嫌な気持ちに対してそう思っていると、後ろから声をかけられた。珍しいと思った私が振り返った先には──おっとりした雰囲気の黒髪の女子生徒がいた。
「職員室はどこですか? 勝手がわからなくて」
「ああ……この棟の2階にあるよ。案内しようか?」
「おおきに。場所が分かれば大丈夫です」
ニコリと静かに笑った女の子は場所を聞いて安心したのかまっすぐな足取りで進む。
方言……? 喋り方のイントネーション的に関西圏のひとかな? もしかして転校生?
◆◆ ◆◆ ◆◆
放課後──私、リクオくん、島くん、及川さんそして今朝靴箱で会話をした女の子──
なんでかって? ………………今日のお昼休みに清継くんたちのクラスを通りがかった時に無理やり約束させられたからよっ。なんか変な団体のメンバーに数えられていたし……!
ちなみにその団体のメンバーとは旧校舎探索を行ったメンバーと辞退した巻さんと鳥居さん、そして転校生の花開院さんらしい。
なんでなのよ……しかも名前が清十字怪奇探偵団って……。代表者の名字を使うのはよくある事だけど、怪奇探偵団って……。胡散臭いというか、変わり者集団と捉えられないというか……。
テンションが物凄く下がっている私は心の中で文句を言い続けていた。嫌なら来なきゃいいのは分かっているけど、今回もリクオくんがいるし、朝から抱えているこのモヤモヤをなんとかしたいし……。
清継くんの案内で私たちはとある一室に辿り着いた。その部屋はとても広く、鎧や石板、刀に火縄銃といったものがショーケースに飾られていて、小さな美術館みたいな印象を受けた。
「はあ、すげぇ……」
「ふふふ……ここはボクのプライベート資料室さ」
「……」
私が清継くんのコレクションをゆっくりと見ていると何やら後ろの方で小声で話している二人の声が聞こえた。その二人とは……リクオくんと及川さんだ。内容は聞き取れないけど、とてもじゃないけど、にどめましてとは思えない距離で何か話している。
お昼休みは居なかったはずなのに、放課後になるといつの間にか及川さんは現れてリクオくんの隣にいた。それを見て、私は──。
──いやいや……そんな、まさかまさか。リクオくんの隣によく知らない女の子がいて、仲良く歩いて会話しているだけじゃない。たまたま。たまたまそうなっただけで、モヤモヤイライラするなんて……ありえないありえない。今まで、というか、これからも見るかもしれない光景なんだから……気のせい気のせい。
「この日本人形なんだけどね」
「うわっ、なんか……いかにもな」
目的の場所についたのか、清継くんが足を止めた。
そこにあったのは、よくある女の子の日本人形だった。着ているものは手入れされているのか、綺麗に整えられていたけど、対照的に人形の髪はボサボサで手入れされていないような印象を受けた。
……………………なんか、背筋がちりちりしてきたかも? 少し離れた方が良いのかな……。
「ほ、本当に……呪いの人形なん……?」
「信ぴょう性は高いと思う。一緒に持ち主の日記が残っているんだ」
「日記?」
「読んでみよう」
花開院さんが恐る恐る近付いて清継くんに確認していたら、清継くんは日本人形の近くに置いてあった冊子を手に取り、ペラペラとページを開く。
あー……これは、ちょっと、嫌な予感がするかも。
喜音家で育ったのが原因なのか、幼少期から何度も妖怪や悪霊に遭遇しているのが原因なのか、私は妖怪──特に悪意を持った存在に対しての感知が他の人より少し高い。
危険なものは近付かない、やり過ごす、逃げるを徹底している身としては……この状況は、ちょっとマズイというか……。
「2月22日 引越しまであと7日。
アウトォっ! いつ制作されたのか知らないけど、祖母がいる時点で50年以上人間と一緒にいた人形じゃないっ! 人形寺に供養する気があれば良かったんだけど、いきなり捨てるフェーズに入るとか本当に無防備すぎる……!
「といっても機会をうかがっていたが本当は怖くてなかなか捨てられなかっただけで、雨が降っていたが思いきって捨てた。すると今日、なぜか捨てたはずの人形が玄関においてあり、目から血のような黒っぽい……」
「どぉしたー!! リクオ────!!」
日記を読み上げていた清継くんを遮るように島くんは思わずツッコミをいれていた。それもそのはず──リクオくんが急に日本人形に覆い被さるようにいきなりタックルをしたから!
「貴重な資料にタックルかますな──!!」
「ははは……ごめん聞いていたらなんだかかわいそーで!」
「んなアホな!」
リクオくんの行動に清継くんのツッコミは止まらない。清継くんからしたら妖怪に繋がる大事な資料だから手荒にしてほしくないんだろうけど……私からすると、こんなに背筋をちりちりするようなものは早く力のある神社仏閣に持ち込んで供養した方がいいと思うけどね。
「ちょっと、見せてみろ!! ……なんともなっていないか」
清継くんは貴重な資料が壊れていないか確認をするためにリクオくんを日本人形の前から退かせて状態を見た。そこにはリクオくんに勢いよくタックルをされたにも関わらず、先ほどと同じ様子の日本人形があった。
「まったく貴重な資料を……名誉会員から外してしまうよ。まあいい、次だ」
人形が無事なことにホッとしたのか、清継くんは日本人形に背を向けて続きを読みあげ始めた。
「2月24日 彼氏に言って遠くの山に捨ててきてもらった。その日の夜、彼氏から電話。助けてくれ……気付いたらうしろの座席にこいつがのってた……」
「え? ど、どーなるの? それで」
「考えてみれば昔から変だった……この人形。気付けば髪が伸びているようにも見えた……」
清継くんが日記を読み進めていくと、ゾクリと嫌な空気に変わったのを感じた。清継くん、島くん、花開院さんは日本人形に背を向けているけど……私は皆から少し離れた距離で見ていたからよく分かった。
──日本人形の髪が、異常なまでに伸びて“殺意”のようなものを振り撒き始めたことを。
「……っ!」
悲鳴をあげそうになったところ、咄嗟に両手を口元にやって声が出ないように塞いだ。
どうやら日本人形の念を、この日記の持ち主は書き留めて封印をしていたみたい……。念を人形と日記に封じ込め、力を半分にすることで一時的に無力化していたみたいだね。
だから……怖くない、大丈夫……! 怖くない。このくらいなら怖くない。怖くないから、お願いだから、震えないで……。
「2月28日 引越し前日。おかしい、しまっておいた箱があいている……」
「日記を、読むのをやめてぇぇ──────!!」
日本人形の形相が変わり、近くに置いてあった刃物の置物を手に取ってリクオくんに迫る! リクオくんは自分の身が危険に晒されているのに、背を向けている三人に向かって手を伸ばす。
……っ。怖がっている、場合じゃない! リクオくんを助けなきゃ!
ぐっとお腹に力を入れてしっかり立って
「!?」
「浮世絵町……やはりおった」
符を投げたのは背を向けていた花開院さんで──彼女は手に符を持ちながら日本人形を見据える。
「陰陽師・花開院家の名において、
げ、現世の陰陽師!? 花開院さんが、今や数が少なくなってきている陰陽師なの!?!! なんでそんな子が浮世絵町に……?