リクオくんの家を出た後、私は落ち込んでいる様子だった
うーん……流石にもうバスとかに乗って帰っちゃったかな? 花開院さんの家を知らないからどの方面に行ったのか分からないし。まっすぐに家に帰っていたら良いんだけど、もしまだだったら会って話をしたいから……これは、秘密道具を使うしかないかな……?
まだほっぺが熱くて手で仰ぎながら考える。ちなみに秘密道具とは外へ出た時に必ず持ち歩いている護身道具のこと。通学カバンの中にも同じものを入れているけど、使う頻度は休日のほうが多いかな?
ゴソゴソとトートバッグの中を探り、護身道具を収めているポーチを取り出したタイミングで──。
「おやおや姫君。美味しそうなリンゴみたいに真っ赤になってどうしたんだい?」
塀の上から、猫が話しかけてきた。
「うわぁっ! びっくりした!」
「あはは、驚かせてごめんよ。ところで、お嬢さん方から聞いたんだけどさ……」
話しかけてきた猫は私が驚いているのに気にも留めず会話を続けようとする。
普段の私なら猫が喋ったことに驚くところだけど、この子は別。だってこの子は──
お父さんが言うには喜音家出身の犬や猫は日本全国各地にいて、その地域の情報収集・監視を行なっているんだとか……。中には普通に飼い犬、飼い猫をやっている個体もいると聞いたことがある。ちょっと規模が大きすぎて信じられないんだけどさ。
……ん? ちょっと待って? いま、この子は何を話そうとしているのかな?
「待って……それは、どの話?」
「勿論、姫君の贈り物の話さ! 当然だろ? オイラたちの大切なお姫様が贈り物を作ったんだ。贈る相手が誰なのか、誰も彼も気になって仕方ないのさ」
「ぷ、プライバシ〜〜〜〜……!」
「まあまあ。……で? 姫の護身セットが入ったポーチを手にしているみたいだけど、オイラたちに何か用だったのかい? 聞きたいことがあるのなら、お代はブラッシングで構わないよ」
塀の上から私の腕の中を目掛けて飛んできた猫をキャッチして、私はぐっと言葉を詰まらせた。
は、話が早すぎて怪しい……! この子たちは好奇心旺盛だから気になることがあればそっちを優先するのに……! でも花開院さんの居場所がわからない今、先にお代の内容を提示されている取引に応じるしかない……! お代が提示されていなかったら怪しすぎて話にのらないんだからねっ。
腕の中にいる猫の怪しげな対応に
「実は女の子を探しているの。浮世絵中の制服を着た黒髪の女の子でね……」
「ああ! 喜音家の香りを薄く漂わせていた見慣れない人間だね? そっかー、あれが姫君が贈り物をした……」
「見たの!?」
「当然。猫の行動範囲は意外と広いものさ。ましてやこの浮世絵町ではね。……ま、地元猫の協力はあるけど。
くわ……と大きな口であくびをしながら猫は応える。
アイツら……? 猫の口ぶりから察すると、あまり良い印象じゃないかな。喜音家の猫が気にする存在って一体……?
「じゃあ、その子が何処へ行ったか教えてくれる?」
「良いとも! 交渉成立だ! 彼女なら一番街の方面に向かったよ。最近、あの辺りは物騒になってきたから姫も気をつけてね」
「物騒……?」
「まー……良くない
猫はそこまで言い切ると深いため息をついた。そのため息には少し哀愁が漂うのもあって……。
「もしかして、そこに住んでいた猫に何かあったの?」
「……そうだね。隠しても仕方がないから正直に伝えるけど、その鼠は特に猫を喰らう怪物でさ。街に住んでいた普通の猫は喰いつくされた。残っているのはオイラみたいに力のある猫だけさ……。
腕の中にいる猫の背をゆっくり撫で、猫の話を聞く。
猫を喰らう鼠の怪物……? それが一番街に根を下ろしたの? でもそんな話、他の猫たちやお母さんから聞いたことがないから、最近かな。
「今じゃ普通の猫はあの辺を
「心配性……じゃ、ないんだよね?」
「当然の心配さ。
猫がここまで断言するなんて……。もしかしたら、今の一番街は私の想像よりもずぅっと危険なのかも。そんな場所に花開院さんが行ったなんて……!
猫からの情報に私の緊張感が高まる。その良くない鼠に出会う前に、一番街から花開院さんを連れ出さないといけないという気持ちでいっぱいになったけど──猫の未熟、という言葉に引っ掛かる。今までは無力という表現だったのに。
「色々とありがとう。それで、未熟っていうのは……どこ情報……?」
「大母様からの情報!」
にぱーっと輝く笑顔を見た私は瞬間的に頭を抱えたくなった!
猫の大母様って……あの子じゃん! あのママ猫じゃん!! 教育係のところにいる! もー! 本当に私のプライバシーが全くない〜〜! 今の霊力の取り扱いも、全部筒抜けってこと!?
「じゃあねー姫君! ブラッシングの時に色々と根掘り葉掘り聞くからよろしくねー!」
「やっぱりそれが目的ね! 覚えていなさい!!」
するりと腕の中から地面に降り立ち、尻尾をピンと張って駆け出す猫は先ほどまでの哀愁をすっかり感じさせなかった。
……あの猫、本当に大丈夫かな。カラ元気みたいだし……しばらく顔を見るようにしようかな。
猫を見送った私は秘密道具をポーチから出していつでも使えるようにトートバッグの外ポケットにしまい、カバンのストラップみたいに
──よし! これで準備完了! 早く行かなきゃ! 鼠の件がなくっても、夜の一番街はただでさえ大人のお店が多くて危険が多いんだから!
◆◆ ◆◆ ◆◆
夜の一番街にて──。
すっかり日が暮れて、そろそろ夜のお店が本格的に始まろうとする時間になってしまった。だけど私はそんなに時間を掛けることなく花開院さんを見つけることが出来た。
夜の街に制服姿って結構目立つんだね。
「花開院さん!」
「家長さん……?」
「良かったぁ〜。この辺、この時間帯になると危ないの。送っていくね!」
これからお店に出勤するであろうホストのお兄さんやキャバ嬢のお姉さんに軽く絡まれていた花開院さんに声をかける。花開院さんは私がいきなり話しかけてきて戸惑っているみたいだったけど、嫌がるそぶりを見せなかった。むしろ少しほっとしているみたいだった。
──背筋がちりちりする。猫が言っていた鼠が近くにいるのかも。
トートバッグを肩に掛け直しながら周囲に目をやる。花開院さんと無事に合流できたから、早く行かないと……!
「あ……おおきに」
「どういたしまして! 家はどこ? 一人暮らしなんだよね? ご飯はどうする?」
花開院さんの言葉に対して、私は焦りを隠しながら笑顔で返した。
焦っちゃダメ。怖がっていちゃダメ……。今は、私ひとりじゃないんだから……。トートバッグを掴む力が強くなる。不安なところを見せたら、花開院さんも不安になる。
そんな思いでいっぱいいっぱいになりそうな時──花開院さんが口を開く。
「………………私って、まだ修行が足りひんわ。本当にいると思ったのに、
「花開院さん……」
花開院さんの言葉を聞いて、私の中の急がなきゃいけないという気持ちは一旦鎮まる。
やっぱり……そのことを気にしていたんだね。妖怪退治のプロが、妖怪がいるって言って家の中を探し回ったんだもん。今回は何もなかったけど、普通に考えたら無意味に怖がらせちゃったと思うよね。
落ち込んでいる花開院さんを慰めようと口を開こうとしたとき──何処か遠くから犬の遠吠えが聞こえた。
「!?」
「わっ、女の子が落ち込んでいるよ〜〜。ひーろった! オレの店まで持って帰っちゃおーっと」
「えっ」
遠吠えに驚いたタイミングで振り返ると──そこには胡散臭い笑みをした、いかにもホストといった出立の男の人が私たちの後ろにいた。花開院さんは驚いて私の近くに来て男の人から離れ、私は話しかけてきた人が怪しさが全開だったためトートバッグにつけた
見た目で明らかに未成年だと分かる私たちに声をかけるホスト。……この人、すごく怪しい!
「行こう、花開院さん」
こういった輩は無視するに限ると判断して、ホイッスルを握っている手とは逆の手で花開院さんの手を握って移動しようとしたけど──いつの間にか私たちは黒服のホストたちに囲まれていた。
まずいまずい……! ちりちりする感覚からピリピリする感覚に変わった!
「下がって……家長さん」
「え?」
「つれなくするなよ仔猫ちゃん♡ アンタら……三代目の知り合いなんだろ?」
花開院さんは何かに気がついたのか私の手を強く握り返して後ろに下げようと手を引く。花開院さんの空気がガラリと変わったことに驚いていると周りのホストたちはニヤニヤした笑みを浮かべながらジリジリと近づいてくる。
三代目? 一体、誰のことを言っているの……?
「夜は長いぜ。骨になるまで……しゃぶらせてくれよォォ♡」
そういいながら髪をかきあげるホストの顔は──人間のものではなく、獣のそれになっていた!
こいつらが……猫の言っていた一番街に棲みついた良くない鼠だ!
そう判断した私の動きは早かった。悲鳴をあげるよりも逃げるためになんとかするという訓練を幼い頃からずっと続けてきており、護身道具も猫の警告から事前に(心の方も)準備していたこともあったのが大きいと思う。
私は赤のホイッスルを口元へやり──思いっきり吹いた!
「ぐああああ……ッ」
「なんッ、だ……! この音!!」
「走って!」
ホイッスルを吹いた瞬間、私たちを囲んでいたホストたちが頭を抱えるように呻く。それを見て効果覿面であることと、私にとっての
裏道は……絶対にダメだ! 相手は鼠なんだから、彼らの得意なフィールドに足を踏み入れるわけには行かない! 例え近道がなくても大通りを使わなきゃ……!
「家長さん! 今のは?」
「厄除けのホイッスル! 私がいつも行っている神社の! 効果は今ので保証できるの、分かったから!」
「……!」
花開院さんの手を引き、周りに警戒しながら走る。本当は吹きながら走った方が安全なんだけど、息が続かないからね!
「とりあえずどこか安全な場所に……」
「逃がさねェェエェよ……!」
「わっ……!」
路地裏から鼠の顔をした男の人がぬっと出てきて私の腕を掴む!
しまった。厄除けを持っている方の手を取られた! しかも力が強い……!
反射的に振り払おうと腕を引くけど、簡単に離してくれなかった。どうするべきか一瞬悩み──。
「ヴヴ──……ガウッガウッ!!」
「はっ!? なんで犬が……ッ!」
「た、助けてくれ──!!!」
──私の腕を掴んだ男の人を襲う犬が複数現れた事で、男の人の手が離れ、私は逃れることが出来た。
ホストの格好をした男の人たち(獣の顔に変化しているもの)は突如現れた大型犬に狼狽えていた。犬たちは獲物の様子を気にすることなく襲い……爪をたてて体を引き裂き、鋭い牙で相手の頸動脈を確実に狙った行動をとっているため、私たちの周囲には自然と──血飛沫と臓物が散らばっていた。
「なんや、妖怪が仲間割れしとる……!?」
「花開院さん、今のうちに……ッ」
びっくりするくらいのスプラッタな現場に足が竦むけど……割って入ってきたのは喜音家の山犬たちだったから、私は……何がなんでも逃げなきゃいけなくなった!
あの遠吠えは山犬からの合図だったから……意味は「家に帰るまで守るけど転んだら噛み殺す」だ!! しかも私、あの遠吠えで振り向いたから……私、ターゲットにされてるーっ! 厄を退ける頼もしい護衛でもあるけど、同時に家に帰るまでに転んだら死が確定の護衛じゃない……! 今ここに猫と犬がいないからって山犬が来るなんて……! 有難いけど! 有難いんだけど!! 他にも
内心で恐怖とは違う意味で泣きそうになりながら、妖怪同士が争っている様子に驚いている花開院さんの手を引く。──けれど、花開院さんはピクリとも動かなかった。
「け、花開院さん……?」
「ごめんな、家長さん。ほんまは私が家長さんを守らなアカンのに、守られっぱなしや……」
「えっ!? えと、そんなことは……」
「せやから、ここからは私に守らせて。これでも妖怪退治のプロなんやから」
そういう花開院さんの顔を見た私は──何も言えなくなってしまった。花開院さんの表情から、視線から、出立から……強い意志を感じたから。その強い意志を持った人に対して……私は止めるすべを持っていない。
繋いでいた手を離して花開院さんの数歩後ろに下がると彼女は満足そうに微笑む。そして一歩踏み出して──
「
特殊な足取りで彼女は前に出る。前に出たことで鼠と山犬との距離が近づくけど、花開院さんは臆した様子はない。──この行為が、自分にとっての当たり前でやるべきことだと言うように。
流れるような動きで花開院さんは自分の財布から人型の符を取り出し──。
「出番や! 私の式神!! ──
霊力を流し込まれた符は宙を舞い──次の瞬間、巨大な狼が出現した!
あれが陰陽師の式神……! 初めて見た。うちの山犬とは空気が全然違う!
「犬に続いて、狼!?」
犬と狼の対応におわれる事になった鼠たちは一度動きを止める。動きを止めた鼠に対して、顕現した式神に掴まった花開院さんは遠慮することなく鼠を踏みつけていく! 対する山犬たちは突然現れた狼に対しても冷静に対応したため今は少し距離をとっている。踏みつけられた鼠は──そのまま頭部を潰された。
私から離れたとこで起きた出来事だけど、目の前で頭部が砕ける音と血が吹き出して式神の足元が赤くなったこと。それと──周辺に散らばる臓物と辺り一体に広がる血の匂い。それを見て、嗅いでいる私は──。
〜〜……ッ。ちょっと……さっきから、気分が悪いかも……。スプラッタな光景をずっとみているせいか、貧血みたいに、ふらふらする……。
決して「倒れる」ことが出来ない私は浅くなっている息を整えようと深呼吸を繰り返す。
「貪狼、あいつらネズミや。食べながらあの子に呪いをつけた個体を探し」
花開院さんの言葉や男の人の悲鳴が聞こえる。その中で血の匂いを嗅いでいると……どんどん血の気が引いて冷や汗をかいていくのが分かった。深呼吸を意識しているけど、息を吸うごとに血の匂いが自分の中で満たされていくのを感じて……っ!
視線を逸らして両手で鼻と口を覆うようにして何とか立っていると──突然後ろから両肩を掴まれた。
「まさか凄腕の陰陽師がいるなんてなぁ……3代目は相当な
「あ……」
肩を掴んできたのは、最初に私たちに声をかけてきたホスト。
マズい人物に捕まったと思ったけど、私の身体は──いうことを聞かない。振り払おうと動きたいのに、一歩も動けない……!
「
「随分と好き勝手に暴れたな〜? ……だがそれもここまでだ。この娘がどうなってもいいのか!」
「っ! 家長さん!」
ぐいっと乱暴に引っ張られ、バランスを崩した私は旧鼠と呼ばれた人の腕の中に入った。そして腕の中に閉じ込められるや否や、鋭い爪が、私の首筋に当てられる。
それを見た花開院さんは焦った声をあげ──山犬たちは殺気を放ち始めた!
あ……もう……ダメ……ッ! 意識が……!
緊張と恐怖に私は耐えきれなくなり、がくりと身体の力が抜けて意識を失ってしまった。
【用語】
・
四季神に仕えている存在で各季節の特定の時期の権能を授けられている。
二十四節気に因んでおり、四季神は
四季神によって運用は様々なため一概に「使節とはこうである」という説明が出来ていないのが現状。就任方法は四季神の気分と相性、気質で決まるため特定の条件は求められていない。
【アイテム】
・厄除けの笛
●●神社にて取り扱っている笛。
カタチとしては登山用の小さいホイッスルそのもの。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色展開している。
使用者の
あくまでも護身用のため厄を一時的に退けることしかできない。
使用者の生命力や霊力によって範囲や厄を退ける力が変動する。